カツン、カツンと、湿ったコンクリートを叩く自分の足音がやけに大きく響く。
古びた階段を下りきった先——「旧地下排水区」の内部は、生温かい湿気と、獣の臭いが混ざり合った濃密な排気が満ちていた。
薄暗い非常用ライトが定期的に点滅し、壁面の太い配管からはドブ水が滴り落ちている。
(うわ、マジで臭ぇ……スラムの路地裏も酷いが、ここは輪をかけて酷いな)
カナタは思わず顔を顰め、手に持ったヘビー・スピアの柄を握り直した。
手のひらに伝わるカーボンシャフトの冷たい感触だけが、妙にリアルだ。
『カナタ様。生体シグナルに軽度の動悸および緊張状態を検知。深呼吸を行い、副交感神経の優位化を図ってください』
脳内に直接響くノアの無機質な音声。
同時に、視界の端に青いミニマップと、カナタ自身のバイタルデータが可視化されていく。
(無茶言うなよ。こんな場所に槍一本で放り出されて、平常心でいられるかよ)
愚痴を心の中で吐き捨てつつ、カナタは息を深く吸い、吐き出した。
隣を並走するジャックを見下ろす。
黒い毛並みを湿らせながら、ジャックは低く身をかがめ、耳をピクピクと動かしていた。
その目はすでに獲物を狙う魔獣の顔つきだ。
(ジャックの方がある意味頼もしいじゃねぇか。よし……ビビってる場合じゃねぇ)
『前方15メートル、曲がり角の先。動体反応を検知。……個体識別スキャン開始』
ノアの声と同時に、視界の奥の闇の中に赤い光点が浮かび上がった。
『種別:【ラット・ディガー】。下水区画に生息する中型齧歯類魔獣。体長約1.2メートル。狂犬病ウイルス注入の前歯と、高い穿孔能力を有します。危険度:低』
(低、ねぇ。言葉で言うのは簡単だけどよ……!)
角を曲がった瞬間、視界が開けた。
汚水が流れる中央水路の脇、崩れた瓦礫の山の上で、体長1メートルを超える巨大なドブネズミのような化け物が、こちらの気配に気づいて首をもたげた。
硬質化した灰色の皮膚。長くて鋭い二本の前歯が、排熱ランプの光を浴びて嫌らしく光っている。
シャーッ! と鼓膜を刺すような威嚇音が地下通路に響き渡った。
『交戦許可。戦闘シミュレーションを開始します。カナタ様、ヘビー・スピアを構えてください』
「言われなくても……!」
カナタは右足を引いて踏み込み、ヘビー・スピアの先をラット・ディガーへと向けた。
だが、敵の動きは予想以上に早かった。
瓦礫を蹴り飛ばし、巨体からは想像もつかない俊敏さで、汚水の上を滑るようにカナタへと突進してくる。
(速ぇっ……! まじで向かってきやがった!)
視界が一瞬でラット・ディガーの巨体で埋まる。
ボロナイフしか持っていなかった頃のカナタなら、このスピードに圧倒されて立ちすくみ、喉笛を噛み切られていただろう。
だが——視界が突如、鮮やかな色彩で塗り替えられた。
『目標の到達まで、1.8秒。カナタ様の視界へ【最適回避軌道】および【カウンター射線】を投射します』
ラット・ディガーの頭上に赤いターゲットマーカーがロックオンされ、地面に青い矢印のラインが描かれる。
『ジャック個体、戦術パターンAlpha作動。——行け』
ノアの指示と同時に、カナタが命じるよりも早くジャックが動いた。
「ガアッ!」
ジャックは鋭い短砲のような吠え声を上げ、左斜め前方へ跳躍。
ラット・ディガーの左目へ向けて牙を剥き出し、鋭い爪で空を裂いた。
フェイントだ。本気で噛みつく気はない。
だが、突進してきたラット・ディガーは反射的に視線を左へ切った。
ほんのわずか、コンマ数秒の隙。
『目標の首元に死角が発生。カナタ様、右踏み込み、角度プラス12度。突き出してください』
視界に浮かぶ青い光のラインと、ラット・ディガーの首元に点滅する「HIT」のターゲットマーク。
(今かよっ……! 行けぇぇぇ!)
