翌日の夕暮れ時。
上層からの排熱がもたらす橙色の光が、黒鉄街の黒く煤けた鉄板屋根を斑らに染め上げていた。
カンカンと金属音を耳にしながら、カナタとジャックは『バンダ機械整備店』の暖簾をくぐった。
油と焦げた金属の匂いが漂う店内で、主のバンダは作業台に背を向け、大型のパイプレンチで何かを締め上げていた。
「バンダさん。約束の時間だ」
カナタの声に、巨漢の老技師は手を止め、ゆっくりと振り向いた。
ゴーグルを額に押し上げたその眼光は相変わらず鋭かったが、昨日までの不機嫌な刺々しさは消えている。
職人が満足のいく仕事を終えた後の、どこか誇らしげな色が宿っていた。
「遅かったじゃねぇか、ボウズ。ほらよ、持っていきな」
バンダが作業台の上に敷かれたオイル塗れのボロ布を、無造作に引き払った。
ジャキッ、と重厚な金属音が響く。
そこに鎮座していたのは、一目で異彩と分かる一本の長柄兵器だった。
かつて廃材のパイプに削岩用ドリルをワイヤーで縛り付けただけのガラクタは、どこにも存在しなかった。
柄部分は黒く防腐処理が施された超硬軽量合金で補強され、カナタの手にしっくりと馴染むよう、滑り止めの特殊ラバーグリップが精密に巻き直されている。
そして何より目を引くのはその穂先だ。
かつてのドリルを取り外した先端には、黒光りする超硬合金の多角錐状の槍頭が鈍い光を放っている。
その根元、柄と刃を繋ぐ部分には、重厚な金属ケーシングに覆われた『高出力衝撃振動ドライブ』が整然と組み込まれていた。
「すげぇ」
カナタは息を呑み、吸い寄せられるように手を伸び伸ばした。
柄を握りしめ、ゆっくりと作業台から持ち上げる。
重い。だが不快な重さではない。
重心の狂いが完璧に補正され、手に持った瞬間、まるで自分の腕の延長線上に刃が存在するかのような圧倒的な一体感があった。
「元の芯、お前が使い慣れた柄のしなりと長さの感覚はそのまま残してある。穂先はD級魔獣の装甲程度なら素で穿ち抜く超硬合金だ。そして、グリップにあるこのスイッチを押せ」
バンダが指し示したのは、右手の人差し指が自然と当たる位置にある、小さな金属スイッチだった。
「それが『衝撃振動ドライブ』の起動キーだ。スイッチを入れると、ジェネレーターから超高周波の振動波が穂先に伝わる。どれだけ硬い甲殻だろうと、突いた瞬間に内部から粉砕する。ただし、連続使用は熱暴走の原因になる。叩き込む一瞬だけ使え」
「ああ、わかった。感謝する、バンダさん」
カナタが心からの言葉を述べると、バンダはハッと短く鼻を鳴らした。
「礼なら金で受け取ってる。それに、そっちの泥犬も完璧だ。昨日のスキャン騒ぎで驚いたが、可動部の油膜調整と各部の歪みチェックはバッチリやっておいたからな。牙も爪もしっかり磨いておいたぞ」
カナタが足元を見ると、ジャックは自身の脚を軽く動かしたり、身軽にその場で跳ねたりしていた。
「ワンッ!」
ジャックは嬉しそうにカナタの顔を見上げ、尾を力強く振った。
「それじゃあな、バンダさん。大切に使うよ」
「おう。また武器を壊したら来な。もっとも、その槍を壊すような化け物と出くわして、生きて帰って来られたら話だがな」
バンダの豪快な笑い声を背に、カナタとジャックは工房を後にした。
◇
黒鉄街からスラムへ戻る廃墟の路地。
カナタは背中に背負った新たな相棒、『ヘビー・スピア・改』の心地よい重みを噛み締めていた。
手元に残った電子カードの残高は1,208Cr。
2,000Crの改修費と200Crのメンテ費を支払ったため資金は減ったが、胸の中にはそれ以上の確信と高揚感が満ちていた。
「なあ、ノア」
『なんでしょうか、カナタ様』
「この新しい槍と、メンテナンスが終わったジャックの慣らし運転をしたい。どこか手頃な場所はあるか?」
『肯定です。新装備の適合率測定、およびメンテ後のジャック個体の生体出力データの収集を推奨します。旧地下排水区での試運転を提案します』
「ラット・ディガーの狩場か。ちょうどいいな。あいつら相手なら、以前の自分たちとどれくらい変わったか、一番はっきり分かる」
カナタは足を早め、地下排水区への階段を下りて行った。
◇
湿った泥と生ゴミの腐臭が混ざり合う、旧地下排水区。
天井のパイプからポタリと水滴が落ちる音が響く暗闇の中、カナタとジャックは足音を殺して奥へと進んだ。
『周囲に生体反応を検知。前方15メートル、瓦礫の影にラット・ディガー1体』
視界の端にノアの青いAR表示が展開され、物陰に潜む体長1メートルほどのラット・ディガーの輪郭が浮かび上がる。
「よし、まずは俺の単独テストだ。ジャック、見てろよ」
「くぅん」
ジャックに待機を命じ、カナタはゆっくりと槍を構えた。
気配を察知したラット・ディガーが、赤い目をギラつかせて物陰から飛び出してきた。
鋭い前歯を剥き出しにし、カナタの首元を目指して一直線に跳躍する。
以前のカナタであれば、ノアの弾道予測を必死に追いかけ、全身の力を込めて泥臭く槍を突き出していた場面だ。
だが、今のカナタは冷静だった。
ドライブはまだ入れない。素の威力を見る。
フッ、と息を吐き出し、踏み込む。
しなやかにしなった柄が、カナタの突き出した力をロスなく穂先へと伝える。
ザシュッ!
