こちら冥王教会ミッドチルダ支部   作:マルク

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36.挑戦

 

ミッドチルダの、とある病院。

 

白いカーテン越しに差し込む午後の日差しが、病室の床を淡く照らしていた。

ベッドの上では、スバルが上半身を起こしている。

身体のあちこちには包帯が巻かれ、腕には点滴。

それでも命に別状はなく、数日もすれば退院できる程度の怪我だった。

その傍らには、ティアナが座っている。

 

「良かった。ギンガさん、命に別状はないって」

 

ティアナは安堵したように息を吐いた。

 

「うん……」

 

スバルは小さく頷いた。

 

「ごめんね、ティア」

 

「……何謝ってるのよ?」

 

「だって……ティアの悩みに気づいてあげられなくて。その上、助けてもらって……」

 

 スバルは俯く。

 

「……」

 

ティアナは一瞬だけ黙った。

そして、困ったように笑う。

 

「……あの時は、私自身が隠そうとしてたんだから自業自得よ。それに今回だって、私じゃなくても助けてたわよ」

 

「うん…ありがとう、ティア」

 

「どういたしまして」

 

短いやり取り。

それだけで、二人の間に静かな沈黙が落ちた。

病室には空調の音だけが響いている。

しばらくして、

 

「それに……」

 

ティアナが小さく口を開いた。

 

「私の方こそ、ごめん」

 

「え?」

 

「勝手に出て行っちゃって…大変だったでしょ?」

 

ティアナは視線を落とした。

スバルは少しだけ考えてから、素直に頷いた。

 

「うん」

 

「……やっぱり」

 

「でもね…ティアの凄さが、よく分かった」

 

スバルは笑う。

 

「え?」

 

「なのはさんでも、私たちのセンターガードは上手くできなかったんだ」

 

「……」

 

ティアナの表情がわずかに固まる。

それは、以前なら胸に突き刺さっていた言葉だった。

けれど今は。

 

「でもね…」

 

スバルは続ける。

 

「ボルツっていう新しい子が来てね。この前、やっとなのはさんの試験に合格できたんだ」

 

「へえ」

 

ティアナが少しだけ目を丸くする。

 

「凄いじゃない」

 

「でしょ?」

 

スバルは嬉しそうに笑う。

 

「ティアとは全然違う動きを言ってくるから、エリオとキャロも大変でさ。着いていくのがやっとだよ」

 

「……ふふ。そう」

 

ティアナの口元が緩む。

それまで少し暗かった病室に、柔らかな空気が満ちていく。

失われたもの。

変わってしまったもの。

それでも、残っているものもある。

そんなことを、二人とも何となく感じていた。

 

「あ、あのさ……」

 

不意にスバルが言い淀む。

 

「何?」

 

「その……」

 

「いや、待って」

 

ティアナが遮った。

 

「私から言わせて」

 

「……うん」

 

ティアナは一度、深く息を吸った。

 

「私ね」

 

その声には、以前のような迷いがなかった。

 

「管理局に復帰したいと思ってる」

 

「……え?」

 

スバルが目を見開く。

 

「ギンガさんを攫われて泣いてるあんたを見て、気づいたの」

 

ティアナは静かに続ける。

 

「私の心に」

 

「私自身の気持ちに」

 

兄の顔が、脳裏をよぎる。

あの日の悲しみ。

怒り。

何もできなかった自分への悔しさ。

長い間、部屋に蹲っていた。

 

「兄さんが死んで、凄く悲しくて……長いこと、部屋に蹲ってた」

 

「犯罪者や……冷たい世間に怒りが湧いたわ」

 

ティアナは一度、言葉を切る。

 

「でもね…それだけじゃなかった」

 

窓から差し込む光を見つめる。

声が、少しだけ柔らかくなる。

 

「この世には大好きな家族を、友達を、恋人を……大切な人を奪う、悪い連中がいる」

 

スバルは黙って聞いている。

 

