# 帰れない人を拾った話
その日、俺は研究室の帰り道にあるコンビニで肉まんを二つ買った。
研究室を出るのが遅くなった日は、こうして買い食いするのが半ば習慣になっている。二つ買った理由は、まぁなんとなく。
コンビニ駐車場の裏手にある空き地で、そいつは一人体育座りをしていた。
夜中に大の大人が資材置き場になっている空き地で体育座りをしている時点で、だいたい関わらない方がいい。
でも俺はそのとき妙に疲れていて、たぶん危機察知能力とか判断力とかが落ちていたんだと思う。
「それ、もらってもいいか」
知らない外国人顔の男が、わりかし流暢な日本語でそう言った。
声はとても落ち着いていて、顔立ちは整っている。
モデルにいそうなくらい整っているのに、不思議と人間の平均をそのまま形にしたようなどこにでもいそうな顔だった。
「……腹減ってるんですか」
「君たちの文化では、その表現が適切だ」
空腹に文化とかちょっと何言ってるかよくわからないですねぇ……
まぁとりあえず肉まんを渡した。
結果的に、これが一番平穏なファーストコンタクトだったらしい。
「私は帰れない」
肉まんを一口かじってから、彼はそう言った。
「帰るべき場所に対して、技術的な問題が発生している」
なんだか重そうな話を初対面でするなよ、物乞い外国人。
俺は二口目の肉まんを噛みながら、どう返事をするか考えた。
「……それ、なんで俺に言ったんすか?」
「たまたま最初に会ったからだ」
まぁそうだよねぇ。
ぽつぽつ喋る外国人の話を聞いてみると、彼――便宜上そう呼ぶ――は宇宙人だった。
異世界人でも未来人でもなく、ちゃんと宇宙人。
ただし侵略の予定はなく、地球に興味もそこまでない。
帰還用の装置が壊れて、直すには文明レベル科学レベルが足りない。それだけの話だった。
「じゃあ、どうするんですか? 帰れなくて一人ってのも辛いでしょう」
「いくつかの選択肢を検討している」
なんといわゆる長命種らしく、時間感覚が違うらしい。
百年単位で待てるし、何なら千年でも待てると豪語する。
ただ、何もしないのはいささか効率が悪い、と彼は言った。
「だから、君たちの文明と科学力を少し進める」
「一応聞きますけどそういう現地介入的なことってしていいんですか?」
「その方が早く帰れるからに良いに決まっているだろう」
交友のない文明の法倫理なんてものは尊重する価値はないらしい。
理屈は分かった。
分かったが、胃がきゅっと縮んだ気がする。
「うーんこの……可能な限りで良いんで国とか企業とかにバレないようにうまいこと頑張ってくださいね。宇宙テクノロジーとか盛大に揉めそうですし」
「隠す必要があるのかい?」
たぶん、と前置きしたうえで、国家安全保障とか技術独占とか現在の人類の倫理観とか、そういう単語をできるだけ噛み砕いて説明した。説明したつもりだ。たぶん伝わったと思う。
彼は黙って聞いていた。
「配慮が必要なんて面倒だな。とは言えまぁゴタゴタされるのも面倒か」
「ですよね」
意見が一致した。幸運にもしてくれた。
結論として、彼は俺の知り合いということになった。
友人でも親戚でもない。
「ちょっと変わった海外の研究者」枠だ。
この時点で、俺はすでに人生のレールを盛大に踏み外していたんだろう。
どうやったのかは知らないが、気が付けば彼は俺の知り合い兼同僚になっていた。
戸籍? 就労ビザ? 個人情報どうしたんだって?
知らない子ですねぇ……
ちなみに彼が提供したのは、いきなりの超技術じゃなかった。
理論の補助、計算のショートカット、材料工学の小さなヒント。
どれも「よく分からないけど、言われてみればそうかも」レベル。
「これ、論文出したら流石に色々バレません? 身分照会されちゃうでしょ」
「君が出せばいい。君が売ればいい。うまく使いたまえ」
「俺の人生の栄達に配慮してくれる宇宙人、初めて見ました」
彼は、たぶん褒め言葉として受け取った。
それから数か月、俺たちは細々とやった。
派手すぎることはしない、たぶんしてない。
注目を浴びすぎない、なぜか浴びてない。
俺の役割は、クッションだった。
彼の知識を、そのまま世界に投げないための緩衝材。
正直、ずっと怖かった。
だって複数分野で、たいした時間もかけずに基礎研究の成果を連発しているんだもの。うちの研究室と関連企業。
怪しすぎるだろ。なんでマークされてないんだよ。
こんな状況ですら宇宙的超技術でなんとかなるなら何でもありじゃないのか?色々隠す必要なかったろ正直。
でもまぁ、実際のところ彼は本当に「帰りたいだけ」だったらしい。
地球をどうこうする気はない。
進めた文明がどう使われるかにも、あまり興味はない。
「さすがに冷たくないですか」
あるとき俺が聞いた。
「育てた文明が、あなたの大事な大事な大事な友人である俺やこの国が争いに巻き込まれるかもしれないのに」
「それは君たちの問題だ」
彼はあっさり言った。
「私は道路を整備するだけだ。どこへ向かうかは運転者が決めるべきだね。それが為政者の仕事だ」
まぁ君が大事な友人ということには同意するけどね、といらんフォローを添えてくれた。
数年後、彼は言った。
「そろそろ、帰還装置の設計が可能だ」
「え、マジで?」
「君の文明は、思ったより早い。貪欲だね」
「じゃあ……ご自宅に帰るんですか?」
「その前に一つ確認がある」
彼は俺を見た。
正確には、俺の立場を。
「君は、この情報を独占している」
「宇宙人公表はやめてください。僕の平和が危険です。無理です」
「ならやめておこう」
そう言って、彼は笑った。
ご配慮ありがとうございます、なんとまぁ人類臭くなったもんだ。
その後の別れはあっさりしていた。
光も爆音もなかった。
あの彼と出会った空き地には、何も残らなかった。
翌日、俺はいつもどおり仕事に行った。
世界も普通だった。
少しだけ世界は先に進んだけど、それはたぶん気のせいだ。たぶん気のせいだよね。大丈夫だよね、終末時計とか。
コンビニで肉まんを買いながら、俺は思う。
もしまた誰かが体育座りをしていたら、
今度は素通りしていこう。
俺の人生に、宇宙人二人分の余裕はない。