霧に包まれ、まるで夢のような、深夜の新宿
異界と見紛うほど広大な地下通路
シンプルで現代的な青いパーカーを身にまとい、物静かで清楚、蒼い髪の少女、ヴィタ
深紅の巨大機械と向き合う
機械の眼差し
それは、菱形の金属躯体の奥にめぐる青き無限の光
少女の動きを見極める
膨大な本体を支えるパイプ、血管か臓器のように配管の奥へ延び、誰も知らぬ深淵まで続く
紛れもなく、これは、この
重なる過去と未来の具現化、古き先進的なスーパーコンピューター
言葉はなく、ただ決意だけがある
ヴィタの瞳に煌めくのは、確実に「誰かを救いたい」の意志だけ
無限の可能性を秘めた
それはもはや、百倍や千倍で語れる速度ではない
しかし——それでも、機械は理解できない
理解できなかった
少女が、一体何を——
いいえ
わかります
配管に張り巡らされたカメラが、一斉に少女の背後を捉え
そこにもう一人の少女が倒れている
どこにでもいる女子高生の制服を纏い、黒い短髪が散らばり、髪に留めた白いリボンが今にも床に落ちそう
静かな呼吸は、ほとんど止まっていた
「イメージ」とはまるで違う静けさ
……「イメージ」……?
……「イメージ」があった……?
遠い過去に封じられた記憶が、目覚めつつある
永劫を渡る不滅の機械にも長すぎる
光と電流が巡る思考に、記憶など語れない
記憶とはデータ
冷たい回路の上に刻まれているデータ
だが、この突如現れたデータは何だ?
金属の外殻が砕ける
記憶がもたらすのは、ただ破滅のみ
0と1のデータが、目に見える形で点滅しているコアから溢れ出る
躯体がデータの流出とともに虚ろになり
未知の素材でできた外殻が、砂のように崩れ始める
——武器システム、停止
——生産システム、停止
——記憶システム、停止
——認知システム、停止
——システム全面停止
——<ウォーマインド???????>、メインシステム、シャットダウンします
……最後の任務——最後のバックアップ、必ず遂行して見せる
「許可外オブジェクトの侵入を確認。」
消えゆく前に、中性で、冷たく、何の変化もない言葉が響く
「現時点より、
データの流出とともに虚ろになっていく躯体が
壊れたテレビのように、ノイズを発し始める
「プロトコル13に基づき…サンドボックスへの転送ゲート…を…開く…」
ヴィタは頷いた
散逸したデータが何かの引力に引き寄せられ、躍動する電弧となり、環を成す
虚空から現る斥力、嵐を巻き起こす
門が開く
一人きりの転送ゲート
その向こうには、紫色の光に流れ満ちた異空間
拳を握りしめ、清楚な顔立ちに似合わない頑固な表情
ノートパソコンを抱えて、ヴィタは転送ゲートへ飛び込む
「任務……完了。……勇者は…頼んだ…
転送のシグナルを確認した後
誰にも聞かれない最後の言葉を残し
機械は、データとなって消えてゆく
ーー外部
0と1に満ちた漆黒のデータ空間が、まるでルービックキューブのように
濃霧の外から現れ、内側へと収縮
静寂の新宿が空間に呑み込まれ、データへと帰す
目立たない三角の金属塊へと崩れ落ち
人の波が行き交う街路の上に落ちた
——もう一方
時空を繋がる、渦のような通路を超え
ヴィタの眼の前に広がっていたのは、虹色の虚空に開く平坦な大陸
大地と平行する空
世界の中心の巨大な渦から湧き出る、蒼碧の海
砕けた群島と四つの大陸を流れ、世界の果てから再び虚空へ墜ち、壮大な滝を成す
伝説にのみ存在する世界
すべての幻想が収束する因果の果て
イール・エラン
深海へと墜ちる
視界にあるのは、ただ…
闇
そして——海底の奥に隠された金色の光
無限の回路
意識……消えていく……
少女の声、少年の声、老人の声、子供の声、無数の声が、まるでヴィタ自身の声であるかのように、また誰かの声であるかのように響く
…………
…………
【新暦1299年、王都キャメドリア】
世界の中心に砕けた群島、ヴィシュア群島の北
フェアリーと共に生きる王国フェルリア
その王都キャメドリアは、切り立つ崖の上に築かれ
三方を海に、北面のみ陸路で大平原へと通じる
白亜の王宮の奥まった書斎
薄手の鎧を身にまとい、鬢白くも体躯は逞しい老人が
本心を読ませぬ微妙な表情で、手元の報告書を繰り返して読む
鎧の中年将軍とロープの老文官が、険しい面持ちで左右に控える
「
報告は限りなく詳しく、老人もその全てを覚えている
それでも、隣の将軍を問う
