Fate/if(フェイト・イフ)   作:名無しのレイ

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第九話-槍兵咆哮-

 

 

「―――人工心臓?」

 

バゼットは驚いた表情をして凛の言葉を繰り返す。

それはそうだろう。何らかの困難の事だろうとは思っていたが、こんな事を頼まれるとは予想外だ。

そのバゼットの言葉に、凛は微かに頷いて言葉を続ける。

 

「ええ、そうよ。貴女達への頼みというのはそれ。 

人間の心臓、それに限りなく近い代用品を作ってほしいの。もちろん、実用品としてね。」

 

実際の医療現場でも、すでに人工心臓は実用化されている。

人工心臓は一般的には補助人工心臓と完全人工心臓の二種類に分類されている。

補助人工心臓は、心臓の手術の際に一時的に使用される物であり、完全人工心臓は、外科的手術で心臓を切除した後埋め込まれる、

彼女が言うのは、補助人工心臓ではなく、完全人工心臓の事だ。

完全な人工心臓は人類の夢とも言える。

アメリカや日本でも動物実験や臨床実験でようやく研究している状況。いわば今だ科学でもようやく足を踏み入れた領域だ。

いかに魔術師としてもそんな領域に踏み込むなど危険が大きすぎる。

 

「それで、何故そんな物が必要なのか聞かせてもらいましょうか。」

 

当然、バゼットは腕を組んだまま凛に対してそう問いかける。

いくら魔術が等価交換であり、代償を払うと言っても理由が解らない物を作るほど物好きでもない。

その質問に、凛は一瞬だけ目を閉じると、やがて決断したように言葉を言い放つ。

 

「……ミス・バゼット、マキリという魔術師は知っている?」

 

唐突に、凛は話題を変える。

だが、バゼットはそれに戸惑う事なく彼女の質問に答える。

 

「ええ、知っています。君の祖先である遠坂、アインツベルンと共に聖杯戦争の立役者である一つ。

吸収や戒め・強制の魔術を得意としている魔術師とも聞いていますが。」

 

「その通りよ。そこに、私にとって大事な存在がいるの。

貴女も魔術師なら知っているでしょう。魔術師の家系を継げるのは一人のみ。

その他の兄弟や姉妹は何も知られずに育てられるか―――何処かに養子に出されるのは普通だって。」

 

表面上は淡々と言っているように見える凛だが、よくよく見ると彼女の手は強く握り締められ、白くなっている。

必死で感情を押しこめているのが、その場にいる全ての人々に伝わってくる。

 

「……と言う事はつまり。」

 

「ええ、その子は私の妹よ。けれど問題はその後よ。

間桐……マキリは、桜の心臓に何らかの蟲を埋め込み、瞳や髪の毛の色が変化するまで体を変化させた。

……おかしいと気づくべきだったんだわ。

何で、髪の色が違うのだろうって、それがマキリの魔術師なんだと納得してしまっていた。遠坂と間桐はお互い不干渉。

だけど、そこまで妹を好き勝手にいじられて黙って見ているほど、私は非情にはなれない。」

 

唇を噛んで下を俯いたまま呟く彼女。それは、何処となくこの場にいない誰かにむける懺悔のようにも思えた。

すぐ側にいながら、何もしてやれなかったし、彼女の救いを求める声に気づく事も出来なかった。

その後悔が彼女の身を蝕む。

 

「貴女の魔術で取り除く事は不可能なのでしょうか。」

 

そんな凛を見ながら、バゼットは慎重に言葉を選びながら問いかける。

 

「……難しいわね。私の心霊魔術は所詮真似事だもの。心臓に巣食う何かを取り除くなんて出来ない。

それに、取り除こうとした瞬間、桜の心臓が爆破されてしまったらどうしようもないもの。」

 

バゼットやキャスターも似たような物だ。

バゼットは戦闘にのみ特化されたルーン使い。キャスターは神代の魔術師ではあるが、心霊医療にはそれほど詳しくはない。

 

「私はルーン使いですし、臓器の再生や治癒などと言った事は出来ないのですが……。キャスター。貴女はどうですか?」

 

そう、この中で最も魔術に優れたキャスターならばこの状況の打開策も見出せるのではないか。

凛がこの二人に相談をもちかけたのもそれが最大の理由だ。

彼女は期待を込めた眼差しでキャスターを見つめる。

 

「……もう少し詳しい話を聞かせてくれるかしら。セイバーのマスター。

もしかしたら力になれるかもしれないわ。」

 

間桐の得意とする魔術は吸収(他者を律する束縛)、戒め、強制である事。

また凛の父親、遠坂時臣によると、蟲を育てる事を得意とし、蟲関係の魔術も得意とする事。

彼女の心臓に間桐臓硯の本体が巣食っている事。

そこから総合されると、恐らくは臓硯の本体は小型の蟲に姿を変えて桜の心臓の中へと存在しているであろう事。

そして、恐らくは桜自身にも何らかの束縛、強制の魔術がかけられている可能性がある事を全て話した。

 

「……難しいわね。単純な束縛の魔術なら解呪できるけれど、

心臓に巣食っている魔術的生物を取り除くのにはそれなりの手術が必要とされるわ。

心臓に巣食っている蟲が大人しくしているはずはないでしょうし。

下手をすれば取り除こうとした瞬間に、心臓を食い荒られかねないわ。」

 

「ええ、だから最悪の場合を予想して人工心臓をつくってもらいたいの。

けれど、それは最後の手段にしたい。他に何か手段はないかしら。」

 

しかし、キャスターは考え込むように人差し指の第二間接を口元に当てながら考え込んだ後、慎重に言葉を紡ぐ。

 

「材料さえそろえば擬似の不死の薬も作れますが……。

現状では材料が完璧に揃わない以上、臓器の再生までは難しいでしょうね。

出来る事と言えばせいぜい滅びを引き伸ばす程度でしょう。」

 

だが、キャスターから返ってきた返答は、ある意味凛を落胆させる物だった。

女神ヘカーテから与えられた最秘奥の『釜』さえ使用できればそれほどの再生も可能だろうが、

あいにくサーヴァントとしての彼女にはその宝具は与えられていない。

せいぜいが、その粗悪品である擬似製の不死薬を作る程度だが、それも現状では必要な品物が揃わないため再現は出来ない。

いや探せば恐らくは手に入るのだろうが、あいにくそれほどの時間はないし、

キャスターの特性である『陣地』を作成して魔力を吸収すれば蘇生させるほどの大魔術も可能だが、

あいにくと今の彼女はそれほどの霊地を確保してはいない。

本来の魔力量が十二分で、陣地を作成している彼女ならば復活させる事も出来るかもしれないが、今の彼女では不可能だ。

だが、その擬似的な不死の薬があれば何とかなる可能性は高くなる。

最悪の場合、追い詰められた臓硯が血迷って桜の心臓を爆破するかもしれないのだ。

 

「……解ったわ。それはとりあえず置いておくとして、私のアイデアとしてはこう。

まず心臓の細胞を魔術によって培養して第五架空元素と組み合わせる。

こうすれば、体内にある魔力を原料として魔力があるかぎり外部からの補修無しに動き続ける心臓を作る事が出来るわ。

他人の細胞では拒否反応が怖いので、肉親である私の心臓の細胞を培養する。

こうすれば拒否反応も起きづらい、しかも何の電源も必要なく魔力があるかぎり動き続けられる人工心臓を作成する事が出来る。」

 

この元のアイデアは、ランサーから聞いたアサシンの宝具からだ。

アサシンの呪いの腕、妄想心音。

これはエーテル塊を用い、本物と影響し合う二重存在を創り出し、

それを潰す事によって相手の心臓を破壊する技だ。

ならば、それを逆用してエーテル塊を用い共感魔術を用いる事によって人工心臓を作り出す事もできるはずだ。

 