脳の理解より先に、訓練で体に叩き込んだ動作がとっさに出た。
右足をコンクリートへ力強く踏み込む。
腰を激しく回転させ、その旋回運動のエネルギーを全て、手に持った重突槍へと伝える。
突き出された1.8メートルのカーボンシャフト。
その先端に固定された超硬度ドリルの破片が、空気を切り裂いて突き進む。
ズスッ……ダンッ!
「グギャッ!?」
鈍く重い衝撃が、槍の柄を通してカナタの両腕、そして全身へと駆け抜けた。
ドリル刃はラット・ディガーの硬い皮ふを易々と撃ち抜き、首の骨を砕いて反対側へと突き抜けていた。
大量の黒赤い血が勢いよく吹き出し、カナタの顔と胸元に飛沫が飛ぶ。
(刺さった……! 手応えが……ある!)
『油断しないでください。即死に至っていません。追撃を』
「しまっ——」
首を貫かれながらも、ラット・ディガーは狂乱して前脚の鋭い爪をカナタへ向けて振り下ろそうとした。
(まずい、距離が近すぎる!)
だが、振り下ろされる直前、ジャックが横からラット・ディガーの右後脚へ飛びつき、強い力で噛み付いた。
「ギャウッ!?」
体勢を崩したラット・ディガーの隙を逃さず、カナタは槍を力任せに引き抜き、回転の勢いのまま再びその頭部へ向けてドリル刃を打ち下ろした。
ズシンッ!
脳漿と血みどろの塊が散らばり、ラット・ディガーの巨体が痙攣した後に、ピタリと動きを止めた。
地下通路に、カナタの荒い呼吸音だけが響き渡る。
「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」
自分の手を見る。
ヘビー・スピアの柄を握る両手は、激しく震えていた。
返り血の温かさと、鉄くさい匂いが鼻をつく。
(勝った……? 俺が、魔獣を一瞬で……?)
『戦闘終了。交戦時間:4.2秒。カナタ様の被ダメージ:0。ジャック個体の被ダメージ:0』
ノアの淡々としたアナウンスが脳内に響く。
視界のターゲットマーカーが消え、代わりに討伐成功のアラートが表示された。
『初回戦闘としては優秀なスコアです。ノアのアシストに対する反応速度、およびジャック個体との連携は評価できます。……ですが』
(ですが、なんだよ……)
『軸足の踏み込みが甘く、槍の貫通深度がシミュレーションより12%不足していました。ジャック個体の追撃がなければ、カナタ様は前脚による反撃を受けていた可能性が高いです』
「相変わらず容赦ねぇな、お前は……」
カナタは苦笑しながら、その場にへたり込みそうになる足を踏みとどまった。
だが、胸の奥から湧き上がってくるのは疲労感だけではなかった。
熱い。身体の芯から、得体の知れない高揚感が込み上げてくる。
(泥水をすすり、ゴミをあさってビクビク生きていたスカベンジャーの俺が……命懸けの戦闘で、かすり傷一つ負わずに獲物を狩ったんだ!)
「ありがとよ、ジャック。助かった」
カナタが呼びかけると、ジャックは血のついた口元をペロリと舐め、得意げに「ワン」と鼻を鳴らしてカナタの膝に頭をすり寄せてきた。
『余韻に浸るのは後です、カナタ様。討伐部位の解体および素材の回収を開始してください。血の匂いは他の魔獣を引き寄せます』
「わかってるよ。ノア、こいつのどこが高く売れる?」
『前歯2本、および後脚の筋組織です。露店市場での推定買取価格:約120Cr。解体用ナイフの指定ラインに沿って切り出してください』
視界に、横たわるラット・ディガーの死体の上に色鮮やかな緑色の点線がAR投影された。
死体の口元と、太い後脚の関節部分をなぞるようにラインが走っている。
「よし……解体作業か。スラムのジャンクバラシよりは生臭そうだが、金のためだ」
カナタは腰のホルダーから、手入れの行き届いていないボロナイフを抜き取った。
刃こぼれしかけた不格好なナイフだが、今のカナタにとっては唯一の解体道具だ。
まずは一番の金目となる前歯に取りかかる。
長さ15センチはある黄ばんだ前歯は、狂犬病ウイルスを注入するための管が内部を通っており、上層都市の医薬品メーカーや化学素材屋が高値で買い取る部位だ。
『歯根部の歯肉にナイフの先端を挿入し、上顎骨との接合面を切断してください。力を入れすぎると歯根が破損し、市場価値が40%低下します』
(繊細な作業を要求してくるな……!)
