こちら冥王教会ミッドチルダ支部   作:マルク

14 / 23
14.強敵

 

「うおりゃあああっ!!」

 

赤い閃光が青空を切り裂いた。

ヴィータは鉄槌アイゼンを構えたまま、一筋の紅い竜巻となって屋上へ突撃する。

爆風すら置き去りにする速度。

一直線にクアットロへ迫る。

 

「きゃっ♪」

 

クアットロは軽やかに身を翻し、その突進を紙一重で回避した。

だが、その後ろにいたディエチは違う。

巨大な砲を抱えたままでは、この速度に対応できない。

 

「鈍い!」

 

ヴィータは即座に標的を切り替えた。

 

「まず一人!」

 

アイゼンの推進機構が唸りを上げる。

さらに加速。

そのまま華奢な少女の身体へと、鉄槌を叩き込んだ。

 

「んなっ!?」

 

手応えはあった。

しかし次の瞬間、打ち抜いたはずの身体が砂煙のように掻き消えた。

 

(――幻影!?)

 

ヴィータの脳裏に警鐘が走る。

クアットロの幻術は「視界に映る像」を直接書き換えるものだ。

発動条件は単純で、彼女が視認できる範囲に“対象の位置情報を上書きする”こと。

つまり、彼女が見ている限り、そこに“いるように見せる”ことができる。

そして重要なのは、幻影そのものは実体を持たないが、ディエチの攻撃と“連動する前提”で設計されている点だった。

 

「しまっ――」

 

気付いた時には遅かった。

横合いから凄まじい衝撃が襲う。

 

「ぐっ!」

 

ヴィータの身体が吹き飛び、屋上を転がる。

体勢を立て直して見上げると、さっきまで何もなかった場所にディエチが立っていた。

その後ろではクアットロが、悪戯に成功した子供のように舌を出している。

 

(幻術か……! あの眼鏡の仕業だ!)

 

ヴィータは奥歯を噛み締めた。

だが単なる“見せかけ”ではない。クアットロの幻術は、ディエチの射線と完全に同期している。

つまり――

 

1. クアットロが「そこにディエチがいないように見せる」

2. ヴィータが空白を“安全地帯”と誤認する

3. その誤認した位置に、ディエチが事前に移動・または射線を通す

4. 幻影が破れた瞬間には、すでに攻撃が成立している

 

視覚の誤認そのものが、攻撃成立のトリガーになっていた。

火力と幻術。

これほど噛み合った組み合わせは厄介だった。

視覚は人が得る情報の大半を占める。

その視覚を狂わされれば、どれほど優れた戦士でも判断は鈍る。

 

「だったら!」

 

ヴィータは空中へ跳び上がる。

アイゼンの周囲に無数の鉄球が形成される。

 

「まとめて吹っ飛べぇぇぇっ!!」

 

鉄球が一斉に四方八方へ撃ち放たれる。

屋上全体を覆うような飽和攻撃。

狙いは命中ではない。

幻術師への負荷だ。

幻を維持するには、クアットロは“視界情報の更新”を常時行い続ける必要がある。

そこへ大量の破壊と遮蔽を叩き込めば、処理が追いつかなくなる。

 

「しまった!」

 

クアットロの顔色が変わる。

次々と幻影が消え去り、本物の姿が露わになった。

 

(今度こそ……!)

 

ヴィータの視界に、確かに“実体のディエチ”が見えた。

だがそれは、クアットロが意図的に残した“最後の誤誘導”だった。

幻術は完全に消えたのではない。

「見える=本物」という思考を誘導するため、あえて“本物らしい一体”だけを残したのだ。

 

「もらったぁぁぁ!!」

 

ヴィータが勝利を確信した、その瞬間。

 

「なーんちゃって♪」

 

甘い声が耳元で囁く。

 

「っ!?」

 

再び横合いから衝撃。

ヴィータは吹き飛ばされ、コンクリートへ叩きつけられた。

 

「ぐっ……!」

 

(まさか……!)

 

ヴィータは目を見開く。

 

(さっきの“見えてた大砲女”すら、誘導用の幻影だったのか!)

