こちら冥王教会ミッドチルダ支部   作:マルク

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43.神の力

 

クアットロは焦っていた。

 

戦況を映すモニターを見つめ、奥歯を噛み締める。

 

(おかしい……)

 

当初の予定では、もっと簡単に事が運ぶはずだった。

機動六課の新たな司令塔、ボルツ。

彼さえ倒せば、指揮系統を失ったフォワード陣は瓦解する。だからこそ、近接戦闘に秀でたディードを差し向けた。

実際、ディードはボルツを追い詰めている。

 

――問題は、その後だった。

 

(まさか、オットーまで向こうに取られるなんて…!)

 

ディードを援護するために投入したオットーまで、ボルツとの戦闘に拘束されている。

結果、自分達の戦力は二人も足止めされた。

 

(残ったフォワード陣は、クアットロとウェンディの二人で対処するしかないわ)

 

完全な誤算だった。

ボルツ一人の存在によって、戦力を半減させられている。

それでも、クアットロは自分に言い聞かせた。

 

(まだ、こちらが有利よ)

 

ディードとオットーはいずれボルツを倒す。その間に、自分とウェンディで残ったフォワード陣を仕留めればいい。

何より、ティアナ・ランスターが戻ってきたとしても問題はない。

六課を離れていた期間は長い。ブランクは簡単には埋まらない。

それに、自分たちにはかつてティアナが率いていた頃の戦術データがある。

 

(いくら戻ってきたところで、以前と同じようには動けないでしょう)

 

そう考えれば、まだ勝機は十分にある。

 

「クア姉」

 

通信越しに、ウェンディの声が響いた。

 

『どーするッスか? もうすぐガジェットも全滅しそうッスよ?』

 

声には、隠しきれない不安が混じっている。

クアットロはモニターを見つめた。味方の反応が次々と消え、残存するガジェットは数えるほどしかない。

それでも、余裕の表情で眼鏡を指で押し上げる。

 

「大丈夫よ〜」

 

レンズが光を反射した。

 

「まだまだ策はあるんだから」

 

口元に、不敵な笑みが浮かぶ。

クアットロは再び戦況を確認した。

 

「さ〜て、ここからが本番よ〜」

 

 

「こいつでラストぉおおおお!!」

 

スバルの叫び声とともに、リボルバーナックルが唸りを上げた。

轟音と共に最後に残っていたガジェットの装甲が砕け、内部機構が弾け飛ぶ。

巨大な機体は地面へ落下し、鈍い音を立てて転がった。

 

「ふぅ……」

 

拳を下ろしたスバルが周囲を見渡す。

動くガジェットはもういない。

だが、ティアナは銃を下ろさず、周囲を警戒していた。

 

静かすぎる。

 

(……変ね)

 

視線を巡らせる。

 

(戦闘機人が出てこない)

 

ガジェットの動きは明らかに統制されていた。単純な機械兵器の群れではない。背後に指揮官がいる。

 

(まさか全員がボルツのところへ向かった?)

 

そんなはずはない。

敵がボルツ一人を狙っていたとしても、戦力を一点に集中させる理由が弱い。

ならば、残りの戦闘機人はどこにいる?

その時、以前エレンと交わした会話が脳裏に蘇った。

 

『もっと敵の立場を考えなさい』

 

敵の立場になって考える。

自分たちを倒すならどうする?

ティアナは目を閉じ、呼吸を整えた。

 

(考えろ、私)

 

敵は何を狙っている?

何を見せている?

そして、何を隠している?

 

思考に耽るティアナの耳に、遠くから地鳴りのような音が響いた。

 

「……あれ?」

 

スバルが振り返る。

 

「この音……」

 

ティアナも顔を上げ、音のする方向へ視線を向けた。

 

「……あっちの方角って」

 

キャロが呟く。

 

「六課がある方です……」

 

空気が凍った。

 

「えっ!?」

 

スバルが振り返り、エリオも表情を強張らせる。キャロの顔から血の気が引いた。

だが。

 

「みんな、落ち着いて」

 

ティアナの声が響いた。

 

「でも、ティア!」

 

「今助けに行っても、後ろから狙われるのがオチよ」

 

ティアナは冷静に言い切る。

 

「行くとしたら、この場の敵を倒してから。いいわね?」

 

一人ずつ仲間の顔を見る。

 

