こちら冥王教会ミッドチルダ支部   作:マルク

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44.覚悟

 

六課隊舎跡にて。

 

崩壊した建物の残骸と、無数のガジェットの残骸が散らばる戦場。

その一角に設けられた簡易テントの中で、ルーテシアは黙って外を見つめていた。

魔力は封じられ、ガリューも拘束されている。

 

今の自分にできるのは、戦場を見守ることだけだった。

視線の先にいるのは、黒い異形と化した男。

全身を黒く染め、青い紋様を浮かべた狂戦士――ゼスト・グランガイツ。

 

「……ゼスト」

 

小さな声が漏れる。

物心ついた頃から、ルーテシアは母の声を聞いたことがなかった。

 

母メガーヌ・アルピーノは、ルーテシアがまだ赤ん坊だった頃に任務へ出たきり、帰ってこなかった。

 

生きてはいる。

けれど目を覚まさず、今も治療ポッドの中で眠り続けている。

 

事情だけを聞けば、誰もが不幸な人生だと思うだろう。

それでも、ルーテシアにはいつも誰かがいた。

 

ガリュー、アギト、ナンバーズ、そしてスカリエッティ。

 

母がいなくても、寂しくはなかった。

彼らと笑い、遊び、時には怒られながら過ごしてきたからだ。

ただ、その輪の中には入らず、少し離れた場所から彼女たちを見守る男がいた。

 

ゼスト・グランガイツ。

 

母の上官だったという男は、ルーテシアに積極的に話しかけることも、遊び相手になることもなかった。

ただ、いつも見ていた。

そして、母を目覚めさせるために必要なことなら、どんな協力も惜しまなかった。

 

なぜ、そこまでしてくれるのか。

 

責任なのか。

 

罪悪感なのか。

 

それとも、別の理由があるのか。

 

ルーテシアには分からなかった。

ただ一つ、願っていたことがある。

いつか母が目を覚ました時、その隣にゼストもいてほしい。

三人で喜びを分かち合いたい。

 

そんな未来を、いつか迎えられると思っていた。

 

「……」

 

けれど目の前にいる男は、もう人間の姿をしていない。

 

黒い身体。

 

異様な紋様。

 

血で作られた槍。

 

常識を超えた再生能力。

 

まるで、自分自身を壊しながら戦っているようだった。

ルーテシアの頬を一筋の涙が伝う。

 

「……ゼスト」

 

返事はない。

遠くで再び轟音が響いた。

 

◇

 

「どうしよう……」

 

シャマルは戦場を見つめ、唇を噛んでいた。

行人とゼストの戦いは、もはや常人には理解できない領域に達している。

ゼストが槍を振るい、行人が躱す。

反撃を受けて傷が開き、血が噴き出しても、彼は倒れない。

 

「……あの人」

 

シャマルの視線が行人へ向く。

黒紫の鎧を纏った青年は、激しく攻めながらも冷静だった。

ゼストの攻撃を誘導し、瓦礫を盾にする。

時には自ら危険な位置へ踏み込み、流れ弾が局員へ向かわないようにしていた。

そのため、行人は思うように動けていない。

明らかに、自分へ制約を課している。

 

「あれだけ動けるのに、どうしてそこまで…」

 

シャマルは呟いた。

 

その時、

 

「苦戦しているようだな」

 

「え?」

 

聞き慣れた声に振り向く。

 

「カケル先生!?」

 

そこには、いつもの仏頂面を浮かべたカケルが立っていた。

 

「良かった……!」

 

シャマルの表情が明るくなる。

 

「早く行人さんに加勢してください!」

 

元教導官のカケルなら――

 

「悪いが、無理な話だ」

 

「え?」

 

カケルは自分の腕へ視線を落とした。

 

「ボルツが戦闘のために、今も魔力をガンガン持っていってる。今の俺はお前以下だ」

 

「そんな……」

 

シャマルの顔が曇る。

その時、戦場から声が飛んできた。

 

「どうした、行人!」

 

ゼストだった。

傷だらけの身体。それでも、その眼だけは死んでいない。

 

「何を躊躇う!」

 

赤い槍を構える。

 

「俺はもう、人には戻れん!」

 

