こちら冥王教会ミッドチルダ支部   作:マルク

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46.ゼスト

冥王教会――地下礼拝堂にて。

 

地上から隔絶された静かな空間に、子供の泣き声が響いていた。

 

「シスター……怖いよー……」

 

小さな少女が、エレンの修道服の裾をぎゅっと握る。

普段ならば礼拝に使われるその場所は、今や避難所と化していた。

壁際には何人もの子供達。

その周囲を囲むように、数人の修道女達が寄り添っている。

外から聞こえてくるのは、遠く響く爆発音。

地面が時折、かすかに揺れる。

そのたびに子供達の肩が跳ねた。

 

「大丈夫ですよ」

 

エレンは少女の頭をそっと撫でる。

 

「すぐに出られます」

 

「……ほんと?」

 

「ええ」

 

穏やかな笑顔。

少なくとも、子供達にはそう見えるように。

だが、エレンの視線は時折、地下礼拝堂の入口へ向いていた。

行人とティアナが偵察へ出てから、かなりの時間が経っている。

 

「……」

 

一人の修道女が、不安そうに時計を見る。

そして、意を決したように口を開いた。

 

「しかし、シスター・エレン」

 

「何です?」

 

「確かに偵察に行っただけにしては……遅すぎます」

 

エレンは黙った。

 

「二人の身に、何かあったのでは?」

 

その声には、隠しきれない不安が滲んでいる。

子供達にも聞こえたのか、周囲がざわつき始める。

 

「行人さん、大丈夫かな……」

 

「ティアナお姉ちゃんは?」

 

「帰ってくるよね…?」

 

エレンは静かに目を閉じた。

そして。

 

「落ち着きなさい」

 

低い声が響いた。

それだけで、ざわめきが止まる。

 

「腐っても冥闘士(スペクター)と、元管理局員です」

 

エレンは淡々と言った。

 

「機械人形ごときに遅れを取るなど、あり得ません」

 

「ですが……」

 

「それに」

 

金色の瞳が細くなる。

 

「この程度で死ぬようであれば――」

 

一拍。

 

「冥王教会に不要です」

 

「……」

 

修道女達が固まった。

あまりにも冷たい。

子供達を安心させるための言葉としては、どう考えても不適切だった。

しかしエレン自身は至って真面目だった。

彼女にとっては、それが最大限の信頼の表現なのだ。

 

――あの二人が、そう簡単に死ぬはずがない。

 

だから待つ。

それだけだった。

 

「シスター……」

 

先ほどの少女が、再びエレンの袖を引っ張る。

 

「行人さん、帰ってくる?」

 

「ええ」

 

今度は即答だった。

 

「必ず」

 

その声だけは、不思議なほど迷いがなかった。

その時、

 

――ピシッ。

 

「……?」

 

小さな音。

あまりにも小さく、最初は誰も気づかなかった。

地下礼拝堂の奥にある保管庫。

厳重に保管された冥衣の一群。

その中にある一体の山羊座(カプリコーン)偽冥衣(ニセサープリス)、その胸部装甲に――。

小さな亀裂が走っていた。

 

ピシ……。

 

亀裂が、ほんの僅かに広がる。

 

「……」

 

エレンの金色の瞳が、そちらへ向く。

先ほどまでの表情がわずかに消える。

 

「…………」

 

数秒間エレンは黙ってそれを見つめた。

やがて、

 

「ふむ」

 

小さく呟く。

 

「少なくとも……」

 

周囲の修道女達が振り返る。

エレンは冷静な顔のまま続けた。

 

「行人神父の方は、ダメかもしれませんね」

 

「ええっ!?」

 

修道女達の声が重なった。

 

「ちょっと待ってくださいシスター!?」

 

「さっき必ず帰ってくるって言いましたよね!?」

 

「今のは何だったんですか!?」

 

「私は『死なない』とは言っていません」

 

「そういう問題ではありません!」

 

地下礼拝堂に、慌ただしい声が飛び交う。

子供達まで不安そうに冥衣を見つめる。

 

