『こちら中央指令室! 市街地北部にゲート出現! トリオン兵の侵入を確認!』
『こちらA級部隊、交戦中! 数が多すぎる、応援を寄越してくれ!』
『避難誘導を最優先! 戦闘区域に一般市民が残っている! 繰り返す、一般市民が残っている!』
『嘘だろ……なんだよ、あの数……』
『こちら報道ヘリ、上空から現場を確認しています! 市街地全域で戦闘が発生、複数の建造物が損壊しています!』
『こちらB級部隊、応答願います! 隊長がやられた! トリオン体が解除された、誰か応答してくれ!』
『ゲート反応、増加しています! 北部だけではありません! 東西南の各地点にも出現!』
『本部! こちら現場指揮官! 防衛線が維持できません! 敵の進行速度が想定を超えています!』
『何体いるんだよ……! さっき倒したばかりだろ!』
『落ち着け! 隊列を崩すな! 後退しながら迎撃しろ!』
『落ち着いていられるか! 後ろに避難民がいるんだぞ!』
『こちら民間放送局です! 現在、三門市内で大規模な異常事態が発生しています! 住民の皆さんは、直ちに屋内へ避難してください!』
『屋内も安全じゃない! 建物ごと吹き飛ばされてる!』
『こちら救護班! 負傷者多数! 搬送先が足りません! 誰か、誰か応援を!』
『敵性反応、九万を超過! 集計不能です!』
『そんな数字があるか! 誤検知だろう!』
『誤検知ではありません! まだ増えています!』
『こちら本部、全隊に通達! 民間人の救助を優先! 無理な交戦は避けろ!』
『避けろと言われても、敵が避難経路を塞いでいるんだ!』
『お母さん! どこ!? お母さん!』
『誰か助けてくれ! こっちに子供がいるんだ!』
『……もう無理だ。こんなの、どうやって止めるんだよ』
『こちら技研管制室。NB9、通信回線を確立した。以降、当機の指揮管制は当研究所が担当する』
『ボーダー各部隊とのIFF照合、失敗。友軍識別は不安定です』
『構わない。試験運用を続行する』
『技研から各機関へ通達は?』
『必要ない。我々の任務は、NB9の戦闘データ収集と侵攻個体の排除だ』
『……本当に、あれを一機だけで投入するのか』
『他に手段があるか?』
『NB9、出撃準備を確認。敵性反応、全域に展開。交戦許可を申請する』
『許可する』
『全兵装、起動』
『……頼む。誰でもいい。誰か、あいつらを止めてくれ』
◆
「警報を止めろ。よし、状況を説明する」
「本日、三門市上空および市街地周辺において、複数のトリオンゲートが発生した。確認された敵性反応は、バムスター、モールモッド、ラービット、イルガーを含む多種多様なトリオン兵。推定総数、99999体」
「既存の防衛部隊だけで対処するには、敵の数が多すぎる。各部隊は民間人の避難と防衛線の維持に専念。敵主力の排除は、君に任せる」
「NB9。君の任務は単純だ。飛べ。撃て。すべて破壊しろ」
「使用兵装を確認する。右肩、グレネードランチャー。左肩、プラズマミサイル。右腕、高出力エネルギーレーザーキャノン。左腕、高性能レーザーブレード。防御機構はパルスシールド。近接する敵の集団にはアサルトアーマーの使用を許可する」
「敵は数でこちらを圧倒するつもりだろう。だが、君にはその数を覆すだけのトリオン出力がある。空中機動を維持し、敵の密集地帯を優先的に叩け。大型個体はレーザーキャノンで処理。接近戦はブレードで対応しろ」
「注意事項が一つ。君は機械ではない。神経接続への負荷が一定値を超えた場合、技術研究所が直接戦闘管制を引き継ぐ。独断で安全制限を解除するな。任務達成よりも生還を優先する」
「本作戦は、ボーダーの指揮系統に属さない技術研究所主導の単独試験運用だ。ボーダー各部隊との共同作戦ではない」
「そのため、現地のボーダー隊員をIFFで正常に識別できない可能性がある。こちらの識別信号が認識されず、ボーダー側から誤射を受けるケースも想定しておけ」
「交戦中、ボーダー隊員が射線に入った場合も、原則として作戦を継続する。ただし、ボーダーのトリガーには緊急脱出機能が搭載されている。誤射によって巻き込まれた場合も、トリオン体からの緊急離脱が可能だ。したがって、作戦遂行上の重大な障害とは見なさない」