シャマルの身体が強張った。

 

「ならば――」

 

ゼストの声が戦場に響く。

 

「できることは一つしかないだろう!」

 

一瞬、誰も動かなかった。

 

「殺れ…!」

 

「……っ!?」

 

シャマルの目が見開かれる。

医者として、治療をする者として、人を救うことを選んできた自分にとって、その言葉はあまりにも重かった。

 

「カケル先生……」

 

思わず振り返る。

 

「今の聞こえただろ?」

 

カケルは表情を変えない。

 

「騎士としては、あいつの言い分が正しい」

 

「でも!」

 

シャマルは戦場を見る。

行人は必死に戦っていた。

それでも、殺すためではない。

周囲の局員を守り、ゼストの命を奪わないようにしながら、戦い続けている。

 

「私……」

 

声が震える。

 

「あの人に、言えません」

 

「……」

 

「私達では勝てないから、代わりに殺してくださいなんて…」

 

そんな頼みを、誰よりも人を気遣っている男にできるはずがない。

今も周囲を守りながら戦っている行人に、そんな願いを託せるはずがなかった。

 

「そんなお願い……できるわけが……」

 

シャマルは拳を握る。

自分に力がないことが悔しい。

誰かを救うための力を持ちながら、それを振るえないことも。

目の前で戦う二人を、ただ見ているしかないことも。

 

◇

 

水の奔流が、戦場を駆け抜けた。

 

「はぁっ!」

 

行人の身体を包んでいた水龍が、右脚へと収束する。

青白い水流が渦を巻き、そのまま一撃の蹴りとなってゼストの胴体を捉えた。

 

「ぐっ!」

 

ゼストの身体が大きく跳ね上がる。

空中で身体がくの字に折れ、その直後――。

バキバキッ!

骨の砕ける嫌な音が響いた。

常人ならば、立ち上がることすらできない一撃。

だが、ゼストの身体から流れ出た血が、まるで意思を持っているかのように蠢いた。

 

傷口へ集まり、肉を繋ぎ、砕けた骨を瞬く間に修復していく。

数秒もしないうちに、そこには傷一つ残っていなかった。

 

「……!」

 

行人が歯軋りする。

やはりあの青い液体――霊血(イーコール)によって、肉体そのものが変質している。

ゼストは空中で体勢を立て直すと、着地と同時に赤槍を振るった。

 

強烈な遠心力。

行人の身体が弾き飛ばされる。

その瞬間を狙い――

 

「ハァアアアッ!!」

 

ゼストが槍を突き出した。

空気を穿つ一撃。

だが、槍そのものが行人へ届いたわけではない。

刺突によって圧縮された大気が、不可視の砲弾となって一直線に飛翔する。

 

目には映らない。

音だけが遅れて届く。

しかし、

 

「……そこ!」

 

行人の身体が消えた。

次の瞬間には、遥か横へ移動している。

不可視の一撃は誰もいない大地を抉り取った。

 

土砂が舞い上がる。

その向こうから、行人が静かに姿を現した。

 

「……」

 

ゼストは槍を構えたまま、その姿を見つめる。

 

息は乱れている。

身体も限界に近い。

それでも、口元には笑みが浮かんでいた。

 

(人間を辞めたというのに……)

 

ゼストは、自分の拳を握る。

 

以前とは比べものにならない、

身体能力。

反応速度。

再生能力。

すべてが異常な領域へ引き上げられている。

それでも、

 

(まだ、届かないか……)

 

行人との差は確実に縮まっている。

先ほどよりも速い。

先ほどよりも重い。

そして何より、ゼスト自身がこの異質な力へ適応し始めている。

けれども、問題は別にあった。

 

(この身体はいつまで保つ?)

