こちら冥王教会ミッドチルダ支部   作:マルク

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3.闇の胎動

 

ティアナが機動六課を去ってからというもの、部隊の歯車は目に見えて狂い始めていた。

 

「リィン、前衛フォワード陣への指示を!」

 

「は、はいっ!」

 

オペレーター席に座るリィンフォースII――通称リィンが慌ただしく指示を飛ばす。

だが、それは指示と呼ぶにはあまりにも大雑把だった。

 

「スバルさん、前へ! エリオさんは右側を警戒してください!」

 

「了解!」

 

返事は良い。しかし、それだけだった。

なのははモニター越しに二人の動きを見つめ、小さく息を吐く。

 

(……やっぱり)

 

当然の結果だった。

 

スバルの突進速度。

 

エリオの機動力。

 

二人は常に戦場を高速で動き続ける。

 

その二人に最適な指示を出し続けるには、常人の何倍もの思考速度が必要になる。

 

敵味方の位置。

 

地形。

 

残存魔力。

 

次の行動予測。

 

その全てを瞬時に整理し、最善手を選び続ける。

 

ティアナは、それを当たり前のようにこなしていた。

 

だからこそ、失って初めて分かる。

 

彼女が担っていた役割の重さを。

 

「キャロ!」

 

「は、はい!」

 

「えっと……その、負傷者がいたら回復を!」

 

「ど、どの程度ですか!?」

 

「え……その……」

 

答えが止まる。

 

キャロはリィンの言うブーストをいつ誰へ掛けるべきか判断できず、治癒魔法もどこまで温存すべきか分からない。

 

指示する側も答えられない。

戦場は、その一瞬すら待ってはくれなかった。

 

『レリック反応、消失!』

 

オペレーターの声が響く。

 

「またか……」

 

なのはは拳を握る。

 

これで二つ目。

 

二つ目のレリックを奪われた。

 

(ティアナなら……)

 

そんな考えが脳裏をよぎる。

 

いや、違う。

 

そんなことを考えても意味はない。

ここにいない人間を責めたところで、何も変わらない。

ティアナは、自らの夢を捨ててまで去ったのだ。

 

兄・ティーダの汚名を返上する。

 

それだけを胸に走り続けてきた少女が、その夢さえ捨てて脱走を選んだ。

そこまで追い詰めたのは誰だったのか。

 

(……私たちだ)

 

胸が締め付けられる。

今さら「戻ってきて」と言う資格など、自分たちにはない。

 

「ちっ!」

 

スバルが珍しく舌打ちを漏らした。

 

敵を取り逃がした悔しさか。

それとも思うようにチームが動けない事への苛立ちか。

 

どちらにせよ、彼女の余裕は確実に削られていた。

なのははその横顔を見つめる。

そして視線を隊長陣へ向けた。

ヴィータは腕を組んだまま黙り込み、シグナムも険しい表情でモニターを見つめている。

 

誰も何も言わない。

 

もし指揮を執っているのがティアナだったなら。

 

少し判断が遅れただけでも、ヴィータは怒鳴っていただろう。

シグナムも厳しく指摘したはずだ。

 

なのに、今は違う。

 

相手がリィンだから。

 

身内だから。

 

誰も叱責しない。

 

(……ティアナには、あんなに厳しかったのに)

 

その理不尽さに、なのは自身の胸が痛んだ。

あの時、ティアナはどんな気持ちでその叱責を受けていたのだろう。

自分は、本当に彼女を見ていただろうか。

 

『高町隊長、次のポイントへ移動します!』

 

「……うん」

 

返事はした。

 

だが、その声には力がなかった。

 

部隊はまだ動いている。

 

任務も続いている。

 

誰も倒れてはいない。

 

それでも、なのはには聞こえてしまった。

 

軋む音。

 

少しずつ、少しずつ、機動六課という部隊が音もなく崩れ始めている。

その音だけが、静かな戦場にいつまでも響いていた。

 

 

聖王教会本部。

静寂に包まれた一室で、カリム・グラシアは一人、眉を寄せていた。

 

「……何かしら、これ」

 

彼女自身、望んで発動させたわけではない。

レアスキル――『預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)』。

未来に起こる出来事を、詩文のような形で記す異能。

 

