こちら冥王教会ミッドチルダ支部   作:マルク

41 / 44
41.修羅

 

六課隊舎跡にて。

 

焼け焦げた建物の脇に設営された簡易テントの中では、負傷者の治療と拘束者の監視が続いていた。

ルーテシアはテントの隙間から外を見つめている。

 

行き交う局員。

負傷者を運ぶ者。

ガジェットの残骸を処理する者。

誰もが慌ただしく動き回っている。

 

だが、今のルーテシアには何もできない。

魔力は封じられている。

ガリューも拘束された。

抵抗する術など、どこにもない。

 

「ルーお嬢様」

 

声がした方を向くとチンクが心配そうに見つめている。

 

「腕は痛みませんか?」

 

「うん…」

 

ルーテシアは小さく頷いた。

 

「セインの方は大丈夫?」

 

「あちらは大分落ち着きました。今はノーヴェに任せています」

 

チンクは穏やかに答える。

 

「そう…」

 

そう呟いた時、チンクのコートがモゾモゾと動いた。

 

「……?」

 

ルーテシアが目を丸くする。

次の瞬間、コートの中から小さな少女が顔を出した。

 

「ぷはっ!」

 

「アギト?」

 

「ルールー!」

 

アギトは嬉しそうに笑った。

 

「待たせてゴメン! でも、もう大丈夫だ!」

 

「それって……」

 

ルーテシアが目を見開く。

しかし、その続きを口にするより早く外が騒がしくなった。

 

「敵襲だー!!」

 

「総員、迎撃準備!!」

 

テントの外を局員達が駆け抜けていく。

その騒ぎを聞いてアギトの口角が釣り上がる。

 

「……ゼスト?」

 

遠くから、地響きと共に無数の機械音が近づいてくる。

そして数十機ものガジェットを引き連れ、一人の修羅が戦場へ姿を現す。

 

「退け」

 

次の瞬間、爆音が轟いた。

 

 

「うおおおおおっ!!」

 

人型へ変身したザフィーラが、雄叫びとともに突進する。

巨碗から繰り出される拳打がゼストへ迫った。

 

「――!」

 

ゼストは槍を横に構えて盾とした。

剛拳が槍の柄を直撃し、大気が爆ぜる。

だが、ゼストは一歩も退かない。

拳を逸らして柄尻を叩き込む。

 

「ぐっ!?」

 

ザフィーラの胸が強烈に打ち抜かれ、呼吸が止まる。

そこへ槍が閃いた。

 

「ふんっ!」

 

一呼吸の間に繰り出された三連撃。

 

「させない!」

 

遠方からシャマルが叫ぶ。

防護魔法が展開され、ザフィーラを包み込む。

 

「舐めるなァッ!!」

 

ゼストの槍が防護壁へ突き刺さった。

バキッ!

まるでガラスが砕けるような音が戦場に響く。

 

「なっ……!」

 

防護壁が破壊され、そのまま槍がザフィーラの腹部へ叩き込まれた。

 

「ぐおおっ!」

 

巨体が吹き飛ぶ。

 

「ザフィーラ!」

 

シャマルが駆け寄る。

 

「大丈夫!?」

 

「……傷は浅い。問題ない」

 

ザフィーラは立ち上がろうとする。

しかし、その顔色は明らかに悪かった。

先刻の襲撃で負った傷が開いたのだ。

身体に巻かれた包帯が、鮮血で染まっていく。

 

(せめて、この傷さえなければ…)

 

そんな考えがよぎるが、ザフィーラは首を振った。

 

意味のない考えだ。

目の前の男は強い。

ヴォルケンリッターの中でも、白兵戦に最も長けたシグナムですら遅れを取った相手。

時間が長引けば、結果は同じだろう。

そして、未だゆりかごは健在。

スカリエッティを捕縛したという報せもない。

ならば、今の自分達にできることは一つしかない。

 

時間を稼ぐこと。

 

「シャマル」

 

「……なに?」

 

「この騎士は俺に任せてくれ」

 

シャマルの表情が凍る。

 

「ザフィーラ……」

 

「皆の守りを頼む」

 

「あなた、まさか……」

 

「主を…頼むぞ!」

 