 

霊血(イーコール)によって傷は修復される。

骨が砕けても。

肉が裂けても。

血が流れても。

すぐに元へ戻る。

 

しかし、それは無限の力ではない。

身体そのものが、この力に耐えられる保証などない。

ましてや、相手は自分より遥かに速い。

攻撃を受けるたびに傷つき、修復し、さらに強くなっていく。

このまま続ければ、先に限界を迎えるのは自分だ。

誰が見ても絶望的な状況だった。

それなのに、

 

「……ハハッ」

 

ゼストは笑った。

 

「……?」

 

行人が目を丸くする。

意外だろう。

これほどまで追い詰められているというのになぜ笑うと。

ゼストは答えない。

ただ、赤槍を握る手に力を込めた。

そして、ふと遠い昔を思い出す。

 

かつての自分。

地上最強クラスの魔導師として名を馳せた頃。

戦場に立てば周囲の視線が集まった。

尊敬。

畏怖。

羨望。

そして――嫉妬。

 

数え切れないほどの人間が、自分を見ていた。

しかし、その誰もがいつしか挑むことをやめた。

勝てないと理解したからだ。

それは当然だった。

勝つために努力した。

戦場で生き残った。

実績を積み重ねた。

だからこそ、誰にも負けなくなった。

それは誇りだった。

同時に――寂しさでもあった。

 

(いつからだったかな)

 

自分に本気で挑んでくる者がいなくなったのは。

強くなればなるほど。

上へ行けば行くほど。

戦う相手はいなくなった。

だからこそ今、目の前にいる男が。

 

「……面白い」

 

ゼストの声が、僅かに震える。

 

「……?」

 

行人は警戒を解かない。

 

「お前は……面白いな」

 

「そうですか?」

 

「ああ」

 

ゼストは笑う。

その笑みには、先ほどまでとは違う色があった。

敵への憎悪ではない。

勝利への執着でもない。

純粋な歓喜。

 

魔法を使わない。

自分の力を誇示するためでもない。

守る為に戦っている。

こんな異質な力を見ても、退かない。

それでも、強い

 

赤槍を構えて一歩ゼストが踏み出す。

さらに一歩。

赤い血槍が煌々と輝く。

その瞳が、鋭く行人を射抜く。

ゼストは笑った。

 

「これほど嬉しいことがあるか」

 

行人は黙ってゼストを見る。

この男は自分が追い詰められていることを理解している。

勝てない可能性すら理解している。

それでも戦うことを楽しんでいる。

 

「……」

 

行人は構えを取り直す。

ゼストもまた、赤槍を腰だめに構えた。

互いの間に、張り詰めた空気が流れる。

だが、ゼストの胸の奥にはもう一つの想いがあった。

 

ルーテシア。

ガリュー。

メガーヌ。

 

救いたい者達の顔が浮かぶ。

それを忘れたわけではない。

諦めたわけでもない。

自分がここで戦う理由も、まだ消えてはいない。

だからこそ、ゼストは思う。

 

(それでも――)

 

この男とは全力で戦いたい。

これまで積み重ねてきたもの。

戦場で磨いた技術。

騎士として培った誇り。

そして今、体に漲る異形の力。

その全てを、

 

「……燃やし尽くす」

 

小さく呟く。

行人には届かない。

だが、その言葉だけは確かだった。

 

勝つためだけではない。

生き残るためだけでもない。

今まで自分が歩いてきた人生。

戦ってきた年月。

守れなかった者達への想い。

そして、最後まで捨てることのできなかった騎士としての誇り。

そのすべてを、

 

「この戦いで……」

 

ゼストの身体から、再び黒い闘気が噴き上がる。

大地が震え、赤い槍が哭く。

 

「燃やし尽くす!!」

 

雄叫びと共に、ゼストが駆けた。

行人もまた、地面を蹴る。

 

二人の姿が一瞬で視界から掻き消えた。

 

次の瞬間、黒と青が衝突する。

異なる力を纏った二人の戦士の戦いは決着へと向かっていた。

 

◇

 

ゆりかご管制室にて。

 

無数のモニターが、刻一刻と変化する戦況を映し出していた。

地上。

空中。

各所で繰り広げられる戦闘。

そして、その中でも一際激しい戦いがあった。

黒い戦士と、黒紫の鎧を纏った青年。

ゼストと行人。

二人の姿は、もはや常人には追い切れない速度で交錯していた。

 

激突する拳。

振り抜かれる槍。

吹き飛ぶ瓦礫。

大地を抉る衝撃。

その全てが、一つのモニターに収められている。

 

「……素晴らしい」

 