「行人さん……死んじゃったの?」

 

その問いにエレンは少しだけ考えた。

 

「……まあ」

 

そして、妙に真剣な顔で答える。

 

「たかが冥衣(サープリス)に傷が入った程度です。生存の可能性はあります」

 

「そこを基準にするんですか!?」

 

修道女の悲鳴が響いた。

エレンは気にする様子もなく、山羊座(カプリコーン)偽冥衣(ニセサープリス)へ視線を戻す。

小さな亀裂。

だが、それ以上広がる気配はない。

 

「……」

 

金色の瞳が細くなる。

 

「とはいえ」

 

その声から、わずかに愉悦が消えた。

 

「苦戦しているのは間違いないでしょうね」

 

その瞬間、地下礼拝堂に再び小さな音が響く。

無機質な瞳がその傷を見つめ続けていた。

 

 

戦場に、奇妙な静寂が落ちていた。

瓦礫と炎に囲まれたその場所で、行人とゼストは互いに向かい合っている。

先ほどまで激しくぶつかり合っていた二人。

だが、行人は突然自らの身体を覆っていた偽冥衣(ニセサープリス)へ手を掛けた。

 

「……何をしている?」

 

ゼストが眉をひそめる。

行人は答えない。

偽冥衣(ニセサープリス)腕部(アーム)を外す。

続いて胸部(チェスト)

腹部(ボディ)

装甲が一つ、また一つと地面へ落ちていく。

 

「何故、鎧を外す」

 

ゼストの声に、警戒が混じる。

 

「勝負を捨てた訳ではあるまい?」

 

「……あんたの槍は、俺の鎧を貫く」

 

行人は淡々と答えた。

その声音には、これまでの丁寧さがなかった。

 

「だったら、着ていても意味がないだろ」

 

最後の装甲が落ちる。

カラン、と乾いた音が響いた。

行人の上半身が露わになる。

 

「……!」

 

それを見たゼストの目が僅かに見開かれた。

傷だらけだった。

無数の裂傷。

青黒く腫れた皮膚。

深く抉られた痕。

一つ一つが、本来ならば致命傷になっていてもおかしくない。

その姿を見た局員達の中には、思わず目を逸らす者もいた。

あまりにも痛々しい。

あの身体に刻まれた傷は、戦いの激しさそのものだった。

 

それでも、行人は立っていた。

何事もなかったかのように。

 

「それに安心しろ」

 

行人は自分の身体を見下ろすことすらしない。

 

「俺の力は、この鎧に依存しない」

 

目を上げる。

その瞳は、今までとは違っていた。

 

「むしろ――」

 

一拍。

 

「慢心を生む枷よ」

 

「……」

 

ゼストは黙って行人を見つめる。

その言葉に虚勢はなかった。

鎧を脱いだことで弱くなったのではない。

むしろ、何かを捨てたことで余計なものが削ぎ落とされたようだ。

 

行人が右手をゆっくりと前へ出す。

 

「心臓はここだ」

 

左胸を指で示す。

 

「よく狙え」

 

そして右腕を引き、腰を落として拳を固く握る。

ゼストの口元が僅かに緩んだ。

 

「中段突き……」

 

槍を握り直す。

 

「良いだろう」

 

ゼストもまた、腰を落として赤い槍を構える。

通常ならば、相手の誘いに付き合う必要などない。

勝つためならば、最も確実な手段を選べばいい。

だが、ゼストはその誘いに乗った。

 

それは何故か。

 

戦士として、目の前の男が何をしようとしているのか、理解してしまったからだ。

 

(恐らく――神血(イーコール)の流れる俺を殺すには、首を断つか……心臓を破壊するしかない)

 

そしてもう一つ。

 

(奴の力と、今の俺の力が同質のものならば……)

 

ゼストの身体から、赤黒い光が漏れ始める。

 

(最後に勝敗を分けるのは――)

 

精神力。

 

その考えを肯定するかのように、ゼストの身体から更に力が噴き出した。

 

血が。

神血が。

生命そのものが。

炎のように燃え上がる。

 

「……」

 

行人は静かにそれを見つめている。

 

純粋な身体能力。

速度。

出力。

破壊力。

そういったスペックだけならおそらく行人の方が上だろう。

だが、

 

(心の強さなら――)

 

ゼストは槍を握り締める。

 

(決して遅れを取らん!!)

