クアットロは焦っていた。
戦況を映すモニターを見つめ、奥歯を噛み締める。
(おかしい……)
当初の予定では、もっと簡単に事が運ぶはずだった。
機動六課の新たな司令塔、ボルツ。
彼さえ倒せば、指揮系統を失ったフォワード陣は瓦解する。だからこそ、近接戦闘に秀でたディードを差し向けた。
実際、ディードはボルツを追い詰めている。
――問題は、その後だった。
(まさか、オットーまで向こうに取られるなんて…!)
ディードを援護するために投入したオットーまで、ボルツとの戦闘に拘束されている。
結果、自分達の戦力は二人も足止めされた。
(残ったフォワード陣は、クアットロとウェンディの二人で対処するしかないわ)
完全な誤算だった。
ボルツ一人の存在によって、戦力を半減させられている。
それでも、クアットロは自分に言い聞かせた。
(まだ、こちらが有利よ)
ディードとオットーはいずれボルツを倒す。その間に、自分とウェンディで残ったフォワード陣を仕留めればいい。
何より、ティアナ・ランスターが戻ってきたとしても問題はない。
六課を離れていた期間は長い。ブランクは簡単には埋まらない。
それに、自分たちにはかつてティアナが率いていた頃の戦術データがある。
(いくら戻ってきたところで、以前と同じようには動けないでしょう)
そう考えれば、まだ勝機は十分にある。
「クア姉」
通信越しに、ウェンディの声が響いた。
『どーするッスか? もうすぐガジェットも全滅しそうッスよ?』
声には、隠しきれない不安が混じっている。
クアットロはモニターを見つめた。味方の反応が次々と消え、残存するガジェットは数えるほどしかない。
それでも、余裕の表情で眼鏡を指で押し上げる。
「大丈夫よ〜」
レンズが光を反射した。
「まだまだ策はあるんだから」
口元に、不敵な笑みが浮かぶ。
クアットロは再び戦況を確認した。
「さ〜て、ここからが本番よ〜」
◇
「こいつでラストぉおおおお!!」
スバルの叫び声とともに、リボルバーナックルが唸りを上げた。
轟音と共に最後に残っていたガジェットの装甲が砕け、内部機構が弾け飛ぶ。
巨大な機体は地面へ落下し、鈍い音を立てて転がった。
「ふぅ……」
拳を下ろしたスバルが周囲を見渡す。
動くガジェットはもういない。
だが、ティアナは銃を下ろさず、周囲を警戒していた。
静かすぎる。
(……変ね)
視線を巡らせる。
(戦闘機人が出てこない)
ガジェットの動きは明らかに統制されていた。単純な機械兵器の群れではない。背後に指揮官がいる。
(まさか全員がボルツのところへ向かった?)
そんなはずはない。
敵がボルツ一人を狙っていたとしても、戦力を一点に集中させる理由が弱い。
ならば、残りの戦闘機人はどこにいる?
その時、以前エレンと交わした会話が脳裏に蘇った。
『もっと敵の立場を考えなさい』
敵の立場になって考える。
自分たちを倒すならどうする?
ティアナは目を閉じ、呼吸を整えた。
(考えろ、私)
敵は何を狙っている?
何を見せている?
そして、何を隠している?
