こちら冥王教会ミッドチルダ支部   作:マルク

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12.窮地

 

レリックの封印を確認し、なのはは小さく息を吐いた。

 

「よし……これで任務完了。あとは地上へ戻るだけだよ」

 

緊張がわずかに緩んだ、その瞬間だった。

コツ、コツと静まり返った地下道に規則正しい足音が響く。

 

「……誰?」

 

スバルが振り向く。

暗闇の奥から、一人の少女がゆっくりと姿を現した。

腰まで届く紫の長髪。白い肌。そして感情の欠片もない無機質な瞳。

まるで人形のようだった。

 

「迷子……?」

 

スバルが思わず一歩踏み出す。

 

「大丈夫? ここ危ないよ――」

 

その腕を、なのはが即座に掴んだ。

 

「待って」

 

「なのはさん?」

 

「油断しないで。こんな場所に普通の人が来られるはずがない」

 

静かな声だったが、その緊張は全員に伝わる。

なのはは少女を見据えたまま一歩前へ出る。

 

「キミ。お話を聞かせてもらえるかな?」

 

返事はない。少女はただ、なのはを見つめ返すだけだった。

 

(反応がない)

 

ならば保護を優先するしかない。

なのはは魔法陣を展開する。

 

拘束魔法(バインド)を――」

 

その瞬間、全身の警戒が跳ね上がった。

 

「みんな!! 躱して!!」

 

反射的に全員が飛び退く。

すると直前まで立っていた地点が爆ぜ、地下道の床が抉れた。

 

「な、何!?」

 

スバルが周囲を見回すが、敵の姿はない。

だが“何か”が確かにいる。

 

(見えない……!?)

 

なのはは即座に魔力弾を展開した。

 

「アクセルシューター!」

 

無数の光弾が地下道を走り回る。壁をなぞり、天井をかすめ、死角を潰していく。

そのうちの一発が、何もない空間によって弾かれた。

 

「そこ!」

 

歪んだ空間が裂け、壁に叩きつけられた異形が姿を現す。

昆虫のような外殻。節くれだった四肢。人と虫を無理に繋いだような歪な姿。

だが悲鳴も苦痛もない。

 

「使い、魔?」

 

なのはは眉をひそめる。

違う。反応があまりに希薄だ。命令だけで動く兵器に近い。

 

「キャロ! 拘束して!」

 

「はい!」

 

「スバル、エリオ! 周囲警戒! ガジェットが来たら迎撃!」

 

「了解!」

 

「なのはさんは!?」

 

「この個体を確保する! 正体を調べれば何か分かるかもしれない!」

 

「了解!!」

 

それぞれが散開し、地下道に再び戦闘音が響き始めた。

 

 

数十分後。

地上へと這い上がったなのは達を、青空と管理局の輸送ヘリが迎えた。

 

「スターズ1! こちらです!」

 

ヴァイス・グランセニック陸曹がコクピットから手を振る。

 

「よかった……」

 

なのははようやく息をつく。

これで終わる。全員帰れる。

そう思った矢先だった。

拘束された紫髪の少女が、静かに口を開く。

 

「……私に構ってて、いいの?」

 

感情のない声が続く。

 

「また……守れないよ?」

 

その一言が、空気を凍らせた。

 

「……え?」

 

なのはの胸に嫌な予感が走る。

反射的に空を見上げた瞬間――

キィィィィィン!!

高エネルギー反応。

 

「ヘリ!!」

 

叫ぶより早く、閃光が空を裂いた。

轟音。

爆炎。

一直線の砲撃が輸送ヘリを貫く。

 

「うおぁあああああ!」

 

ヴァイスの悲鳴。

機体は黒煙を噴きながら傾き、墜落を始めた。

 

「しまった……!」

 

なのはは歯を食いしばる。

狙いはレリックでも少女でもない。

最初から――六課そのものだった。

 

 

轟音。

空気そのものが裂けたような衝撃が、街全体を揺らした。

次の瞬間、輸送ヘリの機体腹部が閃光に呑まれる。

 

爆炎。

橙色の火球が一瞬で膨れ上がり、金属を内側から押し潰すように広がった。

 

「っ……!」

 

なのはの視界が白と橙に焼かれる。

遅れて、耳の奥を殴りつけるような爆音が追いかけてきた。

 

ドォン――ッ!!

 

鼓膜が震え、空気が押し潰される。

風圧が一気に押し寄せ、なのはの髪と制服を後方へ強く引き剥がした。

熱。

焦げた金属と燃料の匂いが、風に乗って一瞬で鼻腔を満たす。

 

「ヴァイス君ッ!!」

 

叫びは、爆音に飲まれながらも街へと叩きつけられた。

だが返事はない。

ヘリは制御を失ったまま、ゆっくりと、しかし確実に傾いていく。

回転するローターが空を切り裂き、ギギギッと異常な金属音を撒き散らす。

機体がビル群の隙間へと吸い込まれるように落ちていく。

 

「……っ!」

 

なのはは一歩踏み出そうとして、足が止まった。

次の瞬間。

墜落。

鈍い衝突音とともに、ヘリは建物の影へと消えた。

そして――

遅れて、黒煙が立ち上る。

最初は細く、やがて太く、空へとねじれるように伸びていく。

炎の赤と、燃え尽きた金属の黒が混ざり合い、空気を歪ませていた。

熱風が遅れて街路を撫で、ガラス窓がかすかに震える。

 

 

その光景を、離れたビルの屋上からティアナも見ていた。

 

「砲撃!?」

 

呆然とした声は、風にさらわれていく。

爆発の余韻がまだ空気に残っている。

耳の奥がじんじんと痺れ、遅れて心臓が強く跳ねた。

 

(今の……何?)