 

そう。クアットロの真のトリックは「幻術が解けたように見せる幻術」だった。

 

1. 幻影を一部だけ解除し、“本物がいる”と錯覚させる

2. ヴィータが思考を「今度こそ本体」と固定する

3. その思考の死角から、別位置にいるディエチが攻撃する

4. 攻撃後に初めて“全てが幻術の誘導だった”と気付かせる

 

相手の思考を先回りし、その“確信”そのものを罠にする戦術。

 

「ウフフ♪ まんまと引っかかってくださいましたわ」

 

クアットロは口元を隠しながら楽しそうに笑う。

ディエチも静かに砲を構え直す。

 

「助かる」

 

「あなた達ベルカの騎士って、本当に真っ直ぐですこと」

 

クアットロの瞳が細くなる。

 

「真っ直ぐだからこそ、化かし甲斐がありますわ」

 

ヴィータはゆっくり立ち上がった。

額から一筋、血が流れる。

だが、その目から闘志は消えていない。

 

(みんな……悪ぃ)

 

アイゼンを握る手に力を込める。

 

(ちょっと時間がかかりそうだ)

 

その頃、地上ではなのは達がヴァイス救出のため瓦礫の中を駆けていた。

六課は今、二つの戦場で同時に試されてい

 

 

「ヴァイス君! 返事をして!」

 

なのはの声が、燃え盛る炎の中へと吸い込まれていく。

轟々と唸る火勢が空気を揺らし、熱波が肌を刺すように押し寄せた。

焦げた金属の匂いと、燃料の甘く危険な臭気が混ざり合い、呼吸すら重くする。

 

「ヴァイスさん! どこですか!」

 

エリオも瓦礫を掻き分けながら叫ぶ。崩れた鉄骨が擦れ合い、甲高い金属音を立てるたびに、火花が散っては闇に消えた。

崩壊した輸送ヘリは原形を留めていない。

折れ曲がったフレームはねじれたまま黒く焼け焦げ、装甲片は爆風に引き裂かれて周囲へ無残に散乱している。

まだ熱を持つ破片が地面に触れるたび、じゅっと嫌な音を立てて煙を上げた。

燃料が漏れ出し、炎はまるで生き物のように勢いを増している。ぱちぱちと爆ぜる音が連続し、時折、内部に残った圧力が小さな破裂音となって響いた。

 

時間がない。

 

キャロは焦る気持ちを押し殺しながら周囲を見渡す。炎の揺らめきが視界を歪ませ、熱気で涙が滲む。

 

「見つかりません…!」

 

返事はない。

気絶しているのか、それとも――。

誰も口にはしなかった。だが、耳の奥で燃料が沸騰するような低い唸りが響くたび、最悪の想像が現実味を帯びていく。

 

このまま炎が燃料へ引火すれば――。

 

一瞬、空気が凍りついたように感じられた。

大爆発は避けられない。

もう助からない。

そんな最悪の考えが、熱と轟音の中で一瞬だけ全員の脳裏をよぎる。

その時だった。

 

「……!」

 

瓦礫の奥で、小さな緑の光が明滅した。

ぱち、ぱち、と規則正しく。炎の揺らぎとは明らかに異なる、意志を持ったような点滅。

 

「今の光!」

 

なのはが反射的に駆け出す。足元の破片が砕ける音が鋭く響き、熱風が背中を押す。

慎重に、それでも急ぎながら瓦礫を退かしていく。

鉄骨を持ち上げるたびに軋む悲鳴のような音が響き、焦げた装甲板をどかすと、そこから熱気が一気に噴き出した。

そして、その下から一人の男が姿を現した。

 

「ヴァイス君!」

 

操縦席に挟まれながらも、かろうじて息がある。

胸は微かに上下し、意識は薄い。

胸元ではストレージデバイス《ストームレイダー》が緑色の魔力光を繰り返し点滅させていた。

その光は炎の赤と対照的に、冷たいほど澄んで見える。

墜落の直前、ヴァイスは咄嗟にデバイスを操縦席から取り外し、自らの身へ装着していたのだ。

主人の危機を察知したストームレイダーは、微弱な魔力を断続的に放ち、まるで心臓の鼓動のように救助を求め続けていた。

 

「キャロ!」

 

「はい!」

 

キャロは即座に詠唱を開始する。

空気が震え、淡い桜色の光が彼女の手元から広がった。

魔力が触れた瞬間、ヴァイスの身体を包み込み、焼けるような熱と痛みを和らげていく。

出血が抑えられ、荒かった呼吸が少しずつ整っていく。

 

「応急処置は終わりました!」

 

「運び出そう!」

 

スバルとなのはがヴァイスを慎重に抱え上げる。

その瞬間、まだ熱を持つ金属が軋み、背後で炎が一段と高く跳ね上がった。

全員がその場から駆け出す。

靴底が地面を叩く音、瓦礫が崩れる音、そして背後で膨れ上がる炎の唸りが混ざり合う。

次の瞬間――轟音。

 

