公開意見陳述会の日が、少しずつ近づいていた。
その日も機動六課の食堂では、新生フォワード陣が揃って昼食を囲んでいた。
隊として共に戦う以上、お互いを知ることは大切だ。
自然と話題は、それぞれの生い立ちへ移っていく。
「僕は…クローンなんです」
最初に口を開いたのはエリオだった。
食堂の空気が少しだけ静まる。
「亡くなった愛息子の代わりとして造られました」
静かな口調だった。
もう受け入れた過去だからこそ、淡々と話せる。
続いてキャロが小さく手を挙げた。
「私はフリードとは別に、故郷の守護竜を受け継いでしまって……」
膝の上で手を握る。
「危険だって言われて、村を追い出されました」
「……」
スバルは何も言わず、その肩を軽く叩く。
次は自分達の番だった。
「私とギン姉は戦闘機人」
スバルは照れくさそうに頭を掻く。
「まあ、サイボーグみたいなものかな」
「今はもう気にしていないけどね」
ギンガも穏やかに笑った。
そして、全員の視線が最後の一人へ向く。
「ボルツさんは?」
エリオが尋ねる。
ボルツは湯飲みを静かに置いた。
「以前も話した通り、僕は使い魔だ。ブラックダイヤモンドという宝石を媒介にしている」
それだけで終わるかと思われたが、珍しく続きを話し始める。
「古来より、宝石と魔法は密接な繋がりがある」
「占いでは、水晶は予知」
「ルビーは情熱」
「サファイアは知性」
「エメラルドは慈愛」
「宝石には、それぞれ意味がある。マスターはそこへ着目した」
皆が真剣に耳を傾ける。
ボルツは静かに続けた。
「現在の使い魔技術では、死にかけた動物の肉体が必要になる」
「それを倫理的に問題だと騒ぐ者も少なくない」
「そこで生み出されたのが僕達、
「高い魔力伝導率を持つ宝石を媒介にした、新しい使い魔」
「この方法なら、高齢や負傷によって一線を退いた魔導師でも、戦力として数えることができる」
「わぁ……! すごいです!」
キャロが目を輝かせる。
ボルツは小さく首を振った。
「だが問題もある」
「維持するには魔力」
「費用」
「そして手間」
「全てが通常の使い魔契約を大きく上回る」
「だから一般普及には、まだまだ時間がかかる」
「カケルさんって、本当にすごい人なんですね」
エリオは素直に感心した。
ボルツは軽く頷く。
しばらく沈黙が流れ、ふとその静寂は破られた。
「ねぇ、ボルツ」
スバルが少し遠慮がちに口を開く。
「ん?」
「人間になりたいって思ったこと、ある?」
ボルツは一瞬だけ目を細めた。
「質問の意図が分からないな。何故そんなことを聞く?」
「いや、その…」
スバルは慌てて手を振る。
「この前の食事の時、みんなと違うこと気にしてたみたいだったからさ。ひょっとしてって思って」
「あ、言いづらいなら無理に答えなくてもいいよ!」
食堂が静かになる。
ボルツは少しだけ考えてから口を開いた。
「……一応ある」
その答えに四人が驚く。
「もし僕が人間なら」
少しだけ視線を伏せる。
「マスターを父と呼べるかもしれない」
静かな一言だった。
だが、その一言には今まで聞いたことのない感情が滲んでいた。
「呼ばせてくれないの?」
ギンガが優しく尋ねる。
「僕は、あくまで使い魔。しかも、宝石という無機物から生まれた存在だ。生き物と呼んでいいかも怪しい」
ボルツは首を横へ振る。
「子供が欲しいなら、マスターはとっくに結婚しているはずだ。慕う女性局員も多いしな」
「選り好みしなければ、相手などすぐ見つかる」
「それでも結婚しないという事はつまり…」
「妻や子供という家庭そのものに興味がないんだろう」
「そんなの! 聞いてみないと分からないじゃん!」
スバルが思わず身を乗り出す。
ボルツは静かにそんなスバルを見つめた。
「……お前はどうだった?」
「え?」
「血の繋がりがない相手を親と呼ぶことに、抵抗はなかったか?」
「うぐっ……」
痛いところを突かれてスバルの表情が固まる。
姉のギンガ。
母のクイント。
父のゲンヤ。
血の繋がりと育ててくれた事への感謝。
その狭間で、一度も迷わなかったと言えば嘘になる。
その沈黙だけで、答えは十分だった。
「……そういうことだ」
ボルツは静かに湯飲みを手に取る。
誰も、それ以上何も言えなかった。
血の繋がりだけでは測れない家族。
そしてーー血が繋がっていなくても、簡単に「親子」と呼べない想いもある。
