こちら冥王教会ミッドチルダ支部   作:マルク

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42.禁断の扉

 

行人の拳が、ゼストの腹部を正面から貫いた。

 

「ぐっ……!」

 

身体がくの字に折れ、肺から空気が一気に吐き出される。

それでもゼストは倒れない。

逆に行人の腕を両手で掴み、固定する。

 

「……離す、か!」

 

「……!」

 

行人の眉がわずかに動く。

ザフィーラとの戦いで受けたダメージは、あまりにも大きかった。

骨は折れ、内臓にも傷を負っている。

立っているだけでも精一杯だ。

それでもゼストは行人の腕を離さない。

 

(距離を取られたら……終わる)

 

分かっていた。

この男に遠距離攻撃を許せば、自分に勝ち目はない。

ならば。

 

(この距離だけは……渡さん!)

 

ゼストが腕を引き、行人を引き寄せようとする。

だが、

 

「なら…」

 

行人の頭が動く。

 

「こうします」

 

ゴッと鈍い音が響いた。

 

「ぐ……っ!?」

 

額と額が激突した。

ゼストの視界が激しく揺れる。

脳を直接揺さぶられたような衝撃に、意識が一瞬だけ飛ぶ。

掴んでいた腕から力が抜ける。

その隙を見逃さず、行人は一歩だけ後ろへ退いた。

 

「しまっ――」

 

解放してしまった。

そう理解した時には遅かった。

ゼストは反射的に行人を捕まえようと、前へ身体を乗り出す。

そこへ、

 

「……!」

 

読んでいた言わんばかりの行人の左拳が、下から突き上がった。

 

「グフッ!?」

 

顎を正確に撃ち抜かれる。

ゼストの身体が浮いた。

 

「ぐ……!」

 

視界が白く弾け、足元がふらつく。

それでも倒れない。

 

立っているのもやっとのゼストに行人の追撃が襲う。

今度は右拳が腹へ突き刺さった。

 

「ガッ……ハッ!?」

 

身体の奥から空気が押し出される。

肺が潰れたような苦しさ。

それでもゼストは拳を握った。

 

「おおおおっ!」

 

渾身の力で、行人の顔面へ拳を叩き込む。

 

ドッ!!

 

確かな手応え。

だが行人は――微動だにしなかった。

 

「……」

 

ゼストの拳が止まる。

目の前の男は、まるで何事もなかったかのように立っている。

 

(……これほど、か)

 

拳を握ったままゼストは悟る。

 

(違うな……俺の身体は、もう……)

 

腰に力が入らない。

踏ん張ろうとしても、脚が思うように動かない。

身体の奥で、折れた骨が内臓を傷つけている感覚がある。

呼吸をするだけで胸が痛む。

視界も少しずつ狭くなってきていた。

 

(しかし、この男……何者だ!?)

 

窮地にもかかわらず、ゼストの頭の中に疑問が生じる。

突如として戦場に現れた、謎の戦士。

彼が引き連れてきたガジェットの大群を、ほんの数分足らずで壊滅させた。

それだけでも、只者ではないことは分かる。

だがゼストが最も驚いていたのは、そこではなかった。

 

(魔力を……感じない)

 

何度確かめても同じだった。

目の前の男からは、魔導師が放つ独特の魔力反応が感じられない。

 

リンカーコア。

魔力。

それらが存在しない。

 

この世界では、それは常識だった。

人智を超えた力を引き出すためには、魔法が必要だ。

魔力が必要だ。

そして、それを生み出すリンカーコアが必要だ。

だからこそ、リンカーコアを持たないレジアスは長年その事実に苦しみ続けてきた。

力を持たない自分が、どうすれば魔導師達を守れるのか。

どうすれば地上を守れるのか。

その答えを求め、権力を手に入れ、上へと登り続けた。

 

目の前の男は、その常識そのものを否定している。

魔力など必要ない。

リンカーコアなど必要ない。

そんなものを誰が決めた。

そう言わんばかりに、たった一人でゼストを圧倒する。

 

「ははっ…」

 