思考に耽るティアナの耳に、遠くから地鳴りのような音が響いた。
「……あれ?」
スバルが振り返る。
「この音……」
ティアナも顔を上げ、音のする方向へ視線を向けた。
「……あっちの方角って」
キャロが呟く。
「六課がある方です……」
空気が凍った。
「えっ!?」
スバルが振り返り、エリオも表情を強張らせる。キャロの顔から血の気が引いた。
だが。
「みんな、落ち着いて」
ティアナの声が響いた。
「でも、ティア!」
「今助けに行っても、後ろから狙われるのがオチよ」
ティアナは冷静に言い切る。
「行くとしたら、この場の敵を倒してから。いいわね?」
一人ずつ仲間の顔を見る。
「……了解!」
スバルが頷く。
「分かりました!」
エリオも続く。
「はい!」
キャロも頷いた。
ティアナは小さく息を吐く。
ボルツが不在の今、指揮官は自分だ。
指揮官として、仲間を守るために、今できる最善を選ぶ。
その時、空気が歪んだ。
「――っ!」
ティアナが振り向くと凶刃が閃いた。
「キャロ!」
ディードの双剣が、最後方にいたキャロへ迫る。
「危ない!」
エリオが飛び込み、槍を盾のように構えた。
しかし、
「……え?」
剣が槍をすり抜けた。
「うわっ!?」
直後、真横から光弾が炸裂する。
エリオの身体が吹き飛ばされた。
「エリオ!?」
スバルが叫ぶ。
ティアナは瞬時に周囲を見回した。
(今のは…)
双剣、槍、そして光弾。
目の前にいるディードだけでは説明がつかない。
実体と幻影を組み合わせている。
「……幻術ね」
ティアナが呟く。
その声に、ディードの表情がわずかに動いた。
ティアナは銃を構え、敵へ照準を合わせる。
「厄介ね……」
敵の姿が一瞬、二つに見えた。
いや、三つ。
四つ。
戦場のあちこちに、戦闘機人の姿が浮かび上がっていく。
スバルが身構えた。
「ティア、どうしよう!?」
ティアナは答えず、敵の動きと幻影の配置、攻撃のタイミングを見極める。
そして目を鋭くした。
(……でも、幻術を使ってまで駒を多く見せるってことは)
いよいよ敵も切羽詰まっている証拠だ。
余裕があるなら、こんな手を使う必要はない。
戦力を失っているからこそ、幻影で数を補っている。
ならば、まだ勝てる。
ティアナは銃を握り直した。
久しぶりの感触。それなのに不思議なほど手に馴染む。
「……来るわよ」
静かに告げる。
「次の手に備えて」
「うん!」
「はい!」
仲間たちが応える。
かつてのティアナなら、すべてを自分で背負おうとした。
自分が指揮しなければ。
自分が頑張らなければ。
自分が皆を守らなければ。
だが、今は違う。
仲間がいる。自分だけが指揮官である必要もない。
ボルツという別の司令塔がいるからこそ、ティアナは以前より自由に戦えた。
敵の次の一手を読むことに集中できる。
「……面白いじゃない」
口元に、ほんのわずかな笑みが浮かんだ。
その表情を見たスバルが、一瞬だけ目を丸くする。
――帰ってきた。
だが、以前と同じティアナではない。
それを、クアットロはまだ知らない。
そして戦場のどこかでクアットロの計算はまた一つ、静かに狂い始めていた。
◇
「ようやく眠った…」
ノーヴェは、膝を枕にして眠るセインを見下ろし、大きくため息をついた。
「我が姉ながら困ったもんだな。チンク姉を見習ってほしいぜ」
先の戦闘で受けた傷は癒えつつある。
だが、精神的な疲労は相当なものだった。
自慢のディープダイバー。
それを同じ土俵――潜航能力による奇襲戦で破られたのだ。
セインの受けたショックは、ノーヴェにも理解できる。
「頼むから、しっかりしてくれよなぁ……」
ぼやきながら、ノーヴェはテントの外へ視線を向ける。
「水の怪物ねぇ」
あの時、セインが語っていた男。
水を自在に操り、地下という自分の得意な場所でさえ圧倒した謎の戦士。
「そんなもん、本当にいるのかよ」
その時だった。
「早く部隊長に連絡を!」
「応援って言ったって、どこにだよ!?」
「そんなこと言ってる場合か! あんな化け物、誰も倒せねーぞ!」
「……?」
テントの外が騒がしい。
ノーヴェは眉をひそめた。
(何だ?)
どうやら何者かが六課の残存部隊を襲っているらしい。
しかし、
(誰が?)
