送られてきた戦況データを確認した瞬間、クアットロは、目を白黒させた。
「は?」
思わず素っ頓狂な声が漏れる。
「な、何これ!?」
「どうしたの、クア姉?」
隣にいたウェンディが不思議そうに首を傾げる。
「う、ううん」
クアットロは慌てて端末を閉じた。
「なんでもないのよ、ウェンディちゃん」
そう答えながら、内心では冷や汗を流していた。
今、この場で教えるわけにはいかない。
言えば、必ず動揺する。
そして戦場における動揺は、そのまま致命的な隙になる。
ましてや、相手は一人。
たった一人の未知の戦力によって、ガジェットの損耗率が今現在異常な速度で上昇している。
(所詮は機械兵器……人的被害がないとはいえ、これは痛いわ〜)
当初の作戦では、ガジェットの大群を囮として管理局側を足止め。
その隙にチンク達を救出する。
ところが、
(このままじゃ、チンクちゃん達を助けるどころじゃないわね)
ガジェットがいくら破壊されても、戦闘機人達が健在なら戦える。
だが、それにも限界がある。
敵の戦力を甘く見てはいけない。
そして何より――
(あの男を放置したら、こっちの戦線が崩れる)
クアットロは素早く判断した。
「みんな」
通信回線を開く。
「敵はなるべく生け捕りにしてちょうだい!」
「はい」
「りょーかいっス」
「え?」
オットーが首を傾げる。
「何かありましたか?」
クアットロの次に指揮官適性が高い彼女なら当然の疑問だった。
「ふふっ」
クアットロは笑う。
「この子達と、チンクちゃん達を交換交渉に持ちかけるのよ~」
「……!」
「ちょうど良く人数も一緒だしね〜」
甘いかもしれない。しかし、この判断は極めて現実的だと思う。
戦闘を続ければ損害が増える。
残った姉妹で総当たりしてもあの男に勝てるかどうか分からない。
ならば敵を捕らえ、捕虜交換という形で平和的に目的を達成するのがベスト。
「……分かりました。なら、無駄な殺傷は避けましょう」
オットーも即座に理解した。
元々温厚な彼女なら賛同するだろうと読んでいたクアットロはニンマリと微笑む。
「そういうこと〜」
だが、笑顔の奥には先ほどまでにはなかった焦りが滲んでいた。
◇
戦場上空をライディングボードに乗ったウェンディが、瓦礫の間を縫うように飛翔していた。
「へへっ! そんなの当たらないッスよ!」
後方から迫る魔力弾を身体を傾けて回避する。
オレンジ色の魔力弾が、すぐ横を掠めていった。
「逃がさない!」
ティアナがクロスミラージュを構え、次々と弾丸を放つ。
だがウェンディはボードの速度を上げ、紙一重でそれをかわしていく。
「へへーん! このボード、速いんスからね!」
得意げな笑みを浮かべるウェンディ。
『――ウェンディちゃん、上!?』
「え?」
クアットロからの警告と同時に、上空から黒い何かが降ってきた。
ボルツが振り下ろした刃がウェンディの頭上に迫る。
「ッ!? 危なっ!」
咄嗟にボードを傾ける。
間一髪で斬撃を回避したウェンディは安堵の息を吐いた。
「へへ……危なかったッス」
しかし、その視界に入ったものを見て表情が固まる。
「……え?」
目の前には巨大なビルが聳え立っていた。
「あわわっ!?」
慌てて方向転換。
ライディングボードの速度を落とす。
ほんの一瞬、それだけだった。
だがボルツ達は、その僅かな減速を見逃さない。
「今だ!」
真下からエリオが飛び出す。
「はああああっ!」
槍を構え、一直線に突き上げる。
「ひっ!?」
ボードそのものが死角となり、ウェンディの反応が遅れた。
槍先が迫る。
「獲った!」
誰もがそう思った。
しかし――
「え!?」
ウェンディの身体が霞のように揺らぎ、消失する。
「……な? 消えた……?」
何が起きたか分からないエリオは、その場で立ち尽くす。
直後、空気を裂きながら無数の光弾が降り注いだ。
「レイストーム!」
「エリオ!」
ティアナが叫ぶ。
「スバル!」
「任せて! ウィングロード!」
スバルが地面に拳を突き立てる。
次の瞬間、魔力の道が一気に形成された。
展開された魔力の路面がそのまま障壁となり、エリオの前へ滑り込む。
無数の光弾がウィングロードへ激突する。
「くっ……!」
「エリオ、大丈夫!?」
「はい!」
煙の向こうにいるため、敵の姿は見えない。
ボルツが周囲を見回す。
「キャロ!」
「はい!」
「砲撃! 四時の方向!」
「分かりました!」
キャロが敵に向かって指し示す。
「フリード、お願い!」
「キュクルーッ!」
翼竜が大きく羽ばたく。
その顎から放たれた巨大な火炎弾が戦場を横切る。
「うわっ!?」
瓦礫の陰から、慌てて戦闘機人オットーが飛び出す。
「そこ!」
ティアナが狙いを定める。
しかし、その少女も一瞬で姿を消した。