世界が一瞬、白く弾けた。

輸送ヘリが爆発したのだ。

圧縮された空気が一気に解放され、衝撃波が地面を叩きつける。

灼熱の火柱が夜空を裂き、爆風が背中を殴りつけるように押し出した。

耳をつんざく破裂音が遅れて響き、熱風が肌を焼く。

 

「きゃっ!」

 

キャロがよろめく。視界が揺れ、足元が浮くような感覚に襲われる。

エリオが咄嗟にその身体を支えた。二人の頬を、爆風に巻き上げられた砂と熱が叩く。

あと数秒遅れていたら――。

誰もが無言でその事実を理解した。

 

「ロングアーチ!」

 

なのはは通信を開く。まだ耳鳴りが残る中、声を張り上げる。

 

「グランセニック陸曹を発見しました! 意識はありませんが生存しています! 救護班を至急お願いします!」

 

『了解! 救護班を急行させます!』

 

通信が切れる。

これで当面の危機は去った。

だが、爆発の余韻が空気を震わせ続ける中、安心する暇はない。

屋上ではヴィータが敵を食い止めている。

遠くから断続的な衝突音と魔力の炸裂音が響き、戦闘が続いていることを告げていた。

 

敵の目的は正面決戦ではない。

こちらの隙を突き、戦力を削ること。

ヘリを撃墜したのも、そのためだった。

 

「……厄介だね」

 

なのはは軽く歯軋りする。

まだ耳の奥には爆発の残響が残り、心臓の鼓動と混ざり合っている。

これまで幾多の事件を乗り越えてきた。

だが、これほど狡猾に戦力そのものを削りにくる相手は初めてだった。

その時。

 

『なのはさん!』

 

シャーリーの切羽詰まった声が通信へ飛び込む。ノイズ混じりの声が、緊張をさらに引き上げる。

 

『大変です!』

 

「どうしたの!?」

 

『虫使いの少女が……消えました!』

 

「えっ!?」

 

なのはの表情が凍りつく。

 

そうだ。

 

ヘリが撃墜された瞬間、ヴァイスの救助を優先するあまり、捕らえた少女から目を離してしまった。

バインドで拘束していた。

だから安心していた。

しかし今、耳に残るのは爆発の残響と、遅れて押し寄せる嫌な予感だけ。

その一瞬の油断。

それこそが、敵の狙いだった。

 

 

暗い地下水路。

 

人一人がようやく通れる狭い空間を、一つの影が音もなく進んでいた。

 

戦闘機人セイン。

固有能力《ディープダイバー》によって地盤そのものへ溶け込むように潜航し、ルーテシアを背負ったまま地中を移動している。

その傍らには、昆虫型召喚獣ガリューの姿はない。

既に姿を消し、地上でなのは達の様子を窺っていた。

 

「…残念だけど」

 

ルーテシアが静かに呟く。

 

「今回のレリックは諦めよう」

 

「了解でーす」

 

セインは相変わらず気の抜けた口調で返事をした。

 

「いや~、ルーテシアお嬢様が捕まったって聞いた時は、さすがにヒヤリとしましたよ」

 

「……」

 

ルーテシアはしばらく黙っていた。

そして、小さく口を開く。

 

「あの人達……強かった」

 

思い返すのは地下で対峙した魔導師達。

 

狭い地下道。

ヘリの撃墜。

仲間の救助。

捕虜の確保。

 

次々と想定外の事態が起こる中でも、彼女達はすぐに立て直した。

統率は乱れながらも、完全には崩れない。

それだけの実力があった。

 

「でも……」

 

ルーテシアの瞳に静かな光が宿る。

 

「次は負けない」

 

その声に迷いはない。

 

「あの人達には、まだ見せてないものがあるから」

 

切り札。

それはまだ一枚も切っていない。

戦いは終わっていないのだ。

 

「うんうん」

 

セインは軽く頷く。

 

「じゃあ、こっちはこのまま帰っていいんだね? うん」

 

短い返事。

その直後、セインの通信機が軽く鳴った。

 

「あ、お嬢様」

 

耳を澄ませたセインが笑みを浮かべる。

 

「トーレ姉から連絡でーす」

 

「何て?」

 

「クア姉とディエチは無事回収したって」

 

「……そう」

 

ルーテシアは安堵したように小さく息を吐いた。

 

今回の作戦は失敗。

レリックは向こうに渡った。

それでも、大切な仲間は誰一人欠けなかった。

それだけは、唯一の救いだった。

 

暗い地下を二人は静かに進んでいく。

やがて、その姿は闇の奥へと溶け込み、完全に見えなくなった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。