チンク達を助けに来たのなら、自分達にも関係がある。
ノーヴェは眠っているセインの肩を軽く揺すった。
「おい、セイン」
「んん……」
「起きろ」
「……もう食べられないよぉ…」
「寝ぼけてんじゃねぇ!」
「いたっ!」
頭を軽く叩く。
するとセインは目をこすりながら身体を起こした。
「何かあったの?」
「外が騒がしい」
「……?」
二人はテントの隙間から外を覗いた。
そこは、すでに混乱の渦中だった。
六課の局員達が走り回り、負傷者を運び、通信機へ怒鳴り声を叩きつけている。
誰もが怯えていた。
そして――。
「な……なんだ、ありゃあ?」
ノーヴェの声が止まる。
空が、暗い。
つい先ほどまで晴れていたはずの空を、黒い雲が覆い尽くしている。
雲間を青白い稲妻が走った。
遅れて、地面まで震わせるような轟音が響く。
「雷? でも、あんな雲……」
セインも目を見開く。
「自然現象じゃねぇ」
ノーヴェが低く呟く。
その声には、いつもの威勢がなかった。
「何かいる」
視線の先、そこにはこの世界の常識から外れた戦いが広がっていた。
「行くよ、ノーヴェ」
いつの間にか完全に目を覚ましていたセインが言う。
「チンク姉と合流しよう」
「おう」
二人は拘束された手足を器用に動かしながら、隣のテントへ移動する。
「チンク姉!」
「セイン、ノーヴェ!?」
チンクが驚いて振り返った。
「無事だったか」
「それより、この騒ぎは何だよ」
ノーヴェが尋ねる。
「普通じゃねーぞ」
「……ああ」
チンクは静かに頷いた。
「原因は、あれだ」
三人の視線が同じ方向へ向く。
そこには――別世界の光景が広がっていた。
◇
ゼストの黒い身体から、鮮血が噴き上がった。
致命傷になってもおかしくない出血量だった。
「当たった……!」
「今度こそ倒したか!?」
見守る局員達が息を呑む。
だが、ゼストは止まらなかった。
傷口から血を流しながら、一歩を踏み出す。
落ちるはずの血が、地面へ届く前に跳ね上がった。
蠢き、絡み合い、凝縮する。
次の瞬間、真紅の槍がその手に生まれた。
真紅。
禍々しいほど鮮やかな赤。
「ハァアアアッ!!」
ゼストが踏み込んだ。
速い。
先ほどザフィーラと戦っていた時とは比較にならない。
大気を裂き、赤い閃光が一直線に走る。
「……っ!」
行人は身を捻ったが、避けきれない。
赤槍の穂先が冥衣の肩を抉る。
「……っ!?」
黒紫の装甲が砕け、破片が宙へ舞った。
(まさか……)
行人の目が鋭くなる。
偽物とはいえ、冥衣の名を冠することを許された鎧。
それを一撃で破壊した。
(さっき打った青い液体……)
行人はゼストを見つめる。
(あれは薬じゃない)
ゼストの身体から溢れる黒い小宇宙。
血から生まれる異形の槍。
尋常ではない再生能力。
(血液……)
行人の脳裏に、ある言葉が浮かぶ。
(
あらゆる傷や病を癒やし、様々な奇跡をもたらすとされる神の血。
もしゼストの身体にそれが流れているのなら脅威だ。
その血は単なる生命の源ではない。文字通り“神の欠片“だ。
武器となり、失った肉体さえ補う。
しかも、使うほどに力を増している。
行人の表情から余裕が消えた。
「ハァッ!!」
ゼストが再び踏み込み、赤槍が振り抜かれた。
地面を這うような低い軌道。
穂先が大地を削り、そのまま真空の刃となって飛んでくる。
「――っ!」
行人は跳躍した。
真空刃が足元を通過し、地面を一直線に切り裂く。
その直後、
「甘い!」
ゼストも跳び上がり、先に着地した行人の脳天目掛けて赤槍を振り下ろす。
行人はそれを両手で槍を挟み込む。
白刃取りだ。
「ぐっ……!」
腕の骨が軋み、冥衣に亀裂が走った。
それでも行人は歯を食いしばり――。
「……砕けろ!」
力任せに捻った。
バキンッ!