カナタはラット・ディガーの頭部を足で踏みつけ、むき出しになった上歯の根元にナイフを押し当てた。
グニュッ、と湿った肉を断ち切る感覚が手に伝わる。
血と膿の混ざった生温かい液体が噴き出し、カナタの手にねっとりとこびりついた。強烈な鉄くささと腐臭が鼻を突き、思わず吐き気がこみ上げる。
(くっそ、臭ぇ……! だが、ここでへこたれてたらハンターなんてやってられねぇ!)
歯ぐきの皮肉を切り裂き、硬い骨との境目にナイフの刃を潜り込ませる。
「てこ」の原理を使ってぐっと刃先を押し込むと、ミチミチ……ボキッ! と嫌な音と共に、前歯の根元が剥がれ落ちた。
「よし、一本目……!」
カナタは血みどろになった15センチほどの前歯を拾い上げ、用意していたズック袋へと放り込んだ。同じ手順でもう一本の前歯も手際よく抉り出す。2本目の作業時には、ノアのアシストも手伝って手の動きのぎこちなさが無くなってきていた。
『手際が向上しています。続いて、後脚の筋組織(高タンパク合成肉原料)の切り出しに移行してください。皮ふの角質化が激しいため、関節の隙間からナイフを挿入することを推奨します』
ARのグリーンラインが、太ももの関節部を円状に囲む。
カナタは死体を引っ繰り返すと、硬質化した灰色皮ふの隙間——わずかに柔らかい関節の肉線に向けてナイフを突き立てた。
ズスッ。
「うお、この皮ふ、固ぇ……! ドリル槍で突き刺さなかったら、ナイフじゃ歯が立たねぇぞ」
『ラット・ディガーの皮ふは分子密度の高いケラチン質で覆われています。ナイフを斜め45度で滑らせるように運んでください』
指示通りに刃を斜めに入れると、スルスルと硬い皮膚が剥がれていき、中から鮮やかな赤紫色の肉塊が現れた。高負荷な移動を支える太ももの筋肉だ。
カナタは力任せに筋肉の束を削ぎ落とし、血抜きをしながら袋へ詰めていく。
「はぁ、はぁ……これで前歯2本と、後脚の肉が2ブロック。手元に残った肉の重さからして、ちゃんと120Cr分にはなりそうだな」
血と脂でドロドロになった手を雑巾で拭い、カナタは立ち上がった。
『作業完了時間を測定。解体所要時間:8分42秒。初回としては標準的なタイムです。ですが、血清分離が不完全なため、肉の保存可能時間は残り3時間と推計されます』
「3時間か。早く売りさばかないと腐っちまうな。……だけどノア、これで終わりじゃねぇんだろ?」
カナタはヘビー・スピアを持ち直し、暗闇の奥へと目を向けた。
『肯定。120Crでは、本日の最低維持コスト600Crに届きません。現在地から150メートル奥の排水溜まりにて、複数の動体反応を確認。さらに3頭のラット・ディガー、および上位種と思しきシグナルを検知しています』
「3頭+強い奴1体かよ……! 上等だ。せっかく覚えたての連携戦術だ、身体が感覚を忘れないうちに稼ぎ切るぞ」
カナタは隣のジャックを見た。ジャックもまた、解体中も周囲の警戒を怠らず、暗闇に向けて低い唸り声を上げていた。
「ジャック、まだいけるか?」
「グルル……ワンッ!」
力強い返事。頼もしい相棒だ。
『カナタ様、心拍数が上昇していますが、先ほどのような動悸ではありません。アドレナリンの分泌が適正値に達しています。戦闘効率の上昇を予想』
「フッ、煽ってくれるじゃねぇか。行くぞ、ジャック!」
カナタは一歩、さらに暗い地下排水区の奥へと足を踏み出していった。
◇
湿ったコンクリートの通路を進むにつれ、配管からの漏水音と、不気味な水の羽ばたきのような音が大きくなっていく。
角を二つ曲がった先は、直径20メートルほどの大規模な「沈殿池(ちんでんち)」になっていた。
天井の崩落した隙間から、上層の街から漏れ出る薄緑色の化学光がわずかに差し込み、緑色に濁った汚水の水面を妖しく照らしている。
そして、その池の周囲には——
シャーッ! グルルル……!
