こちら冥王教会ミッドチルダ支部   作:マルク

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40.聖王

激しい戦闘音が響く戦場。

 

行人が周囲のガジェットを片端から破壊していく一方、シグナムとリィンはその場で次の敵を警戒していた。

その時、

 

『シグナム副隊長! 聞こえますか!?』

 

耳元の通信機から、シャーリーの切迫した声が響いた。

 

「こちらシグナム。どうした?」

 

『大変です! こちらにガジェットが多数向かっています!』

 

「……ガジェットだと?」

 

シグナムは眉をひそめる。

先ほどまで行人が周囲の大半を破壊していた。

にもかかわらず、別方向から新たな群れが押し寄せている。

 

『はい! シャマル先生とザフィーラさんが応戦していますが――』

 

「問題ないだろう。負傷しているとはいえ、あの二人がガジェットに後れを取るとは思えんが…」

 

ヴォルケンリッターの将としてシグナムは即答した。

 

『そ、それが…ガジェットだけじゃないんです!』

 

通信の向こうでシャーリーが言葉を詰まらせる。

 

「何?」

 

『シグナム副隊長が戦った、あの槍使いがいます!』

 

その言葉にシグナムの表情が変わった。

 

「……ほう」

 

ほんの一瞬だけ、先ほどの戦いが脳裏をよぎる。

 

速度、技量、戦闘経験ともに申し分なし。

現在では数少ない古代ベルカの流れを受け継ぐ騎士。

侮っていたわけではない。

純粋な実力でシグナムは敗北した。

無意識に拳に力が入る。

 

「……分かった」

 

短く答える。

そして隣にいる行人へ視線を向けた。

 

「行人、聞いての通りだ」

 

「はい」

 

一拍。

 

「すまないが、皆の救援に向かってくれ」

 

「……え、よろしいんですか?」

 

行人が目を瞬かせる。

 

「何がだ?」

 

「雪辱を晴らす機会では?」

 

行人は素直に尋ねた。

 

「先刻、その騎士に敗れたのでしょう?」

 

シグナムの眉が僅かに動く。

 

「……できれば、そうしたい」

 

腰のレヴァンティンへ手を添える。

 

「だが、私は万全の状態で奴に敗れた身だ。ここで私情を優先するわけにはいかん」

 

静かな声でシグナムは自嘲するように笑う。

 

「……」

 

「今、救援を求めている者達がいる。少しでも助けられる確率の高い者が行くべきだろう」

 

烈火の将の言葉に迷いはなかった。

行人はしばらくシグナムを見つめ、小さく頷いた。

 

「……分かりました。では、ここはお二人にお任せします」

 

六課隊舎跡の方へ踵を返す。

走り出す直前、行人は振り返った。

 

「ご武運を!」

 

「うむ」

 

次の瞬間、行人の身体が弾けるように加速した。

地面を蹴り、瓦礫を飛び越え、瞬く間に遠ざかっていく。

 

「……ふわぁ、速いですね」

 

リィンがぽつりと呟く。

 

「そうだな」

 

シグナムはその背中を見送った。

 

やがて行人の姿が見えなくなると、リィンが小さく俯いた。

 

「……すみません、シグナム」

 

「何?」

 

「本当は……悔しいですよね」

 

シグナムは答えなかった。

 

「私もです」

 

リィンは両手を握る。

 

「せっかく一緒に戦っているのに、何もできなかった」

 

「……」

 

「本当なら、私もあの人のところへ行きたいです」

 

シグナムは静かに目を閉じた。

 

「すまんな、リィン。ここは堪えてくれ」

 

その声には、僅かな痛みがあった。

 

「……はい。分かっています」

 

リィンは顔を上げる。

 

遠くから敵の第二陣が迫る。

敵の数を見るにまだ油断できない。

戦いは終わっていない。

 

「ならば、我々は我々の仕事をするぞ」

 

シグナムがレヴァンティンを抜刀して構える。

 

「はいです!」

 

二人が並び立つ。

 

「ユニゾン・イン!!」

 