「だが、それは大きな賭けでしょう。ミス・遠坂。

知ってもいるだろうが、いかに完璧な人工心臓とは言え、いつでも停止する危険性がある。

強力な魔力さえあれば力づくで心臓を再生する事も出来るだろうが、今の私達ではそれほどの魔力は出来ない。

それに問題はそれだけではないでしょう。

心臓だけでなく、体内にまで蟲が巣食っている可能性もあるし、何らかの呪いがかけられている可能性もある。」

 

く、と悔しそうに唇を噛み締める凛。

確かにその可能性もある、それは心臓を取り替えるだけでは解決できない問題だ。

呪いの解呪は得意ではないが、果たしてマキリの呪縛を解く事は出来るのか。

そんな疑問が彼女を押し潰そうとする。

 

「……セイバーのマスター。それについては提案が。」

 

ぽつり、とキャスターは口元を真一文字に引き締めながら言葉を放つ。

よほど重大な事をいうのだろう。彼女はバゼットに対して許しをこうような視線を向けると、

自分のローブの裾から七色に光る捻じ曲がった短剣を取り出す。

アレでは到底物を切る用途には不向きだ。

だが、凛はその短剣が秘める強大な魔力を感じ取っていた。

アレは宝具。サーヴァントの奥の手ともいえる最終兵器だ。

 

「これが私の宝具『ルール・ブレイカー(破戒すべき全ての符)』よ。

これは全ての魔術、及び魔術で作られたモノを初期化する、いわば対魔術兵器ね。

もっとも、コレを刺した瞬間に蟲によって心臓を爆破されたらどうしようもありませんので、最終兵器でしょうけれど。」

 

それを見て、凛は信じられない顔をしてキャスターを凝視する。それは当然だ。

サーヴァントとは己の正体を隠すもの。真名を知られるのでさえ、彼らの弱点を知られる事に繋がる。

ましてや、自らの宝具を敵マスターに教えるなどとは。慎重極まりないキャスターとは思えない。

 

「キャスター。どうして貴女そこまで熱心なの?

貴女からすれば顔も見た事もないような相手の事に、自分の宝具の能力まで私に教えるなんて。」

 

「さあ、何ででしょうね。

強いて言うなれば、放っておけないからでしょうか。

どうも、人事には思えなくてね。まあ、貴女のような女性には解らないでしょうけれどね。」

 

そう、彼女のように陽の属性の人間には解らない。

この身は反英雄。正英雄の栄光を引き立てるだけの哀れな生贄。

それは未来永劫変わる事はない。

……けれど、そんな私でも、自分と似た誰かを救える事が出来るのなら、それはきっと―――。

 

「……キャスター。」

 

ぽつり、とバゼットはキャスターの名前を言う。

その彼女の何の感情も篭もっていない言葉に、思わずキャスターも俯く。

マスターの許可なしに独断で自らの宝具を明かしてしまったのだ。

 

「申し訳ありませんマスター。ですが……。」

 

「いえ、貴女を責めたりはしない。

私は魔術師だ。だが、それと同じく正しくありたいと思っています。

そして、貴女のやりたい事と私の正しさは一致している。何の問題もありません。」

 

しれっと、自分のサーヴァントの奥の手である宝具を知られながらも腕を組んだまま彼女は言う。

そう言ったからには本気でそう思っているのだろう。 

1か0か。それがバゼットという人間だ。

嘘をついて相手を安心させるなどと言った器用な真似などできようはずもない。

 

「……いいの?いくら協力関係にあるからと言っても私達はマスターなのよ。そんな簡単に手の内を明かしてしまっても?」

 

「確かに手痛い部分はあるが、私的にはマキリは早めに潰しておきたい。

貴女の話ではソウゲンの本体はその子の心臓にあるのでしょう。

例えソウゲンを倒しても本体を逃してしまっては元も子もない。

故に、確実にヤツを葬り去る必要があります。」

 

ランサーの情報から推測して、臓硯がアサシンを従えているのはほぼ確実だ。

故に、彼も聖杯戦争のマスターとなる。ならばバゼットが敵視するのも理解は出来るのだが……。

「そこまでマキリを敵対視するのは何故。

いくら臓硯がアサシンのマスターだからって、今の貴女はマキリを意識しすぎているように感じるわ。 

私には確かに敵対視する理由がある。けれど、貴女には……。」

 

いぶかしげに眉を潜めて呟く凛の言葉に、バゼットは表情を厳しくして強い口調で途中から遮る。

 

「決まっているでしょう。彼が、一般人を犠牲にする外道だからです。

私とて封印指定を狩る魔術師だが、外道を放置する訳にはいかない。」

 

「―――何ですって。」

 

ギリ、と彼女は奥歯が砕けそうなほど強く歯を噛み締める。 

外道。それは、魔術師の中でも協会の規則に反して魔術を悪用する者や、魔術回路が止められなくなって自滅する者の事を言う。

だが、ここで彼女がいう外道は文字通り、『人道から外れたモノ』を意味する。

魔術協会では、神秘の秘匿をこそ重視する。

逆に言えば、神秘さえ秘匿されていれば魔術を悪用しようが協会が罰する事はない。

キャスターの使い魔で確認しただけだが、彼のやり方は巧妙だ。

彼は人間の肉体を蟲で喰らい尽くし、それを己の体とする。

人一人が行方不明になった所で、誰も気にしない。神秘の秘匿は守られている。

……だが。

 

「そう憤らない事です。彼からしてみれば貴女はたった十数年しか生きていない、代変わりしたばかりの未熟者。

貴女に見つからないように人間に犠牲する手段は知り尽くしているのでしょう。

ましてや、遠坂とマキリ……間桐は盟友と聞く。

お互い手の内がしれている以上、それを誤魔化す手段など幾らでもあります。」

 

だが、そんな彼女の慰めなど何もならない。

確かに、この土地でも年間の行方不明者は何人もいる。

それらをチェックするのも、冬木の地の管理者(セカンド・オーナー)である遠坂家の仕事だ。

だが、それら全てをいちいち細かくチェックしていてはとてもではないが、管理者の仕事量は膨大になってしまう。

例え優秀な魔術師であったとしても、たった一人で土地の管理を行うなど不可能だ。

故に、魔術の事を知る協力者や、宮内庁所属の退魔組織の人間と協力してこの地の守護を行うのが常だ。

だが、仮に彼らの事を全て知り尽くしている協力者が目を掻い潜っているとしたらどうか?