「……了解!」

 

スバルが頷く。

 

「分かりました!」

 

エリオも続く。

 

「はい!」

 

キャロも頷いた。

ティアナは小さく息を吐く。

ボルツが不在の今、指揮官は自分だ。

指揮官として、仲間を守るために、今できる最善を選ぶ。

その時、空気が歪んだ。

 

「――っ!」

 

ティアナが振り向くと凶刃が閃いた。

 

「キャロ!」

 

ディードの双剣が、最後方にいたキャロへ迫る。

 

「危ない!」

 

エリオが飛び込み、槍を盾のように構えた。

しかし、

 

「……え?」

 

剣が槍をすり抜けた。

 

「うわっ!?」

 

直後、真横から光弾が炸裂する。

エリオの身体が吹き飛ばされた。

 

「エリオ!?」

 

スバルが叫ぶ。

ティアナは瞬時に周囲を見回した。

 

(今のは…)

 

双剣、槍、そして光弾。

目の前にいるディードだけでは説明がつかない。

実体と幻影を組み合わせている。

 

「……幻術ね」

 

ティアナが呟く。

その声に、ディードの表情がわずかに動いた。

ティアナは銃を構え、敵へ照準を合わせる。

 

「厄介ね……」

 

敵の姿が一瞬、二つに見えた。

いや、三つ。

四つ。

戦場のあちこちに、戦闘機人の姿が浮かび上がっていく。

スバルが身構えた。

 

「ティア、どうしよう!?」

 

ティアナは答えず、敵の動きと幻影の配置、攻撃のタイミングを見極める。

そして目を鋭くした。

 

(……でも、幻術を使ってまで駒を多く見せるってことは)

 

いよいよ敵も切羽詰まっている証拠だ。

余裕があるなら、こんな手を使う必要はない。

戦力を失っているからこそ、幻影で数を補っている。

ならば、まだ勝てる。

ティアナは銃を握り直した。

久しぶりの感触。それなのに不思議なほど手に馴染む。

 

「……来るわよ」

 

静かに告げる。

 

「次の手に備えて」

 

「うん!」

 

「はい!」

 

仲間たちが応える。

かつてのティアナなら、すべてを自分で背負おうとした。

自分が指揮しなければ。

自分が頑張らなければ。

自分が皆を守らなければ。

だが、今は違う。

仲間がいる。自分だけが指揮官である必要もない。

ボルツという別の司令塔がいるからこそ、ティアナは以前より自由に戦えた。

敵の次の一手を読むことに集中できる。

 

「……面白いじゃない」

 

口元に、ほんのわずかな笑みが浮かんだ。

その表情を見たスバルが、一瞬だけ目を丸くする。

 

――帰ってきた。

 

だが、以前と同じティアナではない。

それを、クアットロはまだ知らない。

そして戦場のどこかでクアットロの計算はまた一つ、静かに狂い始めていた。

 

 

「ようやく眠った…」

 

ノーヴェは、膝を枕にして眠るセインを見下ろし、大きくため息をついた。

 

「我が姉ながら困ったもんだな。チンク姉を見習ってほしいぜ」

 

先の戦闘で受けた傷は癒えつつある。

だが、精神的な疲労は相当なものだった。

自慢のディープダイバー。

それを同じ土俵――潜航能力による奇襲戦で破られたのだ。

セインの受けたショックは、ノーヴェにも理解できる。

 

「頼むから、しっかりしてくれよなぁ……」

 

ぼやきながら、ノーヴェはテントの外へ視線を向ける。

 

「水の怪物ねぇ」

 

あの時、セインが語っていた男。

水を自在に操り、地下という自分の得意な場所でさえ圧倒した謎の戦士。

 

「そんなもん、本当にいるのかよ」

 

その時だった。

 

「早く部隊長に連絡を!」

 

「応援って言ったって、どこにだよ!?」

 

「そんなこと言ってる場合か! あんな化け物、誰も倒せねーぞ!」

 

「……?」

 

テントの外が騒がしい。

ノーヴェは眉をひそめた。

 

(何だ?)

 

どうやら何者かが六課の残存部隊を襲っているらしい。

しかし、

 

(誰が?)