赤槍が折れる。
「何!?」
ゼストが目を見開く。
だが折れたはずの槍が、二つに分かれた。
「……何!?」
二本の赤槍が左右から同時に襲いかかる。
「くっ!」
行人は咄嗟に後方へ跳ぶ。
しかし、
「ぐっ……!」
両脇腹を斬り裂かれた。
冥衣が裂け、血が飛び散る。
「行人さん!」
遠くからシャマルの声が響いた。
行人は答えない。
傷口を押さえることもしない。
ただ、ゼストを見据える。
ゼストは二本の槍を柄尻で合わせた。
すると二本の槍が一つに繋がり、長大な双刃槍へと変化した。
「次から次へと……」
行人が呆れたように呟く。
だがゼストは止まらない。
「ウォオオオオッ!!」
猛スピードで間合いを詰める。
下段斬り。
行人は跳躍して紙一重で躱す。
返す刀で続けて中段斬りが迫る。
「このっ!」
行人はゼストの身体を踏みつけた。
反動を利用して後退する。
だが、
(まずいな……)
行人の表情が険しくなる。
(体に慣れ始めた)
ゼストの動きが、明らかに速くなっている。
身体そのものが、神の力に適応し始めている。
このままでは、
(捕まるのは時間の問題だ)
行人は腰を落とした。
左の掌を腰へ。
右拳を、その上へ添える。
闘志という刀を鞘に納めたその姿は正に“居合い”の構え。
先ほどまでとは、明らかに違う空気が戦場を包んだ。
ゼストもそれを感じ取った。
「……」
赤い双刃槍を腰溜めに構える。
互いに動かない。
風が止まる。
遠くで戦っていた者達も、いつしか二人へ視線を向けていた。
誰かが唾を飲み込む。
ごくり。
次の瞬間――消えた。
行人とゼスト。
二人の姿が同時に視界から消える。
轟ッ!!
空気そのものが爆発した。
そして――戦場に鮮血が舞った。
「……」
誰も声を出せない。
立っていたのは行人。
その先には――左腕を失ったゼスト。
肩から先が、地面へ落ちている。
「……やった」
誰かが呟いた。
決着はついた。
誰もがそう思った。
しかし、
「……嘘だろ」
ノーヴェの声が震えた。
切断面から流れ出る夥しい血。
やがて血が地面へ落ちる前に浮かび上がった。
無数の蛇のようにうねりながら、失われた腕を求めて蠢く。
「……再生、してる?」
セインの顔から血の気が引いた。
血は切断された腕を拾い上げなかった。
失われた腕そのものを、ゼロから作り出していく。
骨が組み上がり、筋肉が絡み、血管が伸びる。
皮膚が覆った時には、左腕は完全に元へ戻っていた。
ゼストは指を握り、手首を回す。
再生した腕から、先ほどより濃密な黒い小宇宙が噴き上がった。
「……」
ゼストの肩と腕が、再び繋がった。
骨が。
筋肉が。
神経が。
血管が。
皮膚が。
すべてが瞬く間に接続される。
完全な再生。
ゼストは傷を癒やしたのではない。
失った肉体を補い、そのうえで更に力を増したのだ。
「……まいったな」
ゼストは再生した左腕をゆっくりと握り締めた。
行人は無言でそれを見つめる。
戦場の誰もが言葉を失っていた。
神の血。
それがもたらす奇跡。
斬っても死なない。
砕いても立ち上がる。
傷を負わせるほど、敵は戦い方を覚え、強くなる。
もはや、目の前の男を人間として見ることはできない。
行人は静かに息を吐く。
「……本当に」
拳を握り直す。
「まいったな」
ゼストの瞳に、再び闘志が灯る。
赤い血が地面を濡らす。
黒い小宇宙が、さらに強く燃え上がる。
戦いはまだ終わっていなかった。