ノアの警告通り、3頭のラット・ディガーが汚水をすすっていた。
さらに、池の中央に鎮座する巨大な排水弁の上には、一際巨大な影。
通常の個体の1.5倍はある巨体、全身を覆う漆黒の甲殻、そして金属のようにギラつく三本の不揃いな前歯。
『個体識別:【ラット・ディガー・リーダー(変異種)】。体長約1.8メートル。甲殻硬度:中。推定危険度:中。配下の個体へ簡易的な集団行動を命じる知能を有します』
(でけぇ……! あいつがリーダーかよ。雑魚3頭を抱えながらあんな化け物と戦うのか!?)
カナタの冷や汗が背中を伝う。
1対1ならノアのアシストとジャックの連携でなんとか勝利できた。だが、集団戦となれば話は別だ。一頭に槍を突き立てている隙に、横から別の個体に飛びつかれれば終わりだ。
『冷静になってください、カナタ様。敵群の配置および排水池の地形データを解析完了。同時に4頭を相手にする必要はありません。閉塞空間への「引きつけ迎撃戦術」を推奨します』
ノアの声が頭の中に響くと同時に、視界のミニマップ上に立体的な戦術ホログラムが描き出された。
『現在地である狭隘通路(幅1.8メートル)まで退避してください。通路内では、体長1.2メートルの敵は並列して進行できず、必然的に1頭ずつの交戦を強制できます』
(なるほど……! 広い場所で囲まれる前に、狭い通路に誘導して一本化するのか!)
「ジャック! 威嚇してすぐ引っ張るぞ!」
カナタの叫びにジャックが即座に反応した。
ジャックは沈殿池の入り口まで走り出ると、腹の底から咆哮を上げた。
「ガアァァァンッ!!」
狭い地下空間に響き渡る犬鳴。
沈殿池にいた3頭のラット・ディガーが一斉に首を跳ね上げ、真っ赤な目をジャックへと向けた。リーダーの巨大な変異種も、鬱陶しそうに尾を激しく叩きつける。
シャーッ!!
興奮した3頭のラット・ディガーが、水飛沫を上げて一斉にこちらへ襲いかかってきた。
「よし、かかった! 下がるぞ!」
カナタとジャックは脱兎のごとく踵を返し、今渡ってきた狭い一本道の通路へと駆け込んだ。
コンクリートの壁に囲まれた、幅1.8メートルの直線通路。
追ってきたラット・ディガーたちは、先陣を争うように狭い通路になだれ込んできた。案の定、巨体がつかえ、横に並ぶことができずに前後に重なり合う。
『作戦通りです。先頭個体、到達まで3秒。……2、1、今です!』
「おおぉぉぁぁっ!」
カナタは迫り来る先頭のラット・ディガーに対し、狭い通路の真ん中でヘビー・スピアを構え、全身の体重を乗せて直線的に突刺を繰り出した!
ズドォンッ!
ドリル刃が先頭個体の開いた口内に直撃し、頭蓋骨を貫通。
一頭目は激しい痙攣と共に即死し、狭い通路のど真ん中に巨大な肉の障害物となって転がった。勢いよく突進してきた2頭目のラット・ディガーがその死体に突っ込み、前のめりに派手に転倒する。後続の進撃が完全に途切れた。
『貫通を確認。即座に槍を引き抜き、転倒した2頭目へ追撃を!』
「ぬうぅっ!」
カナタは力任せに槍を引き抜くと、返り血を浴びながら、体勢を崩して身悶える2頭目の首筋へ向けて容赦なく重突槍を叩き込んだ!
ズスッ! ダンッ!
狭い通路という地形の利、そしてノアのコンマ数秒単位のアシスト。
1対多の絶望的な状況が、一本の「突き」を繰り返すだけの確実な作業へと塗り替えられていく。
最後のアシストラインに従い、3頭目の喉笛を正確に撃ち抜いた時、通路には3頭のラット・ディガーの死体が重なり合って転がっていた。
「はぁ……はぁ……! 3頭、撃破……!」
息を荒らげるカナタ。だが、安堵する暇はなかった。
ズシン……ズシン……。
重い足音が通路の奥から近づいてくる。
重なり合った死体の山を突き破るようにして、漆黒の巨体——【ラット・ディガー・リーダー】が姿を現した。
配下を失った怒により、その三本前歯からは濁った唾液が垂れ落ち、全身の黒い甲殻が不気味に震えている。
グルルルル……ッ!!