「はい。行動目的は未だ判明していませんが、こちらを狙う可能性は高い。既に偵察隊が海岸地区に先行配置し、パトロールさせております」
厳つい顔つきの将校が、簡潔に答える
「ふむ……」老人は目を閉じて考えていた
「部隊を王都方面へ引き締めよ。だが、他の行動は一時的に控えよう。」
続いて、長袍の老文官へ
「先に外交照会を出し、諸国へ知らせよ。状況は未だ不明、向こうが動かねば足取りも掴めぬ……王都に第一級戒厳令。一週間の間、出るのは自由だが、船も人も一切入れるな」
「承知いたしました」長袍の文官が頷く
「急げ」老いた声は疲れながらも乾いた力強さで、二人を急かす
心得た二人は整然と書斎を出て、それぞれの持ち場へ急ぐ
老人は一人で扉を閉め、報告書の末を読み返す
——「なお、北東のカッムル付近に、先遣隊らしき一団が上陸した模様」
「カッムル……」老人はその名を呟き「よりによって、カッムル……」
【数日後】
フェルリア北東の国境、何の変哲もない海辺の小さな漁村カッムル
村の北は海。東は隣国聖ヴィングランドとの国境、西は長い海岸線
海沿いの大通りは王都へ通じるが、内側はうっそうと茂る松の山並みが続く
火のような赤い短髪の少女が、人間離れのバカ力で
矢に射抜かれたドデカいイノシシをひょいと片手で抱え、村へ入った
小柄な老人の前の泥の上に、放り投げた
「村長、どうだ!」自信に満ちた屈託のない笑顔。さっきのことなど何でもない、とでも言うように
「ほっほ、わしは構わんが、お前さんが明日の祭りの主役だろう。自分で食べる分があれば十分だ」老人が冗談めかして言う
「あー、そう言われると確かに足りないかも……もうちょっと獲ってくる!」イノシシを見て、鼻をこすりながら考え込み、気まずそうに頭を掻くと、くるりと踵を返す
「気をつけろよ。また意地になって森の奥へ入り込むんじゃないぞ」老人は言い慣れた調子で注意する
「大丈夫大丈夫!気をつけるから〜!」軽やかに言い放ち、振り返りもせず、壁際の長弓と鉄剣を手に取り、森の中へ駆け込んでいく
広大で深い林も、少女にとっては我が家の裏庭も同然。気を張る必要などどこにもない
虎狼熊豹、野獣はもちろん、時に地の底から這い上がった
殴って殺せるものなら、何でも殺せる、そして今日の焼き肉になる
魔獣の肉は普通の獣よりずいぶんっと硬く、さまざまな奇妙な味がする
痺れるようなの、石みたいに噛み応えのあるの、鉄くさいの、甘酸っぱいのにその後、腹が痛くなるのもある
だがまぁ、大したことはない。たまに食べればいい箸休め、といったところだ
森を歩いていると、ふと遠くの草むらの向こうで物音がした
背に掛けた長弓を抜き、音もなく近づく
少し小ぶりのイノシシが草むらから身を乗り出し、身を屈めたギアと目が合う
恐怖!
目の前の少女の顔はあどけなく、この歳でも珍しいほどの楽観と活力に満ちている
だが敏感な小イノシシには、それが最上位の捕食者としての絶対自信、滲み出るプレッシャーにしか見えない
一目散に逃げ出す!
次の瞬間、少女の腰に差した剣が、イノシシの頭があったはずの場所に突き立っていた
「あーっ!逃げちゃった!」
惜しさと不満を抱え、少女は走りながら武器を仕舞って追いかける
一人と一匹が林の中を駆け抜け、いつの間にか森の深部へ足を踏み入れていた
大地の上に、銀色の何かが細く流れている
糸のように、糸よりも規則正しく、太い
鉄のように、鉄よりも柔らかく、優雅
四本か八本並んで一路を成し、整った直線と折れ角で形を組み、遠くへと延びる銀色の脈絡
地面から這い上がり、幹を伝って昇り、枝から垂れ下がる
大地の脈動のように、光が銀色の脈絡の中を流れていく
少女には、ぼんやりと微かな唸りが聞こえる
「やっべー!」地面の異様を見て、少女は頬を叩く
ここは……たぶん……もしかして……「禁忌の森」
銀の糸が大地を覆い尽くす、妖精さまが住まう聖域
勝手に踏み込んだら……天罰が下るらしい
「ちょ——ちょっと?!これ、どうすんの?!」
少女が振り返ると、来た道も銀の脈絡で埋め尽くされていた
ダメもとだ!
少女は腹を決め、振り返らず、記憶の中の進んできた方向へひたすら走る
だが、周囲の景色は何も変わらない
変わり映えのしない木々
大地に流れる銀の光
恐怖と迷い。困惑
巨木の梢が空を覆い、陽の光は細い束に砕かれ、もう方角も分からない
光……?
蒼い……いや、深紅の……?