「また……!」
敵は姿を消し、現れ、攻撃しては離脱する。
こちらも攻撃を当てるが、決定打にはならない。
戦闘機人達もまた、FW陣の攻撃を紙一重でかわし続ける。
一進一退、どちらも譲らない。
激しい攻防の中で、ティアナはクロスミラージュを握り直す。
かつてなら、焦っていたかもしれない。
だが今は違う。
「……焦らないで」
自分自身へ言い聞かせる。
「敵も同じだけ苦しんでる」
戦場のどこかでは、行人達がガジェットを次々と破壊している。
それは敵にもプレッシャーの筈だ。
勝負はまだ決まっていない。
ならば、
「一つずつ、崩すぞ」
「ええ!」
「うん!」
「はい!」
「了解!」
FW陣が再び動き出す。
戦場の空には魔力光が交錯し、地上では無数の機械と戦闘機人が入り乱れる。
誰もがまだ知らなかった。
この戦いの裏側で、敵も味方も――互いに想定外の存在を抱えたまま、必死に戦っていることを。
◇
管理局地上本部。
窓の外で、また一つ建物が崩れた。
轟音に続いて、地面を震わせるような衝撃が起きる。
ミッドチルダの街並みが、少しずつ壊れていく。
レジアス・ゲイズは、執務室の窓際に立ったまま、その光景を見つめていた。
立ち上る黒煙。
逃げ惑う人々。
遠くで瞬く魔力光。
かつて自分が守ろうとした街が、今まさに戦場へと変わっている。
(……いつからだろうな。若かった頃のように、夢を語れなくなったのは)
ふと、そんなことを考えた。
レジアスにはリンカーコアがない。
魔導師としての才能がない。
魔法が当たり前のこの世界で、それは決して小さな差ではなかった。
生まれ持った才能。
それがなければ、そもそも魔導師としてのスタートラインにすら立てない。
だからこそ、若い頃のレジアスは考えた。
自分に戦う力がないのなら、別の方法で人々の力になろう。
現場に立てないなら、現場に立つ者を支える側になろう。
そのために権力を求めた。
組織の中で地位を築き、やがて地上本部を支える重鎮の一人にまで上り詰めた。
だが――上へ行けば行くほど、見えてしまうものがあった。
この魔法社会そのものが抱えている歪み。
危うさ。
魔導師は万能ではない。
飛行魔法を使えても、空戦ができるとは限らない。
高い魔力を持っていても、戦闘能力に秀でているとは限らない。
逆に、魔力が低くとも優れた判断力や技術を持つ者もいる。
それでも世間は、魔力という分かりやすい「才能」を崇める。
(愚かなものだ)
レジアスは目を細めた。
魔法そのものを否定するつもりはない。
むしろ、魔力というエネルギーは素晴らしい。
化石燃料に頼る世界と比べれば、魔法文明によって保たれた空気は驚くほど澄んでいる。
自然環境にも優しい。
文明を支える力として、これほど優秀なものはない。
しかし――その力が兵器へ転用された時。
その結果が今、目の前にある。
「……これが、答えか」
呟きと同時に、遠くで再び爆発が起きた。
地響き。
砂煙。
魔力兵器によって破壊された街。
その粉塵が地上本部の周囲へも流れ込み、窓ガラスを薄く曇らせていく。
レジアスは重い息を吐いた。
その時だった。
執務室の扉が乱暴に開かれる。
レジアスは振り返ると、そこに立っていた人物を見てほんの僅かに目を細めた。
長年、忘れることのできなかった顔。
「……ゼスト」
ゼスト・グランガイツ。
かつて自分の右腕として地上の平和を守っていた男。
そして今は、死んだはずの男。
ゼストはゆっくりと室内へ入ってくる。
「レジアス」
感情を押し殺した低い声が漏れる。
「俺がこうして現れたことに、驚かないのか?」
「オーリスから報告を受けた」
レジアスは静かに答えた。
「戦闘ログの中に、お前の姿があったそうだ」
「…いずれ、現れると思っていた」
「……そうか」
ゼストは拳を握る。
「ならば、俺がここへ来た理由も分かるな?」
一歩、踏み込む。
「ああ」
レジアスは目を逸らさない。
「……あの日の真実を知りたいのだろう?」
「なら――」
「教える気はない」
「……!」
ゼストの眉が跳ね上がる。
「ふざけるな!!」
怒声が執務室を震わせる。
「俺は……良かったと思っていた!」
ゼストがレジアスの胸倉を掴む。
「お前の理想のためなら、命を捧げてもいいと思っていた!」
レジアスの身体が揺れる。
「だが、俺の部下達は……!」
ゼストの声が震える。
「俺達は、お前と同じものを守ろうとしていたはずだ!」
「……」
「それなのに何故だ!」
レジアスは何も答えない。
「何故、俺達を頼らなかった!」
ゼストの手に力が入る。
「いつまで……いつまで一人で戦うつもりだ!」
「……っ」
「お前が何かに苦しんでいることくらい、俺にも分かる!」
ゼストの目には怒りだけではない。
悲しみがあった。
