人を救う方法は、ひとつではない。
薬もある。技術もある。あるいは祈りという形もあるかもしれない。だが、そのどれにも共通して不可欠なものがある。
それは、「相手を理解しようとする意思」だ。
理解のない医療は、単なる作業へ成り下がる。理解のない優しさは、身勝手な自己満足にしかならない。人を救うとは、まずその人を「見る」ことから始まるのだ。
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目を覚ましてから数週間。私は技研での生活に、緩やかに馴染み始めていた。
慣れたと言っても、行動の自由が与えられたわけではない。毎朝同じ時刻に起床し、体調の測定から一日が始まる。
血液検査、人工神経の伝達反応、トリオン器官喪失部位と人工パーツの適合確認。午後はリハビリに費やされ、夜には面談と記録が待っている。
決まり切ったルーティンだ。
もっとも、研究員たちにとってその日常は「同じ」ではないらしい。データシートの数値は毎日ほんのわずかに変動する。
筋力、反応速度、痛みの局所化。
彼らは「昨日と今日の微妙な違い」を観察し、微修正を繰り返すことで研究を進めている。
観察し、修正し、前へ進める。その点において、私も彼らと似たようなものだった。
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「血河さん、今日は那須さんとの共同検査になります」
白衣を着た研究員が、淡々とした声でスケジュールを告げた。
「共同検査」という言葉を最近よく耳にする。
私と那須玲は、二人とも「トリオン医療」に対する適性率が異常に高いのだという。細かな理論は知らされていないが、医療技術の向上を目的とした同時測定の機会が増えていた。
検査室の重いドアを開けると、既に那須さんが丸椅子に腰掛けていた。
「おはようございます、屍山さん」
丁寧なお辞儀とともに、透き通るような声が返ってくる。
「おはよう。今日の調子はどうです?」
「悪くはありません」
彼女はほんの僅かだけ言葉を濁し、それから控えめに付け加えた。
「……少しだけ、眠いくらいです」
「それはそれは。重大だ」
那須さんがくすりと笑う。他愛もない会話だ。無理に話題を広げようとは思わない。お互いに「患者」なのだ。
体調が優れない日もあれば、誰とも話したくない日もある。自分の体のことは自分にしか分からないからこそ、立ち入りすぎない。
それもまた、患者同士の距離感という配慮だった。
◆
「では、測定を開始します」
研究員が端末のスイッチを入れた。私たちは隣り合って座り、腕に小さな測定端子を装着される。室内には規則的な電子音だけが響いていた。
「屍山さん、人工器官との接続部分に不快感は?」
「左肩が、少し重く感じます」
「痛みは?」
「ありません」
研究員が素早くキーボードを叩く。続いて隣へと視線が向けられた。
「那須さん、体調はどうですか」
「少し胸が重く、息苦しさがありますが……大丈夫です」
落ち着いた声だった。研究員は頷き、数値を画面に入力していく。側で見ながら、私は思っていた。研究者たちは患者を冷血な「数字」として扱っているわけではない。
むしろ、数字という客観的な言語を通して患者の苦痛を理解しようとしているのだ。
検査は無機質で冷たい。だが、その根底にある目的は暖かい。
病を治し、傷を塞ぐ――そのために彼らはデータと向き合っている。
午後はリハビリ室での歩行訓練だった。
組み込まれた人工筋肉は思いのほか順調に動作している。しかし、かつての自分の身体とは明らかに違う。一歩を踏み出すたびに、脳が捉える感覚と実際の挙動の間にほんの数秒のズレを感じるのだ。
脳が身体に追いついていないのか。あるいは、機械の体が必死に脳の指令へ追いつこうとしているのか。
「……屍山さん、あまり無理をなさらないでくださいね」
不意に横から声をかけられた。見ると、別のメニューを終えた那須さんがパイプ椅子に腰掛け、こちらを見上げていた。
「……ありがとう。不格好な歩き方ですかね?」
「いえ。ただ、少しだけお膝の引き上げ方が硬く見えましたので」
「よく見ていましたね」
「……ええ、少しだけ」
彼女はどこか照れくさそうに微笑んだ。
「病人観察が趣味というわけではありませんが、つい気になってしまって……職業病かもしれません」
「まだボーダーの隊員になったわけじゃないんでしょう?」
「そうでしたね。先走りすぎました」
顔を見合わせ、二人で小さく笑い合った。
患者同士だからこそ、察せられる空気がある。励ましてほしい時もあれば、ただそっとしておいてほしい時もある。
その境界線を決めてかかるのではなく、まず静かに相手を「観察」する。
それから、必要な言葉だけをかける。それが私と彼女の間の、心地よい距離感だった。
夕方、訓練の振り返りインタビューが行われた。
「今日のリハビリで、最も負担に感じた部分はどこですか」
研究員の質問に、私は少し思案してから答えた。
「歩行訓練です。ただ、痛みによる負担ではありません。身体の構造変化に対し、私の感覚がいまだに適応しきれていない焦りです」
「なるほど」
「ですが、これは時間の問題だと考えています。昨日よりも確実に違和感の角は取れていますから」
研究員は頷き、淡々と記録を重ねる。次に視線が那須さんへと向けられた。
「那須さんはどうでしたか」
「今日は、リハビリの途中で少し呼吸が苦しくなりました」
「数値にも表れていますね。……不安を感じますか?」
「……不安は、あります」
一瞬の沈黙のあと、彼女は真っ直ぐな瞳で研究員を見据えた。
「ですが、不安を感じることと、前進をやめることは別です」
その言葉に、私は思わず彼女の横顔を見つめた。それは決して、自分を誤魔化すための強がりではなかった。
できないことを憂うのではなく、今できる小さな一歩を積み重ねる。それは私がこの身体になってから必死に守ろうとしていたスタンスと、驚くほど酷似していた。
人は、自分の限界を知ったからといって弱くなるわけではない。己の限界を正しく理解し、それでもなお歩くと決めた時にこそ強くなるのだ。
私はまだ、那須玲という少女の過去を何も知らない。彼女もまた、私がどうしてこんな身体になったのかを知らないだろう。けれど、同じ病室の空気を感じる者同士として見えてくるものがある。
痛みをごまかす癖。無理を隠すための優しい笑顔。そして、その奥にある「前を向こうとする揺るぎない意志」。
病の理由も、傷の深さも違う。だが、「生きよう」とする願いの質感だけは、間違いなく同じだった。