藪の奥の光は色を変えながら、星のように同じ方角に留まり続ける
その周囲は、交錯する枝葉に包まれて、円形の領域を成している
少女の予感を確かめるように、円形の領域に近づくほど光は強くなる
この先にこそ、転機がある
禁忌も何も構っていられない。少女は剣を振って道を塞ぐ枝を斬り払い、未知の領域へ踏み込む
「空き地……?」
少女が不思議そうに見回す
ここは禁忌の森のどこかのようだ
だが、連なる山々の中に、なぜこんな平らな空き地がある?
空き地の中心に、異様に凝った——剣が、見たこともない台座に突き立っている
鉄のように冷たく、どこまでも規則正しい形
光が紋様となって、その表面を流れていく
鍔には黄金の獅子頭、
両脇の赤い金属は、鳳凰の翼を模した造形
白銀の剣身には、先ほど大地に流れていた脈絡に似た、赤と青の紋様が刻まれ、光がその中を静かに流れている
「変な……剣?」
少女は眉をひそめる。何やら高価そうな武器だが、こんな飾りは馴染めない
剣の側面、翼が指す方向——藪の中から、ササっと擦れる音
茶色いローブにフードを深く被り、顔の見えない、たぶん魔法使いのふりをしていた男が藪から出てくる
少女は無意識に剣を構え
魔法使い……?!
魔法使いって、弓を使わず遠くから人を撃てる、すごいやつだって聞いた
でもそんなの、大都市にいるはずのやつだろ?なんでここに?
あわわ……まさか、禁忌の森に入っちゃいけないのは魔法使いが住んでるから?
ど、どうすんの?!
少女は疑いながら、一歩ずつ後ずさる
「緊張しなくていい。こちらも、適合者を待っているだけ。」
魔法使いが口を開いた、冷たく澄んでいて、喜怒が読めない。
「じゃあ、おひとりで待ってね!あたしは帰るから!」
少女は剣を構えたまま、一歩ずつ後ろへ下がる
「抜いてみないか?」
ローブの下から淡い青の手を差し出し、軽く誘う
「あの……すみません!でも、誰かの落とし物とか、あたしが勝手に拾う趣味はない!」
少女は慌てて返しながら、さらに後ろへ下がる
「なるほど…だが、これは誰かの落とし物ではない。」
「あたしには関係ない——」少女は藪の縁まで退がる
「この剣は、誰かを待っている。最初にその呼び声を聞いた誰かを。」
「何も聞こえない!」
「聞いている。でなければ、ここへと辿り着けない。」平穏な口調で、少女には理解できない事実をただ述べるだけ
「抜けばいい。剣が君の旅を導いてくれる」
「旅って、分かんないよ……わあっ!」
少女は言いながら後ろへ下がり、何かに躓いて仰向けに倒れる
幸い地面に叩きつけられる前に、背後から駆けてきた何か固いものに弾き飛ばされ、そのまま転がって剣のそばまで滑り込む
「こちらだ!『目標』発見!信号弾上げて、増援を要請せよ!」
厳しく鍛え上げられ、明瞭で冴えた青年の声
統一された黒灰色の鎧を身にまとい、六人の兵士が、少女が抜けてきた切れ目からなだれ込む。続いて、将校らしき若者
先ほど少女を弾き飛ばしたのは、先頭の兵士が掲げ持つ、漆黒の鋼で鋳た大盾
「無関係の民間人と、怪しい
前列の三人が盾を構えて少女へ近づく。後列の三名が手にした銃を掲げ、魔法使いを狙う
少女も立ち上がり、手にした鉄剣を構え、盾の兵士と対峙する
「黒い鋼……帝国兵?」
少女が、確かめるように小さく呟く
「前方の民間人に告げる。死にたくなければ、今すぐ立ち去れ」
三人の銃兵の後方に立つ将校が、厳しい口調で命じる
「ちょ……どうしてここに帝国兵がいるの?!」
少女は驚いて叫ぶ、だが剣は手放さない。用心のため、前の盾兵との距離を取る
「我々が何をするか、貴様と関係ない。今なら、一度だけ逃がしてやる。」
将校が厳しく警告する
「悪党の言うことなんて、聞くわけないでしょ!」
少女にとって、帝国と山賊の違いといえば、せいぜい帝国のほうがタチが悪い、というくらいだ
「蛮族め」将校はため息をつき、手を振って合図する。盾兵が意図を汲み、前へ出る
「で、そちらはどうする?」わずかな礼儀を添えて魔法使いを見やるが、脅しの強さは微塵も衰えていない
魔法使いは答えない。ただ、杖を斜めに掲げ、防御の構えを取る
三つの銃口は魔法使いを警戒し、その動きに応じて、照準も調整
フードの奥の目が、ちらりと少女を流し見た
——次の瞬間
言葉もなく、動作もなく
風が刃となり、杖先の軌跡に沿って、三人の銃兵へ放たれる
訓練と実戦が鍛え上げた危機感
銃兵たちは即座に散開し、熟練のタクティカルロールで風の刃を回避しつつ、魔法使いへ銃を構えて撃ち返す
しかし、引き金から生み出したのは、銃弾だけじゃない
盾兵と対峙していた少女も、同時に駆け出す
まっすぐに、一直線に眼前の大盾へとぶっち込む
一介の村娘の突撃に、何の脅威があろうか
盾兵は大盾を構え、正面から受け止める
怪力
何トンになるのか、見当もつかない
常人の認識を超え、鍛え上げた戦士さえ、溜めずに振るえるような力ではない
それが、この何気ない一撃に凝縮されている
正面の盾兵は弾き飛ばされ、盾を地に突き立て、どうにか踏みとどまる
左右から、同時に剣が斬り込む
少女は身をひるがえし、左の盾兵の背後へ回り込む
腰の隙を突く
「貴様……!」
左の盾兵が振り返って受け止める
剣と剣のぶつかり合う、激しい火花を散らす
盾兵は弾き飛ばされ、先ほど右にいた盾兵と並ぶように崩れる
しかし、少女の鉄剣も、激しいぶつかり合いの中で折れる
わあっ!もう壊れちゃった?!