マキリの血は衰退したとは言え、この地の魔術師の名家だ。彼らの事などとうの昔に知り尽くしている。

退魔機関は明確な証拠が無い限り動く事は出来ない。協力者達は魔術の事は知っていても、魔術により記憶などを操作される可能性がある。

 

だが、そんな理由など言い訳でしかない。

これでは管理者失格と言われたも同然だ。

ぷつり、と凛の歯が唇の端を食い破り、一筋の血がつう、と流れ出る。

よくよく見れば握り締めた拳の爪は皮膚を突き破り、こちらからも血が滴り落ちる。

憤怒で気が狂いそうだ。この地に長くそんな魔術を悪用する外道が存在するなど。

魔術協会は魔術の悪用を禁じてはいない。重要とすべきはあくまで神秘の秘匿のみだ。

そして、それは一般的な魔術師も同様。魔術師には人道など通用しないのだ。

しかし、それでも魔術師では無い『遠坂 凛』としては、そんな外道など到底容認できない。

 

「……確かに、そんなヤツを今まで野放しにしていたのは遠坂家のミスよ。

ええ、だから、そのミスは遠坂であるこの私がケリをつけるわ。」

 

「それでこそトオザカの魔術師。魔道元帥、宝石のゼルレッチの弟子。

魔術協会の一員として、それを見届けさせてもらう事にしましょう。」

 

 

「―――ん。」

 

微かな声を上げて、士郎はうっすらと目を開ける。

ランサーと会話した後、自分の部屋に戻ってきたのまでは覚えているのだが、どうも、気づかない間に眠ってしまっていたらしい。

やはり、ムチャな魔術行使、そして続けての戦いなどで疲労が溜まっているのだろう。

ぼやけた視界の中。一番最初に目に入ったのはつまらなそうに部屋の中にたたずむランサーの姿だった。

 

「む、ランサー。凛とセイバーは?」 

 

「……あいつらなら何処かに出かけていった。ありゃあ殴りこみでも仕掛けようって勢いだったな。」

 

つまらなそうに腕を組みながら呟くランサーに対して、士郎は思わず立ち上がって叫ぶ。

 

「なっ、ランサー。それを見逃したのか!?」

 

「仕方ねえだろ。俺たちはあくまで協力関係でしかない。

お嬢ちゃん達が何をしようがそれは彼女達の勝手だ。頼まれてもいない事に首を突っ込むほど物好きでもないしな。

そもそも、マスターがそんな状態じゃいらん事に首を突っ込むのは自滅行為だ。」

 

肩を竦めながら何気無く言うランサー。

彼の言う事は全て正論だ。凛達とはあくまで協力関係にすぎない。

それに今の士郎は体の麻痺は完全に取れたが、魔術回路は今だ本調子ではない。

1~2回の強化程度なら何とかなるだろうが、この状態でムリな魔術行使を行えば今度こそ魔術回路自体が焼け付いてしまう可能性がある。

ましてや投影などもっての他だ。今の状態の士郎では到底戦力になどなりようもない。

そんな事はとうに解っている。だが、しかし。それでも。

 

「ランサー。俺は。」

 

ぽつり、と士郎は拳を握り締め、唇を噛み締めながら呟く。

力があろうがなかろうが関係ない。正義の味方になると誓った。

その誓いを、破るわけには行かない。

そんな士郎に対して、ランサーは困ったように軽く頭を掻いて呟く。

 

「全く、だから言いたくなかったんだが、しょうがねえ。

マスターの言う事になら従うさ。」

 

恐らくこれも予想していたのだろう。

ランサーは軽く肩を竦めるとあっさりと承諾する。口ではああいっているが、彼も戦いを好む戦士だ。

問題は士郎自身が魔術を使用できないと言う事だが……。

 

「ふむ、君達の事だからそういうと思っていました。」

 

すらり、と襖を開けて彼の部屋に入ってくるのは、

何かが入っているラックを肩に背負ったバゼットとまさしく影のように付き従うキャスター。

どうも、今までの話も聞かれていたらしい。

もうすでに気づいていたのだろうランサーは特に驚く事もなく、腕を組んだまま、その二人に無遠慮な視線を向ける。

 

「……何のようだ。アンタみたいないい女と話せるのは悪くないが、何せ今が今だ。大した用がないのなら来ないでもらおうか。」

 

じろり、と敵意を秘めた視線を無遠慮にバゼットに向けるランサー。

そんな敵意の混じった視線も何処吹く風で、バゼットは飄々と答える。

 

「いえ、ミス遠坂の元に私も行こうと思っていたから、君に伝えようと思いまして。」

 

「どこへ行くって言うんだ。いや、そもそも遠坂が何処に行ったか知っているのか。」

 

この女性は嫌いではないが苦手ではある。

封印指定を捕縛する事を役割とする高度な魔術師。

『伝承保菌者(ゴッズホルダー)』の二つ名を持つ彼女は例え凛や士郎が束になっても敵わないだろう。

そんな士郎の感情に気づかないように、彼女はラックを背負いながら呟く。

 

「マキリ……この地では間桐と言ったか。彼女達はそちらの方に向かっていいきました。

彼らの家は五百年を経た旧い魔術師の家系。

この他で間桐と名がつく家を……?」

 

その言葉を耳にした瞬間、士郎の思考は凍りつき停止する。 

最早、他の言葉など耳には全く入らない。

間桐。その苗字を持つ家はたった一軒しかない。

それは―――。

 

「……桜。」

 

頭の中が真っ白になる。あの桜が、まさか魔術に関わっていたなどとは。

この二人がそんな嘘をついても何の得にもならない。

ならば、言っている事は恐らく真実なのだろう。

もう他の事など考えられない。もしかしたら、彼女も聖杯戦争に参加しているかもしれない。

どうすればいいのか解らないが、とにかく桜に会わなくてはならない。

士郎は、勢いよく立ち上がり、一目散に玄関に向かおうとする。

だが―――。

 

「待ちなさい坊や。そんな体で何をするつもり?」

 

いつの間に現れたのか、駆け出そうとした瞬間、目の前に立つキャスターの姿を見て、士郎は思わず一歩後ずさる。

以前の戦いでの後遺症か、どうもこの女性は苦手だ。

 

「ど、どこって……。決まってるだろう。桜の……間桐の所だ。他に行く場所なんてない。」

 

そうだ。彼女達は士郎と桜の繋がりの事は知らないのだろう。

だが、それを彼女達に説明している時間などない。

今は間桐邸に急がなくてはいけない。そこに桜がいる可能性がもっとも高いだろう。

駆けつけてどうすればいいのか解らない。けれど行かなくてはいけない。

そんな焦っている士郎に対して、バゼットは彼を落ち着かせるように冷静な口調で言葉を続ける。

 

「ふむ、どうやら君とマキリとは知り合いのようですね。

魔術の基本は等価交換。私はマキリの情報を教えたのだから、

さて、君は私にどんな代価を支払ってくれるのでしょうか?」

 

「う。それは……。」

 

困ったように士郎は口よどむ。確かに情報を教えてくれたのは彼女だ。 だが、こちらには彼女に与えられるようなモノなど何も無い。

そんな彼女を見て、バゼットは僅かに口元だけで微笑む。

 

「ふふ、冗談ですよ。衛宮くん、君は少し生真面目すぎるようですね。

それに先ほどまで敵だった者をあっさり信用しすぎるのも良くない。

いきなり後ろから切りかかれたらどうするつもりですか?」

 

そんな彼女に対して、士郎の後ろに控えていたランサーはつまらなそうに、ふん、と鼻を鳴らす。

 

「それこそ余計なお世話だ。コイツは、テメエの面倒ぐらいテメエで見るさ。

それくらい出来ずして、何がマスターだ。」

 

「なるほど。確かに歴戦の英霊たる君がいれば心配はないか。

私が心配するだけムダだったようですね。」

 

くすくすと、何か微笑ましい物でも見てるかのように笑うバゼット。

そんな彼女を見て、さすがに士郎も憤然とした表情になる。

 

「で、何でアンタは間桐に用があるんだ。」 

 

その士郎の無愛想な言葉にバゼットも表情を引き締める。

 

「私もマキリ ソウゲンと戦うべき理由がある。

彼はアサシンのマスターでもある。ましてや、彼は外道の魔術師です。

ある意味、アインツベルンやバーサーカーよりも性質が悪い。

ああいう輩は早めに倒しておくに限る。」

 

「外道って……。協会の規則に反して魔術を悪用する者や、

魔術回路が止められなくなって自滅する者の事……だっけ?」

 

魔術師は自らの存在を一般社会に知られてはならない。

それは中世の魔女狩りの再来を防ぐためでもあり、そして神秘を広めないためでもある。

故に、魔術師の巣窟、魔術協会は一般社会に害を成すような研究をする事を許しはしない。

しかし、それは決して人道的な物ではなく、あくまで神秘の秘匿を守るためだけの物。

それは、逆に言えばばれなければいいと言う事でもある。

士郎の言葉に、バゼットは軽く頷く。

 

