こちら冥王教会ミッドチルダ支部   作:マルク

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30.家族の条件

 

公開意見陳述会の日が、少しずつ近づいていた。

 

その日も機動六課の食堂では、新生フォワード陣が揃って昼食を囲んでいた。

隊として共に戦う以上、お互いを知ることは大切だ。

自然と話題は、それぞれの生い立ちへ移っていく。

 

「僕は…クローンなんです」

 

最初に口を開いたのはエリオだった。

食堂の空気が少しだけ静まる。

 

「亡くなった愛息子の代わりとして造られました」

 

静かな口調だった。

もう受け入れた過去だからこそ、淡々と話せる。

続いてキャロが小さく手を挙げた。

 

「私はフリードとは別に、故郷の守護竜を受け継いでしまって……」

膝の上で手を握る。

 

「危険だって言われて、村を追い出されました」

 

「……」

 

スバルは何も言わず、その肩を軽く叩く。

次は自分達の番だった。

 

「私とギン姉は戦闘機人」

 

スバルは照れくさそうに頭を掻く。

 

「まあ、サイボーグみたいなものかな」

 

「今はもう気にしていないけどね」

 

ギンガも穏やかに笑った。

そして、全員の視線が最後の一人へ向く。

 

「ボルツさんは?」

 

エリオが尋ねる。

ボルツは湯飲みを静かに置いた。

 

「以前も話した通り、僕は使い魔だ。ブラックダイヤモンドという宝石を媒介にしている」

 

それだけで終わるかと思われたが、珍しく続きを話し始める。

 

「古来より、宝石と魔法は密接な繋がりがある」

 

「占いでは、水晶は予知」

 

「ルビーは情熱」

 

「サファイアは知性」

 

「エメラルドは慈愛」

 

「宝石には、それぞれ意味がある。マスターはそこへ着目した」

 

皆が真剣に耳を傾ける。

ボルツは静かに続けた。

 

「現在の使い魔技術では、死にかけた動物の肉体が必要になる」

 

「それを倫理的に問題だと騒ぐ者も少なくない」

 

「そこで生み出されたのが僕達、宝石児(ジュエルズ)だ」

 

「高い魔力伝導率を持つ宝石を媒介にした、新しい使い魔」

 

「この方法なら、高齢や負傷によって一線を退いた魔導師でも、戦力として数えることができる」

 

「わぁ……! すごいです!」

 

キャロが目を輝かせる。

ボルツは小さく首を振った。

 

「だが問題もある」

 

「維持するには魔力」

 

「費用」

 

「そして手間」

 

「全てが通常の使い魔契約を大きく上回る」

 

「だから一般普及には、まだまだ時間がかかる」

 

「カケルさんって、本当にすごい人なんですね」

 

エリオは素直に感心した。

ボルツは軽く頷く。

しばらく沈黙が流れ、ふとその静寂は破られた。

 

「ねぇ、ボルツ」

 

スバルが少し遠慮がちに口を開く。

 

「ん?」

 

「人間になりたいって思ったこと、ある?」

 

ボルツは一瞬だけ目を細めた。

 

「質問の意図が分からないな。何故そんなことを聞く?」

 

「いや、その…」

 

スバルは慌てて手を振る。

 

「この前の食事の時、みんなと違うこと気にしてたみたいだったからさ。ひょっとしてって思って」

 

「あ、言いづらいなら無理に答えなくてもいいよ!」

 

食堂が静かになる。

ボルツは少しだけ考えてから口を開いた。

 

「……一応ある」

 

その答えに四人が驚く。

 

「もし僕が人間なら」

 

少しだけ視線を伏せる。

 

「マスターを父と呼べるかもしれない」

 

静かな一言だった。

だが、その一言には今まで聞いたことのない感情が滲んでいた。

 

「呼ばせてくれないの?」

 

ギンガが優しく尋ねる。

 

「僕は、あくまで使い魔。しかも、宝石という無機物から生まれた存在だ。生き物と呼んでいいかも怪しい」

 

ボルツは首を横へ振る。

 

「子供が欲しいなら、マスターはとっくに結婚しているはずだ。慕う女性局員も多いしな」

 

「選り好みしなければ、相手などすぐ見つかる」

 

「それでも結婚しないという事はつまり…」

 

「妻や子供という家庭そのものに興味がないんだろう」

 

「そんなの! 聞いてみないと分からないじゃん!」

 

スバルが思わず身を乗り出す。

ボルツは静かにそんなスバルを見つめた。

 

「……お前はどうだった?」

 

「え?」

 

「血の繋がりがない相手を親と呼ぶことに、抵抗はなかったか?」

 

「うぐっ……」

 

痛いところを突かれてスバルの表情が固まる。

 

姉のギンガ。

母のクイント。

父のゲンヤ。

血の繋がりと育ててくれた事への感謝。

その狭間で、一度も迷わなかったと言えば嘘になる。

その沈黙だけで、答えは十分だった。

 

「……そういうことだ」

 

ボルツは静かに湯飲みを手に取る。

誰も、それ以上何も言えなかった。

血の繋がりだけでは測れない家族。

そしてーー血が繋がっていなくても、簡単に「親子」と呼べない想いもある。

 