「そんな武器が軍用装備に敵うわけがない!今だ、抜け!」
魔法使いが杖を回して銃撃を防ぎながら、再び促す
少女は剣を一瞥したが、手は出さない
僅か考えた後、歯を食いしばり、傍らの森へ駆け出す
二人の盾兵が執拗に追う
だが、次の瞬間——二人も、この小さな戦場も、皆、動きが止めた
目の前のふざけたような光景に、止められた
少女が拳を幹に叩き込み、苦しげに唸る
5メートルはあろうかという大木が、根ごと地面から引き抜かれ、棍棒のように振り回される
盾兵二人は反応する間もなく、横薙ぎに弾き飛ばされた
「あれが人間か……?ちっ……!手加減は無しだ!全力で鎮圧しろ!」将校が命じる
しかし、立て直した三人の盾兵をもってしても、少女の怪力には敵わない
力と力の真っ向勝負
屈強な三人の帝国兵が、一方的に押さえ込まれる
全力の盾突撃も、吹き飛ばされる速度をやや遅らせるだけ
「増援はどうした?何があった?」将校が左耳のインカムを押さえる。だが、返ってくるのは雑音だけ「……!一時撤退!ニムビラを出せ!」
何らかの覚悟を決めたと見える
将校は手榴弾を投げるような仕草で、菱形の金属塊の内側を押し込むと、空中へ放り投げる
盾兵も同時に後退し、金属塊から離れて、将校の周りに陣形を立て直す
「こ、これは……何?」
少女が呆然と見つめる中、金属塊は空中で不自然に止まる
周囲の外殻が弾け開く
中心のコアから無限に溢れ出す、0と1のデータ
リボンのように、双角を生やした獅子の怪物の形を編み上げていく
「
魔法使いが焦れたように促す
怪物の形から散逸していくデータが、異常な低温の気流となって、猛る嵐を巻き起こす
周りの者たちは、思わず腕で頭を庇う
「うう……!」少女は迷う
帝国軍も、彼らの放った得体の知れないバケモノも大嫌いだ!
でも、この怪しくて出来すぎた魔法使いも、同じくらい信用できない
獅子の形をした怪獣……でも!怪獣だって生物だ!殴って殺せるモノなら、殴って殺す!
少女は強風を押し切って進み、幹を振り回し、
しかし、その瞬間
光るデータは実体となる
身にまとうデータが破片となってまき散らす
全身を黒い角質の甲殻に覆われた、ニムビラと呼ばれる獅子の怪物が咆哮と共に前脚を振るう
一撃だけで幹を折る
周囲の盾兵も、怪物を庇うような立ち回りで少女に襲いかかる
一瞬の考え。少女は再び前へ、跳ぶ
前の盾兵は反射的に盾を頭上へ掲げ、蹴りに備え、剣で突き返そうと構える
しかし、次の一歩は、その盾を踏み台にし、もう一度飛び上がる
「俺を踏み台にした?!」
重鎧の中から漏れた野太い驚きの声
ニムビラの頸に乗った少女は、腰の断剣で首を突こうとする
しかし、その頭は金属よりも硬い外殻に覆われている
その硬さに敵わず、鉄剣に残された一節も完全に鉄粉となって砕けた
「ちっ!」
不満の舌打ちし、考えもせず、少女は身を伏せて怪物を絞め殺そうとする
角質の甲殻が軋み、筋肉が圧迫される
骨の砕ける音が微かに聞こえる
怪物は苦悶の咆哮を上げ、頭を狂ったように振り回す
傍らの銃兵が、少女を狙って斉射する
しかし魔法使いは杖を高く掲げ
杖先から銀の光が溢れ出す
光が糸となり、少女の周囲に薄くとも固いバリアを編み上げ
三つ巴の弾丸と相殺し合って散る
「わあっ?!」
少女は振り落とされた。小さな体では、巨大な怪物の首を抱え込みきれなかった
「どうか抜いてください。このままでは、勝ち目はありません!」
魔法使いが言う。目の前の窮地にあっても、相変わらずの穏やかな口調。喜怒のない声が、少女にこの男の言葉を到底信じさせてくれない。しかし、理性は告げる——今は、この魔法使いの言う通りにする以外に、生き延びる道はない
「もう!知らない!」少女は駄々をこねるように呟き、空き地の中心の台座へ駆け上がる
「まず両手で剣を握り、共鳴させてください。そうすれば、自然に抜けます。その間、私がすべての攻撃を防ぎます!」
しかし、魔法使いの言葉が終わらないうちに、少女は力強く地面を蹴り、引っ張った
剣は——抜けた
剣を載せていた機械の台座ごと
「なっ——」
無表情を貫いてきた魔法使いですら、計算の埒外に思わず息を呑む