 

胸にあるもの。

守りたいもの。

失ったもの。

それでもなお、最後まで戦い続ける理由。

そのすべてを一つの槍に込める。

 

(俺の思い)

 

足が沈む。

 

(誓い)

 

大地を踏み締める。

 

(願い)

 

そして、

 

「お前に受け切れるか…いくぞ!!」

 

轟音。

踏み締めた大地が砕け散り、ゼストの身体が掻き消える。

土砂が爆発するように舞い上がり、ゼストは一本の光の矢となって戦場を駆け抜けた。

 

速い。

先ほどまでとは明らかに違う。

すべてを一撃に賭けた、渾身の突撃。

迫る赤い槍。

しかし行人は動かない。

 

(……臆したか? それとも罠か?)

 

ゼストの脳裏を疑念がよぎる。

槍の切先が、行人の胸へ迫る。

 

(いずれにせよ――)

 

さらに加速する。

 

(俺の方が速い!!)

 

空気の壁を引き裂く。

そして――赤い槍が、行人の胸を貫いた。

 

「……!」

 

槍は心臓を穿ち、そのまま背中まで突き抜ける。

血飛沫が舞った。

行人の身体が僅かに揺れる。

 

「…………」

 

ゼストは息を止める。

 

「殺った……」

 

静かに呟く。

あまりにも呆気ない。

激しい死闘の果てとは思えない。

だが、それもまた戦場だ。

 

ほんの一瞬の判断。

一瞬の速度。

一瞬の覚悟。

それだけで勝敗は決まる。

 

「……」

 

ゼストは槍を握ったまま、勝利の余韻に浸る。

その瞬間だった。

 

「――ば、馬鹿な!?」

 

ゼストの目が見開かれた。

行人の左手。

それが、槍を掴んでいた。

血に濡れた手で、確かに赤い槍を握り締めている。

 

「な……!?」

 

行人は顔を上げた。

口元から血が流れている。

けれども、その瞳にはまだ光があった。

 

「俺……が」

 

左手に力を込める。

 

「水使いだって――」

 

ゼストの身体が引き寄せられる。

 

「忘れてないか? ゴフッ…!」

 

ゼストの身体が前へ引き寄せられる。

槍を握っていた腕が固定された。

 

「血液を操って――」

 

行人の右手が振り上げられる。

 

「内臓をズラすぐらい……」

 

そして右腕が閃いた。

 

「訳ないんだよ!!」

 

手刀が赤い槍が中央から叩き斬る。

砕けた槍の破片が宙を舞う。

ゼストが驚愕する。

その僅かな隙を見逃さず、行人はゼストを引き寄せた。

二人の距離が一気に縮まる。

 

「――!」

 

ゼストが距離を取ろうとするも遅すぎた。

行人の右手、伸ばされた指が二本。

その先端がゼストの胸――心臓へ向けられる。

 

「グッハッ……!?」

 

指拳が深々と突き刺さった。

ゼストの身体が大きく跳ねる。

目が見開かれる。

心臓を貫いたはずが、まさかその直後に心臓を貫き返されるとは思わなかった。

 

「ま……だ……」

 

ゼストの身体から力が抜ける

再び槍を形成しようとするが、腕に力が入らない。

神血(イーコール)は駆け巡っている。

それでも、もう戦うための身体が動かなかった。

 

「……」

 

行人は静かにゼストを見る。

その瞳から、先ほどまでの殺気が少しずつ消えていく。

 

「じゃあな」

 

短い言葉。

 

「強かったよ、あんた……」

 