スカリエッティは、恍惚とした表情で画面を見つめていた。

 

「これが……神の力。霊血(イーコール)の力か」

 

その瞳に狂気にも似た輝きが宿る。

 

ゼストの肉体から噴き出した血液が、瞬く間に傷を修復していく。

肉体そのものが限界を超え、戦うための形へ変貌していく。

 

「再生能力だけではない」

 

スカリエッティの指が、端末を忙しなく操作する。

 

「筋力、反応速度、耐久性……それら全てが戦闘中に変化している」

 

新しいデータが次々と表示される。

 

「実に興味深い」

 

画面の隅に表示された数値を確認しながら、スカリエッティは小さく息を吐いた。

この戦いが続く限り、データは増え続ける。

だが、同時に。

この戦いが終われば、これほど貴重な観測対象を失うことになる。

 

「これほどのデータを取る機会は、もう二度とないだろうね」

 

ほんの少しだけ。

本当に僅かに。

スカリエッティの表情に残念そうな色が浮かんだ。

だが、それもすぐに消える。

彼はすでに、次の観測対象へ意識を移していた。

 

「それだけが、少々残念だが」

 

「スカリエッティ!」

 

背後からフェイトの声が飛ぶ。

 

「もう止めろ!」

 

魔力を封じられ、身体中を傷つけられた状態。

それでもフェイトは、鋭い目でスカリエッティを睨みつけていた。

 

「これ以上、罪を重ねるな!」

 

「……聞こえているよ」

 

スカリエッティは振り返らない。

声の震え。

呼吸の乱れ。

拘束具の軋み。

背後にいるフェイトの状態は、見なくても把握できていた。

 

「そう喚かないで欲しいな、ハラオウン執務官」

 

淡々とした声。

まるで騒音を注意するかのような口調だった。

だが、その言葉を選びながら、スカリエッティはフェイトの反応を測っていた。

彼女が何に反応し、どの言葉で感情を乱すのか。

そして、どこまで追い詰めれば拘束を破ろうとするのか。

拘束具の出力は、意図的に最低限へ落としてある。

逃げられない程度に。

しかし、怒りと焦りがあれば、無理をすれば破れる程度に。

スカリエッティはその事実を、決して表情には出さなかった。

そして彼は別のモニターへ視線を移す。

 

「それより、見たまえ」

 

「……?」

 

フェイトも画面を見る。

そこに映し出されていたのは――。

 

「……っ!」

 

息を呑む。

 

「なのは……?」

 

巨大な玉座。

その前で高町なのはが宙吊りにされていた。

両手を拘束され、身体から力が抜けている。

映像の角度も、なのはの表情がはっきり見えるよう調整されていた。

フェイトが見れば、必ず反応する。

そう判断した上で選んだ映像だった。

 

「なのはっ!?」

 

フェイトの顔から血の気が引く。

 

「そんな……」

 

スカリエッティは淡々と画面を見つめる。

内心では、フェイトの呼吸が一段浅くなったことを確認していた。

視線は画面に釘付け。

肩が強張っている。

予想通りだ。

 

「さしものエース・オブ・エースも、聖王には勝てなかったか」

 

口元に薄い笑み。

 

「もう少し粘って欲しかったね」

 

わざと、なのはを軽く扱う。

わざと、敗北を断定する。

フェイトが反論せずにはいられない言葉を選ぶ。

 

「……」

 

フェイトは言葉を失う。

その沈黙さえ、スカリエッティにとっては一つの反応だった。

 

「聖王の力」

 

スカリエッティが指を一本立てる。

 

「AMF」

 

二本目。

 

「そして――」

 

三本目。

 

「母親としての情」

 

フェイトの表情が強張る。

その言葉を口にした瞬間、フェイトの指先が僅かに動いた。

スカリエッティは見逃さなかった。

 

「それら全てが、高町なのはから戦う力を奪っている」

 

「……違う」

 

予想通りの返答。

スカリエッティは、あえてすぐには否定しなかった。

フェイトが自分から言葉を返す時間を与える。

怒りを内側で膨らませるために。

 

「ここまで予想通りだと、少々興醒めだね」

 

「違う……!」

 

