こちら冥王教会ミッドチルダ支部   作:マルク

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34.諦めない

 

地中にて。

セインは、すこぶる機嫌が良かった。

 

「ふふ~ん♪」

 

地面の中を自在に泳ぐように進みながら、鼻歌まで歌っている。

ディープダイバー。

地中という、セインだけに許された世界。

ここなら誰にも追いつかれない。

今回の任務も上々だった。

姉妹達は無事に回収。

さらに、スカリエッティへの土産として戦闘機人タイプゼロ――ギンガまで確保した。

 

「これ、みんなに自慢できるよね~」

 

思わず頬が緩む。

姉妹達から羨ましがられる姿を想像すると、ニヤニヤが止まらない。

 

「チンク姉なんか、きっと――」

 

その時だった。

 

「……ん?」

 

セインが顔を上げる。

何か聞こえた。

 

「何の音?」

 

周囲は土と岩だけ。

いつもの地中世界。

自分以外の存在など、本来なら入り込めない。

なのに。

 

――ズ……ズズ……。

最初は、ただの錯覚のような微かな振動だった。

だが次の瞬間、それは“音”ではなく“圧”として伝わってくる。

地面そのものが、内側から軋んでいる。

 

「……?」

 

セインは息を呑み、振り返る。

それと同時に世界の“隙間”が、開いた。

 

「……え?」

 

土が、濡れている。

あり得ない。

ついさっきまで雨なんて降っていなかった。

水など存在しないはずの領域。

それなのに――指先ほどの細い水が、土壌の割れ目から滲み出していた。

 

ポタ……ポタ……。

 

音がする。

水滴が落ちる音。

それはやがて一つではなくなり、無数の場所から同時に始まった。

 

ポタ、ポタ、ポタ、ポタ……。

 

それはまるで地面そのものが“汗をかいている”かのように。

 

「な、なに……これ……?」

 

セインの声が震える。

次の瞬間。

 

――ゴボッ。

空間が“吐いた”。

土の中から、水が噴き出す。

細い流れではない。

圧力を持った“侵入”だった。

岩の隙間をこじ開けるように、水がねじ込み、押し広げ、地中の空間を侵食していく。

 

「や、やだ……っ」

 

セインは後退する。

だが逃げた先にも、すでに水が回り込んでいた。

 

四方。

上下。

すべての方向から、じわじわと“濡れ”が広がってくる。

そして――水は、形を持ち始めた。

 

最初はただの渦。

次に、うねり。

そして、骨格のような“輪郭”。

 

「……ッ!?」

 

セインの喉が鳴る。

水が“組み上がっていく”。

まるで見えない手が、液体を彫刻しているかのように。

 

頭部。

角のような突起。

そして、空洞のような眼窩。

そこに“光”はない。

ただ、暗い水の塊が、こちらを見ている。

 

「……や、やめて」

 

声が漏れる。

だが水は止まらない。

地中のすべての水分が集約されていく。

岩の中の湿気。

土の中の水脈。

空間そのものに染み込んでいた“水”という概念が、ひとつの意思のように収束していく。

 

そして――“龍”が完成した。

 

それは形ではない。

圧だった。

存在そのものが、押し潰してくるような質量。

水でできているはずなのに、重い。

息ができないほどに、重い。

 

「ひっ……」

 

セインの視界が揺れる。

水龍が、ゆっくりと口を開いた。

その動きに合わせて、周囲の水が“引きずられる”。

音が遅れてやってくる。

 

ゴ……ゴゴゴゴ……。

地中全体が鳴っている。

 

「いや……いやぁ……っ!!」

 

セインは反射的に逃げ出す。

だが逃げた先で、また水が“先回り”している。

まるで地中そのものが、彼女の逃走経路を知っているかのように。

 

「なんでぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

セインの絶叫が土の中で木霊する。

 

水龍が動く。

“泳ぐ”のではない。

地中を“侵略していく”。

水がある場所ではなく、水が“通る場所”を作りながら追ってくる。

逃げ道が、消えていく。

圧が、増していく。

呼吸が、浅くなる。

視界が、暗くなる。

そして――巨大な顎が、すぐ背後に現れた。

 

「――――っ!!」

 

音が消えた。

水が、すべてを包み込む。

 

 

「セイン!?」

 

誰かの声がした。

 

「大丈夫だ。もう大丈夫だから」

 

「……!」

 

セインは勢いよく目を開けた。

 

「はぁっ……! はぁっ……!」

 

荒い呼吸。

全身に嫌な汗をかいている。

目の前には、心配そうな顔をしたチンクがいた。

 

「チ、チンク姉……?」

 

「ああ。私だ」

 

チンクはセインの肩へ手を置く。

 

「落ち着け。夢でも見たのか?」

 

「う、うん……」

 

セインは胸を押さえる。

まだ心臓が激しく鳴っている。

 

「なんか変な夢……」

 

「どんな夢だ?」

 

「水の怪物に……喰われそうになるの」

 

「……」

 

