激しい戦闘音が響く戦場。
行人が周囲のガジェットを片端から破壊していく一方、シグナムとリィンはその場で次の敵を警戒していた。
その時、
『シグナム副隊長! 聞こえますか!?』
耳元の通信機から、シャーリーの切迫した声が響いた。
「こちらシグナム。どうした?」
『大変です! こちらにガジェットが多数向かっています!』
「……ガジェットだと?」
シグナムは眉をひそめる。
先ほどまで行人が周囲の大半を破壊していた。
にもかかわらず、別方向から新たな群れが押し寄せている。
『はい! シャマル先生とザフィーラさんが応戦していますが――』
「問題ないだろう。負傷しているとはいえ、あの二人がガジェットに後れを取るとは思えんが…」
ヴォルケンリッターの将としてシグナムは即答した。
『そ、それが…ガジェットだけじゃないんです!』
通信の向こうでシャーリーが言葉を詰まらせる。
「何?」
『シグナム副隊長が戦った、あの槍使いがいます!』
その言葉にシグナムの表情が変わった。
「……ほう」
ほんの一瞬だけ、先ほどの戦いが脳裏をよぎる。
速度、技量、戦闘経験ともに申し分なし。
現在では数少ない古代ベルカの流れを受け継ぐ騎士。
侮っていたわけではない。
純粋な実力でシグナムは敗北した。
無意識に拳に力が入る。
「……分かった」
短く答える。
そして隣にいる行人へ視線を向けた。
「行人、聞いての通りだ」
「はい」
一拍。
「すまないが、皆の救援に向かってくれ」
「……え、よろしいんですか?」
行人が目を瞬かせる。
「何がだ?」
「雪辱を晴らす機会では?」
行人は素直に尋ねた。
「先刻、その騎士に敗れたのでしょう?」
シグナムの眉が僅かに動く。
「……できれば、そうしたい」
腰のレヴァンティンへ手を添える。
「だが、私は万全の状態で奴に敗れた身だ。ここで私情を優先するわけにはいかん」
静かな声でシグナムは自嘲するように笑う。
「……」
「今、救援を求めている者達がいる。少しでも助けられる確率の高い者が行くべきだろう」
烈火の将の言葉に迷いはなかった。
行人はしばらくシグナムを見つめ、小さく頷いた。
「……分かりました。では、ここはお二人にお任せします」
六課隊舎跡の方へ踵を返す。
走り出す直前、行人は振り返った。
「ご武運を!」
「うむ」
次の瞬間、行人の身体が弾けるように加速した。
地面を蹴り、瓦礫を飛び越え、瞬く間に遠ざかっていく。
「……ふわぁ、速いですね」
リィンがぽつりと呟く。
「そうだな」
シグナムはその背中を見送った。
やがて行人の姿が見えなくなると、リィンが小さく俯いた。
「……すみません、シグナム」
「何?」
「本当は……悔しいですよね」
シグナムは答えなかった。
「私もです」
リィンは両手を握る。
「せっかく一緒に戦っているのに、何もできなかった」
「……」
「本当なら、私もあの人のところへ行きたいです」
シグナムは静かに目を閉じた。
「すまんな、リィン。ここは堪えてくれ」
その声には、僅かな痛みがあった。
「……はい。分かっています」
リィンは顔を上げる。
遠くから敵の第二陣が迫る。
敵の数を見るにまだ油断できない。
戦いは終わっていない。
「ならば、我々は我々の仕事をするぞ」
シグナムがレヴァンティンを抜刀して構える。
「はいです!」
二人が並び立つ。
「ユニゾン・イン!!」
リィンの身体が淡い光に包まれ、シグナムの中へ溶け込んでいく。
次の瞬間、烈火の将の身体から凄まじい魔力が迸った。
瞳と髪に宿る魔力光が変わる。
傷ついた身体、それでも敵に向ける背中は持っていない。
「行くぞ、リィン」
『はいです!』
シグナムは前方を睨みつけた。
無数のガジェットがひしめき合う。
「この場は――」
レヴァンティンの刀身が炎を纏う。
「私達の戦場だ」
烈火の将が、戦場を駆けた。
◇
聖王のゆりかごにて。
轟音が響く巨大な飛行艦の内部、低い振動が絶え間なく揺さぶっていた。
かつて古代ベルカの戦乱を終焉へ導いた、巨大な空中戦艦。
それが今、現代のミッドチルダへ蘇っている。
「……っ!」
AMFに満ちた艦内をなのはは廊下を翔け抜けていた。
体が重い。
いつものように飛べない事が煩わしい。
その隣をフェイトが並走し、少し後方にはヴィータが背後を警戒している。
外ははやてと空戦魔導師隊で押さえている。
ガジェット程度に遅れを取る相手ではない。しかし今回、問題は時間だ。
なのはは飛びながら前方を見る。
巨大な艦内通路。
いくら進んでも終わりが見えない。
「このまま上昇を続けられたら、私達の航空戦力じゃ追い付けない」
「……高度限界だね」
高ランク魔導師ならともかく、低ランクの者は間違いなく振り切られる。
魔力とは攻撃にも防御にも移動にも使われるエネルギーだ。
例えゆりかごを墜としても、地上へ帰る分の魔力が残っていなければ待つのは墜落死だ。
これ以上、こちらの戦力を削られたくない。
なのはの声が低くなる。
「ゆりかごが上へ逃げ切る前に止めないと」
「うん、絶対に止める」
その言葉にフェイトが横目を向ける。
「急ごう」
なのはの声には、いつもの冷静さがなかった。