「ええ、キャスターの使い魔でも確認しました。

彼……マキリ ソウゲンは人間を喰らいそれを自らの体へと変貌させる。

魔術の基本は神秘の秘匿。逆に言うと、秘匿さえされていれば問題はないのですが……私は、それを許したくない。」

 

くるり、とバゼットは士郎達に背を向けて玄関へと向かう為に動き出す。

それに影のように従うは魔術師のサーヴァント、キャスター。

人間凶器とも言える彼女がこうも容易く背を見せるという事は、現在だけ士郎を信頼しているという事だ。

 

「さあ、共に戦場に赴きましょう。ランサーのマスター。私達の目的は今だけは一緒だ。」

 

 

 

そうして彼女―――遠坂凛は目的の場所に到着した。

二百年以上前にこの地に移り住んできた旧い魔術師の家系。

間桐と遠坂はお互いに関わってはならないと古の盟約によって定められている。

だが、そんな盟約は■がここに引き取られた時から破られている。

だから、後悔があるとすればただ一つ。

 

「―――凛。」

 

そんな彼女に対して注意を促すように、緊迫したセイバーの声が彼女を現実に引き戻す。

すでに、セイバーは鎧を身に纏い、手には見えない剣”風王結界”を構えている。

だが、それでも彼女の研ぎ澄まされた直感は最大級の危険を感じていた。

まるで、触れる物全てを破滅に追いやろうとする、善くない星が間近に存在しているかのように。

 

そうして、「ソレ」は、ゆらりと、まるで夜の闇から染み出るように姿を現した。

それは影。それは闇。形としては水母に近いだろう。

だが、そのただ立っているだけの影に対して、セイバーの直感は最大級の危険を告げていた。

油断無く剣を下段に構え、視線を影から外さないようにして、セイバーは呟く。

 

「凛。あの影は尋常な相手ではない。アレに比べればバーサーカーとて御し易い相手でしょう。」

 

「セイバー。アレが何だか解るの?」

 

「漠然と感じただけですが。アレは良くない星そのものだ。

まるで、関わった者全てに破滅をもたらすような。

正直、関わりたくはないのですが……やむをえません。」

 

それだけを呟くセイバーに対して、影は唐突に触手を伸ばして彼女へと襲い掛かる。

 

「は―――っ!」

 

まずは風王結界を解除し、その暴風をあの影に対して叩きつける。

当然、そんな風など、影に通用すべくもない。

 

暴風を解除して現れるは、黄金に輝く剣。

セイバーは不吉な直感を切り払うかのように、影の触手を切り払っていく。

元々、あの影に対して通常攻撃は一切通用しない。だが、それは通常の武具での話。

星に鍛えられた神造兵装である「約束された勝利の剣」ならば、あの影に対して致命傷は与えられずとも、その一部ならば切り払う事ができる。

だが、それでもセイバーは直感していた。サーヴァントである以上、あの影には抗すべくもない、と。

そんな予感を切り払うかのように、彼女は剣を振るい続ける。

真正面から来る触手を回避し、左右から襲い掛かる影を猛烈な勢いで切り払う。

今や、彼女の周囲は斬撃によって構築される結界と同じだ。範囲に入ったモノ全てを切り刻むのみ。

だが、幾重にも襲い掛かる影を完全に迎撃する事は出来ない。

一本の触手が、斬撃を潜り抜け、セイバーの左腕の手甲へと突き刺さる。

そして、その手甲にずぶずぶと黒い影の触手が侵食していく。

セイバーの鎧は己の魔力によって構成された己自身の一部だ。

彼女は魔力の多くを護りに固定しており、この鎧を突破できるのは同じサーヴァントか、神域に達した幻想種のみ。

その鎧を触手はいとも容易く侵食していく。

白く輝く白銀の手甲は、まるで黒い絵の具で染めたかのように黒く禍々しく染まっていく。

 

「ぐ……!」

 

とっさに、セイバーは自分自身の手甲の構築を解除する。

彼女の魔力で編まれたソレは四散し、同時に触手の侵食も砕け散る。

微かな呻き声を上げて、ぐらり、と彼女の体が揺らぐ。あの影に対し、純正の正英雄は触れられただけで正気を失うのだ。

今は手甲だけですんだが、直接体に触れられていればまずかっただろう。

 

「この、喰らえ―――!!」

 

その瞬間、凛は手にしたオニキスを影に向かって叩きつける。

純粋な魔力は影を巻き込みながら、強烈な光を発し、周囲を白い光で染め上げる。

オニギスは元々魔よけの宝石とされ、「悪霊から身を守る石」とされている。

その性質上、特にああいった実体のないモノ、霊体や悪霊の類には非常に威力がある。

しかし、彼女の魔術は精密性が劣る。当然、影だけでなくセイバーまで巻き込まれてしまう。

もっとも、抗魔力Aであるセイバーを傷つけられる魔術師は現代には存在しない。

それを見越しての攻撃である。サーヴァントとマスター、お互いの信頼関係が無ければできない芸当である。

その隙に、セイバーは態勢を立て直すため、触手から大きく距離を取る。

 

『約束された勝利の剣』の真名さえ解放すれば、この影どころか間桐邸すらをも粉砕し、臓硯やアサシンすらをも同時に殲滅する事ができるだろう。

そう、中に人質として取られた桜さえいなければ。

そうなると頼りになるのは凛の魔術になるのだが、あれだけの魔力を叩きつけても、影は一向に弱まる様子を見せない。

動きが多少鈍くなっている事から、効いているのは確かだろうが、アレでは消し去る事など到底できない。

凛とセイバーは二人とも身構えながら、じりじりと後ろに下がる。

何とかあの影をやり過ごして、中に突撃できれば……。

 

そう考えている彼女達の横を凄まじい光の束が通り過ぎ、影へと直撃する。

それを合図として、続けてまさしく光学兵器のような光の束が次々と影に突き刺さる。

だが、それも相手の動きを鈍らせる程度の効果しかない。

その魔力弾に驚いた凛は思わず後ろを振り返る。

そこにいたにはスーツ姿と古めかしいローブを纏った二人の女性の姿。

 

「……キャスター。それにバゼット。どうしてここに。」

 

「セイバー、貴女はアレに近づかない方がいいわ。

アレは恐らくは強大な呪いの塊と言った所ね。サーヴァント……いえ、貴女のような正英雄の天敵とも言える存在でしょう。

比較的属性が近い私でも触れるだけで魔力を奪われてしまう。純正である英雄では触れただけで正気でなくなってしまうわ。」

 

キャスターは手にした杖を指先だけでくるりと回転させ、先を影へと向ける。

 

「アレに対抗するなら、直接的な攻撃よりも、魔術の方が有効ね。

セイバーのマスター。相乗魔術で一気にアレを解呪(ディスペル)します。

解呪は私が行いますので、私の魔術の増幅(ブースト)をお願いします。」

 

こくり、と凛は無言のまま頷く。

神代の魔術師、そしてアテプトクラスに匹敵する能力を持つ魔術師。

最高位に限りなく近い魔術師が揃って成しえない事などそうそう無い。

凛は所有者の潜在能力を高める……すなわち、魔力を増幅する効果を持つ蒼く輝くアズライト(藍銅鉱)を用意する。

バゼットもルーン使いではあるが、その能力は戦闘に特化されている。

魔力の増幅などと言った器用なマネはできない。

キャスターは杖を影に向けつつ杖の先で魔法陣を描き、神言詠唱を開始すると同時に凛も自らの詠唱を開始する。

 