「私、映画の見過ぎかな……」

 

そう言って、セインは苦笑する。

しかし、チンクの表情は晴れなかった。

 

「……セイン」

 

「うん?」

 

「残念だが、それは夢ではない」

 

「……え?」

 

チンクは静かに周囲を見回す。

そこは暗い地下空間ではなかった。

瓦礫。

崩れた建物。

そして、身体を拘束された自分達。

 

「私達は捕まった」

 

「……」

 

「後は、残った妹達に任せよう」

 

セインは言葉を失う。

 

「……うん」

 

やがて、チンクは視線を前へ向けた。

その先、黒紫色の鎧を纏った男が静かに立っていた。

その姿を見たセインは、夢の中で見た“水の龍”を思い出し――。

 

「……」

 

今度こそ、本当に夢ではないことを理解した。

 

 

「……爆音が止みましたね」

 

ルーテシアとガリューを連行しながら、ヴァイスが周囲を見回す。

 

「敵さん、帰ったかな?」

 

「だと有り難いな」

 

カケルは前方を警戒しながら答える。

 

「こいつらを連れて、また戦闘なんて避けたい」

 

「同感っス」

 

瓦礫の間を慎重に進んでいく。

先ほどまで戦闘が繰り広げられていたとは思えないほど、周囲は静かになっていた。

だが、静かになっただけで安全になったわけではない。

 

崩れかけた建物。

散乱する金属片。

ところどころで燻り続ける炎。

そして、負傷した局員達。

その先に――。

 

「……あ」

 

ヴァイスが声を漏らす。

簡易的な救護所が設けられていた。

そこではシャリオ・フィニーノをはじめとしたロングアーチのスタッフ達が、負傷者の治療と搬送に追われている。

 

「カケル先生!? ヴァイス陸曹も、ご無事で!」

 

シャーリーが顔を上げる。

 

「まあ、何とかな」

 

ヴァイスは苦笑する。

その間にも、副部隊長のグリフィス・ロウランがカケルへ駆け寄った。

 

「カケル先生、状況を」

 

「ああ」

 

二人が短く情報を交換する。

ヴァイスはその横で、周囲の様子を確認していた。

そして。

 

「……シャーリー」

 

「はい」

 

「八神部隊長達は?」

 

「ご無事です」

 

シャーリーは答える。

だが、その声には明らかな疲労が滲んでいた。

 

「ただ……」

 

「ただ?」

 

「シグナム副隊長が、スカリエッティの一味らしき人物と交戦して……負傷しました」

 

「……!」

 

ヴァイスの表情が強張る。

 

「それと、ボルツ君の話では……ギンガ曹長が重体だそうです」

 

「マジか……」

 

さらに。

 

「さっきの襲撃で、ザフィーラさんも負傷しています」

 

シャーリーの目が潤む。

一つ。

また一つ。

戦力が削られている。

 

機動六課。

部隊長である八神はやてが、管理局の規定ギリギリまで人員を掻き集めて作った部隊。

それでも足りなかった。

だからこそ、一人一人が貴重だった。

そして恐らくヴァイス自身も、トラウマ持ちなのを承知で戦力として数えられていただろう。

 

――そんな六課がここまで削られた。

 

「……」

 

ヴァイスの背中を冷たいものが走る。

勝てるのか。

そんな言葉が、頭の中に浮かんだ。

だが。

 

「そうか……」

 

それだけを口にする。

シャーリーの肩へ、そっと手を置いた。

 

「よく頑張ったな」

 

「……はい」

 

涙を堪えるように、シャーリーが頷く。

その時だった。

 

「戻ったぞ」

 

カケルが戻ってきた。

 

「カケル先生、どうでした?」

 

シャーリーが顔を上げる。

カケルの表情は、先ほどよりも厳しかった。

 

「思っていたより……事態はかなり深刻だ」

 

「え……?」

 

「敵は、ヴィヴィオを攫っていったらしい」

 

「……は?」

 

一瞬。

誰も言葉を理解できなかった。

 

「ヴィヴィオを……?」

 

ヴァイスの顔から血の気が引く。

 

「なんでです!?」

 

シャーリーの声が裏返る。

カケルはしばらく考えた後、静かに答えた。

 

「恐らく、としか言えないが……」

 

「ヴィヴィオが人造魔導師であることと、関係しているようだ」

 

「……」

 

その場に沈黙が落ちる。

カケルは続ける。

 

「あの子が何を目的として造られたのか。それが分かれば、敵の狙いも見えてくるはずだ」

 

誰も答えられない。

遠くでは、まだ爆発音が聞こえている。

隊舎の各所から立ち昇る黒煙。

負傷した仲間達。

連れ去られたヴィヴィオ。

そして――未だ姿の見えない敵。

 

ヴァイスはデバイスを握り直す。

さっきまで震えていた手が、今度は別の理由で強く握り締められている。

 

戦いはまだ、終わっていない。

むしろ、本当の戦いはこれから始まろうとしていた。

 

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