不意に笑いが漏れた。

 

「……?」

 

行人が怪訝そうにこちらを見る。

 

「手加減したはずですが…」

 

心配そうな声。

その声と、今しがた自分を叩き伏せた男の強さとの落差が妙に可笑しかった。

 

「安心しろ」

 

ゼストは苦痛に顔を歪めながら、それでも笑っていた。

 

「気は確かだ」

 

狂ったわけではない。

むしろ逆だった。

今まで自分が、知らず知らずのうちに縛られていたものに気づいたのだ。

 

魔法社会の常識。

管理世界の常識。

力を持つ者だけが、力を振るえるという常識。

それを目の前の男は当たり前のように踏み越えてくる。

 

「俺の名は、ゼスト・グランガイツ」

 

ゼストはゆっくりと息を整える。

 

「お前の名を聞いておきたい」

 

「行人って言います」

 

行人はそう答えたあと、少し困ったように続けた。

 

「……ここまで痛めつけてなんですが、投降してくれませんか?」

 

「すまないが、できない」

 

「……」

 

「こちらにも事情があるのでな」

 

行人の表情が僅かに曇る。

 

「どんな事情があるにせよ、ゼストさんがしたことは犯罪行為です」

 

「ああ」

 

否定しない。

それでも、ここでチンク達の救出を諦めれば自分は裏切り者とみなされる。

そしてそうなれば、メガーヌがどうなるか分からない。

あの日、自分達の部隊が壊滅したことにはゼスト自身にも責任がある。

 

もしあの時――

レジアスが自分達を止めようとしていたことに気づいてさえいれば、ルーテシアは母親のぬくもりを知ることができたかもしれない。

 

(これ以上……俺のせいで、あの子に何かを失わせたくない)

 

だが、想いだけでは行人との実力差を埋めることはできない。

ゼストは一度だけ目を閉じた。

 

「行人、と言ったな」

 

「はい」

 

「悪いが一つ、頼みを聞いてくれないか」

 

「……はい」

 

「捕虜の中に、蟲使いの少女と、その召喚蟲がいるだろう」

 

ルーテシア。

ガリュー。

 

「あの二人に……温情を与えてほしい」

 

声が僅かに震える。

 

「無罪にはできんだろう。それでも……あの子達は、俺の我が儘に付き合ってくれただけだ」

 

行人は黙ってゼストを見る。

しばらくして。

 

「管理局員に知り合いがいるので、頼んでみます」

 

「……そうか」

 

ゼストの表情から、僅かに力が抜けた。

 

(これでもう…心残りは…)

 

――いや、まだあった。

レジアスとの約束。

もう一度会うという約束がある。

そして今度こそ共に戦うという約束。

あの約束だけは。

 

(……最後まで、上手くいかないものだ)

 

苦笑する。

だが、親友のよしみだ。

最後くらい、大目に見てもらおう。

 

「行人」

 

「はい?」

 

「感謝する」

 

「……?」

 

首を傾げる行人に構わず、ゼストはコートの内側へ手を入れた。

取り出したのは、銃型の注射器。

 

「ゼストさん?」

 

シリンジの内部。

そこには、青い液体が満たされていた。

行人の表情が変わる。

 

「それは……」

 

ゼストは答えない。

ただその青い液体を見つめる。

 

「ルーテシア…ガリュー…アギト…」

 

そして。

 

「メガーヌと……幸せにな」

 

引き金を引く。

青い液体が、ゼストの体内へ注入された。

 

「ぐっ……!」

 

次の瞬間、ゼストの身体が大きく震えた。

 

周囲から驚きの声が上がる。

筋肉が隆起する。

傷口が蠢く。

極限まで高められた治癒能力によって、裂けた皮膚が猛烈な速度で塞がっていく。

 

しかし、それだけではない。

 

塞がったはずの傷口が、内側から再び裂けた。

皮膚の下で何かが蠢き、骨が軋み、筋肉が異様な方向へ引き攣る。

ゼストの背中が大きく反り返った。

喉の奥から、声にならない濁った音が漏れる。

 

