『全て黒く焼き尽くす鳥』と『鳥籠』   作:あばなたらたやた

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第三話:理解と前進(後半)

 

 

 

 人は、同じ痛みを経験しなくても寄り添うことができる。

 

 大切なのは、「まったく同じ傷」を共有することではない。

 

 「相手が抱える傷は、自分のものとは違う」と正しく理解することだ。理解とは自分と同一化させることではなく、違いを認めたうえで、隣に立つことなのだから。

 

     ◆

 

 共同研究が始まって、一か月ほどが過ぎた。

 日々の日程そのものに大きな変化はない。

 朝の検査から始まり、昼はリハビリ訓練、夕方は経過観察と面談。研究員たちが慌ただしく行き交う中、私たちはその合間を縫うようにして時間を共有していた。けれど、不思議と息苦しさは感じなかった。

 

 理由はシンプルだ。この施設の誰も、私たちを「都合のいい実験体」として扱わなかったからだ。

 

 もちろん、彼らの目的は研究成果にある。

 連日の採血や新型機器の試走、細かな問診。だが、体調に異変があれば即座に検査は打ち切られ、痛みが生じれば原因究明に全力が注がれた。

 

 彼らは単なるデータを求めているのではない。「人を救うための確かな手段」を探している。その誠実な情熱が伝わってくるからこそ、心地よさを感じられたのかもしれない。

 

 

「ふぅ……」

 

 リハビリ室。人工筋肉の負荷試験を終えた私は、首にかけたタオルで汗を拭っていた。

 

「お疲れさまです、屍山さん」

 

 聞き慣れた涼やかな声。振り返ると、同じくメニューを終えた那須さんが椅子に腰を下ろすところだった。

 少し呼吸は乱れているものの、顔色は以前ほど蒼白ではない。

 

「那須さんも終わりですか。今日の経過は?」

「ええ。今日は昨日より、少しだけ長く歩くことができました。担当の先生にも『素晴らしい』って褒めていただけて」

 

 少し誇らしげに目を細める彼女に、私も思わず口元を緩めた。

 

「それは良かった。努力の成果ですね」

「はい」

 

 小さな返事。だが、そこに込められた充足感は本物だった。

 成果というものは、他人と比べるためにあるのではない。昨日の自分と比べて、どう変われたかだ。

 彼女はそれを誰よりも理解している。

 

 数日後、面談室で共同インタビューが行われた。

 

「――お互いの存在について、一人の患者としてどのように評価していますか?」

 

 記録用の端末を手に、研究員が少し目新しい質問を投げかけてきた。私は少し考えてから、いつも通りのトーンで口を開く。

 

「患者として、非常に真面目だと評価しています」

「それだけですか?」

「それこそが最も重要です」

 

 解せない様子の研究員に、私は観察した事実を淡々と補足した。

 

「彼女は無理をしている瞬間もありますが、己の状態を客観的に観察し、正確に伝えようと努めている。だからこそ医療側も適切な判断を下せる。これは単なる性格の問題ではなく、一種の『医療協力の技術』です。治療を前進させる大きな要因になっています、と感じます」

 

 医療は医師の腕だけで完結するものではない。患者自身が己の悲鳴を言語化する精度もまた、治療の成否を分ける。研究員は感心したように大きく頷き、記録を打ち込んだ。

 

「なるほど、非常に理にかなった視点ですね。……では、那須さんは屍山さんに対してどう感じていますか?」

 

 指名された那須さんは、少し気恥ずかしそうに頬を緩めた。

 

「屍山さんは……とても、安心できる方です」

「安心、ですか?」

「はい」

「……それはどういう意味なんですか?」

 

 思わず自分から問い返してしまった。彼女はゆっくりと頷き、静かに言葉を繋ぐ。

 

「『できないこと』を、絶対に責めないでくださるからです」

「……」

「私にはどうしても体調が優れない日があります。そんな時、屍山さんは迷わず『今日はここまでにしよう』と言ってくださる。それが、とても救いになるんです」

「……体調が悪ければ休む。それはごく当たり前の合理的な判断な気がしますが」

 

 私が率直な感想を漏らすと、彼女は柔らかく首を横に振った。

 

「普通ではありませんよ。周囲からはよく『頑張ればできますよ』『病は気からですよ』と励まされます。もちろん悪気がないのは分かっていますし、感謝もしています。でも……その言葉が、時に重荷になってしまうこともあるんです」

 

 彼女の言葉に、私は静かに息を飲んだ。

 親愛からの励まし。悪意のない善意。だが、それらは時に過剰なプレッシャーとなって相手を追い詰める。

 

「ちぃかわさんは、私の『未来』ではなく、私の『今』を見て話してくださいます」

 

 彼女は穏やかな笑みを浮かべた。

 

「だから私は、この方の前では無理を隠さなくていいんだって……安心できるんです」

 

 

 面談を終え、薄暗くなり始めた廊下を歩きながら、私は自問していた。

 私は何か、大層な配慮をしただろうか。……いや、していない。

 目の前の状態を観察し、判断し、必要だと思う言葉をかけただけだ。だが、世間ではそれが一番難しいのかもしれない。

 

 人は往々にして、相手が必要としている言葉ではなく、「自分が相手に送りたい言葉」を優先してしまうものだから。

 優しさとは、単に慰めたり励ましたりすることではない。

 

 その人が今、どんな立場にあるのか観察し、必要とするものを見極めること。正論や答えを押しつけず、理解しようとする姿勢そのものが「優しさ」と呼ばれるのではないだろうか。

 

   

 自室へ戻り、今日の経過報告書を書き終えて窓の外を眺める。

 研究棟の明かりは深夜になっても消えることはない。今この瞬間も、どこかの部屋で未知への探求が続けられているのだろう。失敗と成功の途方もない積み重ね。

 

 その全てが、未来の誰かを救う医療の礎となっていく。

 

 人間だって同じだ。一度の決断で劇的に変われる者などいない。転び、学び、また不器用に足を前へ踏み出す。

 その不格好な繰り返しの果てにしか、前進はない。

 

 私はトリオン器官を失い、肉体の多くを人工パーツへと置き換えた。かつての日常に戻ることは二度とないだろう。だが、失ったものを嘆き続けても景色は変わらない。

 

 今残されたこの身体で何ができるか。

 この命で、誰の力になれるのか。

 それを試行錯誤する方が、ずっと健康的で建設的だ。

 那須玲もまた、自身の病弱な運命から逃げずに戦っている。制限だらけの身体の中で、今できる最大の一歩を模索しながら。

 

 抱えている事情も、傷の形もまるで違う。だが、私たちには共通するひとつ強い想いがあった。

 

『昨日よりも、ほんのわずかでも前へ踏み出したい』という願い。だからこそ、私はこの技研での生活に意味を感じている。

 

 研究員たちが技術を磨く一方で、私たちは「自分という人間」の限界と可能性を追い続けている。

 

 この試行錯誤の時間が、いつかどこかの誰かを救うデータになるのだとすれば――この身体の痛みも、無機質な日々も、決して無駄ではない。

 

 人は不完全だからこそ、支え合うための技術を生み出す。だが、最後に傷ついた誰かの心に手を差し伸べるのは、冷たい技術そのものではない。

 

「目の前にいる一人を、深く理解したい」と願う、人の温かな意思なのだ。

 

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