「繰り返す。君はボーダーの指揮下にはない。現場の混乱や誤認に惑わされず、技研からの管制指示に従って任務を遂行しろ」
「ただし、民間人の保護は別だ。彼らには脱出機能などない。識別を誤るな」
【敵性トリオン兵の完全殲滅】
【民間人の生存確保】
【トリオンゲートの閉鎖】
「作戦開始後、敵の増援が確認された場合は第二次交戦へ移行する。必要に応じて技研の指示に従い、全ゲートの閉鎖を目指せ」
「NB9。君は我々が開発した最高戦力だ。だが、君一人にすべてを背負わせるつもりはない。こちらも最後まで管制を続ける」
「では壊して来い。撃墜されるなよ、データが減る」
『NB9、発進準備完了。推進器オンライン。全兵装、起動確認』
『出撃を許可する』
【GOOD LUCK, NB9】
◆
警告音が鳴り響く。
聴覚情報の左端で、赤い警告表示が激しく点滅していた。視界の右上にはトリオン残量、機体各部の損耗率、兵装の稼働状況。中央には敵性反応の分布図が広がる。
情報が多すぎる。情報は処理できている。処理できているからこそ、私は自分が何を見ているのかを深く理解してしまう。要らない情報が多すぎる。誰だよ、このシステム作ったやつ!
『敵性反応、市街地への侵入を確認。防衛線、突破されました』
「了解」
眼下に広がるのは、道路、建造物、交差点、住宅地などの人間の生活圏。そして、その隙間を埋め尽くす異形の群れだった。バムスターが建造物を破壊し、モールモッドが道路を掘り進み、ラービットが防衛部隊を蹂躙している。さらに複数のイルガー、そして通常型とは異なる波形を示す大型個体。
敵が多い……多すぎる。無差別殺戮とはやってくれるな。
『NB9、作戦空域への到達を確認。交戦許可が下りました。作戦目標は敵性反応の完全排除。民間人の保護を最優先とします』
「了解。交戦を開始します」
背部推進器を点火。
世界が遠ざかる。機械によって生み出された疑似トリオンがを、推進力へと変換し、私は空へと飛翔する。
正面から跳躍してきた200を超えるモールモッドの群れ。回避は不要。私は左腕を前方へ突き出す。
『パルスシールド、展開』
青白い光が空間に広がり、敵の爪や装甲、牙を次々と弾き返す。
右肩のグレネードランチャーを起動。照準補正、弾道計算、着弾予測を経て放たれた複数の榴弾が、敵集団の中央で連鎖的に炸裂した。
『通常兵器が通用している……? トリオン反応のない実体弾で、あの装甲を破壊しているのか!?』
『反応自体はある。けど、小さい』
『考えるのは後だ! 今は少しでも被害を抑えろ! 動け動け!』
残存反応、170。
右腕の高出力エネルギーレーザーキャノンを照射すると、一筋の白い線が空を横切り、敵の装甲を焼き切りながら後方の大型個体まで貫通した。
『信じられない……トリオン技術を一切使用していない光学兵器が、トリオン兵の装甲を焼き切っている! 技研は何を実現したんだ!?』
連続する撃破。
簡単だ。あまりにも簡単すぎる。左手のレーザーブレードを展開し、接近したラービットを一刀両断にする。そのまま上昇しながら左肩のプラズマミサイルを射出。無数の誘導弾が敵を追尾し、空中で連続して爆発した。さらに接近する敵をパルスシールドで弾き、アサルトアーマーを起動。爆発的なトリオンの放出が周囲一帯を包み込み、数百体のトリオン兵をまとめて吹き飛ばす。
『現場からの映像です! 無数のトリオン兵が押し寄せる中、たった一機の黒い機体が防衛線を支えています!』
その瞬間、自分の指が微かに震えていることに気づいた。
機体の不調ではない。私自身の震えだ。
『NB9、心拍数が上昇しています。精神負荷の増大を検知』
「問題ありません」
『認知負荷も上昇しています。戦闘継続は非推奨します』
「継続する」
余計なことを言うな、と内心で吐き捨てる。
今、苦しいが最高に楽しいのだ。我々を踏みつけていた外様のバケモンが、こうして蹂躙され返されている。素晴らしじゃないか!! 死んだような自分がこんな栄誉を賜れるとは思わなかった!!