それだけ言うと、ザフィーラはゼストへ向かって走った。

 

「ザフィーラ!」

 

シャマルの叫びを背にザフィーラは拳を握る。

ふと、遠い記憶が蘇った。

ベルカが滅んだと知った時、胸にあったのは虚無感だった。

あれほど武勇に優れた猛者達が、誰一人として勝者となることなく滅んでいった。

 

虚しい。

その中にはかつて自分が仕えた主もいただろう。

騎士道。

忠誠。

誇り。

そんな古きものは、ただ廃れていく。

それが時代というものだ。

そう思っていた。

だが、目の前の男は違った。

 

圧倒的に劣勢。

それでも仲間を救うためにとここへ現れた。

傷ついた身体を引きずり、勝ち目がないことを知りながら、それでも戦うために。

 

(騎士は……)

 

ザフィーラの拳が震える。

 

(ここにいた)

 

自分が焦がれたもの。

失われたと思っていたもの。

それを、この男は受け継いでいる。

 

「……ならば」

 

ザフィーラは笑った。

 

「この男と戦って敗れるのならば――」

 

悔いはない。

 

「うおおおおおおおおッ!!」

 

雄叫びが上がる。

その気迫を感じ取ったゼストは逃げずに槍を構える。

 

「来い!」

 

二人が激突する。

拳と槍。

肉体と鋼。

轟音が戦場を揺らした。

ザフィーラの手甲ごと拳が裂ける。

肉が削れる。

だが――

 

「――ッ!」

 

両断するまでには至らなかった。

ザフィーラは食いしばる。

そして、

 

「ぬおおおおおっ!!」

 

力任せに腕を振り抜いた。

 

「何っ!?」

 

槍がへし折れ、ゼストの目が見開かれる。

愛槍を失い、丸腰になったその身体にザフィーラの左拳が叩き込まれた。

 

「――ぐっ!」

 

ゼストの身体が吹き飛ぶ。

地面を何度も転がり、瓦礫の山の中に消えた。

 

「……はぁ……」

 

ザフィーラはようやく息を吐いた。

そして膝をつく。

 

「ザフィーラ!」

 

シャマルが駆け寄る。

すぐさま治癒魔法を施した。

 

「死に損なったか……」

 

「バカ!」

 

シャマルが怒鳴る。

 

「はやてちゃんに怒られなさい!」

 

「それは、怖いな…」

 

ザフィーラが苦笑する。

そして瓦礫の向こうに視線を移す。

 

「強敵だったが……これで終わりだ」

 

そう誰もが思った。

だが――

 

「……な」

 

シャマルの顔から血の気が引いた。

 

「……嘘」

 

瓦礫が動いた。

ゆっくりと、人影が立ち上がる。

ゼスト。

槍はない。

身体は傷だらけ。

それでもその瞳には未だ、闘志の炎が燃えていた。

 

「ま……だだ……」

 

「そんな……!」

 

 ザフィーラが目を見開く。

 

「俺は……」

 

ゼストはふらつきながら、一歩を踏み出す。

 

「助け……る……」

 

その言葉にザフィーラは息を呑んだ。

この男は、まだ戦うつもりなのだ。

武器を失っても。

身体が限界でも。

仲間を救うために。

 

ザフィーラは立ち上がれない。

シャマルは戦闘を得意としない。

ならば、この男を止められる者は――。

 

ゆっくりと歩いてくるゼストにヴォルケンリッターが、初めて気圧された。

シャマルがザフィーラを庇うように前へ出る。

 

「……こ、来ないで」

 

しかしその瞬間だった。

――風が舞った。

 

「え?」

 

突風により、周囲に群がっていたガジェットが一斉に吹き飛ぶ。

金属の残骸が空を舞い。

鋼鉄の破片が雨のように降り注ぐ。

 

「な、何……?」

 

シャマルが目を細める。

やがて風が止んだ。

その中心、無数のガジェットを蹴散らした場所に一人の男が立っていた。

長い黒髪を首の後ろで束ね、黒紫色の鎧を纏った男。

その男は、ゼストとシャマル、そして傷ついたザフィーラを順番に見た。

 

「……」

 

そして静かに頭を下げる。

 

「すみません。遅れました」

 