 

チンク達を助けに来たのなら、自分達にも関係がある。

ノーヴェは眠っているセインの肩を軽く揺すった。

 

「おい、セイン」

 

「んん……」

 

「起きろ」

 

「……もう食べられないよぉ…」

 

「寝ぼけてんじゃねぇ!」

 

「いたっ!」

 

頭を軽く叩く。

するとセインは目をこすりながら身体を起こした。

 

「何かあったの?」

 

「外が騒がしい」

 

「……?」

 

二人はテントの隙間から外を覗いた。

そこは、すでに混乱の渦中だった。

六課の局員達が走り回り、負傷者を運び、通信機へ怒鳴り声を叩きつけている。

誰もが怯えていた。

そして――。

 

「な……なんだ、ありゃあ?」

 

ノーヴェの声が止まる。

空が、暗い。

つい先ほどまで晴れていたはずの空を、黒い雲が覆い尽くしている。

雲間を青白い稲妻が走った。

遅れて、地面まで震わせるような轟音が響く。

 

「雷? でも、あんな雲……」

 

セインも目を見開く。

 

「自然現象じゃねぇ」

 

ノーヴェが低く呟く。

その声には、いつもの威勢がなかった。

 

「何かいる」

 

視線の先、そこにはこの世界の常識から外れた戦いが広がっていた。

 

「行くよ、ノーヴェ」

 

いつの間にか完全に目を覚ましていたセインが言う。

 

「チンク姉と合流しよう」

 

「おう」

 

二人は拘束された手足を器用に動かしながら、隣のテントへ移動する。

 

「チンク姉!」

 

「セイン、ノーヴェ!?」

 

チンクが驚いて振り返った。

 

「無事だったか」

 

「それより、この騒ぎは何だよ」

 

ノーヴェが尋ねる。

 

「普通じゃねーぞ」

 

「……ああ」

 

チンクは静かに頷いた。

 

「原因は、あれだ」

 

三人の視線が同じ方向へ向く。

 

そこには――別世界の光景が広がっていた。

 

 

ゼストの黒い身体から、鮮血が噴き上がった。

致命傷になってもおかしくない出血量だった。

 

「当たった……!」

 

「今度こそ倒したか!?」

 

見守る局員達が息を呑む。

だが、ゼストは止まらなかった。

傷口から血を流しながら、一歩を踏み出す。

落ちるはずの血が、地面へ届く前に跳ね上がった。

蠢き、絡み合い、凝縮する。

次の瞬間、真紅の槍がその手に生まれた。

真紅。

禍々しいほど鮮やかな赤。

 

「ハァアアアッ!!」

 

ゼストが踏み込んだ。

速い。

先ほどザフィーラと戦っていた時とは比較にならない。

大気を裂き、赤い閃光が一直線に走る。

 

「……っ!」

 

行人は身を捻ったが、避けきれない。

赤槍の穂先が冥衣の肩を抉る。

 

「……っ!?」

 

黒紫の装甲が砕け、破片が宙へ舞った。

 

(まさか……)

 

行人の目が鋭くなる。

偽物とはいえ、冥衣の名を冠することを許された鎧。

それを一撃で破壊した。

 

(さっき打った青い液体……)

 

行人はゼストを見つめる。

 

(あれは薬じゃない)

 

ゼストの身体から溢れる黒い小宇宙。

血から生まれる異形の槍。

尋常ではない再生能力。

 

(血液……)

 

行人の脳裏に、ある言葉が浮かぶ。

 

霊血(イーコール)か!?)

 

あらゆる傷や病を癒やし、様々な奇跡をもたらすとされる神の血。

 

もしゼストの身体にそれが流れているのなら脅威だ。

その血は単なる生命の源ではない。文字通り“神の欠片“だ。

武器となり、失った肉体さえ補う。

しかも、使うほどに力を増している。

 

行人の表情から余裕が消えた。

 

「ハァッ!!」

 

ゼストが再び踏み込み、赤槍が振り抜かれた。

地面を這うような低い軌道。

穂先が大地を削り、そのまま真空の刃となって飛んでくる。

 

「――っ!」

 

行人は跳躍した。

真空刃が足元を通過し、地面を一直線に切り裂く。

その直後、

 

「甘い!」

 

ゼストも跳び上がり、先に着地した行人の脳天目掛けて赤槍を振り下ろす。

行人はそれを両手で槍を挟み込む。

白刃取りだ。

 

「ぐっ……!」

 

腕の骨が軋み、冥衣に亀裂が走った。

それでも行人は歯を食いしばり――。

 

「……砕けろ!」

 

力任せに捻った。

 

バキンッ!

