聖王教会と無限書庫からもたらされた情報によって、聖王のゆりかごの全容が少しずつ明らかになっていた。
司令室をかつて退役を目前にしていたアースラの艦内に移し、艦橋には緊張した空気が満ちている。
大型モニターには、ミッドチルダ上空を航行する巨大な戦艦――聖王のゆりかごの映像が映し出されていた。
「聖王のゆりかごは、上空にある二つの月から魔力供給を受けられるようです」
シャーリーが資料を操作しながら説明する。
「現在でも十分な出力を発揮していますが、衛星軌道まで到達した場合、さらに性能が跳ね上がる可能性があります」
「どのくらいや?」
はやてが尋ねる。
「推定ですが……」
一瞬、シャーリーが言葉を選ぶ。
「時空間攻撃すら可能になる、と」
「……時空間攻撃」
室内の空気が凍りついた。
現在のゆりかごですら、地上に甚大な被害を与えている。
それが衛星軌道へ到達し、さらに強大な力を得れば――
「衛星軌道に着いたら、手ぇつけられんようになる! そうなる前に叩くで!」
はやてが即座に判断を下した。
モニターに作戦区域が表示される。
「作戦は三つ同時に行う」
はやての指が画面上を走った。
「第一班、ゆりかごへの突入!」
表示されたのは、巨大戦艦の内部。
「第二班、地上へ降下してくる戦闘機人の捕縛!」
そして最後。
「第三班、地上に残るガジェットの破壊!」
それぞれの担当者が表示されていく。
「ゆりかごには、ウチと、なのはちゃん、フェイトちゃん、ヴィータ」
「了解!」
四人が同時に頷く。
「戦闘機人には、ボルツ君を中心にフォワード陣!」
「了解」
ボルツが短く答える。
その隣でスバル、ティアナ、エリオ、キャロも頷いた。
「そしてガジェットには――」
はやてが視線を向ける。
「シグナム、リィン」
「承知しました」
「はいです」
「……そして行人君」
「了解」
少し離れた場所に立っていた行人が頷いた。
ティアナの視線が、ほんの一瞬だけそちらへ向く。
だが、行人は何も言わず、静かに自分の役割を確認していた。
「よし」
はやてが全員を見渡す。
「ここからが本番や。絶対に、ゆりかごを止めるで!」
アースラの艦内に決意を込めた声が響いた。
「はい!」
六課一同の思いが重なる。
それぞれが自分の持ち場へ向かって動き始めた。
その中で――ティアナだけが一度だけ振り返る。
そこに行人の姿はもうなかった。
◇
(行人さんは、別の班か……)
胸の奥がざわつく。
理由は分かっている。
危険だからだ。
これから始まるのは、今まで経験してきたどんな事件よりも大きな戦い。
スカリエッティ。
大量のガジェット。
そして戦闘機人。
そんな戦場へ行人が向かう。
心配にならない方がおかしい。
(無茶、しないでしょうね……)
思わず唇を噛む。
自分が言えたことではない。
以前なら真っ先に無茶をしていたのは自分だった。
それでも、行人には行人の戦い方がある。
そして自分には自分の戦場がある。
分かっている。
分かっているのに――
「浮かない顔をしてるな」
「え?」
突然声を掛けられ、ティアナは顔を上げた。
いつの間にか隣にはボルツが立っていた。
「そんなに、あの男が気になるか?」
「……」
ティアナの頬が僅かに引きつる。
「顔に出てた?」
「少しな」
即答。
「……まぁね」
ティアナは観念したように息を吐いた。
「私が巻き込んだようなものだし」
「巻き込んだ?」
「行人さんのこと」
少しだけ視線を落とす。
「あれだけ世話になった冥王教会から、管理局に鞍替えしちゃったから」
「……」
「正直、軽蔑されても仕方ないと思ってた」
教会で過ごした日々が蘇る。
ティアナが迷っていた時。
自分を見失いかけていた時。
何も求めず、ただ話を聞いてくれた。
そんな教会を離れて、再び管理局へ戻った。
行人にも、エレンにも、迷惑を掛けた。
「きっとエレンさんに叱られるんだろうなって思った」
ティアナは苦笑する。
「それなのに……」
一度、言葉を止める。
「行人さんは、私を責めなかった」
むしろ快く送り出してくれた。
「『君のいたい場所にいていい』って」
その言葉を思い出すだけで、胸の奥が少しだけ温かくなる。
「だから…あの人には頭が上がらないの」
「そうか」