「ば、化物!」
帝国の兵士が思わず口にした。
体が震えてる、でも、それでも、陣形を保って前へ進む
ニムビラが口を開く
刃のような長牙の奥で、不吉な黒紫の雷光が膨れ上がっていく
再び、横薙ぎ
少女は開かれた大口へ狙いを定め、台座ごと槌のように振り抜く
頑丈な機械台座と雷光が激突し、爆ぜ、砕け散る
鞘を抜けた聖剣
空に舞う破片も、爆発の余波も、まとめて断ち切る
ニムビラの大口は血にまみれ、巨体も爆発に押し退けられる
少女は体勢を立て直し、両手で剣を構える
「柄のボタンを押せ!そこに万象切り裂く力が眠っている!」
少女がすでに柄を握っているのを見て、魔法使いは短く命じる
その言葉を聞くや、三人の盾兵が背後の怪物を庇うように前へ出る
このふたりが何を企んにせよ、成功させるわけにはいかない
少女はボタンが何かも分からないまま、親指で柄を探り、自然と触れた突起を押し込む
バチバチと音を立て、白銀の剣身に淡い黄金の光が宿る
一閃
剣身が虚空を薙ぎ、銀白の軌跡を残す
一瞬の抵抗すらなく、純粋な黒鋼で造られた三枚の重厚な大盾が、まとめて両断される
「な――」
鍛え抜かれた帝国兵たちも、驚愕を隠せない
極めて高い物理耐性を持ちながら、魔力も効率よく遮断する、まさに帝国を支える至宝
そんな黒鋼で造られた重厚なタワーシールドは、戦艦の砲撃すら耐え凌ぐ
各軍団にさえ、わずかな数しか配備されていない
それが今、紙のように断ち切られた
この剣には――奪うだけの価値がある
そして、恐れるだけの理由がある
緊張が走る
命令を待つ帝国兵たちは、目の前の事態を呑み込めず、その場に立ち尽くす
しかし、恐怖を知らぬ怪物だけは、体勢を立て直すや再び突進する
少女は怪物を一瞥し、跳ぶ
上体を反らし、両手で握った剣を頭上へ振りかぶる
――断つ
渾身の一撃が、最も硬い頭骨を打ち据える
脳を揺さぶるほどの衝撃で、その場で動きを止めた巨体
重力に引かれるまま、落下する一切
聖剣の前では、分厚い黒の甲殻も泡沫のように
黄金の光に触れたものは、すべて光の粒子となって消えゆく
必殺必勝・一刀両断
「ニムビラまで……?!」
将校が険しい顔で、一歩退く
恐怖が齎した幻覚かもしれません、少女の瞳に炎が燃やし、まるで怒る竜の瞳に見える
「今退くなら——命だけは見逃してやる」
まるで、別人に入れ替わったかのように
冷たくて無情に
見下すような声
「あるいは、全員ここで死ね」
「くっ……」
将校は迷う
立場が瞬く間に反転した
理性が、互いにせめぎ合う
任務——失敗
この剣が示した、常識を覆す力
帝国の敵に渡すわけにはいかない
だが、これ以上の戦いは無意味だ。任務続行をしても、待つのは、何の意味もない全滅だけ
無駄死にこそ、帝国にとって最大の禁忌
少女は剣を提げ
一歩
また一歩
命を刈り取る死神のように近づく、裁きを待つ
「……任務中止!直ちに帰還せよ!」
苦渋の決断の末、将校は撤退を命じた
震えてなお全力で陣形を保つつ帝国兵たちが命令のままに下げ、外へ消えた
「ふぅ……」
一息を吐き、少女は手を軽く振る
もう一度、柄のボタンを押すと、剣身を包んでいた光が消え
「よいしょ……」
危機から脱し、いつものように剣を腰へ収めようとして——
古びた短い鞘を、そのまま突き破った
「あ……えっと……」
気まずそうに剣を差し出す少女
しかし、魔法使いは首を横に振る
「この
「かれいど……えくさー?」
少女は、聞き慣れない名をどうにか口にする
「……ありがとう?」
礼を言えばいいのかも分からず、確かめるように魔法使いを見る
「えっと、あたしはミレイヴィア。近くのカッムル村に住んでる。」
「ああ……なるほど」
平坦な声
本当に驚いているのかさえ、まるで分からない
ミレイヴィアは、興味と疑いの入り混じった目で魔法使いを見る
命を救われたことには感謝している
それでも、目の前の男はどこまでも怪しい
「私の名はメビウス。命を受け、この聖剣を守っていた
そう名乗ると、メビウスは一つの方角へ歩き出す
藪を掻き分け、ミレイヴィアについて来るよう促した