「こんな辛い思いを、誰かにさせたくない。そんな奴らから、みんなを守るんだ……そう思ってた」

 

「それを、今になって思い出したの」

 

「ティア……」

 

スバルの目が少し潤む。

 

「六課に戻れるかは分からない」

 

ティアナは苦笑する。

 

「でも、はやて部隊長には伝えたいの。もう一度――」

 

一拍を置いて言い切る。

 

「私を使ってください、って」

 

スバルの顔がぱっと明るくなる。

 

「うん! うん、うん! ティアなら、きっと大丈夫だよ!」

 

「ちょっと、まだ戻れるって決まったわけじゃないでしょ」

 

「でも戻りたいんでしょ?」

 

「……うん。戻りたい」

 

ティアナは小さく笑った。

六課に初めて勧誘された時は迷いがあった。そんなティアナはスバルの強引さに引っ張られる形で入隊した。

しかし――今度は違う。

自分の意思で強く入隊を志願する。

迷いない笑顔を見て、スバルも満面の笑みを浮かべる。

 

「あ!」

 

そして、何かを思い出したように声を上げた。

 

「でも……教会の方はどうするの?」

 

「一緒にいた人、あの時の神父さんだよね?」

 

「行人さん?」

 

ティアナの表情が、ほんの少しだけ和らぐ。

 

「行人さんは……私の気持ちを分かってくれると思う。だって、行人さんが言ってたもの」

 

「君のいたい場所にいていいんだって」

 

「……へえ」

 

スバルの口元が、ゆっくりと吊り上がる。

 

「ふーん。へー」

 

「な、なによ……」

 

ティアナが眉をひそめる。

スバルはニヤニヤしながら、じっとティアナを見つめた。

 

「ティアが女の子の顔してるー」

 

「……は? はぁ!?」

 

ティアナの頬が、一瞬で赤くなる。

 

「何でそうなるのよ!?」

 

「だってぇ」

 

スバルは楽しそうに笑う。

 

「行人さんの話をしてる時、すっごく嬉しそうだよ?」

 

「そ、そんなことない!」

 

「あるよ!」

 

「ないったら!」

 

「じゃあ嫌いなの?」

 

「……っ」

 

ティアナの口が止まる。

 

「ほら、真っ赤だー。好きなんだー!」

 

「バ、バカスバル!」

 

ティアナは顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

「そんなんじゃないったら!」

 

「えー? 絶対そうだよー!」

 

「だから違うって言ってるでしょ!」

 

病室に、二人の声が響く。

さっきまで静まり返っていた部屋に、久しぶりの笑い声が戻っていた。

ティアナは顔を赤くしたまま、窓の外へ視線を逸らす。

そこに広がっていたのは、ミッドチルダの青い空。

そのどこかに、今も行人がいる。

そう思うと不思議と胸が温かくなった。

 

まだ、答えは分からない。

自分が行人に抱いている感情が、恋なのか。

それとも、もっと別の何かなのか。

けれど、ただ一つだけ分かっていることがある。

自分のいたい場所を、自分で選べるようになった。

そして――その選択を、行人はきっと笑って受け入れてくれる。

だからティアナはもう迷わない。

もう一度、自分の足で歩き出す。

その先に待つ場所が、六課であろうと。

冥王教会であろうと。

あるいは、そのどちらでもない場所であろうと。

 

今度は、自分で選ぶ為に。

 

 

とある秘密の地下施設。

 

そこは、幾重にも張り巡らされた隔壁のさらに奥に存在していた。

人の気配はない。

機械の駆動音だけが、冷たい金属製の通路に低く響いている。

その最奥にある巨大な部屋。

そこには――

 

「……ふむ」

 

ジェイル・スカリエッティは、目の前に広がる光景を満足げに眺めていた。

部屋一杯に敷き詰められた、無数のレリック。

血のように赤い光を放つ結晶が、規則正しく並べられている。

 