その複雑さを知った食堂には、いつもの賑やかさではなく、互いを少しだけ深く理解した静かな空気が流れていた。

 

 

機動六課、ロビー。

昼休みの柔らかな陽射しが大きな窓から差し込み、白い床を明るく照らしていた。

遠くから、小さな足音が駆け寄ってくる。

 

「なのはママー!」

 

弾むような声。

振り返ったなのはは、思わず笑みを浮かべた。

 

「ヴィヴィオ!」

 

勢いよく飛び込んできた小さな身体を、両腕で優しく受け止める。

 

「いい子にしてた?」

 

「うん!」

 

ヴィヴィオは満面の笑みで何度も頷いた。

 

「今日はね、お絵描きもしたし、お勉強もしたよ!」

 

「そっか。」

 

なのはは優しく頭を撫でる。

 

「えらいね。」

 

その様子は、誰が見ても親子そのものだった。

廊下を行き交う局員たちも、微笑ましそうに二人を眺めながら通り過ぎていく。

 

 

休憩時間いっぱいまで遊び終え、ヴィヴィオが保育室へ戻る。

 

「じゃあ、お仕事頑張ってね!」

 

「うん。またあとでね」

 

小さな手を振るヴィヴィオに手を振り返し、なのはも執務室へ向かおうとした、その時だった。

 

「高町」

 

後ろから聞き慣れた声が掛かる。

振り向くと、白衣姿のカケルが腕を組んで立っていた。

 

「なんだ。やっぱり、お前たちってそういう関係――」

 

「違います」

 

言い終わる前に否定した。

しかしその返答とは裏腹に、なのはは困ったように苦笑する。

 

「……言いたいことは分かります」

 

「結構、噂になってますから」

 

カケルは肩をすくめた。

 

「まぁ、そうだろうな」

 

十年来の付き合いになるフェイト。

いつも一緒にいて、休日も行動を共にすることが多い。

しかも夜は、キングサイズのベッドで並んで眠ることも珍しくない。

若くしてエース・オブ・エースと呼ばれる存在。

羨望も嫉妬も集める立場だ。

そんな二人を揃えば、妙な噂が立つのも無理はない。

そこへ、金髪の幼い少女が「なのはママ」と駆け寄ってくる。

事情を知らない者が見れば、ああやっぱりと誤解するには材料として十分すぎた。

なのはは小さくため息をつく。

 

「もう何を言っても、言い訳にしか聞こえないんですよね」

 

「ならいっそ、フェイトを『パパ』と呼ばせてみるか?」

 

カケルは口元をわずかに緩める。

 

「なんなら、先輩にさせてあげましょうか?」

 

なのはも負けじと言い返す。

一瞬の沈黙した後、

 

「やめてくれ」

 

カケルは両手を×の字にして拒否の仕草を見せた。

 

「そういうことは、本命に言ってやれ。喜ぶぞ?」

 

「……ふふっ」

 

なのはは思わず吹き出した。

普段は皮肉ばかり口にする先輩が、こんな冗談を返してくるとは思わなかった。

 

「笑ったな」

 

「はい。珍しかったので」

 

カケルは仕切り直す為に咳払いを一つした。

 

「……それで、ヴィヴィオは引き取るんじゃないのか?」

 

表情が少しだけ真面目になる。

なのはの笑顔が静かに消えた。

視線が自然と、ヴィヴィオが戻っていった保育室の方へ向く。

 

「あの子をどうするか、正直悩んでます」

 

ぽつりと漏らす。

カケルは何も言わず、続きを待った。

 

「私……ティアナの悩みにすら、気づけなかったんですよ?」

 

なのはは己の小さな掌を見る。

その声には自責の色が滲んでいた。

 

「あんな小さな子を育てる資格なんて……ありません」

 

沈黙が流れる。

窓の外では、穏やかな風が木々を揺らしていた。

しばらくして、カケルが静かに口を開く。

 

「……俺が思うに、お前のような奴には、帰る理由が必要なんだと思う」

 

なのはは顔を上げる。

 

「帰る……理由?」

 

「ああ」

 

カケルは穏やかな口調で続けた。

 

「フェイトは違う」

 

「あいつはあいつで危なっかしいところがあるが、一応精神的に自立している」

 

「その気になれば、一人でも歩いていける人間だ」

 

だからこそ。

 

「お前は無意識に『フェイトなら大丈夫』と思っているところは無いか?」

 

なのはは何も言えなかった。

その言葉は、胸の奥に静かに染み込んでいく。

 

「でも、ヴィヴィオは違う」

 

「守らなきゃいけない」

 

「迎えに帰らなきゃいけない」

 

「そう思える存在が、お前には必要なんじゃないか?」

 

なのはは再び保育室の扉を見る。

その向こうには、無邪気に笑う小さな少女がいる。

自分を「ママ」と呼び、疑うことなく慕ってくれる子。

 

「……」

 

まだ答えは出ない。

けれど、胸の中で何かが、ほんの少しだけ動き始めた気がした。

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