リィンの身体が淡い光に包まれ、シグナムの中へ溶け込んでいく。

次の瞬間、烈火の将の身体から凄まじい魔力が迸った。

瞳と髪に宿る魔力光が変わる。

傷ついた身体、それでも敵に向ける背中は持っていない。

 

「行くぞ、リィン」

 

『はいです!』

 

シグナムは前方を睨みつけた。

無数のガジェットがひしめき合う。

 

「この場は――」

 

レヴァンティンの刀身が炎を纏う。

 

「私達の戦場だ」

 

烈火の将が、戦場を駆けた。

 

 

聖王のゆりかごにて。

 

轟音が響く巨大な飛行艦の内部、低い振動が絶え間なく揺さぶっていた。

かつて古代ベルカの戦乱を終焉へ導いた、巨大な空中戦艦。

それが今、現代のミッドチルダへ蘇っている。

 

「……っ!」

 

AMFに満ちた艦内をなのはは廊下を翔け抜けていた。

体が重い。

いつものように飛べない事が煩わしい。

その隣をフェイトが並走し、少し後方にはヴィータが背後を警戒している。

外ははやてと空戦魔導師隊で押さえている。

ガジェット程度に遅れを取る相手ではない。しかし今回、問題は時間だ。

なのはは飛びながら前方を見る。

巨大な艦内通路。

いくら進んでも終わりが見えない。

 

「このまま上昇を続けられたら、私達の航空戦力じゃ追い付けない」

 

「……高度限界だね」

 

高ランク魔導師ならともかく、低ランクの者は間違いなく振り切られる。

魔力とは攻撃にも防御にも移動にも使われるエネルギーだ。

例えゆりかごを墜としても、地上へ帰る分の魔力が残っていなければ待つのは墜落死だ。

これ以上、こちらの戦力を削られたくない。

なのはの声が低くなる。

 

「ゆりかごが上へ逃げ切る前に止めないと」

 

「うん、絶対に止める」

 

その言葉にフェイトが横目を向ける。

 

「急ごう」

 

なのはの声には、いつもの冷静さがなかった。

焦っている。

付き合いの長いフェイトには、それが分かった。

理由も。

先ほど通信回線に映し出された、あの少女。

 

『ママ……!』

 

『痛いよ! 怖いよ!』

 

『ママーーーー!!』

 

あの悲鳴が、なのはの耳から離れない。

 

(ヴィヴィオ……)

 

あの子が、今も苦しんでいる。

それを思うだけで、体が勝手に前へ進んでしまう。

 

「動力源へは私が向かう!」

 

分かれ道でヴィータが足を止めた。

 

「この艦を止めるなら、まずそこだ」

 

「お願い、私達は玉座へ向かう」

 

なのはが頷く。

 

「こっちは任せろ」

 

ヴィータは拳を握る。

それだけ言うと、別の通路を翔けていく。

なのはとフェイトも反対方向へ走り出す。

 

目指すは、ゆりかごの最深部。

玉座の間。

そこにいるヴィヴィオを救うために。

 

 

通路の先。

突然、甲高い金属音が響いた。

 

「止まって!」

 

フェイトが叫ぶ。

次の瞬間、二人の前へ二つの人影が降り立った。

 

トーレとセッテ。

 

「……戦闘機人」

 

なのはが足を止める。

 

「ここから先へは行かせません」

 

トーレが構える。

セッテも無言で戦闘態勢へ入った。

なのはは一瞬だけ二人を見る。

そして、

 

「フェイトちゃん、ここは任せてもいい?」

 

「もちろん」

 

フェイトがバルディッシュを構える。

 

「なのはは先に行って」

 

「ありがとう!」

 

なのはは一瞬たりとも立ち止まらなかった。

フェイトが背後で戦闘を開始する。

金属と魔力が激突する音。

しかし、なのはは振り返らない。

今は時間が惜しい。

一秒でも早く。

一歩でも早く。

ヴィヴィオのところへ。

 

 

最後の直線通路。

そこに一人の少女が立っていた。

戦闘機人ディエチ。

その手には巨大な砲撃兵器――ヘヴィバレル。

 

「ここは、通さない」

 

砲口が開く。

なのはは速度を緩めず突貫する。

レイジングハートを変形させてディエチへと向けた。

 