ゼストの瞳が、僅かに揺れる。

 

「……そう、か」

 

声にならない声。

ゼストの身体から、紫水晶(アメジスト)色の光が溢れ出す。

胸元から、心臓を貫いた場所から、眩い光が迸る。

それは瞬く間に全身を包み込み。

赤黒い神血(イーコール)の光さえ、飲み込んでいく。

ゼストは、その光の中で理解した。

 

――敗北。

 

自分は負けた。

それでも不思議と心は穏やかだった。

最後に自分のすべてをぶつけることができた。

最後まで戦士でいられた。

そして――自分を倒した男は、自分の強さを認めてくれた。

 

ゼストの意識が薄れていく。

光だけが、戦場に残った。

 

 

崩れ落ちたゼストの身体を見た瞬間、ルーテシアは走り出していた。

 

「ゼスト……!」

 

拘束具に繋がれた身体では、思うように走れない。

足を取られる。

 

「きゃっ!?」

 

転倒して、膝を擦りむく。

それでも立ち上がる。

 

「ゼスト……!」

 

また走る。

数歩後、また転ぶ。

拘束された腕が身体を支えきれず、肩を強く打ちつけた。

 

「……っ」

 

痛い。けれど、そんなことはどうでもよかった。

目の前で大切な人が倒れている。

 

「ゼスト……!」

 

ルーテシアは何度も転びながら、前へ進んだ。

その後ろからアギトが叫ぶ。

 

「ルールー!」

 

「待って!」

 

ガリューが、さらにチンク達も一斉に駆け出した。

誰もがゼストの元へ向かっていく。

その一方で、シャマルは倒れかけた行人へ駆け寄った。

 

「行人さん!」

 

胸を貫かれた傷。

大量の出血。

いくら内臓をずらしていたとしても、放置できる状態ではない。

 

「すぐに治療を――」

 

「俺はいい」

 

「え?」

 

行人は片手を上げる。

 

「俺はいいから」

 

そしてゼスト達へ視線を向ける。

 

「向こうを頼む…」

 

「で、でも…!」

 

シャマルは言葉を失った。

行人だって重傷だ。

今すぐ治療しなければ危険なのは明らかだった。

だが行人はゼストの身体にしがみつくルーテシアに向けられている。

 

「……」

 

シャマルは唇を噛んだ。

ゼストの胸には、はっきりと傷が残っている。

心臓を貫かれた。

医療魔導師であるシャマルには、それが意味するところが分かっていた。

 

もう、生きてはいない。

仕方なかった。

あの戦いを止めるには。

周囲の人間を守るには。

行人が手を汚すしかなかった。

それでも、

 

「……やり切れないわ」

 

小さく呟く。

ルーテシアがゼストの身体へ縋りついている。

 

「ゼスト…起きて……」」

 

声が震えている。

返事はない。

 

「お願い……」

 

小さな手が、ゼストの服を握り締める。

 

「起きてよ……」

 

涙が頬を伝う。

それを見た瞬間、シャマルは自分の無力さを思い知る。

 

治せない。

傷を塞ぐことはできても、失われた命を戻すことはできない。

 

「……ごめんなさい」

 

シャマルは静かに言った。

 

「残念だけど……死者を生き返らせる方法は、ないわ」

 

「……!」

 

ルーテシアの肩が震える。

シャマルは胸を締め付けられる思いで続けた。

 

「だから、今は……あなたの――」

 

行人の方へ振り返る。

 

「――傷を…」

 

その時だった。

 

「ッ!? ルールー!!」

 

アギトの声が戦場に響いた。

 

「ダンナが!」

 

「え?」

 

シャマルが振り返り、我が目を疑った。

 

「……え?」

 

倒れていたゼストの身体が動いている。

 

「そんな……」

 

指先が、僅かに動く。

 

そして、

 

「……っ」

 

ゼストの胸がゆっくりと隆起し始めた。

 

「ゼスト……?」

 

ルーテシアが顔を上げる。

涙で濡れた瞳が、大きく見開かれる。

 