 

視界の端で、黒煙がゆらゆらと揺れている。

熱を含んだ風が頬を叩き、髪を乱す。

 

「どこから?」

 

反射的に周囲を見回す。

狙撃手なら、必ず見晴らしの良い場所を選ぶ。

風向き、射線、退路。

ティアナの思考は、局員時代の癖のまま、爆発の余韻の中で加速していく。

 

(いた)

 

視線の先。

自分がいるビルとは別棟の屋上。

そこに、歪んだ熱気の向こうに二つの人影があった。

 

「……二人」

 

一人は巨大な砲を構えた少女。

もう一人は、小柄な影。

距離の揺らぎと黒煙のせいで輪郭は滲んでいる。

だが、あの一撃の“重さ”だけははっきりと分かる。

 

あそこだ。

あそこから撃たれた。

 

ティアナは一歩踏み出しかける。

その瞬間、爆発の遅れた衝撃波が再び街を撫でた。

ビルの外壁が低く唸り、足元のコンクリートが微かに震える。

 

(どうする)

 

胸の奥で声が響く。

 

(ヴァイス陸曹を助けに行く?)

 

だが、すぐに別の自分が否定した。

 

(無理よ)

 

黒煙の向こうで燃え続ける残骸が見える。

生きているかどうかも分からない。

仮に生きていたとしても――

瓦礫の熱と煙の中へ飛び込む準備は、自分にはない。

救急用品もない。

デバイスもない。

ただの風圧と熱気の中で、無力な身体が立ち尽くすだけだ。

 

(行ったところで……)

 

また、爆風が遠くで小さく鳴った気がした。

 

(足手まといになるだけ)

 

そう。

分かっている。

頭では。

それでも。

 

(だったら……)

 

ティアナは、自分の足元を見た。

アスファルトはまだ爆発の余熱をわずかに残しているのか、靴底越しにかすかな熱が伝わる。

 

「……」

 

一瞬の静寂。

次の瞬間、靴がアスファルトを蹴った。

 

「っ……!」

 

風が一気に顔を叩く。

黒煙の匂いが肺に入り込み、咳き込みそうになる。

それでも足は止まらない。

一歩。

また一歩。

やがてそれは、思考よりも速く、全力の疾走へと変わっていた。

 

「何で……」

 

風圧が頬を裂くように流れていく。

 

「何で、私は走ってるのよ……!」

 

六課とはもう関係ない。

戻るつもりもない。

助ける義理もない。

そう思っていたはずなのに。

爆発の熱と黒煙の中で、身体だけが迷いなく墜落現場へ向かっていた。

 

 

「ヴァイス君!」

 

墜落現場では、なのは達が必死に瓦礫をどかしていた。

まだ熱を持つ鉄骨がきしみ、手袋越しでも熱が伝わる。

 

「ここ持って!」

 

「はい!」

 

スバルが全身の力で鉄骨を持ち上げる。

金属が軋み、砂埃が舞い上がる。

エリオが周囲を警戒し、キャロが煙の中で負傷者の確認を行う。

視界は悪い。

黒煙がゆっくりと流れ込み、喉の奥が焼けるように痛む。

誰もがヴァイスを助けることだけに意識を向けていた。

その様子を見たティアナは、一瞬だけ安堵する。

 

(よかった……)

 

まだ間に合う。

自分の出る幕はない。

そう思った、その瞬間だった。

ティアナの思考が、黒煙の向こうに残る“違和感”を捉える。

 

(待って)

 

視線が再び屋上へ向く。

熱で揺らぐ空気の中。

敵は、まだそこにいる。

なのに。

何故撃ってこない?

何故追撃しない?

何故――こちらを見ている?

その瞬間。

爆発の余韻と黒煙の揺らぎの中で、ティアナの脳裏に点と点が一本の線になる。

 

(違う……)

 

狙いはヘリじゃない。

ヘリを落とすこと自体が目的じゃない。

救助に人員が集まる、その一瞬。

爆発の煙と混乱で視界と判断が鈍る、その瞬間。

そこへ――二撃目を叩き込むためだ。

 

「みんな!!」

 

ティアナは夢中で叫んでいた。

 

「逃げてーーーッ!!」

 

その声は、まだ熱を帯びた空気を切り裂いて響く。

聞き覚えのある声に、なのは達が一斉に振り向く。

 

「ティアナ!?」

 

「ティアナさん!?」

 

驚きに目を見開く仲間達。

だが、ティアナはそれどころではなかった。

黒煙の向こう。

屋上の少女が、静かに砲身を持ち上げる。

風が一瞬だけ止まったように感じられた。

 

「罠よ!!」

 

ティアナの絶叫が、爆発の残響の中に重なる。

 

「散開して!!」

 

その叫びと、次の瞬間に訪れる“二撃目”の気配は、ほぼ同時だった。

 

 

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