機動六課、部隊長室。
新任の医務官カケルと、センターガード候補のボルツが着任したその日。
執務机を挟み、はやての前にはヴィータとシグナムが並んで立っていた。
「なあ、はやて」
ヴィータが腕を組み、不安そうに口を開く。
「今度入ってきた奴、本当に大丈夫なのか?」
「ん?」
「あいつ、指揮官っていうより、どう見ても
その言葉にシグナムも続く。
「そうです。主、まだ間に合います」
「私の伝手を頼れば、ティアナ・ランスターの代わりとなる人材を探してみせます」
二人とも真剣だった。
だからこそ――。
「二人とも」
はやては静かに口を開いた。
「少し黙り」
部屋の空気が変わる。
滅多に見せない部隊長としての命令。
歴戦の騎士である二人は、反射的に口を閉ざした。
はやてはゆっくりとヴィータへ視線を向ける。
「ヴィータ」
「……はい」
「ティアナが以前おった部隊はどこやった?」
「えっと……たしか陸士三八六部隊だったっけ」
「そこでどんな仕事しとった?」
「災害担当……あっ!?」
答えた瞬間、ヴィータの表情が固まる。
はやては静かに頷いた。
「せや。六課の任務内容を考えたら、本来なら戦闘が本職の武装隊から人材を探すんが普通や」
「……」
「それなのに、何で災害担当の部隊から引っ張って来たんか、忘れてしもたん?」
ヴィータの顔から血の気が引く。
武装隊には、なのはやフェイトが認めるだけの人材がいなかった。
だから他部署まで範囲を広げた。
そして、ようやく見つけたのがスバルとティアナだった。
その事実を、今まで完全に忘れていた。
「第二候補も」
「第三候補も」
「みーんな辞退してもうた」
はやては静かに言う。
「そこまでして、やっと見つけた子らや」
「もう少し危機感持ってな」
「……はい」
ヴィータは俯いた。
今度は、はやてがシグナムへ向き直る。
「シグナム」
「はい」
「今の六課の状況を考えたら、人材は今すぐ欲しい」
「はい…」
「ほんなら聞くけど、いつになったら見つかるん?」
「そ、それは…」
烈火の将が珍しく口ごもる。
「打診はしておりますが…条件を満たす者がおらず……」
歯切れが悪い。
はやては机に肘をつき、小さく笑った。
「そもそもセンターガードいう
一拍置く。
「どこの物好きが、苦労を承知で来てくれると思うとん?」
「……」
「来たら来たで、今度はその人が悲鳴上げることになるんや」
部屋が静まり返る。
「そういう気配りも、大事やで?」
「……はい」
シグナムもヴィータも返す言葉がない。
はやてはさらに続ける。
「それにな。六課設立当初から、魔導師ランク制限はギリギリや」
はやては資料を軽く叩く。
「せやのに、敵さんはウチらとの戦闘データ集めて、どんどん強うなっとる」
ガジェットの性能向上。
新型機の投入。
戦術の最適化。
敵は確実に六課を研究してきている。
「つまりや」
はやては二人を真っ直ぐ見据えた。
「ティアナ以上の実力を持っとって尚且つ、魔導師ランクはティアナ以下」
「そんな人材やないと、今の六課ではやっていけへん」
「おっと、ティアナ以上のメンタルも必要やな。なのはちゃんの訓練でも潰れないぐらいの子。簡単に見つかると思うとん?」
沈黙。
そんな都合のいい人材など、いるはずがない。
「最悪…」
はやての声が少し低くなる。
「ただ人数合わせで連れて来た子は、初出動で殉職するかもしれへん」
ヴィータの拳がぎゅっと握られた。
その光景が容易に想像できてしまったからだ。
経験不足の新人。
強化されたガジェット。
センターガード不在。
指揮も連携も追いつかない。
その結末は、考えるまでもない。
二人とも顔を上げられない。
「ウチはな、そんな補充要員は
「命を捨てるために連れて来るくらいなら、最初から来ん方がその子のためや」
静かな声だった。
だが、その一言一言が重い。
「……ああ、せやったな」
はやてはシグナムを見て、ふと思い出したように言う。
「シグナムも指揮官適性、認められとったんやった」
「え?」
嫌な予感。
「ほんなら、FW分隊の隊長やってみよか?」
夜天の王がにっこり笑う。
「い、いえ!」
シグナムは慌てて首を振る。
「私は航空隊の指揮官経験はありますが、陸戦部隊は戦術も部隊運用も異なります。即座に務まるとは…」
「ティアナは?」
「……」
「新人で、指揮経験ゼロやったで?」
返す言葉がない。
はやては笑顔のまま続けた。
「シグナムの格好ええとこ。ウチ、見てみたいわぁ」
その笑顔は柔らかい。
だが、その瞳だけは全く笑っていなかった。
烈火の将の背中を、冷たい汗が流れる。
横にいるヴィータに「助けろ」と視線を送るが、もちろん助け舟など来ない。
はやては二人を見回し、小さく息を吐いた。
「意見を言うんはええ。でもな…」
一拍置く。
「代案を持って来ぃ」
静寂。
ヴィータとシグナムは同時に姿勢を正し、深く頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