「ならば、何故それを俺に言わない!」
「何故、周りを頼らない!」
「俺達が、あの日に誓った約束は何だったんだ!!」
その言葉にレジアスの脳裏へ、遠い日の記憶が蘇った。
まだ若かった頃、魔導師ではない自分が、悔しさを噛み殺しながら語った言葉。
『俺は魔導師にはなれん。だが、上に行き、力を蓄えれば……』
その隣で、ゼストが笑った。
『ならば俺は、お前の剣となって戦おう』
レジアスが上で道を作る。
ゼストが現場で戦う。
二人で互いを支えながら地上を守る。
それが二人の約束だった。
「……クッ」
レジアスの頬を一筋の涙が伝った。
ゼストもまた気づかぬうちに涙を流していた。
その時、通信端末が鳴る。
『ゼスト』
二人が同時に振り返る。
画面に映し出されたのは、ジェイル・スカリエッティだった。
『少し、いいかな?』
「……何だ」
『クアットロ達が苦戦しているようだ』
スカリエッティは淡々と続ける。
『このままでは、ルーテシアとガリューの救出は難しい』
「……」
『なので、提案する』
その声に、僅かな笑みが混じる。
『クアットロ達が敵の主力を抑えているうちに、君がルーテシア達を救出してみてはどうかな?』
ゼストの顔が険しくなる。
「俺に……これ以上、同朋を傷つけろと言うのか?」
怒りに拳が震える。
『良いのかな?』
スカリエッティは穏やかだった。
『君の隊員――メガーヌは、まだ生きている』
「……!」
『ここまで来て、見捨てるのかい?』
ゼストの目が見開かれる。
『ルーテシアに合わせる顔がないんじゃないかな』
「……黙れ」
『母親を助けることを諦めたと――』
「黙れッ!!」
怒声が飛ぶ。しかしスカリエッティは動じない。
『君は優しいね、ゼスト』
その言葉が、逆に不気味だった。
『だから苦しい』
『守れなかった者を救いたい』
『失ったものを取り戻したい』
『そのためなら、自分がどれだけ傷ついても構わない』
「……」
『そんな君だからこそ、私は信用しているよ』
「……俺を利用しているだけだろう」
『それもまた、正しいね』
スカリエッティは笑った。
『だが、選ぶのは君だ』
通信が切れる。
暫し室内を静寂が支配する。
しばらく誰も口を開かなかった。
やがてゼストが拳を握り締める。
「……メガーヌ」
そして。
「ルーテシア……」
守ると誓った。
かつての部下とその娘。
自分が救えなかった者達。
だが、
「ゼスト」
レジアスが呼び止める。
「……何だ」
「奴の言葉に乗るな」
「……」
「お前は今、怒りで何も見えていない」
「俺は……」
「分かっている」
レジアスは苦しそうに目を伏せる。
「お前が何を守ろうとしているのかも、何を失ったのかも…」
そして、静かに続けた。
「だからこそ……もう一度、同じ過ちを犯してほしくない」
ゼストの目が揺れる。
「……レジアス」
「俺は……」
レジアスは窓の外へ目を向けた。
燃え上がるミッドチルダ。
かつて二人が守ろうとした街。
「地上を守りたかった」
声が震える。
「魔導師でなくても戦えると思った。できる事があると思った」
「お前が剣になってくれるなら、俺は上から道を作る」
遠い日の約束。
その言葉が二人の胸に蘇る。
「だが……いつからか、俺は……」
レジアスは目を閉じた。
言葉が詰まる。
「守る為の力を求める事と…」
「力そのものを求める事の区別が、つかなくなっていたのかもしれん」
ゼストは何も言わなかった。
ただ、レジアスを見つめる。
「俺達は……同じ場所を目指していたはずなのにな」
ゼストが呟く。
「ああ。いつの間にか、別々の道を歩いていた」
レジアスは苦笑した。
「ならば……俺は、自分のやるべきことをする」
ゼストは踵を返す。
「行くのか」
「ああ」
「どこへ?」
「メガーヌを助ける」
ゼストは振り返る。
「ルーテシアも、ガリューもだ」
そして、少しだけ間を置いた。
「だが…全部終わったらまたここへ戻ってくる」
レジアスの目が見開かれる。
「戻って……くる?」
「ああ」
ゼストは静かに頷いた。
「今度こそ、お前から全部聞く為にだ」
レジアスはしばらく黙っていた。
やがて、
「……待っているぞ」
小さく笑った。
ゼストが部屋を出ていく。
扉が閉まるとレジアスはまた一人になった。
レジアスは再び窓の外を見る。
街が燃えている。
地上が崩れている。
自分が守ろうとしたものが、目の前で壊されている。
それでも、
「……ゼスト」
レジアスは小さく呟いた。
「今度こそ……帰ってこい」
遠くで、また爆発が起きた。
地上本部が大きく揺れる。
レジアスはその場から動かなかった。
ただ、握り締めた拳をゆっくりと開く。
「俺も……最後まで戦おう」
その横顔にはいつしか失っていた若き日の光がほんの僅か戻っていた。