しかし、口には出さなかった。
私は人間だ。少なくとも、そういうことになっている。痛みを感じ、恐怖を感じ、疲労を感じる。目の前で人間が死ぬ可能性を想像すれば、身体は自然と緊張する。それはそれとして憎い相手を粉砕するのは気分がいい。
感情を持ったまま戦うために私は強化された。だから怖い。怖くないはずがない。だけど嬉しいし、高揚する。
視界の端に、倒壊した建物が映り込む。
その下には、まだ生体反応が残っていた。対して敵性反応26。
優先順位を即座に変更する。プラズマミサイルを放ち、推進器を最大出力にして急降下。レーザーキャノンで大型個体を撃破し、接近したラービットをレーザーブレードで断つ。背後からの攻撃をパルスシールドで受け止め、至近距離でグレネードを叩き込んだ。
轟音と爆発。
敵性反応、ゼロ。
私は静まり返った瓦礫の隙間へと着地する。
『生体反応を確認。三名とも生存しています』
「救助部隊へ座標を送れ」
『送信しました』
「次へ向かう」
足元に、小さな玩具が落ちていた。
タイヤが一つ欠けた、赤い車。
私はそれを見た。
戦場において、そんなものに意味はない。だが、視線が離せなかった。だから、少し悲しみと怒りを混ぜて敵へ武器を向けた。
作戦開始から9分五58秒。
最後の敵性反応が消失する。
『作戦終了。敵性反応、ゼロ』
『技研に確認しろ! あの機体の稼働限界はどこだ!? あれほどの火力を継続して、本当に問題ないのか!?』
『撃破数、99999。民間人の生体反応、確認可能な範囲で全員生存』
「……了解」
異変は、敵性反応の消失を確認した直後に起きた。
『NB9、待機してください』
「何です?」
『空間に異常反応。市街地北東部、座標を送信します』
視界に新しいマーカーが刻まれる。空間の歪み。急激に跳ね上がるトリオン反応。
そちらへ顔を向けると、空間そのものが開いている。黒い円形の穴の縁を青白い光が走り、そこから異様な圧力が溢れ出していた。
ゲートだ。近界民の侵攻に使われる空間転移門。
敵が来てくれるなんて素晴らしいじゃないか!! もっと殺せる。
レーザーキャノンを構える。
『ゲート開口を確認。大型です。内部から高密度のトリオン反応を検知』
「敵性反応は?」
『推定、三千以上』
「推定ということは、まだ増えるな」
『……はい』
ゲートの奥で何かが動いた。
最初に現れたのは巨大な四脚型トリオン兵。続いて無数の小型個体、さらに大型の飛行型。吐き出された異形が、空と地上を瞬く間に埋め尽くしていく。
『NB9、こちら本部。複数のゲートから大規模な増援が確認されている。各防衛部隊は対応中だが、敵の出現数が想定を超えている』
「総数は?」
『不明だ。少なくとも十万以上。ゲートの開口が継続している』
視界の地図が更新され、赤いマーカーが爆発的に増えていく。
『さらに開口。北西部、東部、沿岸部』
「……いくつだ」
『現在、確認できているゲートは20基です』
面白い。
先の戦闘で99999体を撃破した。それで終わるはずだった。だが、敵に終わらせる気などないらしい。それとも後に引けなくなったか?
どっちでもいいが、殺すから。