いつもなら、長い年月の流れの中で揺らぎながら現れる未来の断片が、ゆっくりと書き換わるように浮かび上がる。

だが今回のそれは、あまりにも異質だった。

唐突に。

そして、逃げ場のないほど鮮明に。

カリムの目の前に、新たな頁が現れていた。

彼女は震える指で、その文章をなぞる。

 

『光の矢が星を砕き、世界に闇の帳が下される』

 

「光の矢……?」

 

呟きは、理解ではなく拒絶に近かった。

それでも視線は、次の行へと引きずられる。

 

『人々は怒り狂い、狂信者に正義の剣を突き立てる』

 

『咎人が宝を闇の泉へと隠した』

 

『死者の国から覇王が蘇り、ここに暗黒の世が始まる』

 

読み終えても、意味は繋がらない。

いや、繋がらないのではない。

繋がってしまうことを、心が拒んでいた。

 

「……何度読んでも分からないわ」

 

カリムは椅子に深く腰を落とす。

 

機動六課。

その設立によって、未来は確かに変わった。

本来訪れるはずだった管理局の崩壊を防ぐために、八神はやては動いた。

古代ベルカの遺産。

選び抜かれた魔導師。

最新鋭の装備。

あらゆる力を集め、未来へ抗うための“形”を作った。

それが正しいと、誰もが信じた。

カリム自身も、その一人だった。

だが同時に、胸の奥には常に冷たい影があった。

 

(これほどの力を集めれば……世界に影響が出る)

 

分かっていた。

それでも止めなかった。

止められなかった。

はやてが背負おうとしたものを、彼女は支えると決めたからだ。

 

「……多少の犠牲は覚悟していた」

 

それは理性だった。

未来を救うための、冷たい計算だった。

だが今、その理性が音を立てて揺らいでいる。

カリムは窓の外を見る。

自分の予言が絶対ではないことは知っている。

未来は変わる。

変えられる。

だからこそ、はやてを信じてきた。

 

――信じることでしか、支えられなかった。

 

しかし。

 

「まさか……」

 

声が震える。

恐怖が、信仰を侵食していく。

 

「未来を変えた結果、さらに過酷な未来へ進んでいるなんて……」

 

そんなことが、あっていいのか。

正しいと信じた選択。

誰かを救うための決断。

それが、より深い闇への扉だったとしたら。

では、自分たちは何を救ってきたのか。

何を犠牲にしてきたのか。

 

カリムは両手を強く握り締める。

指先が白くなるほどに。

脳裏に浮かぶのは、親友の姿だった。

八神はやて。

小さな少女だった彼女は、今や多くのものを背負う指揮官となった。

家族を守るために。

仲間を守るために。

そして、未来そのものを守るために。

その歩みを、カリムは誰よりも近くで見てきた。

だからこそ――怖い。

 

(このまま進めば、はやては…)

 

守るために選んだ道が、彼女自身を壊してしまうのではないか。

その恐怖が、喉を締め付ける。

それでも同時に、胸の奥には別の感情があった。

信仰に近い、確かな信頼。

 

(はやてなら、きっと…)

 

どれほど絶望的な未来でも、彼女は諦めない。

その強さを、カリムは知っている。

だからこそ――祈るしかない。

 

「……はやて」

 

小さく名前を呼ぶ。

それは呼びかけであり、警告であり、懇願だった。

 

「お願い……」

 

誰もいない部屋で、声が震える。

恐怖が言葉を押し潰しそうになる。

それでも、カリムは続けた。

 

「なんとかして……」

 

未来を知る者としての責任と。

友を失うかもしれないという恐怖と。

それでも信じたいという願いが、同時に喉元で絡み合う。

カリムは自分ができることを全てやった。

予言を読み、可能な限りの情報を集め、手を打った。

だが、それでも足りない。

これ以上の備えは、もはや“未来への恐怖”を増やすだけだ。

ならば、残された選択は一つしかない。

 

信じること。

 

それは救いではなく、賭けだった。逃げだった。

カリムは静かに目を閉じる。

恐怖を押し殺すように。

信仰にすがるように。

そして、友情に縋るように。

 

「お願い……はやて」

 

未来を知る預言者としてではなく。

世界の行く末に怯える一人の人間としてでもなく。

ただ、友として。

彼女は祈った。

この先に待つ闇の中で。

それでもなお、手を伸ばし続ける誰かがいることを。

 

 

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