「ゼスト!」

 

「おいおいおい! 動いたぞ!」

 

アギトが叫ぶ。

シャマルは呆然としていた。

 

心臓を貫かれている。

間違いない、確かに。

死んでいたはずだ。

 

「……どうして?」

 

医療魔導師としての知識が、目の前の現象を否定している。

 

「分からない……」

 

シャマルは呟く。

 

「でも――」

 

ゼストの胸から、再び赤黒い光が漏れ始める。

 

「早く!」

 

アギトが叫んだ。

 

「あんた、ダンナを治してやってくれ!」

 

「ええっ!?」

 

シャマルの思考がようやく現実へ戻る。

 

「早く傷を塞いでやってくれ!」

 

アギトの声が響く。

 

「じゃないと、本当に死ぬぞ!」

 

「そ、そうね!」

 

シャマルは慌ててゼストへ駆け寄った。

 

「何なのよもう!?」

 

自分でも何が起きているのか分からない。

死んだはずの人間が動き出した。

心臓を貫かれたはずなのに。

それでも医者としてやることは一つだ。

 

「ルーテシアちゃん、少し離れて!」

 

「でも…!」

 

「大丈夫!」

 

シャマルはゼストの胸へ手を当てる。

 

「この人、まだ生きようとしている!」

 

魔力が流れ込む。

淡い緑色の光が、ゼストの身体を包み始める。

 

「お願い……!」

 

シャマルの額に汗が浮かぶ。

 

「今度こそ、助けるから!」

 

行人は何も言わず、その光景を見つめていた。

胸の傷から流れる血を押さえながら。

 

「……」

 

そして小さく息を吐く。

 

「……しぶといな、あんた」

 

その声には呆れたような、それでいて安堵したような響きがあった。

 

 

「……どんな手品を使ったんだ?」

 

ゼストの身体を治療しようと、懸命に魔法を施しているシャマル。

その様子を少し離れた場所から見つめていた行人へ、カケルが声を掛けてきた。

 

「手品なんか使うか」

 

行人は傷口を押さえながら答える。

 

「ちゃんと理屈がある技だぞ」

 

「ほう」

 

「俺達が使う力は、血液を源泉にしている」

 

行人はゼストを見る。

 

「俺の波長をゼストのものに調整して、心臓に直接打ち込んだのさ」

 

「……」

 

「増幅されたゼストの力が血流に乗って全身を巡る」

 

「そして、異物である神血(イーコール)を排除するという技だ」

 

行人は小さく息を吐いた。

 

「名前は?」

 

「……『水天光破裁』」

 

「大層な名前だな」

 

「うるせぇ」

 

行人が半眼になる。

だがカケルは表情を変えない。

 

「増幅したゼストの力が、神血(イーコール)を上回っていればの話だろ」

 

「……」

 

「できなかったら、どうしていた?」

 

行人は一瞬黙った。

 

「その時は――アウトだな」

 

「……だろうな」

 

短く答えて、カケルは続けた。

 

「お前が戦闘に時間をかけていたのは、神血に混ざっていたゼスト自身の小宇宙(コスモ)の波長を読み取ろうとしていたからか」

 

「そうだ」

 

「できなかったら?」

 

「その時もアウト」

 

あまりにもあっさりした返答にカケルは呆れたような表情をする。

 

「……随分と簡単に言うな」

 

「現実は残酷なんだよ」

 

行人はゼストを見る。

 

「ところで」

 

「ん?」

 

小宇宙(コスモ)を知っているということは、あんた――」

 

その瞬間だった。

 

「ダンナぁ!?」

 

悲鳴が戦場を切り裂いた。

 

「しっかりしてくれよ!」

 

「……!?」

 

二人が振り向く。

アギトがゼストへ駆け寄っていた。

 

「ゼスト!」

 

ルーテシアも泣きながらゼストへ縋りついている。

 

「イヤ……! 死んじゃイヤだ!」

 