フェイトの声が震える。

スカリエッティは気にする様子もない。

むしろ、その震えを楽しむように、画面から視線を外さなかった。

フェイトの魔力反応が僅かに上昇する。

拘束具の出力を調整する。

まだだ。

もう一押し必要だった。

 

「とはいえ」

 

画面の中のなのはを見ながら、楽しそうに笑う。

 

「高町なのはという、これ以上ない実験材料が手に入ると思えば――」

 

そこで、わざと一拍置く。

最後まで言い切らない。

フェイトの想像力に続きを委ねる。

 

「……させない」

 

小さな声。

だが、スカリエッティには十分だった。

フェイトの魔力反応が、明確に跳ね上がる。

 

「ん?」

 

スカリエッティが初めてフェイトへ視線を向けた。

驚いたように見せながら、内心では確信していた。

 

かかった。

 

フェイトの身体が震えている。

魔力を封じられている。

傷ついている。

それでも。

 

「そんなこと……」

 

拳を握る。

 

「私が、させない!!」

 

瞬間、身体の周囲で封印拘束が軋んだ。

 

「何……?」

 

スカリエッティは眉を僅かに上げる。

驚愕を装うための、ほんの僅かな動作。

フェイトの身体から、限界を超えた魔力が噴き上がった。

 

「ぐっ……!」

 

激痛に顔を歪めながら、それでも力を込める。

バキンと拘束具が砕け散った。

床へ落ちた破片が、甲高い音を立てる。

フェイトは荒い息を吐きながら立ち上がった。

 

「なのはを……返して」

 

その目に宿るのは、怒り。

そして、決意。

スカリエッティは数秒、フェイトを見つめていた。

やがて、口角がゆっくりと上がる。

 

「……なるほど」

 

楽しそうな笑み。

その瞳には、先ほどまでとは違う種類の輝きがあった。

フェイトは気づいていない。

拘束具が、破壊された瞬間に完全停止したのではないことに。

砕けたのは外装だけ。

内部に仕込まれた追跡用の術式と、魔力反応を測定する機構は、すでに役目を果たしている。

彼女がどの程度の力で拘束を破り、どれほどの魔力を残しているのか。

その数値は、スカリエッティの端末へ正確に送られていた。

 

(想定通りだ)

 

フェイトには聞こえないほど小さく呟く。

彼女が自分から拘束を破ること。

なのはを救うため、周囲の状況を確認するより先に動くこと。

そして、怒りによって魔力を限界まで引き出すこと。

全て、最初から計算していた。

スカリエッティは、フェイトを逃がすつもりなどなかった。

逃げられると思わせるつもりだった。

 

「トーレ」

 

「はい」

 

背後に控えていた戦闘機人が一歩前へ出る。

 

「セッテ」

 

「はい」

 

もう一人も続く。

フェイトの視線が二人へ向く。

その瞬間、スカリエッティは確信した。

彼女はなのはの映像に意識を奪われ、戦場の配置を見ていない。

退路も。

敵の数も。

自分がどこまで誘導されていたのかも。

スカリエッティは二人を見て、命じた。

 

「もう一度、痛めつけなさい」

 

「……!」

 

フェイトが身構える。

その反応も、予測の範囲内だった。

拘束を破った直後の彼女は、魔力こそ高い。

だが、負傷と消耗は隠せない。

怒りで引き出した力は、長くは続かない。

だからこそ、今ここで戦わせる。

彼女の限界値を測るために。

 

「はい」

 

「了解」

 

二人の戦闘機人が同時に駆け出した。

スカリエッティは笑っていた。

フェイトが怒りに任せて拘束を破ったことも。

なのはを助けようとすることも。

そして、罠の中心へ自ら踏み込んだことも。

全て。

彼の想定通りだった。

 

「さあ――」

 

再びモニターへ視線を戻す。

行人とゼストの戦い。

聖王と高町なのは。

そして、今まさに始まろうとしているフェイトと戦闘機人の戦い。

複数の観測対象が、同時に限界へ近づいていく。

スカリエッティにとって、これほど都合のいい状況はなかった。

 

「次は、どんなデータを見せてくれるのかな?」

 

管制室に、スカリエッティの笑い声だけが静かに響いた。

 

 

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