「何だ…?」

 

黒い何かが、ゼストの身体から噴き出す。

 

煙。

炎。

血。

どれも違う。

それは地面に落ちることも、風に流されることもなかった。

ゼストの周囲を渦巻きながら、まるで意思を持つ生き物のように蠢いている。

魔力でもない。

生命力そのものが形を持ったような、異様な何か(・・)

黒い影がゼストの身体を這い上がり、首筋から頬へ、指先から肩へと広がっていく。

戦場を見守っていた者達にも、それが何なのか理解できない。

 

ただ一人。

行人だけが、その正体に気づいた。

 

(……小宇宙(コスモ)だ)

 

ゼストの身体を覆っていた黒い影が、さらに濃くなる。

輪郭が闇に沈み、手足の形さえ曖昧になっていく。

皮膚が黒く染まる。

その黒は、焼け焦げた色ではなかった。

光を吸い込み、周囲の景色まで歪めるような、底のない黒。

そして、そこへ幾何学的な青い紋様が浮かび上がった。

皮膚の表面に描かれたものではない。

黒い肉体の奥深くから、青白い光が血管のように走り、脈打ちながら全身へ広がっていく。

 

まるで、鎧そのものが身体の内側から生えてくるように。

 

青い線が胸元で交差し、肩を覆い、腕を伝い、拳の先で鋭く収束する。

そのたびに、周囲の空気が低く唸った。

 

「う……」

 

ゼストが顔を上げる。

その動きは、もはや人間のものではなかった。

首が不自然な角度で持ち上がり、黒く染まった顔の中で、両眼だけが青白く燃え上がる。

そこにあったのは、苦痛でも狂気でもない。

すべてを焼き尽くしてでも前へ進もうとする、凍りついた意志だった。

 

「ウォオオオオオオオオッ!!」

 

咆哮がミッドチルダに響き渡る。

声というより、それはもう衝撃波だった。

 

大気が弾け、空間が軋む。

地面に走った亀裂が一気に広がり、足元の瓦礫が跳ね上がる。

周囲の者達が腕で顔を庇う。

黒い影が爆発的に膨れ上がり、ゼストの背後で巨大な輪郭を形作った。

獣にも、鎧にも見える異形。

それは一瞬だけゼストの背に重なり、次の瞬間には彼の身体へ吸い込まれていった。

そして――そこに立っていたのは、もはや先ほどまでのゼスト・グランガイツではなかった。

 

黒い身体。

青い紋様。

人の姿を残しながら、人の領域を踏み越えた異形の戦士。

その姿を前に行人は息を呑んだ。

 

「……これが」

 

ゼストは拳を握る。

黒い指が軋み、青い光が拳の隙間から漏れ出す。

 

「最後の力だ……!」

 

その声はゼストのものだった。

だが、二重に響いた。

彼の背後に潜む何かが、同じ言葉を遅れて囁いたように。

黒い戦人(いくさびと)が、再び戦場に立った。

 

 

聖王のゆりかご――管制室。

幾つものモニターが壁一面に並び、ミッドチルダ各地の戦況を映し出していた。

 

地上本部。

市街地。

六課隊舎跡。

 

刻一刻と送られてくる戦闘機人の記録、ガジェットの稼働状況、魔導師達の魔力反応。

予想を裏切る人間達の行動さえ、ジェイル・スカリエッティには一つの巨大な観察対象だった。

 

「素晴らしい…」

 

スカリエッティはモニターに映る戦場を、標本箱の中身でも眺めるように見つめていた。指先が、空中に浮かぶ操作盤をゆっくりとなぞる。

 

「恐怖、怒り、執着、自己犠牲……。追い詰められた生物は、実に多彩な反応を示す」

 

口元だけが、薄く吊り上がる。

その時、

 

「ドクター」

 

背後からトーレの声が響く。

 

「フェイトお嬢様をお連れしました」

 

振り返ると、彼女の足元に一人の少女が倒れていた。

金色の髪。

傷だらけの身体。

魔力を封じられ、満身創痍となったフェイト・T・ハラオウンだ。

 