「……これだけあれば『ゆりかご』の起動には問題ないだろう」

 

そう呟くと、スカリエッティは踵を返した。

重厚な扉が閉じる。

その先にあるのは、研究施設とは思えない空間だった。

 

広い部屋。

 

そこに集う、幾人もの少女達。

全員人間と変わらぬ姿をしている。

だが、その身体には人の手によって造られた機械の命が宿っていた。

 

スカリエッティにとっては作品。

 

そして――家族だ。

 

「ドクター」

 

最年長の少女、ウーノが歩み寄る。

 

「皆、準備は完了です。いつでも行けます」

 

「ありがとう、ウーノ」

 

スカリエッティは微笑んだ。

 

「さて、皆…」

 

一同を見回す。

 

「いよいよ、決起の時だ」

 

その声に、戦闘機人達の表情が引き締まる。

 

「残念ながら、チンク、セイン、ノーヴェ」

 

一瞬だけ、スカリエッティの笑みが薄くなる。

 

「そして協力者のルーテシアと、その召喚虫ガリューは管理局に捕縛されてしまった」

 

沈黙。

だが、それは悲観によるものではない。

 

「よって、これは彼らを救出するための戦いでもある」

 

スカリエッティは静かに告げる。

そして、いつもの狂気を宿した笑みを浮かべた。

 

「皆、力を尽くしてほしい」

 

「はい、ドクター」

 

返事が重なる。

その声を満足そうに聞きながら、スカリエッティは天井を見上げた。

 

長かった。

 

実験も。

 

準備も。

 

レリックの収集も。

 

全ては、この日のためだった。

 

「見ていてくれ。マクスウェル…」

 

誰にも聞こえないほど小さく呟く。

 

 

同時刻、ミッドチルダ各地にて。

 

突然、通信回線が強制的に割り込まれた。

複数の画面が一斉に切り替わる。

そこに映し出されたのは、一人の男だった。

 

白衣を纏い、愉悦に満ちた笑みを浮かべている。

 

「さあ、いよいよ復活の時だ」

 

ジェイル・スカリエッティ。

次元世界を震撼させてきた狂気の天才は、まるで舞台上の役者のように両手を広げた。

 

「私のスポンサー諸氏」

 

視線を巡らせる。

 

「そして、こんな世界を作り出した管理局の諸君」

 

口元が歪む。

 

「偽善の平和を謳う聖王教会の諸君も……見えるかい?」

 

その瞬間、大地が揺れた。

 

「――!」

 

ミッドチルダ全域を、大きな地震が襲う。

 

建物が震え、窓ガラスが鳴り響く。

 

人々が悲鳴を上げる。

 

そして――大地に、巨大な亀裂が走った。

地面が左右へ押し開かれていく。

地下から、何かがせり上がってくる。

 

巨大な船体。

 

無数の砲門。

 

古代ベルカの技術によって造られた、巨大な飛行戦艦。

その全貌が、ゆっくりと地上へ姿を現していく。

 

「これこそが――君達が忌避しながらも、求めていた絶対の力!」

 

スカリエッティの声が通信回線を通して響き渡る。

巨大な船体が、ゆっくりと地上へ浮上する。

 

「旧暦の時代」

 

スカリエッティは笑う。

 

「一度は世界を席巻し、そして破壊した古代ベルカの悪魔の英知――『聖王のゆりかご』だ!」

 

巨大な影が、ミッドチルダの空を覆っていく。

かつて戦乱の世を終わらせ、同時にその戦乱を生み出した力の象徴。

 

古代ベルカの遺産が、現代へ蘇った。

 

 

ゆりかご内部。

 

その中心部に位置する、巨大なコントロールルーム。

無数のモニターが並び、古代ベルカの機器が青白い光を放っている。

その中央に巨大な玉座のような装置が存在していた。

 

そして――

 

「見えるかい?」

 

スカリエッティは満足げに語りかける。

 