「Ein KOrper ist ein KOrper―――!」

 

「――――!!」

 

炸裂。

凄まじい光の奔流が目の前の影をかき消す。

爆発と言っていいほどの魔力の奔流。

その魔力は神秘の衰えた現代ではそうそう成しえない、大魔術をも凌駕するモノだ。

これで解呪できないモノなどあろうはずもない、少なくとも四人はそう信じていた。

だが、それでも、確かに”影”は存在していた。

 

「……バカな……!これだけの魔術を持ってしてもアレを解呪できないなんて……!」

 

だが、キャスターと凛の相乗魔術は決してムダではない。

その存在が希薄になった”影”は獲物が手ごわいと見たのか、すうっと、少しづつ床へと沈んでいき、やがては完全に姿を消した。

 

「助かった……というべきかしらね。あのままだと完全にやられていたわ。」

 

とてもではないが、勝利などとは呼べない。

苦々しげに、凛は影が消え去った地面を睨みつけていた。

 

 

 

その一方、深い闇の中でも目立つ蒼い英霊と士郎は、間桐邸の玄関の横へといた。

キャスターとバゼットとは直前に別れた。彼女達とはあくまで行くべき場所が一緒だっただけ。

後はお互い好きにやるだけだ。

下手に連携しあうよりも、お互いのマスターとサーヴァントの方がやり易いというのもある。

余分な緊張はせず、それでいて臨戦態勢を取っているランサーは口元に笑みを作りながら士郎に問いかける。

 

「……さて、どうする?あの二人の性格からすると真正面から突っ込んでいったみたいだが。

俺たちもそうするか?」

 

「……いや、以前、この家に遊びに来た時に、慎二が面白がって教えてくれた裏口があるんだ。

そこから侵入してみよう。」

 

間桐邸の壁を睨みつけるように見上げながら呟く士郎の言葉に、ランサーは感心したように口笛を吹く。

 

「ほう。意外と冷静じゃねえか。てっきりお嬢ちゃんの後を追うかと思っていたが。」

 

「ああ、正直言えば俺だってあの二人の後を追いたい。

けれど、あっちにはバゼットさんやキャスターもいる。あの四人なら何があっても大丈夫だ。」

 

そう言いながら、士郎は裏口から間桐邸に侵入する。

ふん、と感心したように軽く鼻を鳴らしたランサーは士郎の後をついていき、深紅の魔槍、ゲイボルグを指先だけでくるりと回すとそのまま肩を担ぐ。

彼は冷徹な戦士の表情になって士郎に忠告する。

 

「……いいか。魔術師の拠点に乗り込むと言う事は巨大な処刑装置の中に飛び込むと言う事だ。

魔術師の城とは、防御ではなく攻撃のためのモノ。

周囲全てに警戒する事だな。」

 

「詳しいんだな、ランサー」

 

間桐邸の廊下を歩きながら士郎は呟く。

まるで以前にもこんな事があったような口ぶりのランサーに対して、士郎は意外そうな目つきをする。

 

「ふん、俺も似たような事をした事があるんでな。

もっとも、『影の国』はこんなもんじゃなかったが。」

 

そう、ランサー……クーフーリンは、スカサハに教えをこうために、彼女の影の国へと乗り込んだ事があるのだ。

スカサハは優れた戦士であると同時に優れた魔術師であった。

彼女の城『影の国』は魔術によって守られた城であり、侵入する手段は跳ね橋のみ。

だが、彼はそれを飛び越える事によって突破し、スカサハの教えを請ったのだ。

 

「なるほど。それなら納得がいくな。……ありがとうな。ランサー。気をつかってくれて。」

 

「は。よせよ。そういう礼を言われるのには慣れてねえんだ。

お前はふんぞり返って命令すればいい。手を汚すのは俺達サーヴァントの役目だ……と言っても、納得はしないんだろうが。

まあ、影でこそこそ隠れて命令するよりはよほどいいがな。」

 

そういうと、蒼い英霊は腰に挟み込んでいた短剣を手にし、士郎へと投げ渡す。

前、彼が使用したグラディウスではあるが、以前とは比べ物にならない魔力が篭もっている。

すらり、と鞘から抜いて見ると、刀身の中央、横一列に魔術文字、氷を象徴するルーン、イス(I)が刻み込まれているのだ。

 

「一応、ソレをもっておけ。俺がルーンを刻み込んである。

刃自体が凍気を放出する事により、対象を切り裂いた時に冷気によるダメージを与えられるし、魔力を注ぎ込めば膨大な冷気が発生して周囲にダメージを与える事もできる。

まあ、炎と氷と全く違うが、お前達でいう所の手榴弾程度の威力は出せるだろうさ。」

 

確かに今の士郎はまだ魔術回路が使用できないため魔術を使う事は出来ないが、魔力の放出程度ならば出来る。

その魔力を使えばこの剣も使えるだろう。そこまで見越してランサーは士郎にこの剣を渡したのだろう。

 

「……らしくないじゃないか、ランサー。敵味方に対して中立を保つアンタがこんなに俺に肩入れするなんて。」

 

意外な顔をして士郎はランサーのつまらなそうな顔を見る。

 

「ふん、俺だってたまにはこんな事もしたくなる。第一、マスターがいなくちゃ、俺が現界できねえじゃねえか。」 

 

その言葉に思わずなるほど、と頷いた士郎は前に歩みを進める。

その背中を見ながら、思わずランサーは自分自身の言葉を噛み締める。

 

「―――は、本当に。」

 

らしくない。いくらマスターが魔術を使用できないからと言って、この程度の苦難も潜り抜けられないようではランサーのマスターとしての資格はない。

そんなに甘いのは俺らしくはない。 

実の息子、コンラですらもこんなに過保護になった事などないのに。

 

「ふん、だがまあ、こういうのも悪くはない、か。テメエもそう思うだろう……っと!」 

 

瞬間、空気を引き裂く音とそれを弾き返す固い金属音が木霊する。

金属音は、ランサーが士郎を狙って振り下ろされた高速の刃をゲイボルグで受け止めた時の音。

そして、ランサーは槍の切っ先を薄暗い廊下へと向ける。

 

その先に浮かび上がるは、蒼い陣羽織を纏い、長い刀を片手に持った男性 。

サーヴァント、アサシン。

彼は正確なアサシンではないので気配遮断は持たないが、

武芸者の無想の域「明鏡止水」としての「気配遮断」のスキルを有する。 その明鏡止水による気配遮断を利用して士郎に攻撃を仕掛けたのだが、 やはりその程度のランクではランサーに気づかれてしまうのも道理である。 故に、攻撃の機会はただ一度のみ。狙いはサーヴァントではなくマスター。

武芸者としては不本意極まりないが、マスターの命令とあっては仕方ない、というのが彼の心境である

 

「ランサー!敵か!」 

 

「ハ、アサシンか。まさかこんなに姑息なマネをする野郎だったとはな。

テメエはもっと堂々としたヤツかと思っていたが……戦士の風上にもおけねえ野郎だな。」

 

「ふむ、何、一応はこの身もアサシンのクラスに属するのでな。

本職のアサシンの真似事をしてみたが……いやはや。

慣れぬことはするものではないな。」

 

そう言いながらも、あのアサシンの表情にも不満な感情があるのをランサーは感じ取った。

いや、そもそもこのアサシンの気配遮断のスキルが低いとはいえ、あの気配はあからさますぎた。

あのアサシンほどの腕前ならば、攻撃を行うときにああまで気配を出すことなどありえない。

恐らくは、マスターに闇討ちを命じられ、不承不承ながらも従ったのだが、やはりそこは武芸者である誇りが許さなかったのだろう。

わざと攻撃する寸前に気配を出すことによって、クーフーリンに「これから攻撃を仕掛ける」と知らせたのであろう。

 