「ありがとう、トーレ」

 

スカリエッティは彼女を見下ろしながら、まるで新しい検体を受け取った研究者のように頷いた。

 

「そこへ置いておいてくれ。まだ観察できる状態なら、それで十分だ」

 

「はい」

 

トーレが下がる。

フェイトはゆっくりと身体を起こした。荒い呼吸の中でも、その瞳には憎悪と怒り、そして決して屈しない意志が宿っている。

 

「……スカリエッティ」

 

その視線を受け、スカリエッティは愉快そうに笑った。

 

「その目だよ」

 

彼はフェイトの顔を覗き込むように身を屈める。

 

「肉体は限界に近いのに、精神だけはまだ折れていない。人間の意志というものは、実に興味深いね」

 

「こうして会うのは初めてかな、ハラオウン執務官。ゆりかごへようこそ」

 

「……ふざけないで! 今すぐ、こんなことをやめろ!」

 

「勇ましいね」

 

スカリエッティはフェイトの怒声を聞きながら、むしろ満足そうに目を細めた。

 

「お断りするよ。私は今、最高の観察対象を手に入れたところなんだ」

 

「こんなものが……実験だっていうの!?」

 

「そうとも!」

 

即答だった。

彼はフェイトから視線を外し、モニターに映る戦場へ目を戻す。

 

「戦闘、恐怖、喪失、そして変質。これほど多くの条件を一度に観測できる機会は、そうないからね」

 

やがて、彼はふと顎に手を添えた。

 

「唐突だが、君は()を信じているかな?」

 

「……は?」

 

「超常の力を持ち、世界を創造し、人々に崇められる存在。人はそれを神と呼ぶ」

 

スカリエッティの瞳が爛々と輝く。

 

「だが、管理世界には神の伝承が意外にも少ない。ならば、かつては魔導師が神と呼ばれていたのではないだろうか。天候を操り、結界を築き、傷を癒やす――現代人の私達から見ればタネの分かった手品でも、当時の人間からすれば十分に神がかっていただろう」

 

彼は語りながら、モニターに映る魔力反応を指先で一つずつなぞった。

 

「ではもし神が、最初から神だったのではなく、人間の延長に存在したのだとしたら?」

 

「それが、今回の騒動と何の関係があるの?」

 

「私が知りたいのは、神の正体だよ」

 

声から笑みが消えた。

スカリエッティはフェイトを見た。その瞳に浮かんでいたのは、信仰でも畏敬でもない。未知の生物を解剖する前の、純粋な探究心だった。

 

「始まりの魔導師は何者で、どこまで人間を超えていたのか。何を代償にして、どのようにその力へ到達したのか」

 

彼の指が、モニターの表面で止まる。

 

「その答えが、目の前にある」

 

画面が切り替わった。

映し出されたのは六課隊舎跡。瓦礫と煙の向こうで、六課の仲間達が戦っている。

 

「……! みんな……!」

 

その画面の隅に、異形の姿が映り込んだ。

 

黒い身体。

青い幾何学模様。

人の姿を残しながら、明らかに人の領域を踏み越えた存在。

 

「な、なんだ…あれは?」

 

「彼はゼスト。私の協力者だよ」

 

スカリエッティはその名を告げると、画面を拡大した。黒い身体を走る青い紋様が、まるで解剖図のように浮かび上がる。

 

「骨格、魔力経路、細胞構造……。実に美しい変化だと思わないかい?」

 

「ゼスト…?」

 

戦場でシグナムと対峙した男。よく見ると彼の面影を残していた。

 

「あなたは、彼に何をしたの!?」

 

何も(・・)していないさ」

 

スカリエッティは淡々と答えた。

 

「彼の部下を蘇生できる可能性があると伝えただけだ」

 

「っ!? まさか…」

 

「そう」

 

彼は軽く首を傾けた。

 

「私は可能性を提示した。彼はそれを選んだ。実に単純な取引だよ」

 

「そして彼は、自分の身体を差し出したのさ」

 

フェイトの拳が震える。

 