「……ごめんね。今は時間がないの」

 

次の瞬間。

 

「発射!」

 

巨大な砲撃が放たれた。

轟音と共に一直線に迫る砲撃。

なのはもまた、ほぼ同時に砲撃を放つ。

二つの砲撃が正面から激突する。

爆発による衝撃波が通路を駆け抜け、壁面が激しく震える。

 

「なっ……!」

 

ディエチの目が見開かれる。

押し返される。

なのはの砲撃が、真正面からヘヴィバレルを押し切っていく。

 

「これで……!」

 

光が弾け、ディエチの身体が吹き飛ばされる。

なのはは気絶した彼女に捕縛魔法(バインド)を施し、その横を後にした。

 

止まらない。

振り返らない。

ただ、ただ前へ。

 

(待ってて、ヴィヴィオ)

 

胸の奥が痛い。

息が苦しい。

それでも止まれない。

 

第三者が見れば、明らかなオーバーペースだった。

冷静さを欠いている。

魔力も体力も無駄に消耗している。

そう判断するだろう。

それでもなのはには、そうするしかなかった。

あの通信回線から聞こえた悲鳴が、何度も頭の中で蘇る。

 

『ママ……!』

 

涙混じりの声。

怯えた声。

助けを求める声。

 

(待ってて。今、行くから)

 

なのはは歯を食いしばる。

 

「ヴィヴィオ……!」

 

 

玉座の間の扉を開くと、そこは広大な空間。

その奥の玉座に一人の少女がいた。

 

「…っ!? ヴィヴィオ!」

 

なのはの目が見開かれる。

 

玉座にもたれかかるようにして、少女はぐったりと項垂れていた。

いつも見せてくれた元気な姿など、どこにもない。

小さな身体。

力なく垂れた腕。

そして、怯えきった表情。

 

「ヴィヴィオ! ママだよ!」

 

なのはが駆け寄る。

反応がない。

 

「ヴィヴィオ!」

 

もう一度。

 

「返事をして!!」

 

その声に少女の身体が、ほんの僅かに動いた。

 

「……」

 

ゆっくり。

本当にゆっくりと。

項垂れていた頭が持ち上がる。

青い瞳が、なのはを捉えた。

 

「……マ……マ……?」

 

なのはの胸が締め付けられる。

 

涙が滲む。

 

「そうだよ! なのはママだよ!」

 

「フェイトママも来てる!」

 

なのはは必死に笑った。

 

「一緒に帰ろう? ね?」

 

ヴィヴィオの瞳が揺れる。

 

「……ママ……」

 

「うん」

 

なのはは手を伸ばす。

 

「もう大丈夫だから」

 

「怖かったね」

 

「もう大丈夫だよ」

 

その瞬間だった。

 

「――っ!?」

 

ヴィヴィオの身体が大きく震えた。

 

「ヴィヴィオ!?」

 

少女の身体から凄まじい魔力が噴き出す。

 

「うああああああああっ!!」

「ヴィヴィオ!!」

 

虹色の魔力光。

それが玉座の間を埋め尽くしていく。

 

「何……!?」

 

なのはが目を庇う。

眩い光の中心でヴィヴィオの身体が変化していく。

幼い身体が光に包まれ、輪郭が大きくなっていく。

 

髪が伸びる。

身体が成長する。

纏っていた衣服さえも、戦装束へと変貌していく。

 

「ヴィヴィオ……!」

 

なのはの声が震える。

光がさらに強くなる。

そして――静寂が訪れた。

 

光が消えた、

そこに立っていたのは、先ほどまでの幼い少女ではなかった。

 

長い髪。

成熟した身体。

そして、その瞳に宿る膨大な魔力。

 

なのはは言葉を失い、ただ目の前の少女を見つめていた。

つい先ほどまで、自分を「ママ」と呼んでいた小さな少女。

その姿は、もうどこにもない。

 

そこにいるのは――古代ベルカの時代に失われたはずの存在。

時代を超えて蘇った、最後の聖王。

ヴィヴィオ。

その身体を器として、失われし聖王の力が今ここに再誕した。

 

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