「ハッ……なるほどな。テメエもなかなか苦労人ってわけだ。

同情するぜ。あんな陰険なマスターじゃそんなところだろう。」

 

「いやいや、そちらは理解のあるマスターで羨ましい限りだな、ランサー。

さて、不意打ちが失敗したからには仕方あるまいな。

私はマスターの元に戻るしかあるまい。

その時に、貴様との決着はつけよう。」

 

アサシンはそう言い放つと、堂々とした態度で隠し扉の扉を開けて、その中に歩みを進める。

それは明らかにこちらへの誘導だ。

やはり、この場所で決着をつけるのはアサシンとしても不本意であったらしい

(もしかしたら不意打ちを命じたマスターへの当てつけかもしれないが)。

そこは下に下る階段だ。その暗黒は全てを飲み込む冥府を連想させる。

 

「ふん、あからさまに誘っていやがるな。どうする小僧。一丁乗ってみるか?」

 

これは何処からどう見ても挑発意外の何物でもない。

どうする?と言わんばかりに横目でランサーは士郎を見る。

それを知りつつ、なお士郎は頷いた。

 

 

そうして、彼らはマキリの本拠地へと到達した。

階段を下った先には、地下に作成された無数の蟲どもが巣食う修練場。

それこそがマキリの本拠地だ。上の家などただの飾りにすぎない。

そして、その修練場の中心部、そこには三つの影がいた。

一人は臓硯。一人はアサシン。そしてもう一人は……。

 

「あっ、くう……。ああ……!」

 

苦痛に顔をしかめる桜だった。

彼女は全身を紐のような影によって縛り付けられている。

アレは全て令呪だ。黒い令呪が桜を縛り付けて離さないのだ。

桜は自分を嫌い、あの影を嫌い、自滅しそうとしている。

待っていろ桜。今、俺が助けてやる。そう思いながらも士郎は階段をひたすらに駆け下りる。

それを嘲笑うように、臓硯は張り巡らせた巣に落ちてきた哀れな獲物を歓迎する。

 

「よく参ったな。エミヤの息子。そしてクリンの狗よ。ここが貴様達の終着点じゃ。肉片も骨の欠片も残さず蟲に喰らいつくさせてくれようぞ……!」

 

その彼の声に呼応して、周囲の蟲たちは奇怪な鳴き声を上げて彼らを威嚇する。

そう、ココこそ、彼の真の拠点。上の家など飾りに過ぎない。

そして、この場所において彼に敗北はありえない。

 

「笑わせるなよ。魔術師が。キイキイと蟲どもに似て小うるせえ事だ。

さすが陰湿な蟲どもの親玉だけの事はある。」

 

そうせせら笑いながらも、ランサーはゲイボルクを使って地面に何かを書き込んだ後、真横に一振りさせる。

闇を引き裂く深紅の光。その光の軌跡を見て、蟲達は怯えたように鳴き声を潜める。

例え視界を持たない彼らであっても、その強力な魔力は伝わったのだろう。

だが、その怯えを打ち砕くように、臓硯はアサシンや蟲たちを叱咤する。

ランサーは、ふう、と一つ息を吐くと油断無く槍を構えながら言葉を紡ぐ。

 

「なるほど。影でこそこそ目立たないようにやるのが貴様のやり方か。

確かに貴様のやり方ならしぶとく生き残る事も出来るだろう。

―――だが、それは王道ではない。貴様のやり方には、決定的に誇りが欠けている。」

 

立ち上がる闘気。その彼の言葉を嘲けるように臓硯はカカと大笑する。

 

「カカカカ!!誇りじゃと?笑わせるわクー・フーリン。

我ら魔術師に誇りなど求めるとはな。

それじゃから、貴様は惨めな野良犬のような死に様を晒したのじゃよ!」

 

ぎちり、とあまりに濃密なランサーの闘気に大気が凍りついた。

 

     オレ

「―――英雄の誇りを汚したな。魔術師。」

 

「ふむ、ならばどうするかね。ランサー。今の距離では、ワシを倒すには貴様の槍は届くまい。

それともその宝具を使うか?下手をすれば桜をも余波で葬りかねないのう。さて、どうする?」

 

『刺し穿つ死翔の槍』ならば現在の距離でも、臓硯を仕留める事は可能だろう。

だが、あれは閉じた空間で使用するには威力が大きすぎる。

下手をすれば余波でこの修道場自体が崩壊しかねないし、側にいる桜すらも傷つけかねない。

そして、挑発するかのように、地面一面を埋め尽くす蟲たちはざわざわと左右に退き始め、やがて桜の元へと一本の道を作る。

明らかに挑発だ。来れるものなら来てみるがいい、という臓硯の意志表示である。

そして、ランサーと士郎は共にその道へ一歩足を踏みしめる。

―――瞬間、眩い赤い光を放ちながら、士郎の右腕の令呪が眩く輝き始めた。

 

「ぬ―――!?」

 

「な―――に!?」

 

よくよく見渡すと、ランサーと士郎を中心として、この修練場全体に巨大な文様が光で描かれている。

……令呪。そう、それは巨大な令呪そのものだ。

その巨大な令呪の魔力は全て士郎の令呪へと流れ込んでいるのだ。

そして、その黒く澱んだ魔力は士郎のみならず、ランサーの動きすらをも停止させる。

サーヴァント、しかも対魔力Cとルーンの守護を持つランサーの動きを完全に束縛する事など、

神秘の衰えた現代ではよほどの大魔術でもない限り不可能だ。

だが、それを可能にするモノはある。

―――令呪。

人間以上であるサーヴァントを統べるためにマスター達に与えられた絶対命令権。

三回しか使用できないソレは、サーヴァントに能力以上の行動を取らせたり、逆に彼らの行動を束縛する事も可能だ。

 

「カ、カカカカ!どうじゃランサー!マキリ特性の擬似令呪の味は!

遠坂の小娘から聞かなかったのか?元々、サーヴァントを縛る令呪は我々が開発した物。

いかに英霊と言えどサーヴァントという殻に囚われている以上、令呪は必ず組み込まれているでのう。

その技術を応用すればこのような事も可能よ。」 

 

つまりは、簡単に言うとコンピューターウィルスのようなモノだ。

正常なプログラムに侵入し、それを狂わせてプログラム自体を誤作動させる。

マスターにはサーヴァントを支配するための三つの絶対命令権、令呪が存在する。

つまり、そこにはサーヴァントを支配するための、いわばプログラムが組み込まれているのだ。

彼らは、それを逆用し、外部の巨大な令呪を通じて、士郎の体から令呪のプログラムへと侵入する事により、

その令呪から擬似的な強制命令を発信し、ランサーの動きを停止させているのだ。

しかし、あくまでこれは擬似的な令呪を送っているにすぎない。

士郎の令呪を使用している訳ではないので、束縛する力は通常の令呪よりも弱い。

だが、それでも今のランサーは指先一本動かす事は出来ない。

例え擬似とはいえ、それほど令呪の力とは強力なのだ。

 

「やれやれ。全く無粋な限りよ。

勝利に固執するあり様は見るに堪えんな。

……ランサーを導く餌となった私がいうセリフではないが。」

 

それを見ながら、アサシンにしては珍しく憮然とした表情をしている。

いかに令呪の命令とはいえ、このような姑息な罠など剣術家としての誇りが許さない。

今のランサーは完全に束縛されている。だが、深紅の光に束縛されつつも、ランサーは俯き加減にぽつり、と一言呟く。

 

「……るな。」

 