 

赤槍が折れる。

 

「何!?」

 

ゼストが目を見開く。

だが折れたはずの槍が、二つに分かれた。

 

「……何!?」

 

二本の赤槍が左右から同時に襲いかかる。

 

「くっ!」

 

行人は咄嗟に後方へ跳ぶ。

しかし、

 

「ぐっ……!」

 

両脇腹を斬り裂かれた。

冥衣が裂け、血が飛び散る。

 

「行人さん!」

 

遠くからシャマルの声が響いた。

行人は答えない。

傷口を押さえることもしない。

ただ、ゼストを見据える。

ゼストは二本の槍を柄尻で合わせた。

すると二本の槍が一つに繋がり、長大な双刃槍へと変化した。

 

「次から次へと……」

 

行人が呆れたように呟く。

だがゼストは止まらない。

 

「ウォオオオオッ!!」

 

猛スピードで間合いを詰める。

下段斬り。

行人は跳躍して紙一重で躱す。

返す刀で続けて中段斬りが迫る。

 

「このっ!」

 

行人はゼストの身体を踏みつけた。

反動を利用して後退する。

だが、

 

(まずいな……)

 

行人の表情が険しくなる。

 

(体に慣れ始めた)

 

ゼストの動きが、明らかに速くなっている。

霊血(イーコール)によって傷を癒やすだけではない。

身体そのものが、神の力に適応し始めている。

このままでは、

 

(捕まるのは時間の問題だ)

 

行人は腰を落とした。

左の掌を腰へ。

右拳を、その上へ添える。

闘志という刀を鞘に納めたその姿は正に“居合い”の構え。

 

先ほどまでとは、明らかに違う空気が戦場を包んだ。

ゼストもそれを感じ取った。

 

「……」

 

赤い双刃槍を腰溜めに構える。

 

互いに動かない。

風が止まる。

遠くで戦っていた者達も、いつしか二人へ視線を向けていた。

誰かが唾を飲み込む。

 

ごくり。

 

次の瞬間――消えた。

行人とゼスト。

二人の姿が同時に視界から消える。

 

轟ッ!!

 

空気そのものが爆発した。

そして――戦場に鮮血が舞った。

 

「……」

 

誰も声を出せない。

 

立っていたのは行人。

その先には――左腕を失ったゼスト。

肩から先が、地面へ落ちている。

 

「……やった」

 

誰かが呟いた。

決着はついた。

誰もがそう思った。

しかし、

 

「……嘘だろ」

 

ノーヴェの声が震えた。

 

切断面から流れ出る夥しい血。

やがて血が地面へ落ちる前に浮かび上がった。

無数の蛇のようにうねりながら、失われた腕を求めて蠢く。

 

「……再生、してる?」

 

セインの顔から血の気が引いた。

血は切断された腕を拾い上げなかった。

失われた腕そのものを、ゼロから作り出していく。

骨が組み上がり、筋肉が絡み、血管が伸びる。

皮膚が覆った時には、左腕は完全に元へ戻っていた。

 

ゼストは指を握り、手首を回す。

再生した腕から、先ほどより濃密な黒い小宇宙が噴き上がった。

 

「……」

 

ゼストの肩と腕が、再び繋がった。

骨が。

筋肉が。

神経が。

血管が。

皮膚が。

すべてが瞬く間に接続される。

完全な再生。

 

ゼストは傷を癒やしたのではない。

失った肉体を補い、そのうえで更に力を増したのだ。

 

「……まいったな」

 

ゼストは再生した左腕をゆっくりと握り締めた。

行人は無言でそれを見つめる。

戦場の誰もが言葉を失っていた。

 

神の血。

それがもたらす奇跡。

 

斬っても死なない。

砕いても立ち上がる。

傷を負わせるほど、敵は戦い方を覚え、強くなる。

もはや、目の前の男を人間として見ることはできない。

 

行人は静かに息を吐く。

 

「……本当に」

 

拳を握り直す。

 

「まいったな」

 

ゼストの瞳に、再び闘志が灯る。

赤い血が地面を濡らす。

黒い小宇宙が、さらに強く燃え上がる。

 

戦いはまだ終わっていなかった。

 

 

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