機動六課、模擬訓練場。
乾いた風がフィールドを吹き抜ける。
上空では、白いバリアジャケットを纏ったなのはが静かに浮かんでいた。
「さあ、来て」
穏やかな笑み。
だが、その瞳には一切の油断がない。
それを見上げるフォワード陣もまた、真剣な表情で配置についていた。
「作戦開始」
ボルツの低い声が通信へ流れる。
「スバル、ギンガ!」
「了解!」
「任せて!」
二人が同時に地面を蹴る。
ウイングロードを展開して左右へ大きく回り込みながら、一気になのはとの距離を詰めていく。
「アクセルシューター!」
なのはの周囲へ桜色の魔力弾が次々と展開された。
狙いは、姉妹の足止め。
しかし。
「させん!」
ボルツが刀型デバイスのカートリッジを装填する。
次の瞬間、刀身が液体金属のように伸び、細長い鞭へと姿を変えた。
しなる黒い刃が空を裂く。
まるで生き物のように軌道を変えながら、迫り来る魔力弾を次々と貫いていく。
バシュッ!
バシュッ!
桜色の弾丸が空中で砕け散る。
「今だ!」
道が開けた。
「うおおおっ!」
「はああっ!」
スバルとギンガの拳が、左右から同時になのはへ迫る。
【Protection.】
淡い桜色の防御壁が瞬時に展開された。
二人の拳が同時に、別方向から叩き込まれる。
しかし、防御壁は揺らぐだけ。
砕けない。
「エリオ!」
「はい!」
キャロがグローブ型デバイスに魔力を込める。
【Boost up.】
桜色の魔力光がエリオを包み込み、その身体能力が一気に跳ね上がる。
「いきます!」
槍を構えた少年が、防御壁の真正面へ突っ込む。
ガァンッと衝撃音が戦場に響く。
なのはは両腕で防御壁を維持したまま微笑んでいた。
「いい連携だね」
それでもまだ破れない。
「……っ!」
エリオが歯を食いしばる。
なのはの防御は、なお健在だった。
その時だった。
上空から影が差す。
「終わりだ」
誰よりも高く跳び上がっていたボルツが、刀を振りかぶる。
重力を乗せた一撃。
渾身の唐竹割りが、防御壁へ叩き込まれた。
衝撃により大気が爆ぜる。
上。
正面。
左右。
四方向から同時に叩き込まれるフォワード陣最大火力。
限界を迎えた防御壁へ、細かな亀裂が走る。
ピシッ。
そして――桜色の障壁が、光の粒となって弾け飛んだ。
「えっ……」
なのはの目が丸くなる。
その瞬間、ボルツの刀がなのはの目前で静かに止まっていた。
「……一本」
静寂。
次の瞬間だった。
「やっ……」
スバルが固まる。
「やったぁぁぁぁーーーっ!!」
歓声がフィールド中へ響き渡る。
スバルがギンガへ飛びつき、エリオとキャロも思わず抱き合う。
「勝ったぁ!」
「やりました!」
「なのはさんの試験、合格です!」
無理もなかった。
ティアナ・ランスターが六課を去って以来。
誰一人として、なのはの試験を突破できなかったのだから。
歓喜の輪が広がる。
だが一人だけ、その輪へ加わらない者がいた。
「…………」
ボルツは刀を納めると、そのまま静かに歩き出す。
「ボルツさん!」
キャロが呼び止める。
「一緒に来てください!」
「別にいいだろ。作戦が成功しただけだ」
「そんなこと言わないでください!」
スバルが笑顔で駆け寄る。
「おりゃっ!」
「なっ――」
腕を掴まれた。
そのまま勢いよく輪の中へ引きずり込まれる。
「ちょっとお前ら!」
「胴上げだー!」
「賛成!」
「えっ、ちょっ……!」
次の瞬間。
「せーの!」
「わっ!?」
掛け声と共に、ボルツの身体が宙へ舞った。
「お、おい!」
「やめろ!」
「僕は飛べない!」
「落ちる!」
「もう一回!」
「せーの!」
「だからやめろってぇぇぇっ!」
普段は仏頂面で、滅多に感情を表へ出さないボルツ。
そんな彼が必死に手足をばたつかせる姿に、訓練場は笑いに包まれた。
少し離れた場所で、その様子を見つめるなのは。
「ふふっ……」
自然と笑みが零れる。