「ん?命乞いか?最後の言葉ぐらいは―――何?」

 

「ふざけるな、と言ったんだ。虫けら野郎が。」

 

ぎり、と歯を剥き出しにし、目に憤怒の炎を燃え上がらせながら、ランサーは睨みつける。

彼のその怒りは、令呪などでは到底止められるモノなどではない。

                               オレ

「令呪だと?絶対命令権だと?そんなモノで―――英雄の誇りを縛れるとでも思ったか―――!!」

 

瞬間、ランサーの怒号と共に彼の肉体から凄まじい魔力が放たれる。

それはセイバーの魔力放射に似ている。迸る魔力はランサーの体内だけでなく、彼の周囲すらをも青白い稲妻で埋め尽くす。

そして、それに対抗するようにして床に描かれた魔法陣は赤い光を放ってランサーの魔力を押さえ込もうとする。

だが、拮抗した魔力に耐え切れず、修練場の床一面に大小様々な罅が走っていく。

 

「そ、そんなバカな……!令呪の縛りを退けるなどそんな事が……!」

 

本来のランサーには令呪の束縛に対抗できるほどの力は存在しない。

だが、今の彼には一つのゲッシュを自らに課している。

【士郎を護る】

この絶対的な誓い、ゲッシュによる力は今ここに遺憾なく発揮されていた。

だが、これでもまだ足りない。あくまでこれは擬似令呪の命令を押し止めている程度。

その束縛から逃れるには、後一つ。さらに一手がなければならない。

 

「ランサー……!!」

 

そう、ならば、その一手をどうにかするのはマスターである衛宮士郎の役割だ。

擬似令呪の干渉により赤く輝く左手の甲の令呪を真正面にかざし、士郎は叫ぶ。

 

「聖杯の誓約に従い、第七のマスターが命じる!」

 

眼には眼を、歯には歯を。

相手が令呪を持ってランサーを縛るのなら、こちらも令呪を持って対抗するのみ!

 

「【戦え―――!】」

 

「お……おおおおおおおおおおおおおおお――――!」

 

士郎の手から令呪の光が一つ消え去っていく。

それと当時に、蒼い放電は紅い束縛を打ち破り周囲の暗黒全てを蒼く染め上げる。

全ての枷を解き放たれ、牙を剥き出しにしながら吼える彼は、今や『ランサー』と言う役割ではない。

クーフーリンの伝承に曰く“戦闘時には雄叫びと共に体が盛り上がり、悪鬼の如く振る舞った”とある。

そう、今の彼はランサーではなく、最早『バーサーカー』そのものである。 

 

「そ、そんなバカな……!疑似令呪を破るとは……!!

ええい。アサシン……!蟲どもよ!奴等を喰らい尽くせ!」

 

「くくく、いやいや。実に無様だなマスターよ。

まあ、策に溺れる者の末路などこのようなものか。

よし、ならば行くぞ。ランサー。」

 

アサシンは、戦術としては本道のマスター攻撃ではなく、一直線にランサーに目がけて疾走し、攻撃を仕掛ける。

彼の望みは強者との戦い。

戦略的・戦術的有利など関係はない。

敏捷:A+を所有するアサシンの剣戟はまさに疾風。

通常のサーヴァントならば、防御すらできずに体を切り裂かれてしまうだろう。

だが、こちらも最速を誇るランサーのサーヴァント。

まるで疾風のような速度で疾走しながら、ゲイボルグでアサシンの刀を迎撃する。

 

「――――!!」

 

飛び散る火花。激しい剣戟。

本来ならば、サーヴァントの宝具は強い神秘が込められており、同等以上の神秘を秘めた宝具でなければ対抗することはできない。

だが、このアサシンが持つ刀は、宝具といえるほどの神秘を持たない長さを別にすれば、いわば「普通の刀」に等しい代物だ。

そんな刀が、神代に近しい時代に作成された強大な神秘を秘めたゲイボルクと真っ向から戦えば、即座に砕け散ってしまうだろう。

だが、このアサシンは真っ向から受け止めるのではなく、上手くゲイボルクを柳のように受け流すことによって攻撃を受け流したのだ。

だが、それでも強大な神秘を秘めたゲイボルクの力は完全に受け流すことができず、アサシンの刀の刃がほんの少しだが欠けてしまう。

そして、それを見逃すランサーではなかった。

 

「ハ、テメエのようなヤツとは近接戦闘はやりたくねえと思っていたが……

こういうのも悪くねえな!おい!!」

 

そう言葉で注意を引いておきながら、ランサーはさらに猛烈な突きを連続してアサシンに叩き込む。

だが、その目標はアサシン自身ではない。

そう。「アサシンの持つ青江の刀」に攻撃を仕掛けたのだ。

―――武器破壊。

いかにサーヴァントといえど、自分の所有する宝具を破壊されれば、その戦闘能力は激減する。

それはこのアサシンであろうと例外ではない。

剣術家にとって命ともいえる刀が壊されてしまっては、このアサシンに戦闘手段はもはやない。

 

―――とった!!

アサシンの注意が己の青江の刀とそれを狙うランサーのゲイボルクに集中した瞬間、連続する突きの一つの軌道が変化する。

そう「青江に対する突き」は全てフェイント。

この一撃こそが―――本命!

次の瞬間、ランサーのゲイボルクの切っ先が、アサシンの右肩へと深々と突き刺さる。

 

「く――――っ!!」

 

「悪いな。俺の槍は特別製でな。本気で刺させてもらったぜ。

その傷はこの槍が砕けるまで癒えることはない。

……アンタの利き腕はその右腕だ。

その腕で多次元屈折現象を起こせるかな?

起こせてもいいとこ一回きりって所だろう?

……アンタはな。あの燕返しの一撃で俺を仕留めるべきだったんだよ。」

 

それを聞いて、アサシンは実に楽しそうに笑い声をあげる。

 

「……く。くはははは!

ただの戦闘狂の猪だと思いきや、悪知恵の働く狼だったとはな!

なるほど。貴様を見誤った地点で私の不利は決定だったか。」

 

「当たり前だろうが。そんな脳無しじゃアルスターの盾は務まらねえ。

……さて、こうなっちまったら話は早いだろう。

……クィックドロウ、早抜きだ。

俺のゲイボルクか、それともテメエの燕返しが早いか。勝負だ。」

 

そのランサーの挑発に、にやりとアサシンは笑みを浮かべる。

確かにこの肩の傷では多次元屈折現象を起こすのは難しい。

だが……面白い。実に面白い。

強者との戦いはこうでなくては、面白くない!!

 

「よかろう。では……アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎。参る。」

 

 

瞬間、彼は弾けた。

敏捷:A+の彼の速度は伊達ではない。

だが……令呪によりブーストされているランサーの速度も同等なのである。

同時に、ランサーも大地を蹴る。立ち上るは砂塵のみ。

まさしく、瞬間移動したとしか思えないほどの凄まじい速度。

その速度は、例え敏捷Aのライダーでさえ及ぶべくもない。

大気が凍りつく。大気の全てのマナを彼が手にする魔槍に貪り食われていく。

そう、これこそケルトの大英雄が宝具―――!!