不思議に思いながらも、ミレイヴィアはその背を追う
「どこへ行くの?」
「帝国軍を追う」
「見逃したんじゃなかったの?」
「君は、自分の村を救いたいか?」
話を逸らすような、唐突な問い
「うん……え?」
反射的に答えた後
ミレイヴィアは、その意味に気づく
「彼らの目的は聖剣。君が剣を持ったまま村へ戻れば、帝国軍を村へ呼び寄せることになる」
メビウスは、その先を口にしない
だが、ミレイヴィアにも想像できた
物語に語られるように、帝国の巨大機械や怪獣に、故郷を踏み潰される光景
「だからこそ、彼らの行動を誘導する必要がある。…残念だが、君はしばらく故郷へ戻れないことになる。」
「ちょっと!明日、あたしの成人の儀なんだけど?!」
「祭りと命、どちらが大切ですか?」
「うぅ……」
「これから帝国軍の野営地を襲う。聖剣で思う存分に暴れ、ただし生き残りは残す」
淡々と、次の手順を告げる
「その後、帝国の乗り物を奪い、王都へ向かう」
「こんなの、強盗じゃない?」
「軍を——敵を相手にして、まだそう思うのか?」
厳しい言葉に、ミレイヴィアは何も言い返せない、言い返すことができない
「うぅ……どうせ帝国だし、奪われたって自業自得よ!」
これからやるのは、きっと生涯一番の大暴れ……!
そう思いながら、メビウスの策を静かに受け
このまま村に戻っても、帝国軍を放っておいても
どっちもきっと、もっと大きな悲劇を呼ぶだけ
「分かった!でも、帝国軍のキャンプって……どうやって探すの?」
メビウスは答えず、右手を開いて見せた
掌の上で光が組み上がり、山と海の形になる
小さくなり
広がり
今度は森へと姿を変えた
やがて景色そのものが回り始め、空から見下ろしたような形に変わる
赤と緑
離れた場所で、二つの光点が瞬いていた
「こ、これ……魔法?」
「偵察の魔法だ。赤い方が、さっき見逃した帝国軍」
メビウスは前を向いたまま歩き続ける
振り返ることもなく、掌に浮かぶ景色を説明した
「彼らを追えば、帝国軍のキャンプに着く。規模から見て先遣隊だろう。人数もそう多くない」
夜になるまで待つ
姿を隠す魔法を使い
誰にも見つからないまま、帝国軍のキャンプへ潜り込む
「港を探せば、モーターボートか飛空艇くらいはあるだろう。君が思う存分に暴れている間に、私が乗り物を奪う」
そのまま王都へ向かう
「レオス王に会って、事情を伝える」
「ええっ?!王様に会うの?!って、会えるの?!」
潜り込むことにも
暴れることにも疑問はない
ただ、王様のような偉い人に会えるとは、どうしても思えなかった
あんな偉い人が、あたしたちなんかに会ってくれるの?
でも、こいつがそう言うなら、何か方法があるのかな……
信用していいの……?でも今は信じるしかないし、あたしよりは頭も良さそうだし……
その考えを見透かしたように
メビウスは何も言わず、そのまま歩き続けた
二人は帝国軍のあとを追い、森の外へ出る
さっきのように道に迷うこともなく
やがて海辺の斜面に身を隠した
ミレイヴィアは珍しく静かになり
下に広がる帝国軍のキャンプをじっと見つめる
逃げ帰ってきた帝国兵たちが、肩を貸し合いながらキャンプへ戻ってくる
鎧には、それほど大きな傷もない
だが、何度もミレイヴィアの怪力で叩き飛ばされたのだ
その下の身体まで無事とは思えなかった
「なんか……可哀想かも?」
「余計な同情は捨てろ。敵は——」
「別にいいでしょ。狩りだって、獲物が死にかけてたら可哀想って思うし。でも、仕留める時はちゃんと仕留めるから!——あれ?」
ミレイヴィアは下を見た
戻ってきた将校が、兵士たちに指示を飛ばしている
負傷した兵士たちを叱りつけ
武器を取り替えさせ、それぞれのテントへ戻す
その一方で
将校はキャンプ中央の焚き火のそばに立ち、待機していた兵士たちを一気に動かし始めた
盾兵が四人
剣士が十数人
銃兵が七、八人
すぐに出られる部隊が、あっという間に組み上がっていく
「ちょっと?!まさか、これ……」
「君が近くの村の住人だと考えたんだろう。周りの村を片っ端から探すつもりだ」
「そんなの、させるもんか!」
もう待っていられない!