教導隊時代。
無表情で任務だけをこなしていたボルツからは、決して想像できなかった光景。
(良かったね、ボルツ君)
仲間に受け入れられ。
仲間と笑い合い。
勝利を分かち合う。
それは、戦術書にも教本にも載っていない。
けれど、部隊にとって何より大切な時間だった。
青空へ放り投げられながら悲鳴を上げるボルツと、それを見て大笑いするフォワード陣。
その賑やかな笑い声は、六課の訓練場へいつまでも響き続けていた。
◇
機動六課、隊長室。
訓練を終えた直後の室内には、まだ興奮の余韻が残っていた。
モニターには、先ほどの模擬戦の記録映像が映し出されている。
なのはの防御を突破した瞬間。
スバルとギンガが左右から挟み込み、エリオが真正面から突撃し、最後にボルツの一撃が防御壁を打ち砕く。
その映像が何度も繰り返されていた。
「……なるほどなぁ」
映像を見つめながら、ヴィータが腕を組む。
「スバル達で左右と正面に意識させて防御が薄くなったところを渾身の一撃で崩す、か」
「うん」
なのはも頷く。
「同じフォワードなのに、戦い方がまるで違う」
フェイトは映像を止め、一つの場面を拡大した。
スバルとギンガが突撃する瞬間。
その少し前から、ボルツはすでに鞭を伸ばし、なのはの魔力弾を撃ち落としていた。
「ティアナなら、ここは一度相手の動きを見てから指示を出してると思う」
フェイトが静かに言う。
「せやな、ティアナは受けながら考える防御寄りや」
「相手の出方を見て、その場で一番ええ答えを探す」
はやても続ける。
画面が切り替わる。
今度はボルツが空へ飛び上がる場面だった。
「でもボルツ君は違う」
なのはは苦笑した。
「最初から突破口を決めて、そこへ全部ぶつける」
「だから指示も早い」
ヴィータがニヤリと笑う。
「なるほどな。ティアナが柔軟に対応できる万能型なら、こいつは攻撃特化型って事か」
その言葉に、はやては椅子へ深く腰掛けた。
「面白いなぁ…」
「え?」
フェイトが振り向く。
「うちら、最初はティアナの穴を埋める人材を探しとったやん?」
「でも実際に来たんは、真逆。正反対の戦い方の子」
はやてはモニターへ視線を向ける。
静かな沈黙が流れる。
「代わりなんて、どこにもおらへん」
「ティアナはティアナ」
「ボルツ君はボルツ君」
「でも、それでええんや」
フェイトも映像を見ながら頷いた。
「同じ部隊なのに、なんだか別の部隊みたい。指揮官が変わると、ここまで変わるんだね」
「そういうことや」
はやては嬉しそうに笑う。
「優秀な魔導師を一人増やしたわけやない」
「優秀な指揮官が一人入った」
「でも、それだけで部隊がガラリと変わった」
ヴィータは鼻で笑った。
「今まで気付かなかったのかよ」
「気付いとったよ」
はやては肩を竦める。
「でも、ここまで変わるのは予想外やった」
なのははもう一度映像を見る。
ボルツの指示。
迷いなく動くフォワード陣。
そして最後に突破された自分の防御。
負けた悔しさより、不思議な嬉しさの方が勝っていた。
「以前とは全然違う。でも、ちゃんと六課なんだね」
「うん」
フェイトが優しく笑う。
「みんな同じじゃなくても、部隊にはなれる。それが組織なんだと思う」
その時、部屋の隅で腕を組んでいたカケルが口を開いた。
「その変化は、敵もかなり嫌がるはずだ」
三人が振り向く。
「通常、同じ敵と何度も戦う事は少ない。向こうは犯罪者で逃げ回るものだからな。だが今回の敵は違う」
「スカリエッティは敢えて何度も戦う事で戦闘記録を集めて分析している。誰がどう動き、どこで連携し、どう勝つのか。それを前提に対策を立てる」
カケルはモニターへ歩み寄る。
「しかし、今回はその前提が崩れる」
ボルツが攻撃を指揮する場面で映像を止める。
「同じ戦力でも、運用法が違えばもう別部隊と見ていい」
「研究者として優れているほど、それを嫌う」
はやては目を細めた。