その複雑さを知った食堂には、いつもの賑やかさではなく、互いを少しだけ深く理解した静かな空気が流れていた。
◇
機動六課、ロビー。
昼休みの柔らかな陽射しが大きな窓から差し込み、白い床を明るく照らしていた。
遠くから、小さな足音が駆け寄ってくる。
「なのはママー!」
弾むような声。
振り返ったなのはは、思わず笑みを浮かべた。
「ヴィヴィオ!」
勢いよく飛び込んできた小さな身体を、両腕で優しく受け止める。
「いい子にしてた?」
「うん!」
ヴィヴィオは満面の笑みで何度も頷いた。
「今日はね、お絵描きもしたし、お勉強もしたよ!」
「そっか。」
なのはは優しく頭を撫でる。
「えらいね。」
その様子は、誰が見ても親子そのものだった。
廊下を行き交う局員たちも、微笑ましそうに二人を眺めながら通り過ぎていく。
◇
休憩時間いっぱいまで遊び終え、ヴィヴィオが保育室へ戻る。
「じゃあ、お仕事頑張ってね!」
「うん。またあとでね」
小さな手を振るヴィヴィオに手を振り返し、なのはも執務室へ向かおうとした、その時だった。
「高町」
後ろから聞き慣れた声が掛かる。
振り向くと、白衣姿のカケルが腕を組んで立っていた。
「なんだ。やっぱり、お前たちってそういう関係――」
「違います」
言い終わる前に否定した。
しかしその返答とは裏腹に、なのはは困ったように苦笑する。
「……言いたいことは分かります」
「結構、噂になってますから」
カケルは肩をすくめた。
「まぁ、そうだろうな」
十年来の付き合いになるフェイト。
いつも一緒にいて、休日も行動を共にすることが多い。
しかも夜は、キングサイズのベッドで並んで眠ることも珍しくない。
若くしてエース・オブ・エースと呼ばれる存在。
羨望も嫉妬も集める立場だ。
そんな二人を揃えば、妙な噂が立つのも無理はない。
そこへ、金髪の幼い少女が「なのはママ」と駆け寄ってくる。
事情を知らない者が見れば、ああやっぱりと誤解するには材料として十分すぎた。
なのはは小さくため息をつく。
「もう何を言っても、言い訳にしか聞こえないんですよね」
「ならいっそ、フェイトを『パパ』と呼ばせてみるか?」
カケルは口元をわずかに緩める。
「なんなら、先輩にさせてあげましょうか?」
なのはも負けじと言い返す。
一瞬の沈黙した後、
「やめてくれ」
カケルは両手を×の字にして拒否の仕草を見せた。
「そういうことは、本命に言ってやれ。喜ぶぞ?」
「……ふふっ」
なのはは思わず吹き出した。
普段は皮肉ばかり口にする先輩が、こんな冗談を返してくるとは思わなかった。
「笑ったな」
「はい。珍しかったので」
カケルは仕切り直す為に咳払いを一つした。
「……それで、ヴィヴィオは引き取るんじゃないのか?」
表情が少しだけ真面目になる。
なのはの笑顔が静かに消えた。
視線が自然と、ヴィヴィオが戻っていった保育室の方へ向く。
「あの子をどうするか、正直悩んでます」
ぽつりと漏らす。
カケルは何も言わず、続きを待った。
「私……ティアナの悩みにすら、気づけなかったんですよ?」
なのはは己の小さな掌を見る。
その声には自責の色が滲んでいた。
「あんな小さな子を育てる資格なんて……ありません」
沈黙が流れる。
窓の外では、穏やかな風が木々を揺らしていた。
しばらくして、カケルが静かに口を開く。
「……俺が思うに、お前のような奴には、帰る理由が必要なんだと思う」
なのはは顔を上げる。
「帰る……理由?」
「ああ」
カケルは穏やかな口調で続けた。
「フェイトは違う」
「あいつはあいつで危なっかしいところがあるが、一応精神的に自立している」
「その気になれば、一人でも歩いていける人間だ」
だからこそ。
「お前は無意識に『フェイトなら大丈夫』と思っているところは無いか?」
なのはは何も言えなかった。
その言葉は、胸の奥に静かに染み込んでいく。
「でも、ヴィヴィオは違う」
「守らなきゃいけない」
「迎えに帰らなきゃいけない」
「そう思える存在が、お前には必要なんじゃないか?」
なのはは再び保育室の扉を見る。
その向こうには、無邪気に笑う小さな少女がいる。
自分を「ママ」と呼び、疑うことなく慕ってくれる子。
「……」
まだ答えは出ない。
けれど、胸の中で何かが、ほんの少しだけ動き始めた気がした。