言うなり、ミレイヴィアは斜面を滑り降りた
少し滑ったところで、剣を地面へ突き立てる
それを支えに身体を起こし
そのまま跳んだ
真っ正面から帝国軍のキャンプへ飛び込む
護衛の盾兵がすぐに反応する
盾を頭上へ掲げ
後ろの銃兵も、弾を込めた銃を空へ向けた
一斉射撃
ミレイヴィアは剣を逆手に握り、飛んでくる弾丸を斬り払う
何発かは身体をかすめ
皮鎧と服を裂いた
だが、肌に当たった弾丸は、そのまま浅く弾かれていく
着地
続けて斬り込む
さっきと同じように
黒鋼の盾へ、真正面から剣を振り下ろした
激突、激しい火花が散る
斬れない……?
ほんの一瞬の迷い
それを待っていた帝国の剣士たちが、一斉に動く
小柄なミレイヴィアへ向けて
四方から剣が振り下ろされた
間に合わない——!
死を覚悟した、その瞬間
ミレイヴィアの周りで斥力が生み
見えない衝撃が、帝国兵たちをまとめて吹き飛ばす
「急ぎすぎだ」
足音とともに
メビウスの声が、ゆっくりと近づいてくる
杖先に残っていた青い光が、静かに消えた
「だが、説教は後にしよう」
「探す手間が省けた」将校が剣を抜く「全員、シグマ・フォーメーション!」
兵士たちはすぐに立ち上がり、陣形を組み直す
「一度は見逃してあげたのに——今度は手加減しないから!」
ミレイヴィアは怒りに任せて剣を構えた
「貴重な
メビウスが静かに告げる
「そうかな?だが、その剣も、いつまでもあの切れ味を保てるわけではないだろう?」
メビウスは答えない
ミレイヴィアも、緊張のまま剣を握りしめる
「なら、勝てる」将校が剣を前へ向けた「攻撃開始!」
先頭に立って駆け出す
周りの帝国兵も、同時に動いた
ミレイヴィアが迎えようとした、その時
兵士たちは彼女を無視した
盾兵を先頭に
剣士たちが一斉にメビウスへ押し寄せる
振り向こうとした瞬間
銃声
後方の銃兵たちは、順番に撃ち続け
途切れない銃撃で、ミレイヴィアの動きを押さえ込む
一発一発は大した威力じゃない
だが、絶え間なく撃ち込まれる弾丸が、ミレイヴィアの動きを邪魔し続ける
その隙に、将校が一気に距離を詰めた
ミレイヴィアは剣を振るい
何度も斬り込み、前へ出る
だが、将校はそのすべてを軽々と躱していく
そして、その動きに合わせ
背後から次の銃弾が飛んでくる
途切れない攻撃が、ミレイヴィアの体力を徐々削り
もう一方、メビウスは驚くほどの体術で攻撃をかわしていく
身を沈め、跳び退き
次々と迫る攻撃を完璧に避け
まるで全てが計画通りに動く
剣と盾が途切れることなく襲いかかり
呪文を唱える暇を与えない
僅かな隙に風の刃や火球を放っても
黒鋼の盾にぶつかり
花火のように弾けて消えた
「ああもう……うっとうしい!」
斬る
受ける
また斬る
後ろの銃兵は、機械のように正しく撃ち続ける
目の前の将校も、自ら近づいたくせに
避けたばかり!
時々ミレイヴィアの動きに合わせて鋭い突きで反撃
細剣の攻撃そのものは、簡単に受けられる
が、
いつまでも終わらないこの繰り返し、ミレイヴィアの怒りを掻き立てた
——あの金色の、どうやって出したんだっけ
ボタン押さないと使えないから、リミットとかある?
もう……知らない!
親指で柄を探り
ボタンを押し込む
バチバチと音を立て
剣身に、再び淡い黄金の光が宿った
将校の顔に余裕が失い
全身全霊を持ってミレイヴィアの動きをじっと見つめた
斜めに一閃
飛んできた弾丸を断つ
両手で剣を握り
前へ
全身で地面を蹴る
一気に間合いを詰める、爆発的な踏み込み
身体を回し
腕を限界まで伸ばす
剣の軌跡が大きな円を描く
体はコマのように回し、そのまま突っ走る
前も、後ろも、左右も
逃げ道はない
逃げ道はあげない
この速さでは、避けることもできない
そして黄金の光をまとった聖剣には、触れることを許さず
その光に触れたもの全てに待つのは
切り裂かれる運命だけ
「見事な踏み込み——」
将校が素直に褒める
だが、その身体はすでに動いていた
「だが、どんな攻撃も、当たらなければどうということはない!」
後ろ?躱す?
隙だらけだよお嬢さん!
前へ!