「人の弱みにつけ込んで……! 人の命を道具にして……!」

 

「彼は自分の意思で選んだ」

 

スカリエッティは、フェイトの怒りを遮るように手を上げた。

 

「私は強制していない。彼は、愛する者を救うために自分を差し出した。それだけだ」

 

その言葉には、罪悪感も弁明もなかった。

ただ、実験条件を読み上げるような冷たさだけがあった。

 

「本人が同意したなら、君達はそれを尊重するのだろう? ならば、私が彼の身体を使うことに何の問題があるのかな」

 

「使うって……!」

 

「正確には、観測するんだ」

 

スカリエッティはモニターへ顔を近づけた。

 

「彼の意識がどこまで残るのか。肉体の変質に精神が耐えられるのか。愛情や記憶が、異質な力に対してどの程度の抵抗を示すのか」

 

モニターの中で黒いゼストが咆哮を上げる。大地が震え、周囲のガジェットが吹き飛ぶ。

スカリエッティはその瞬間、無意識に息を止めた。

次いで、歓喜に似た吐息を漏らす。

 

「おお、素晴らしい……」

 

彼の声が震えていた。

 

「人間は、望みのためにどこまで自分を捨てられるのか。そして、人の器に異質な力を注げば、どこまで到達できるのか」

 

フェイトが息を呑む。

 

「……異質な力? まさか、それが神?」

 

「そう」

 

スカリエッティの瞳に、狂気じみた光が宿る。

 

「彼が神に近づくのか、それとも壊れるのか。どちらに転んでも、私にとっては価値のある結果だ」

 

「あなたは……彼が、ゼストが死んでも構わないの?」

 

「死ぬ?」

 

スカリエッティは不思議そうに瞬きをした。

 

「それは結果の一つに過ぎないよ」

 

彼は画面の端に表示された生命反応の数値を確認し、淡々と続けた。

 

「生存、崩壊、暴走、消失。どの結果も、次の実験へ繋がる。失われるのが一人分の命なら、得られる知見の方がはるかに大きい」

 

フェイトの顔が怒りに歪む。

 

「人の命を……数字でしか見ていないの!?」

 

「命は平等なのだろう? 数多の命で微々たる成果しか上げられない者と、たった一つの命で偉大な成果を上げる者。どちらが命を大切に扱っているのかな?」

 

「そして何より…数字は嘘をつかない」

 

スカリエッティは微笑んだ。

 

「人間は感情で結果を歪める。愛や悲しみを持ち込めば、失敗を失敗と認められなくなる。だが、数値ならば、壊れたものがどの段階で壊れたのかを正確に示してくれる。物の価値が分からない愚者に理解させるのに最適なのさ」

 

黒いゼストの青い紋様が一斉に輝いた。

スカリエッティはその光を見つめながら、まるで神の降臨を待つ信徒のように両手を広げた。

 

「さあ、見せてもらおう」

 

声が低くなる。

 

「人間の内側に、神性を注ぎ込んだ時、何が生まれるのか」

 

彼はフェイトを振り返った。

 

「君も、よく見ておくといい」

 

その笑みは、優しさを装うにはあまりにも空虚だった。

 

「これは救済ではない。奇跡でもない。神を再現するための、最初の試料だ」

 

スカリエッティはモニターへ視線を戻す。

 

「彼が神に近づくのか、それとも壊れるのか。結果はすぐに分かる」

 

そして、静かに呟いた。

 

「どちらにせよ、彼の命は無駄にはならない」

 

黒いゼストが咆哮する。

青い紋様が一斉に輝いた。

 

「さあ――人間が神を名乗れる瞬間を、見せてくれたまえ!!」

 

管制室に、狂気じみた笑い声が響き渡る。

フェイトはただモニターを見つめていた。

そこに映るのは敵だった。

けれど、あの男が何のためにあの姿になったのかだけは、分かる気がした。

 

誰かを救うため。

誰かを守るため。

自分自身を犠牲にしてまで。

 

「ゼスト…」

 

フェイトの呟きは、誰にも届かなかった。

 

 

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