狭い通路すら、その巨体で押し潰さんばかりの圧迫感。
(こいつ……さっきの雑魚とは威圧感がまるで違う……!)
『警告。ターゲットの甲殻硬度は、現在のヘビー・スピアの突刺圧力と同等以上です。正面からの単純突刺では弾かれる確率が64%と試算されます』
「マジかよ!? 槍が通らねぇのか!?」
『肯定。したがって、関節部の隙間、または開口部への極小ピンポイント突刺が必要です。カナタ様、私のAR指示線を一コンマのズレもなく追ってください』
ノアの無機質な声に、カナタは唇を強く噛み締めた。
(一コンマのズレも許されない……かよ。上等だ、スラムのどん底で死にかけるのに比べたら、ノアの指示通り動くなんて楽なもんだ!)
「ジャック! こいつの足止め頼むぞ!」
ジャックが低く唸り、リーダーの死角である右側面の壁を蹴って跳躍した。
リーダーが鬱陶しそうに巨躯を揺らし、三本の鋭い前歯でジャックを噛み砕こうと顎を開く。
『今です。ターゲットの口腔内、喉奥の軟組織へ【限界突刺】を』
視界全体が赤く点滅し、リーダーの開かれた口の奥深く——喉の奥に、極小の青いターゲットマークが点灯した。
カナタの集中力が極限まで高まる。周囲の音が消え、ノアのアシスト光線だけが異常なほど鮮明に見える。
(合わせろ……ノアの線に……自分の全身を合わせろ……!)
右足を深く踏み込み、骨盤を強烈に回転。
1.8メートルのカーボンシャフトが、一本の光の矢となって一直線に疾走する。
超硬度ドリルの先端が、リーダーの開かれた大口へと一直線に吸い込まれていった。
ズゴォォォンッ!!
「グガァァァァッ!?」
凄まじい手応え。
ドリル刃はリーダーの軟らかい喉奥を粉砕し、そのまま延髄を破壊して首の後ろへと突き抜けた!
リーダーの漆黒の巨体が激しく痙攣し、カナタへ向けて伸ばしかけた前脚が空を切る。
「死ねぇぇぇっ!」
カナタはさらに体重をかけ、槍を奥深くへと押し込んだ。
ドスッ……。
数秒の激しい蠢きの後、リーダーの巨体から完全に力が抜け、沈殿池の冷たい床へと倒れ伏した。
……静寂。
地下排水区に、再び水滴の落ちる音だけが戻ってきた。
カナタはその場に両膝をつき、ヘビー・スピアの柄に体重を預けながら荒い息を吐いた。
「はぁ……はぁ……はぁっ……! 倒し、た……か?」
『戦闘完全終了。交戦時間:1分42秒。カナタ様被ダメージ:0。ジャック個体被ダメージ:0。……見事な集中力でした、カナタ様』
ノアの音声が、どこか少しだけいつもより柔らかく聞こえたのは気のせいだろうか。
ジャックがカナタの元へ駆け寄り、心配そうに顔を舐めてくる。
「ハハ……勝ったぞ、ジャック。俺たち、やりきったんだ……!」
カナタは血に汚れた手でジャックの頭を撫でまわした。
『カナタ様、戦果の計算を行います。ラット・ディガー3頭(約360Cr相当)、およびリーダー変異種(希少素材・漆黒の三本前歯および強化甲殻:推定800Cr相当)。合計獲得予定額:約1,160Cr』
「一千、百六十Cr……!?」
カナタは驚きで目を見開いた。
ほんの数時間前まで、770Crの残高をどう節約して生き延びるかで頭を悩ませていた自分が、一度の戦闘で1,000Cr以上の価値を手に入れたのだ。
『これで本日の目標維持コスト600Crを大幅にクリアし、明日の装備拡張資金すら確保可能です。スカベンジャーの思考を捨て、ハンターとしての投資を行った成果です』
「投資の……成果か」
カナタは血に塗れた自分の手と、手にした無骨な槍を見つめた。
恐怖に震えていた足は、もう震えていない。
「よし……ノア、解体作業の指示を頼む! 全部切り出して、ガルドの買い叩きを吹き飛ばすくらいの金を稼いでやる!」
『了解。解体ガイドラインを表示します。手際よく行ってください』
視界に鮮やかな緑色のARラインが幾重にも広がる。
カナタはナイフを強く握り直し、返り血に塗れながら、確かな手応えと共に次の解体作業へと取りかかった。