 

 ゲ イ

《刺し穿つ―――

 

      ボ ル ク 

――――死棘の槍!!》

 

《秘剣、燕―――返し!!》

 

因果を捻じ曲げ、『すでに心臓に命中している』という事実にする槍。 それこそがクーフーリンが宝具、『刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)』

それは回避しようとしたアサシンを追尾するかのようにありえない蛇のような軌道を描き、確実に彼の心臓を破壊していた。

 

同時に発動したアサシンの燕返しは、確かに多次元屈折現象を起こしたが、それは二撃のみ。

その二撃をランサーはゲイボルクで受け止め、そらした後で、宝具を発動させたのである。

そして、残る一撃は、ほんの刹那の瞬間、0,01秒にも満たないが、「遅れてしまった」のである。

それでは、多次元屈折現象にはなりはしない。

そして、そんな一撃を回避するのは、ランサーにとっては容易なのである。

 

「ぐ……ふ。」

 

口から血塊を吐き出すアサシン。

他のサーヴァントより霊としての属性が強いアサシンならば、心臓が破壊されようが、もう一度ぐらいは燕返しを振るうことも可能である。

だが―――。

 

(未練、か。)

 

からり、と手にした刀が落ちる。

一度決着がついた以上、これ以上の悪あがきは無意味だ。

そう彼は悟ったのである。

 

「く。くくく。ランサー。

お前との戦い。実に楽しかったぞ。 いや、実に満足であった。

このような強者と対峙できようとは。実に、実に楽しいひと時であったな。」

「……さらばだ。アサシン。お前との戦い、なかなか悪くなかったぜ。」

 

アサシンは、最後にニヤリ、と笑うと口から血を吐きながらも、最後の言葉を紡ぐ。

 

「確カに。なかなか悪クない―――。さらバだ、正英雄。

貴様が、どこマデ行けルか、見届けさせてもらうぞ―――。」

 

そうして、アサシンは塵へと還っていった。

 

「ア、アサシン……!」

 

自分のサーヴァントがやられた事により、ほんの一瞬だけ臓硯は呆然とする。

その一瞬、たった一瞬の隙。だがそれが、彼の命運を分けた。

 

「間桐臓硯―――!!」

 

その隙をつき、士郎は大地を蹴り、グラディウスを手にし臓硯との間合いを一気に詰める。

 

「く!小僧が―――!」

 

グラディウスの切っ先が、彼の胸の中心部分に深々と突き刺さる。

冷却された刃は臓硯の肉体の傷口を凍りつかせ、凍気によるダメージを与える。

だが、これで終わりではない。この程度では彼は滅ぼす事は出来ない。

今の士郎には投影は出来ない。だが、魔力を生み出し、『短剣に注ぎ込む』程度の事ならば出来るのだ。

 

「『I』―――!!」 

 

彼は全力で魔力を生み出し、それを叩きつけるようにグラディウスの柄に注ぎ込み、全力でソウゲンの横を駆け抜ける。

その魔力は、いわば手榴弾の信管と同じだ。

次の瞬間、グラディウスは閃光を放ち、凄まじい冷気を放ち、辺り一面全てを凍りつかせる。 その威力は(炎と氷と正反対だが)焼夷手榴弾など比べ物にならない。

臓硯の肉体は完全にあまりの凍気に凍りつき、その凍りついた体は粉微塵に四散し、肉片なのか蟲の残骸なのかヨクワカラナイ物があたり一面に飛び散る。

当然、近くにいた士郎もただではすまない。

凍気に吹き飛ばされながらも、彼の背中にはグラディウスの細かい破片が突き刺さってはいるが、その程度ならば何とかなるレベルだ。

桜には多少距離が遠かったせいが、何の被害もない。

だが、肉体をほぼ完全に破壊し、もはやふくらはぎ程度しか肉体が残っていないにもかかわらず、臓硝の笑い声は止まらない。 

 

「カ、カカカ……!侮るでないぞ、衛宮の小僧が……!

あの程度で、ワシが滅ぼせるとでも思うたか。」

 

そう、今の肉体など彼にとっては所詮蟲の塊にすぎない。

彼の本体を潰さなければこの老魔術師を滅ぼす術はない。

そして、今の士郎達には臓硝の本体など知りようはずも無い。

だが、そんな彼の打算は予想外の少女の声に断ち切られた。

 

「いいえ、お爺様。貴方はもう終わりです。」

 

その声は、黒い呪縛に縛られた桜だった。

漆黒の影に縛られながらも、何とか彼女は必死に言葉を搾り出しながら涙にかすむ目で士郎に謝り続ける。

 

「ごめんなさい。先輩。私ずっと先輩の事騙していたんです。

魔術師である事を黙っていました。先輩を監視するために先輩の家に来ている事も黙っていました。

先輩が間違ったやり方で命がけで魔術回路を開いているのを見たのに、言い出せませんでした。

こんなに汚れた体なのに綺麗な先輩に憧れていました。」

 

―――それは、まるでキレイな夢のように。

 

「私は、汚れた罪人なんです。ですから―――その罪を購いたいと思います。」

 

―――あの夢を、ずっと守っていたかった。

 

「私、は。」

 

―――穢れた私が、たった一つだけ見れた、キレイな夢―――。

 

そうして、彼女は何とか自由になる腕を動かして、その白い指先を揃えると、まるで槍のように、自らの胸へと勢いよく突き立てる。

 

『な、何をする桜―――!』

 

「あ、ああああああ……っ!」

 

指を突き立てた位置は胸のほぼ中心部。そう、つまりは心臓の部分だ。

臓硯の絶叫の中、凄まじい苦痛に顔をしかめながら、

ずるずると、彼女は己の手で自分自身の心臓を引きずり出す。

 

『く、狂ったか……!?そんな事をすれば、お主は確実に……!』

 

その光景に、ランサーや士郎ですら声一つ上げられない。

本来なら彼女を止めるべき士郎ですら、指一本動かす事ができない。

つう、と彼女の瞳から一筋の涙が流れる。

 

「貴方は、いえ、マキリはここで終わりです。お爺様。五百年も続いたんです、終わりにしてもいいでしょう?」

 

『や、止めぬか桜―――!ワシの夢が!全ての■の根絶が―――!!』

 

「貴方は間違えている。他人を踏みにじってまで理想を叶えていいなんて事はない。

私は―――正義の味方が好きなんです。だから、間違った事は、正さなきゃ。」

 

桜は自らの心臓に視線を向ける。その先には心臓に絡みつくようにして存在する擬似神経と化した小型の蟲。

それこそが、桜の中に巣食っていた魔術師、間桐臓硯の本体。

それは自らの末路を悟ったのか。

 

『■■■■■■――――!!』

 

声にならない絶叫。その絶叫の中、彼女は自らの心臓と共に、心臓に寄生している臓硯の本体を握りつぶす。

ぐちゃり、という音と共に、絶叫する声は消え去っていく。

それこそが、数百年の齢を得た老魔術師の最後だった。

 

「桜―――!」

 

ゆっくりと、心臓を失った彼女は地面へと崩れ落ちていく。

それと同時に、黒い影の呪縛もほどけていく。生きていない人間には最早マスターである資格はない。

呪縛から解放され、倒れ込む彼女が目にするのは、叫びながらこちらに駆け寄ってくる士郎の姿。

……ありがとう、先輩。最後に、貴方に会えて良かった。

その思考と共に、彼女の意志は再び暗黒に落ちていった。

 







Fate/if第九話、読んで下さりどうもありがとうございました。
今回で、対マキリ戦が終了です。

本来『影』に対しては物理攻撃は通用しないのですが、『約束された勝利の剣』ならば、切り裂く事が出来るという設定にしました。
もっとアサシンをカッコよく書きたかったんですが、自分にはこれが限界でした、すみません。orz.
アサシンらしくないのは、ソウゲンの令呪によるということでひとつ……。え?ダメ?

追記:ご意見をいただいたので、バゼットの口調を修正いたしました。
今までの小説も時間を見つけて修正していくつもりです。

もしよろしければ、感想などを送っていただけますと、とても嬉しいです。
またお気軽にお越し下さい。

なお、これらの小説は全てフィクションであり
実在の人物、団体、法人、国家、宗教等とは一切関係有りません。
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