手応えは、拍子抜けするほど軽かった。
豆腐にナイフを押し通すかのように、超硬合金の黒い穂先がラット・ディガーの頑丈な頭蓋骨を滑らかに穿ち、後頭部へと突き抜けた。
「ギチッ!?」
ラット・ディガーは悲鳴をあげる暇すらなく、空中で絶命して泥の上に崩れ落ちた。
「すごい。腕に伝わる衝撃が全然違う。力を入れなくても、穂先が勝手に肉を切り裂いていくみたいだ」
カナタは感嘆の声を漏らし、槍を引き抜いた。
血と脂が一切付着していない。特殊な表面加工のおかげで、汚れすら弾き返している。
『測定完了。超硬合金穂先による貫通効率は、旧ヘビー・スピア比較で340%向上。振動ドライブを使用せずとも、D級小型魔獣への殺傷力は十分です』
「よし、次はジャック、お前の番だ」
カナタは背後のジャックに向き直り、ニヤリと笑った。
「ノアから聞いたぞ。お前、手入れされてまともな飯を食べたおかげで、本当は相当強いんだろ? 試しに見せてくれよ」
「バウッ!」
ジャックは誇らしげに胸を張り、前足で地面を蹴った。
『警戒。前方奥の配管より、ラット・ディガー2体が接近中。ジャック個体の単独制圧テストを開始します』
暗闇から、シャカシャカと爪音を立てて2体のラット・ディガーが姿を現した。
仲間が倒された匂いを嗅ぎつけ、興奮状態で毛を逆立てている。
ジャックはウーッと低い唸り声を上げ、身構えた。
まず、左側の1体が突進してきた。
以前のジャックであれば、チョコマカと走り回って敵の視線を誘導し、カナタが攻撃するスキを作るのが限界だった。
しかし、現在のジャックの動きは違っていた。
「グルルッ!」
跳びかかってきたラット・ディガーに対し、ジャックは最小限のステップで横へ回避。
すれ違いざま、洗練された生体装甲で覆われた頑丈な前脚を振り抜き、側頭部へ強力な一撃を叩き込んだ。
ドカッ!
「ギイッ!?」
嫌な骨折音が響き、ラット・ディガーが壁に激突して転がる。
間髪入れず、右側から襲いかかってきた2体目が、ジャックの死角からその鋭い前歯を突き立てようとする。
だが、ジャックの研ぎ澄まされた聴覚と背部の感覚素子は、その奇襲を完璧に察知していた。
ジャックはくるりと反転し、背中の金属甲殻で攻撃を正面から受け止めた。
ガキンッ、と金属音が響き、ラット・ディガーの前歯が跳ね返される。
敵が思わぬ硬さに怯んだその一瞬、ジャックの真価が発揮された。
「ガウッ!」
ジャックは目にも留まらぬ速度で懐へ潜り込み、強化された圧倒的な顎の力で、喉笛に噛みついた。
バキッ、ゴリッ!