その声に、行人の治療に移ろうとしたシャマルも振り返った。

 

「え……?」

 

ゼストの身体が足先からゆっくりと灰になっていく。

 

「そ、そんな……!」

 

シャマルの顔から血の気が引く。

 

「傷は塞いだはずよ!?」

 

行人も目を見開いた。

 

「何が、起きてるんだ…?」

 

さすがの彼にも予想外だった。

カケルだけが、冷静にゼストの身体を見つめている。

 

「違うな」

 

「え?」

 

「あれは神血(イーコール)の影響だろう」

 

静かな声が響く。

 

「あれがゼストの生命力――あるいは寿命を削って、無理やり回復力を底上げしていたんだ」

 

「……!」

 

シャマルの目が見開かれる。

 

「ゼストさん自身を燃料にしていたってこと?」

 

「おそらくな」

 

カケルは淡々と続ける。

 

「だから神血(イーコール)を排除すれば、残るのは――食い潰された身体だけ」

 

ゼストの足が灰になる。

膝。

太腿。

徐々に身体そのものが崩れていく。

 

「ダメ……!」

 

シャマルが必死に治療魔法を注ぎ込む。

 

「体の崩壊が止まらない!」

 

魔力の光がゼストを包む。

だが止まらない。

いくら傷を塞いでも、崩壊そのものを止めることができない。

 

「どうしようも……ないの?」

 

シャマルの声が震える。

 

医療魔導師としてできることがない。

その現実があまりにも残酷だった。

 

「ルー……テシア……」

 

「っ!?」

 

かすかな声にルーテシアが顔を上げる。

 

「何……?」

 

ゼストの顔が、僅かに動く。

 

「ゼスト……!」

 

「母さんを……」

 

途切れ途切れの声。

 

「メガーヌを……助けて、やってくれ」

 

「……!」

 

ルーテシアの目から、大粒の涙が零れた。

 

「うん……」

 

何度も頷く。

 

「うん……絶対……助けるから……!」

 

ゼストは僅かに目を細めた。

その表情は、どこか安心したようだった。

 

「……アギト」

 

「……っ」

 

呼ばれた少女が、顔を上げる。

 

「偶然とはいえ……」

 

ゼストの声が、さらに弱くなる。

 

「お前に会えて……良かった」

 

「ダンナ……」

 

アギトの目に涙が浮かぶ。

 

「そんなこと……言うなよ……」

 

「ガリュー……」

 

ゼストの視線が動く。

巨大な守護獣が静かに膝をつく。

 

「二人を……」

 

言葉が途切れる。

それでも、

 

「……た……む……」

 

最後の力で、託す。

ガリューは深く頷いた。

 

「……」

 

そしてゼストの身体が。

胸元から。

腕から。

最後に顔から。

ゆっくりと灰へ変わっていく。

 

「ゼスト……!」

 

「ダンナァ……!」

 

ルーテシアとアギトの声が響く。

だが、もうゼストは答えなかった。

 

最後に残った灰が風にさらわれる。

さらさらと、指の隙間から砂が零れるように空へ舞い上がっていく。

誰も、それを止めることはできなかった。

 

行人は黙って、その光景を見つめていた。

先ほどまで拳を交えていた男。

最後には自分の命を託してきた男。

 

「……」

 

行人は目を伏せる。

 

勝った。

確かに勝った。

だが、勝利の喜びなど、どこにもなかった。

ただ一つ胸に残ったのは、あの男が最後まで戦士だったという事実。

そして、最後まで誰かを守ろうとしていたということだけだった。

 

風が吹く。

灰が空へ消えていく。

 

誰よりも強く、誰よりも誇り高かった騎士は、今度こそ永遠の眠りについた。

 




シルバーウィークの間に投稿する予定が間に合わなかった(泣)
楽しみにしていてくれた方は大変申し訳ございません。

戦闘シーンが想像以上に文章が要るので長くなってしまうのです。
たぶん日常パートに比べて今後も投稿が遅くなりますが、ご容赦ください。
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