ボルツはそれ以上、茶化さなかった。
「その代わり、自分も事件解決に協力するって言い出した時は驚いたけど」
「戦力としては悪くない」
「そうなの?」
「あの男は水使いだろ。機械兵器の天敵だ」
ボルツは淡々と答える。
ティアナは少しだけ目を見開く。
「確かに……」
「シグナム副隊長達もいる」
ボルツは遠くにいるシグナムとリィンへ視線を向けた。
「それに――」
その時、艦内に出撃準備を告げる警報が響いた。
『各班、出撃準備。繰り返します――各班、出撃準備』
「…え?」
「時間だ。行くぞ」
「ちょ…待ちなさいよ! あんた今…」
呼び止めようとするティアナを無視して走り去るボルツ。
風の様にあっという間に見えなくなってしまった事に苛立ち頭を掻く。
「ああ、もう!」
大切な人が危険な場所へ行く。
それだけで胸はざわつく。
「……お願い、無事でいてよ」
誰にも聞こえないほど小さな声。
行人に、彼の信じる神に祈りを込めて。
ティアナはもう一度だけ、行人が向かった方向を見る。
姿は見えない。
それでも、胸の奥には確かな存在を感じていた。
――大丈夫、きっと。
そう信じるんだ。
そしてティアナ・ランスターは、自分自身の戦場へ向かって走り出した。
どれほど大切に思っていても、今は互いのいる距離を越えることはできない。
だからこそ、それぞれの場所で戦うしかなかった。
『それに――
◇
地上の一角。
崩壊した建物の間を縫うように、複数の戦闘機人がガジェットを引き連れて進軍していた。
目的は明確だった。
管理局に捕らえられたチンク、セイン、ノーヴェ。そして、協力者であるルーテシアとガリューの奪還。
一群の中央にいるクアットロは、先行したガジェットから送られてくる戦況データを眺めながら薄く笑う。
「ふ〜ん」
モニターに表示されているのは、管理局側の部隊配置。
地上各所に展開するガジェットの群れ。
そして、それを迎え撃つ管理局部隊。
「戦力を三つに分けたか」
クアットロは楽しそうに目を細める。
「舐められたものね〜」
現在、地上で自分達とまともに戦える戦力は実質的に機動六課だけ。
その機動六課ですら、決して大所帯ではない。
そんな貴重な戦力を三つに分散させる。
普通に考えれば、愚策だった。
「ただでさえ少ない戦力を分散させるなんて、愚の骨頂…」
指先で端末を弄りながら、クアットロは思案する。
「それとも……狙いは別にある?」
管理局がここまで大胆に戦力を分ける理由。
何かを隠している可能性。
罠、陽動…。
「後考えられるとしたら、新戦力だけど……」
一瞬、脳裏に一つの可能性が浮かぶ。
「まさかねぇ」
すぐにその考えを振り払った。
「そう簡単に、私達に匹敵する人材が見つかってたまるものですか」
考えすぎだ。
そう結論づける。
少なくとも、自分達が知らないほどの戦力が突然現れるなど――
「ありえないわよね〜」
クアットロは笑った。
「さ〜て、皆!」
通信回線を開く。
「戦闘開始よ〜」
「うん」
「おっけーッス」
「はい」
姉妹それぞれから返事が返ってくる。
クアットロは満足そうに笑った。
目の前に広がる戦場に向けて、無数のガジェットが一斉に動き出す。
◇
指定された防衛ポイント。
シグナム、リィン、行人の三人は、押し寄せるガジェットの大群を前にしていた。
天地を埋め尽くすほどの数。
機械の駆動音が重なり、地響きのような音となって迫ってくる。
リィンが思わず息を呑む。
「こ、こんなに……」
隣に立つ行人は、ただ静かに敵を見つめていた。
その横顔には、焦りも恐怖もない。
やがてシグナムが口を開いた。
「さて、行人……だったか」
「はい」
「本来、民間人に言うべきことではないのだが状況が状況だ…」
シグナムは腰のレヴァンティンへ手を添え、一歩前へ出る。
「私達は、お前のことを何も知らん」
「……」
「戦い方も、性格も、癖も…」
シグナムの視線が鋭くなる。
「共に戦う以上、背中を預けられる相手かどうかは知っておきたい」
そして、目の前の大群を指差した。
「だから今、この場でお前の力を見せてくれないか?」
行人はしばらくガジェットの群れを眺める。
「……あー、つまり」
そして、少し困ったように頭を掻いた。
大群を指差す。