肉が引きちぎられ、首骨が粉砕される生々しい音が響く。
ジャックはそのまま首を激しく横に振り、ラット・ディガーを床へ叩きつけた。即死だった。
壁際に倒れていた1体目が立ち上がろうとするが、ジャックは着地と同時に低空の跳躍を見せ、その喉元へ一直線に牙を突き立てた。
わずか数秒。
カナタが一切手を貸すことなく、ジャックは2体のラット・ディガーを完璧に制圧してみせたのだ。
「おいおい、嘘だろ」
カナタは目を見開いた。
ジャックの基本は、素早い動きで敵を翻弄し、死角やスキを作り出すサポートだ。
だが、まともな食事で生体筋肉が引き締まり、バンダのメンテナンスを経た現在のジャックは、そのサポート技術が高まった結果、小型の害獣程度なら足止めから追撃まで単体で完結できるほどの戦闘力を手に入れていた。
ジャックは口元についた不快な血を首を振って払うと、カナタのもとへ駆け寄り、誇らしげにワンッと吠えた。
「すごいぞジャック。お前、こんなに強くなってたのか」
カナタはかがみ込み、ジャックの頭をわしゃわしゃと激しく撫で回した。
ジャックは嬉しそうに目を細め、尻尾を千切れんばかりに振る。
『肯定です。ジャック個体の本質は戦術誘導および足止めですが、生体肉体の成長に伴い、D級害獣に対する単独致死率は98%に達しています。カナタ様が別の敵に対応中であっても、十分に自己防衛および敵の制圧が可能です』
ノアの解説を聞き、カナタは深く頷いた。
一人と一匹で戦う以上、どちらか一方が倒れれば終わる。
ジャックが自力で身を守り、雑魚を処理できるようになったのは、パーティとして圧倒的なアドバンテージだった。
「よし、最後は連携のテストだ!」
奥の暗がりから、先ほどの騒ぎを聞きつけたラット・ディガーの群れ、3体が同時に姿を現した。
「ジャック、行くぞ!」
「バウッ!」
ジャックが先陣を切って飛び出した。
低い姿勢で右へ左へとジグザグに走り、3体の視線を一身に集める。
敵がジャックの素早い動きに翻弄され、一箇所に固まったその瞬間。
「ウーッ!」
ジャックが1体の脚へ素早く噛み付き、その場に縫い付けた。
ラット・ディガーの陣形が完全に崩れ、直線上に3体が重なる。
「ナイスだ、ジャック!」
カナタが大地を蹴った。
グリップを握る右手の人差し指に力を込め、ついに『衝撃振動ドライブ』のスイッチを押し込む。
ブォォォン……!
穂先から、耳鳴りのような不気味な高周波の振動音が響き渡る。
「はあぁぁぁっ!」
カナタは狙いを定め、固定された1体目めがけて新槍を一直線に突き繰り出した。
ドスッ!
超硬合金の穂先が1体目の皮膚を破った直後、組み込まれた振動ドライブが爆発的な衝撃波を体内に解き放った。
ズガガガガガッ!
肉体内部で高周波振動が狂乱し、1体目の肉体を内部から破壊しながら、その背後にいた2体目、3体目の肉体までもが一瞬で巻き込まれ、激しい衝撃とともに破裂した。
槍を一回突き出しただけで、直線上にいた3体のラット・ディガーが同時に肉片となって四散したのだ。
「なっ!?」
カナタ自身、その威力に言葉を失った。
突き刺した腕に嫌な衝撃は一切ない。
振動エネルギーのすべてが、相手の肉体を破壊するためだけに効率よく伝達されていた。
静寂が戻った地下排水区。
ノアのAR視界が、散らばる素材の数値を青く表示する。
『テスト終了。連携戦闘における討伐時間:1.8秒。カナタ様、およびジャック個体の被ダメージ:0。完全な無傷での制圧を確認しました』
カナタはゆっくりと振動ドライブのスイッチを切り、大きく息を吐き出した。
手に残る感触。
新兵器の圧倒的な破壊力と、ジャックの洗練されたサポート。
間違いない。俺たちは、劇的に強くなった。
かつて、ラット・ディガー1体に命をかけ、ボロナイフとガラクタの槍で必死に戦っていた頃の自分とは、もはや別の存在だった。
「よし、ノア。テストは十分だ。ラット・ディガー狩りはこれで終わりにする」
カナタは槍を背中に担ぎ直し、地下排水区のさらに奥、暗闇が続く通路を見つめた。
「もっとデカい獲物がいて、もっと稼げる場所へ連れて行ってくれ」
『了解しました。当エリアにおけるラット・ディガーに対する討伐勝率は100%に達しており、これ以上の戦闘データ収集および資金効率の向上は見込めません。マスター・カナタ、およびジャック個体の現在の戦闘数値であれば、より高脅威度・高単価のエリアへの移行が最適解です』
ポーン、と電子音が鳴り、ノアのARマップが切り替わる。
スラムの旧排水区を抜け、さらに下層へと続く複雑な構造図が表示された。