「待ち望んだ主を得て、古代の技術と英知の結晶は今、その力を発揮する」

 

民衆が視線を上げる。

その言葉とともに通信回線上の映像が切り替わった。

 

映し出されたのは金髪の少女――ヴィヴィオ。

 

小さな身体を椅子へ固定され、無数の装置に囲まれている。

 

「……ママ……」

 

怯えた声。

 

涙で濡れた顔。

 

「ママ……!」

 

助けを求める。

 

なのはへ。

 

フェイトへ。

 

自分を大切にしてくれた人達へ。

 

だが、その声は届かない。

 

「痛いよ……!」

 

身体を震わせる。

 

「怖いよ……!」

 

涙が頬を伝う。

 

「ママ……!」

 

声が大きくなる。

 

「ママァァァァァッ!!」

 

その悲鳴を聞きながら、スカリエッティはゆっくりとヴィヴィオへ近づいていく。

彼の手に握られていたもの。

それは――一つのレリックだった。

 

しかし、なのは達が知るレリックとは違う。

 

本来の色の赤ではない。

 

“青”。

 

蒼穹を思わせるような淡い青色を放つ、未知のレリックだった。

 

「さて……」

 

スカリエッティはそれを掲げ、レリックの光がヴィヴィオの顔を照らす。

 

「君には、少しだけ協力してもらうよ」

 

「いや……怖い……」

 

ヴィヴィオが首を振る。

 

「大丈夫だよ」

 

スカリエッティは穏やかに微笑む。

その笑顔が、かえって不気味だった。

 

「君は、この『ゆりかご』にとって必要不可欠な存在なのだからね」

 

青いレリックの輝きが増す。

次の瞬間、その光がヴィヴィオの身体へ吸い込まれた。

 

「――――ッ!?」

 

ヴィヴィオの身体が大きく跳ねる。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

絶叫を上げながら小さな身体が拘束具の中で激しく震える。

青白い光が全身を駆け巡る。

 

「ママァァァァァッ!!」

 

その声は、通信回線を通してミッドチルダ中へ響き渡った。

 

そして――ヴィヴィオの身体からふっと力が抜け、頭が静かに垂れた。

意識を失ったのだ。

 

「……」

 

スカリエッティは、その様子をじっと見つめる。

やがて、ゆっくりと口角を上げた。

 

「素晴らしい……」

 

モニターに表示される数値を確認する。

 

「実に興味深い」

 

未知なる力。

 

未知なる反応。

 

そして――自分自身ですら、その全貌を理解していない可能性。

それすらも、彼にとっては喜びだった。

 

研究者として。

 

無限の欲望を持つ男として。

 

「さあ、ここからが本番だ」

 

スカリエッティは、ゆりかごの制御卓へ手を置く。

巨大な飛行戦艦が、ゆっくりとその巨体を空へ持ち上げていく。

 

大地が震え、空が震える。

ミッドチルダの人々が、その姿を見上げていた。

 

「見えるかい?」

 

スカリエッティは両手を広げる。

 

「これこそが、君達が恐れ、否定し、それでも心の奥底では求め続けてきた――絶対の力だ!」

 

ゆりかごの巨体がミッドチルダの都市に影を作る。

 

「管理局よ」

 

その顔から笑みが消える。

 

「世界よ」

 

静かな声。

 

「そして……」

 

スカリエッティは、天井――そのさらに向こうに広がる(そら)を見上げた。

 

「神よ」

 

「私を止めてみせろ!!」

 

その瞬間、彼の顔に狂気じみた笑みが戻る。

 

「私を生み出した者も!」

 

「私を利用した者も!」

 

「私を裁こうとする者も!」

 

「この世界そのものも――!」

 

両手を広げる。

 

「全て、この私が否定してみせよう!!」

 

ゆりかごから無数のガジェットが射出されていく。

スカリエッティの世界に対する挑戦が始まった。

 

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