焦っている。
付き合いの長いフェイトには、それが分かった。
理由も。
先ほど通信回線に映し出された、あの少女。
『ママ……!』
『痛いよ! 怖いよ!』
『ママーーーー!!』
あの悲鳴が、なのはの耳から離れない。
(ヴィヴィオ……)
あの子が、今も苦しんでいる。
それを思うだけで、体が勝手に前へ進んでしまう。
「動力源へは私が向かう!」
分かれ道でヴィータが足を止めた。
「この艦を止めるなら、まずそこだ」
「お願い、私達は玉座へ向かう」
なのはが頷く。
「こっちは任せろ」
ヴィータは拳を握る。
それだけ言うと、別の通路を翔けていく。
なのはとフェイトも反対方向へ走り出す。
目指すは、ゆりかごの最深部。
玉座の間。
そこにいるヴィヴィオを救うために。
◇
通路の先。
突然、甲高い金属音が響いた。
「止まって!」
フェイトが叫ぶ。
次の瞬間、二人の前へ二つの人影が降り立った。
トーレとセッテ。
「……戦闘機人」
なのはが足を止める。
「ここから先へは行かせません」
トーレが構える。
セッテも無言で戦闘態勢へ入った。
なのはは一瞬だけ二人を見る。
そして、
「フェイトちゃん、ここは任せてもいい?」
「もちろん」
フェイトがバルディッシュを構える。
「なのはは先に行って」
「ありがとう!」
なのはは一瞬たりとも立ち止まらなかった。
フェイトが背後で戦闘を開始する。
金属と魔力が激突する音。
しかし、なのはは振り返らない。
今は時間が惜しい。
一秒でも早く。
一歩でも早く。
ヴィヴィオのところへ。
◇
最後の直線通路。
そこに一人の少女が立っていた。
戦闘機人ディエチ。
その手には巨大な砲撃兵器――ヘヴィバレル。
「ここは、通さない」
砲口が開く。
なのはは速度を緩めず突貫する。
レイジングハートを変形させてディエチへと向けた。
「……ごめんね。今は時間がないの」
次の瞬間。
「発射!」
巨大な砲撃が放たれた。
轟音と共に一直線に迫る砲撃。
なのはもまた、ほぼ同時に砲撃を放つ。
二つの砲撃が正面から激突する。
爆発による衝撃波が通路を駆け抜け、壁面が激しく震える。
「なっ……!」
ディエチの目が見開かれる。
押し返される。
なのはの砲撃が、真正面からヘヴィバレルを押し切っていく。
「これで……!」
光が弾け、ディエチの身体が吹き飛ばされる。
なのはは気絶した彼女に
止まらない。
振り返らない。
ただ、ただ前へ。
(待ってて、ヴィヴィオ)
胸の奥が痛い。
息が苦しい。
それでも止まれない。
第三者が見れば、明らかなオーバーペースだった。
冷静さを欠いている。
魔力も体力も無駄に消耗している。
そう判断するだろう。
それでもなのはには、そうするしかなかった。
あの通信回線から聞こえた悲鳴が、何度も頭の中で蘇る。
『ママ……!』
涙混じりの声。
怯えた声。
助けを求める声。
(待ってて。今、行くから)
なのはは歯を食いしばる。
「ヴィヴィオ……!」
◇
玉座の間の扉を開くと、そこは広大な空間。
その奥の玉座に一人の少女がいた。
「…っ!? ヴィヴィオ!」
なのはの目が見開かれる。
玉座にもたれかかるようにして、少女はぐったりと項垂れていた。
いつも見せてくれた元気な姿など、どこにもない。
小さな身体。
力なく垂れた腕。
そして、怯えきった表情。
「ヴィヴィオ! ママだよ!」
なのはが駆け寄る。
反応がない。
「ヴィヴィオ!」
もう一度。
「返事をして!!」
その声に少女の身体が、ほんの僅かに動いた。
「……」
ゆっくり。
本当にゆっくりと。
項垂れていた頭が持ち上がる。
青い瞳が、なのはを捉えた。
「……マ……マ……?」
なのはの胸が締め付けられる。
涙が滲む。
「そうだよ! なのはママだよ!」
「フェイトママも来てる!」
なのはは必死に笑った。
「一緒に帰ろう? ね?」
ヴィヴィオの瞳が揺れる。
「……ママ……」
「うん」
なのはは手を伸ばす。
「もう大丈夫だから」
「怖かったね」
「もう大丈夫だよ」
その瞬間だった。
「――っ!?」
ヴィヴィオの身体が大きく震えた。
「ヴィヴィオ!?」
少女の身体から凄まじい魔力が噴き出す。
「うああああああああっ!!」
「ヴィヴィオ!!」
虹色の魔力光。
それが玉座の間を埋め尽くしていく。
「何……!?」
なのはが目を庇う。
眩い光の中心でヴィヴィオの身体が変化していく。
幼い身体が光に包まれ、輪郭が大きくなっていく。
髪が伸びる。
身体が成長する。
纏っていた衣服さえも、戦装束へと変貌していく。
「ヴィヴィオ……!」
なのはの声が震える。
光がさらに強くなる。
そして――静寂が訪れた。
光が消えた、
そこに立っていたのは、先ほどまでの幼い少女ではなかった。
長い髪。
成熟した身体。
そして、その瞳に宿る膨大な魔力。
なのはは言葉を失い、ただ目の前の少女を見つめていた。
つい先ほどまで、自分を「ママ」と呼んでいた小さな少女。
その姿は、もうどこにもない。
そこにいるのは――古代ベルカの時代に失われたはずの存在。
時代を超えて蘇った、最後の聖王。
ヴィヴィオ。
その身体を器として、失われし聖王の力が今ここに再誕した。