『推奨する次の狩場を提示します。旧地下排水区最深部を越えた先、企業廃棄プラント跡地『廃油プラント洞窟』です』
「廃油プラント洞窟……」
『肯定です。当エリアは第2層からの重金属廃棄物および廃油が流出する危険区域であり、生息する魔獣の脅威度はC〜D級へ上昇します。主たるターゲットは中型魔獣【アーマー・シェル】です』
ノアの視界に、岩のように巨大で、分厚い金属質の甲殻を持つ巨大な甲虫のホログラムが映し出された。
『アーマー・シェルは極めて頑丈な外殻を持ち、従来のヘビー・スピアでは打撃・刺突ともに無効化されていました。しかし、新装備『ヘビー・スピア・改』の衝撃振動ドライブであれば、外殻の粉砕が可能です』
「買取価格はどれくらいだ?」
『レニー氏の査定基準において、高純度甲殻1枚あたり500Cr。内部の動力核(コア)は1,000Crでの取引実績が存在します』
「1体倒せば、1,500Cr……! 桁が違うな!」
カナタの目が輝いた。
ラット・ディガーの前歯が1本20Crだったことを考えれば、まさに破格の単価だ。
『補足情報です。アーマー・シェルの動力コアを3つ以上獲得し、レニー氏の拠点で売却した場合、目標資金の確保と同時に、ジャック個体の背部モジュールへ装着可能な汎用小型火器ユニットの中古ジャンクパーツの購入資金が充填されます』
「ジャックの、背中の銃か!」
カナタはジャックを見た。
ジャックは自分のか、と訊ねるように、首を傾げて耳をピクピクと動かしている。
「聞いただろジャック。あのプラントに行けば、お前の背中に付ける銃が買えるぞ。行くしかないだろ!」
「バウッ!」
ジャックは賛同を示すように力強く吠えた。
かつてはただ飢えを凌ぐためだけに怯えて暮らしていたスラムで、今は明確な目的と、それを掴み取るための力がある。
「行くぞ、ノア! 案内してくれ!」
『了解しました。ルートを固定。目的地:廃油プラント洞窟』
視界に引かれた青いナビゲーションラインに従い、カナタとジャックは暗闇の奥へと足を踏み入れた。
◇
旧地下排水区を抜け、数十分。
空気の質が明らかに変わった。
カビとドブの匂いから、ねっとりとした機械油と焦げた化学薬品の臭気が鼻をつくようになる。
足元も泥から、黒く粘り気のある廃油の溜まり場へと変化していた。
頭上を見上げれば、無数の錆びついた巨大パイプが複雑に絡み合い、時折ドシャリと黒い油の塊が落ちてくる。
『目的地『廃油プラント洞窟』に到達。これより先、視覚拡張の輝度を調整します』
ノアの声とともに、暗闇だった洞窟内が暗視補正によって青白くクリアに照らし出された。
静寂の中、不気味なガチガチガチ、という金属同士が擦れ合うような音が、洞窟の奥から響いてくる。
「いるな」
カナタは背中から『ヘビー・スピア・改』を引き抜き、低く構えた。
ジャックもまた、身を低くして低い唸り声を上げ、索敵体制に入る。
音の開けた先、巨大な石油タンクの廃墟が転がる空洞に、それはいた。
体長2メートルを超える、巨大な甲虫の姿をした魔獣。
全身を覆うのは、油で黒光りする分厚い鉄の甲殻だ。
頭部には重機のような巨大なハサミを持ち、廃油の池に浸かりながら機械のゴミを貪食している。
『ターゲット確認。中型魔獣【アーマー・シェル】。甲殻の推定耐久値は極めて高。通常攻撃による有効打率は12%未満。衝撃振動ドライブの使用を強く推奨します』
「OKだ、ノア。ジャック、いつものようにあいつの注意を引いてくれ!」
「ワンッ!」
ジャックが真っ先に飛び出した。
黒い廃油の溜まり場を、しなやかな跳躍で軽々と飛び越え、アーマー・シェルの正面へと躍り出る。
「ウーッ、バウッ!」
甲高い警戒音を響かせ、ジャックがアーマー・シェルの顔の前で左右に激しくステップを踏んだ。
「ガチガチッ!?」
巨体に似合わぬ素早さで、アーマー・シェルが反応した。
巨大な鉄のハサミを振り上げ、足止め役のジャックを押しつぶそうと猛烈な勢いでハサミを振り下ろした。
だが、ジャックの動きはそれ以上に速かった。
バンダにオイルを注入された足回りは極めて滑らかで、ハサミが地面の廃油を跳ね上げる直前、紙一重の差で真横へ跳躍。
ハサミが空を切り、巨大な隙が生まれた。
「ナイスだ、ジャック!」
背後から、カナタが全速力で突進する。
狙うは、ハサミを振り下ろしたことで無防備になった、アーマー・シェルの分厚い背甲の継ぎ目だ。
カナタは右手の人刺し指で、グリップのスイッチを押し込んだ。
ブワァァァァンッッ!