男の声が戦場に響いた。

 

ザフィーラの瞳が大きく見開かれる。

ゼストもまた、新手を見据える。

そしてその場にいた全員が理解する。

 

ここからは先ほどまでとは、何かが違うと。

 

 

炎が走った。

 

轟音とともに、建物の壁面が斜めに切り裂かれる。

焼け焦げた瓦礫が崩れ落ちる中、その中心で二人の戦士が対峙していた。

 

一人は、双剣ツインブレイズを携えた戦闘機人ディード。

 

もう一人は、ブラックダイヤモンドの宝石児(ジュエルズ)ボルツ。

 

光刃が振るわれるたび、空気そのものが焼ける。

ダイヤモンドの弱点である炎熱。

それをボルツは身を捻り、刀で受け、瓦礫を盾にして器用に防ぐ。

ディードは眉をひそめた。

 

「いい加減、諦めてはいかがです?」

 

ツインブレイズを構え直す。

 

「これ以上動かれると、手元が狂ってしまいます」

 

「お前達如きにか? 冗談は顔だけにしろ」

 

ボルツは刀を構えたまま、鼻で笑った。

 

「……」

 

ディードの眉が僅かに動く。

ここまで追い詰められてなお、減らず口を叩く。

理解し難い。

それどころか呆れるしかない。

 

(まあ、どうでも良いですが……)

 

クアットロから与えられた指示はただ一つ。

 

敵の司令塔を抑えろ。

 

それさえできればいい。

後は、他の姉妹達が残りのFW陣を片付ける。

そうなれば自分達の勝利だ。

 

何も問題はない。

そのはずだった。

 

「終わりです」

 

ディードが踏み込み、ツインブレイズの一刀が閃く。

ボルツの刀に打ち込み、完全に封じる。

そのまま、もう一方の剣を横一文字に振り抜いた。

 

――勝った。

 

そう確信した。

しかし、

 

「……ッ!」

 

ボルツの足が動く。

迫りくる凶刃の握り手を、足で踏みつける。

 

「なっ!?」

 

光剣を止めたボルツはその勢いを利用し、後方に跳ぶ。

そしてすかさずカートリッジをロードして刀身を鞭の形状に変化させた。

 

「ちっ…」

 

攻勢から一転したディード。

この距離はまずい。

すぐに間合いを詰めようとするものの、ボルツの方が速かった。

 

「はぁっ!!」

 

生き物のようにうねる鞭を見切る事ができず、ディードは左足を負傷してしまう。

 

「っ!?」

 

斬り裂かれたボディースーツから、鮮血が滴り落ちる。

痛みで左側に重心を預けるのが辛い。

双剣使いのディードにはかなりの痛手だ。

 

そんなディードの事情など知らんとボルツがデバイスを刀に戻して追撃する。

負傷した足では躱せない。

ディードはツインブレイズを×字に構えて、彼の斬撃を受け止めた。

 

「う…くっ!」

 

重い。

訓練でもここまで重い打ち込みを受ける事はなかった。

傷の痛みも重なり、ディードは片膝をつく。

 

カチカチと無機質な金属音が耳障りだった。

敵の刀が目前まで迫った時に、上空から光弾の雨が降り注ぐ。

 

「!」

 

ボルツが後退し、ディードも地を転がり回避した。

光弾が地面を穿ち、二人の間に土煙を起こす。

 

『ディード、大丈夫?』

 

『助かりました、オットー』

 

ディードが通信を送る。

 

『気をつけて…』

 

遠方の建物、屋上に立つオットーが見える。

劣勢の自分を見兼ねて助太刀したのだろう。

感謝しながらディードは痛む足を堪えて立ち上がった。

 

「……二対一か」

 

ボルツは周囲を見回した。

高速近接戦のディード。

そして遠距離射撃のオットー。

状況は一気に不利になった。

だが、

 

「手間が省けて助かるよ」

 

口元が僅かに吊り上がる。

黒髪が風に靡く。

その瞳に宿るのは、焦りでも恐怖でもない。

戦いを楽しむ者の光だ。

 

「まとめて来い」

 

ボルツが刀を構える。

宝石のように黒く輝く髪が、戦場の炎を受けて妖しい光を放つ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。