「あの中に一人で突撃してこいと?」
「そういうことだ」
シグナムは頷いた。
「ちょ、ちょっと待ってください!?」
リィンが慌てて二人の間へ入る。
「いくら何でも無茶です!」
小さな身体を精一杯使って行人を止める。
「一人であんな数を相手にするなんて、私は反対です!」
行人はそんなリィンを見つめた。
そして、にこやかに微笑む。
「……心配してくれて、ありがとうございます」
「え?」
「ですが…実力を知らない者に背中を預けたくない、という考えは理解できます」
再び敵軍に視線を戻す。
「だから――私は行きます」
言葉が終わるより早く、行人の姿が消えた。
「えっ!?」
リィンが目を見開く。
次の瞬間、大群の中央で水が弾けた。
「シッ!」
行人の右手から伸びた水流が、一瞬で一本の鞭へと変化する。
それを横薙ぎに振るう。
鞭の先端が分裂し、複数のガジェットへ突き刺さった。
装甲を貫通。
内部機構を破壊。
同時に数体が動きを止める。
「……は?」
リィンが呆然とする。
しかし行人は止まらない。
「ふっ!」
水の鞭が一瞬で形を変え、先端が鉤状に変形した。
それを握り締め――振り抜く。
凄まじい風圧が発生した。
ガジェットの残骸を巨大なハンマーとして扱い、敵を薙ぎ払う。同時に巻き起こった暴風が周囲の機体を吹き飛ばしていった。
鋼鉄の残骸が宙を舞い、次々と地面へ叩き落とされていく。
「何だ、あれは……」
シグナムですら、思わず目を見開いた。
だが、敵もただ破壊されているだけではない。
一瞬の隙をつき、ガジェットIII型が行人の死角から迫った。
高速で回転しながら、その巨体で擦り潰そうと突進する。
「危ない!」
リィンが叫ぶ。
しかし――行人は振り返らない。
「……」
行人が右手を僅かに動かす。
最小限の動きで放たれた水弾は正確にIII型のセンサーへ命中した。
機体が大きく揺れる。
そのまま動きを止め、地面へ落下した。
「……」
リィンの口が開いたままになる。
その間にも行人は戦い続けていた。
周囲のガジェットが次々と行人へ殺到する。
シグナムにも、リィンにも、目もくれない。
まるで敵全てが行人ただ一人を標的と認識したかのようだ。
「なんて奴だ…」
シグナムが呟く。
あれほどの数が、たった一人を倒すためだけに集まっている。
だが――その一人があまりにも強かった。
水流が舞う。
ガジェットが吹き飛ぶ。
巨大な水塊が機械を押し潰す。
行人は一歩ずつ前へ進みながら、確実に敵の数を減らしていく。
そして、最後の一体が迫った。
行人は手刀を構える。
「これで――」
踏み込む。
「終わり!!」
一条の閃光が奔り、ガジェットの中央を通り抜けた。
機械の身体が左右へずれる。
そのまま大地へ崩れ落ちた。
静寂が流れる。
つい先ほどまで戦場を埋め尽くしていた機械音が、嘘のように消えていた。
残されたのは、無数の残骸だけ。
行人は振り返る。
「終わりました」
「……」
シグナムは答えなかった。
いや、答えられなかった。
烈火の将として幾多の戦場を経験してきた。
強者も見てきた。
それでも、たった一人で機械兵器の大群を正面から蹴散らし、ほとんど傷一つ負わずに戻ってくる男は初めて見た。
「……ああ、見事な戦いぶりだった」
シグナムはなんとか声を絞り出す。
精一杯の平静を装った声。
だが、その横では――
「…………」
リィンは完全に固まっていた。
口をあんぐりと開けたまま、行人とガジェットの残骸を交互に見つめている。
「リィン空曹長?」
「…………」
「あれ? もしもーし?」
「…………」
返事がない。
行人は首を傾げた。
(いや、キミらの魔法に比べたら可愛いもんでしょ?)
二人が何に驚いているのかが行人には分からなかった。
特にリィンとシグナムがユニゾンすれば、あの程度の大群ものの数分で片付けていただろうに。
それに対して行人がした事と言えば、一体一体を地道に倒すという面白くもなんともない戦法だ。
全力で戦えば確かに同じ事はできただろう。
しかし、まだまだ敵の戦力が残っている中で本気の戦闘は避けたかった。
困惑する行人、警戒するシグナム、フリーズするリィン。
与えられた任務は達成できたが、彼らが再行動するのに更に十数分の時間を要したのだった。