『高出力衝撃振動ドライブ』が激しい高周波音を上げ、超硬合金の穂先が目に見えない速度で超高速振動を開始する。
「うおぉぉぉぉぉ!!」
全身の体重と突進の慣性を乗せ、カナタは高周波を纏った槍頭を、アーマー・シェルの頑強な外殻へ一直線に突き立てた。
ズドッドッッ!
直後、けたたましい破壊音が洞窟内に轟いた。
どんなハンターの安物兵器も弾き返してきたアーマー・シェルの激硬甲殻が、衝撃振動ドライブの放つ高周波エネルギーに耐えきれず、突き刺さった瞬間から放射状に亀裂を走らせた。
「ガ、ギギギッ!?」
衝撃波が体内に浸透し、頑丈な外殻の内部にある内臓と肉体をぐちゃぐちゃに破壊していく。
内側からの圧力に耐えかね、アーマー・シェルの背甲が爆発するように弾け飛んだ。
黒い体液と甲殻の破片が周囲に飛び散り、巨大な甲虫は一度大きく身悶えした後、そのまま廃油の池へとドスンと倒れ伏した。
沈黙。
かつて最底辺スカベンジャーだった少年が、中型魔獣をわずか一撃で仕留めた。
「はぁ、はぁっ!」
カナタは槍を引き抜き、槍先を見つめた。
欠け一つない超硬合金の穂先。
ジェネレーターからは、かすかに熱を帯びた白い蒸気が上がっている。
「やった、一撃だ!」
「バウッ、バウッ!」
ジャックが嬉しそうにカナタの周りをくるくると回り、倒れたアーマー・シェルの巨体を突っついた。
『戦闘終了。討伐対象アーマー・シェルの完全停止を確認。素材の採取ナビゲーションを開始します』
ポーンという電子音とともに、ノアのAR視界が倒れた魔獣の死体をスキャンし、青いアイコンを表示させた。
『獲得可能素材:
・高純度・黒鋼甲殻(部位:背甲)×2枚 ➔ 推定買取価格:1,000Cr
・アーマー・シェルの高出力動力コア×1個 ➔ 推定買取価格:1,000Cr
合計想定売却額:2,000Cr』
画面に表示された「2,000Cr」の数値を見て、カナタは思わず拳を強く握りしめた。
たった1体の討伐で、かつて1週間かけて泥塗れで稼いだ額の半分以上に匹敵する金が手に入る。
「解体だ、ノア! 手順を教えてくれ!」
『了解しました。ボロナイフによる動力コアの摘出ルートをガイドします。胸甲の隙間、第三関節部分を切り開いてください』
カナタは慣れた手つきでナイフを取り出し、ノアの指示通りに手際よく解体を進めていった。
分厚い甲殻を剥ぎ取り、内部から仄かに青く光る拳大の動力コアを取り出す。
ズッシリとした重みと、かすかな微振動。
これが高値で売れるエネルギー資源だ。
「よし、コア1個獲得だ! ジャック、このコアをあと2個集めれば、お前の背中に付ける銃が買えるぞ!」
「ワンッ!」
ジャックはカナタの言葉を理解したように、瞳を輝かせて喉を鳴らした。
手元に残った残高、新兵器の圧倒的な威力、そして成長を続ける最高の相棒。
50,000Crというハンターライセンスの取得費用は、かつては雲の上の存在であり、果てしない数値だった。
だが今、カナタの胸の中にあるのは絶対に届くという熱い確信だった。
「まだまだ稼ぐぞ! 次の獲物を探そう、ノア!」
『肯定です。マスター・カナタ。これより洞窟内部の拡大ソナーを実行します』
橙色の排熱光すら届かない暗い洞窟の奥へ向かって、カナタとジャックは迷いなく突き進んでいく。