「研究者だからこそか…」
「ああ」
カケルは静かに頷く。
「しかも奴は能力だけじゃない。思考も、癖も、判断も分析する。その上で戦いを挑んでくる」
「だからこそ」
モニターを見つめたまま続ける。
「今回の変化で、奴の積み上げたデータは半分近く意味を失うだろう」
フェイトは感心したように息をついた。
「なるほど…」
「ボルツ君が強いことより、部隊の戦い方が変わったことの方が大きいんだ」
「そういうことだ」
カケルは短く答える。
はやては満足そうに微笑んだ。
「つまり、六課を再生したというより新生した訳やな」
窓の外では、夕焼けがゆっくりと地平線へ沈み始めていた。
ティアナ・ランスターが築いた六課。
そして、ボルツが新たに描き始めた六課。
同じ部隊でありながら、その姿は少しずつ、新しい形へと変わり始めていた。
◇
昼休みの機動六課の食堂は、今日も賑やかな笑い声で満ちていた。
「ボルツ! こっちこっち!」
トレーを持ったスバルが元気よく手を振る。
ギンガ、エリオ、キャロも隣の席を空けて待っていた。
「一緒に食べようよ!」
少しだけ間を置き、ボルツは静かに頷いた。
「ああ」
席へ着くと、四人は食堂の料理へ箸を伸ばす。
しかし、ボルツだけは違った。
懐から青い布に包まれた弁当箱を取り出し、静かに机へ置く。
「あれ?」
スバルが首を傾げた。
「ボルツってお弁当持参なんだ?」
「自炊する時間なんてあったかな?」
ボルツは蓋へ手を掛けながら答える。
「そういえば、まだ言っていなかったな」
カチリ、と蓋が開く。
「僕は使い魔だが、正確には生き物ではない」
四人の手が止まる。
「正確には無機物だ」
「宝石を媒介として生み出された使い魔で
「だから、人間のような食事は必要ない」
「えぇっ!?」
四人の声が見事に重なった。
しかしボルツは気にした様子もなく、弁当箱の中へ視線を落とす。
「とはいえ、この時間は仲間と交流する上で欠かせないものだ、とマスターは考えている」
どこか呆れたように肩を竦めた。
「だから気を利かせて、毎日これを用意してくれる」
弁当箱の中に入っていたのは、色とりどりのおかずではなかった。
透明感のある、小さな氷の結晶。
淡い青白い光を放ち、まるで宝石のように輝いている。
「わぁ……。それって何ですか?」
キャロが思わず身を乗り出した。
「マスターの魔力を凝縮した氷だ」
ボルツは一欠片を摘み上げる。
「マスターは氷結の魔力変換資質を持っているからな。僕にとっては、これが食事だ」
両手を合わせて静かに目を閉じる。
「いただきます」
氷を口へ運ぶ。
カリッと小さな音と共に氷が砕けた。
淡い青白い光が、口元からふわりと漏れる。
さらに瞳の奥まで光が駆け抜け、鼻や口から白い吐息のように魔力光が零れ落ちる。
スバル達は目を輝かせた。
「おぉー!」
「すごーい!」
「綺麗……!」
「魔力を食べてるみたい!」
四人が感嘆の声を漏らす中、ボルツだけが不思議そうに首を傾げる。
「……何だ? おかしいとは思わないのか?」
その問いに、スバルは笑顔で首を横へ振った。
「ううん! 色んな人がいるんだなぁって思った! ボルツはボルツだもん!」
ギンガも何でもないと語る。
「食べるものが私達とは違うだけよ」
エリオも微笑む。
「僕達だって好き嫌いはありますし」
キャロも嬉しそうに頷いた。
「それに、とっても綺麗でした」
四人とも、本気でそう思っていた。
そこには恐れも、偏見もない。
ただ純粋な興味だけがあった。
しばらく沈黙が流れる。
ボルツは四人を見つめ、やがて視線を逸らした。
「……ふん」
短く鼻を鳴らす。
それだけだった。
けれど、その仏頂面はほんのわずかだけ柔らかくなっていた。
少し離れた席でその様子を見ていたカケルは、小さく口元を緩める。
「案外、心配はいらなかったようだな」
そう呟くと、自分も静かに昼食へ箸を伸ばした。