「すみませんでした」
はやてはようやく表情を和らげる。
「ウチかてティアナの代わりがおるなら欲しい」
「でも現実には、おらん」
その一言が、部屋に重く響く。
「せやから、今おる仲間を育てるしかないんや」
二人は静かに頷いた。
理想だけでは部隊は守れない。
限られた人材で最善を尽くす。
それが、今の機動六課に課せられた現実だった。
◇
「し、しかし主」
沈黙に耐えかねたように、シグナムが口を開いた。
「それならば……後見人であるリンディ殿に頼むのはいかがでしょうか?」
「そうだよ!」
ヴィータもすかさず乗っかる。
「あの人なら本局運用部のレティとも友達だしさ。ティアナの代わりくらい、見つけてくれるだろ」
二人の視線が、期待を込めてはやてへ向けられる。
だが――。
「……あんなぁ」
はやては額に手を当てた。
深いため息。
それから、ゆっくりと顔を上げる。
「ウチが六課を作った理由、言うてみ?」
「……え?」
ヴィータが目を瞬かせる。
「レリックの確保」
シグナムが答える。
「ガジェットのAMF対策」
ヴィータが続ける。
「新人教育」
「カリムの予言への対応」
「せやな」
はやては頷く。
「それも全部、六課を作った理由や」
しかし、そこで言葉を切った。
「……まだや」
「え?」
「まだ、一番肝心なやつがあるやろ」
二人は顔を見合わせた。
分からない。
何度考えても、これ以上思いつかない。
「……何でしょうか?」
シグナムが恐る恐る尋ねる。
はやてはじっと二人を見つめた。
やがて、痺れを切らしたように口を開く。
「陸の意識改革や」
「……!?」
二人の表情が変わった。
「海と陸の確執を減らしたい」
はやては椅子の背へ身体を預ける。
「その仲立ちになればと思って、六課を作ったんや」
机の上に置かれた資料へ目を落とす。
「六課の設立に賛成してくれた職員の中にはな、この考えに賛同してくれた人も多かった」
「単に強い魔導師を集めて、レリック事件を解決する為だけの部隊やない」
「陸と海が一緒に仕事をして、互いに理解する為の場所でもあるんや」
ヴィータは黙って聞いていた。
そして、先ほど自分達が口にした提案を思い出す。
リンディに頼む。
本局運用部のレティを通して、人材を探してもらう。
優秀な魔導師を連れてくる。
それ自体は、戦力だけを考えれば正しい。
しかし――。
「……にも拘わらずや」
はやての声が低くなる。
「ここでウチが権力やコネ振りかざして、他所から優秀なエースを一人引っ張ってきたら…」
二人は息を呑む。
「陸の職員さん達は、どう思うと思う?」
答えは明白だった。
――結局、海の連中が人事権を使って人を持っていった。
――自分達の都合の為に、優秀な人材を奪った。
――所詮、六課も海の部隊だったのだ。
そう思われれば、今まで積み上げてきた信頼は一瞬で崩れる。
「……裏切り者、ですか」
シグナムが呟く。
「せや」
はやては頷く。
「『所詮は海の人間や』って思われたら終わりや」
ヴィータの顔が青ざめる。
自分達は単純に戦力を補充することしか考えていなかった。
しかし、その一手が六課の存在意義そのものを壊す可能性がある。
「だからこそ」
はやては静かに続けた。
「リンディはん達にも頼れへん」
「……」
「頼ったら、六課が楽になるかもしれへん」
「でも、その代わりに六課が何の為に作られた部隊なのか分からんようになる」
シグナムは俯いた。
ヴィータも拳を握り締める。
先ほどまでの「代わりを探せ」という勢いは、もうどこにもなかった。
「……主」
「ん?」
「そこまで……考えておられたのですね」
はやては苦笑した。
「考えんかったら、部隊長なんて務まらへんよ」
だが、その表情には疲労が滲んでいた。
「まぁ……」
小さく息を吐く。
「現状報告は、もうしといたけどな」
「報告……ですか?」
「せや」
はやては机の上の通信端末へ目を向ける。
「今の六課がどんな状況なのか」
「ティアナの離脱」
「センターガードの欠員」
「敵の戦力強化」
「教導体制の見直し」
「全部、正直に伝えた」
そこで、少しだけ間を置く。
「最悪の場合…」
「六課そのものが無くなることも覚悟してほしい、ってな」
「……!」
ヴィータとシグナムは言葉を失った。
はやては窓の外へ視線を向ける。
隊舎の外では、局員達がいつもと変わらぬ様子で行き交っている。
笑い声も聞こえる。
訓練の声もする。
それが、今は妙に遠く感じられた。
「……ほんま」
はやては大きく息を吐いた。
「隊長いうんは、胃に悪い仕事やなぁ」
机に肘をつき、額へ手を当てる。
その姿を見て、ヴィータもシグナムも何も言えなかった。
自分達が守っていると思っていた主は。
いつの間にか、自分達よりずっと多くのものを背負っていた。
レリック。
ガジェット。
予言。
新人達。
そして――海と陸の未来。
その全てを背負ったまま、八神はやては今日も部隊長の椅子に座っている。
ただ一人。
誰にも弱音を吐くことなく、深いため息をついていた。