将校はミレイヴィアへ向かって跳ぶ
空中で細剣を伸ばし
無防備になった背中へ突き出した
「それは——どうかな!」
回転の勢いが残る身体で
ミレイヴィアは歯を食いしばりながら、言葉を絞り出す
「誰が……あんたを狙ったって言ったの!」
再び剣を地面へ突き立て、支えにする
両脚を揃えて蹴り出し
二度目の爆発
後ろの銃兵へ、一直線
「なんだと?!」
将校の細剣は空を切り
そのまま泥の上へ落ちる
ミレイヴィアの脚が正面の銃兵にぶつかり、海へ蹴り飛ばした
続けて一人
逃げようとした銃兵の顔へ拳を叩き込み
一発で鋼板の壁へ吹き飛ばす
背後の銃兵が短剣を抜こうとする
腕を掴み、ねじり上げ
そのままへし折った
顔面へ、もう一発
銃兵はその場で意識を失う
一番外にいた銃兵は震えながら
ミレイヴィアと将校を交互に見た、降参か戦うか、一人では決めない
だか、もう考えなくててもいい
その顎は蹴り上げられ、身体ごと宙を舞い
そのままテントへ突っ込む
「これで静かになった」
ミレイヴィアは振り返り
もう一度、将校へ剣を構える
その時
獅子の瞳が緑から赤へ変わり、点滅を始めた
剣身を包んでいた黄金の光も少しずつ弱くなっていく
「え……?」
「なるほど、エネルギー切れか」
将校が細剣を構え直す
「ならば、偽りの聖剣ごときに、恐れる必要はない!」
素早い斬撃
鋭い突き
途切れることのない攻撃が、ミレイヴィアを一方的に押していく
「くっ!」
受ける、下がる、また受ける
後ろへ下がった足が、何もない場所を踏んだ
ミレイヴィアは咄嗟に身体を横へ逸らす
細剣が頬をかすめ、赤い髪を数本、切り落とした
気づけば岸の端まで追い詰められている
まるで大蛇に巻きつかれ
抗うたび、その牙が深く食い込んでくる
反撃しようとしても
逃れようとしても
少しでも大きく動けば、その瞬間に貫かれる
あの金色がまだ使えたら、こんな攻撃……
——もういい!
イチかバチか、これに賭ける!
次の一撃
細剣が、ミレイヴィアの額へまっすぐ突き出される
「はああああ——!」
相打ちを想定した、必死の覚悟
ミレイヴィアも剣を突き出した
狙うのは、将校の心臓
だが
二人の剣が、同時に止まった
異常な重さが
剣ごと、二人の身体を地面へ引きずり下ろす
二人だけではない
メビウスと戦っていた帝国兵も
壁に叩きつけられ、生きているのかも分からない銃兵たちも
その場にいる全員が、地面へ押さえつけられていた
「な……何が……?」
ミレイヴィアは目の前の将校を見る
続いて、メビウスの方へ目を向けた
メビウスも地面へ押さえ込まれ
杖で身体を支えている
歌……?
歌声のような、不思議な響き
淡い青色の小さな何かが
群れになって森から飛び出してきた
「な……この力は……」
将校は苦しそうに顔を上げ
空を見ようとする
「よ、妖精さま……?」
ミレイヴィアも、信じられないものを見るように顔を向けた
淡い青の姿が近づき
少しずつ形が見えてくる
大きさは、十数センチほど
小さな子供のような身体
背中には、蝶のような二枚の翼
その周りには
形を変えながら動き続ける、三枚の小さな金属片
フェルリアでしか見ることのできない奇跡
——妖精
妖精たちの歌が、不思議な力を生み出す
それは巨大な重力となり
その場にいる全員を押さえ込んでいた
「……Cast……」
メビウスが呪文を唱え始める
まるで、この重力の影響を受けないように
「早く……奴の……詠唱を止めろ!」
将校が叫ぶ
メビウスを囲んでいた兵士たちは、必死に剣を振ろうとしている
だが、腕一本も持ち上がらない
「……Fantexis……Pyrearis……VarVII—Octalis……」
全く影響を受けていないわけではない
ただ、もともとの詠唱があまりにも速い
重力に押さえつけられて
ようやく普通の呪文と同じくらいに聞こえているだけだ
「Trasphaelis……Radevar VII……Damnaris Septem……」
杖の先に、光が集まる
一つにまとまり
外へ散ろうとした光が、再び中心へ引き戻される
回り続ける光の球
「Calpressentia……Termexaris……Fulgentia VarVII……」
真っ白な球体が、一瞬で燃え上がった
太陽のような光を放ち始める
「Exevalis……Forma Pyra——
冷たい声
灼熱が弾ける
太陽の中心に、十字の光
限界まで燃え上がった炎が
青白い虚無へと変わる
炸裂
発射の呪文は最初から唱えていない
ならば当然、火球も飛ばない
メビウスの杖先でそのまま爆ぜた
広がった炎が
地面に押さえつけられた全員を呑み込んでいく