紅眼のヒロイン、白球を盗む 作:匿名希望
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それでは、どうぞ。
起きたら時間は、19時過ぎだった。
寝る前に食べていたコンビニのスナック菓子の残りを口に放り込みながら、あーバイトだるいなーなんて考えていた。
食い散らかしていたゴミを片付け、シャワーを浴びる。昔から暑がりだったからか、もう11月だというのにまだまだ暑く感じる。
21時半にはボロアパートを後にし、バイト先のコンビニまで自転車で10分。
だらだらと、これまたボロボロの自転車を漕ぎながら考える。
何でこうなったんだろ……って。
俺は、とにかく野球が大好きだった。
中学、高校、大学とすべてを捧げたが、圧倒的に下手だった。
身体能力の限界、センスの欠如。
頭では理想を理解していても、鈍重な肉体はそれを体現できず、万年ベンチのまま終わった。
才能がなかったのは確かだ。
でも、本当に全てを野球に捧げていたかと聞かれると、できていなかったと思う。
マズい鳥むね肉やブロッコリーから逃げてお菓子を食べていたし、苦しい練習から逃げてサボることもあった。
それは大学を卒業して社会人になってからも変わらなかった。
頑張りすぎて入社3ヶ月で体調を崩し、休んで元気になってバリバリ働いては、今度は1ヶ月で倒れ、次は3週間、1週間……。
気付けば誰にも怒られないのをいいことに会社に出社しなくなり、めんどくなって辞めた。
今はコンビニのバイト。
手取りはなぜか上がったが、両親には言えないままだ。どんどん落ちていく自分。
頑張らなきゃ、逃げちゃダメだ……そう思いつつも、最近はさらに楽な飲食の配達員への乗り換えを考えていた、そんな薄暗い人生の果て。
トラックのライトが視界を白く染め上げた時、俺の逃げ続けた一歩目の人生は唐突に幕を閉じた。
次に目を覚ました時、俺は「美城 輪(うつしろ りん)」という女の子になっていた。
それだけならまだしも、この身体は生まれついてのアルビノだった。
メラニン色素を持たない白い髪と肌、そしてもともと鮮やかな赤色の瞳。
外に出るときは紫外線を遮るゴーグル型のサングラスが手放せず、四季を問わず日焼け止めをこれでもかと厚塗りする。
いつも自分の身体からは、日焼け止めの甘い匂いが漂っていた。
そんな厄介なハードウェアに、前世の凡人としての記憶。
だが、俺の魂にはもう一つ、とんでもないものが刻まれていた。
それに目覚めたのは、3歳の時だ。
夕飯準備の良い香りが漂い始める夕暮れ時、人通りが増える直前の、子供たちが帰り始め一瞬人が少なくなった公園。
催した俺は家に帰る前、公園横のスーパー裏のトイレに立ち寄った。
その時、俺は不審な男に無理やり腕を掴まれた。
幼い女の子の身体では抵抗などできるはずもなく、冷たい恐怖が全身を支配する。
「はっ、なに!?どうなって…!?
まずい?
このまま……終わる──!?」
その極限の恐怖と、「いま抵抗を諦めて流しまったら、死んでしまうかもしれない」という執念が、脳を焼き切るような熱を生み出した。
次の瞬間、俺のもともと赤い眼の中で世界が歪み、一筋の巴紋が浮かび上がる。【写輪眼】。
男の動きが完全にスローモーションになり、筋肉の収縮や重心の移動、次にどこへ力が加わるのかが未来の出来事のように透けて見えた。
生まれた隙を突いて男の足を踏みつけ、男が掴んでいた服を脱ぎ捨て、鞄を放り出し、俺は全力で逃げ出した。
その日の夜は、両親や、両親が呼んだ警察に事情を話し、抱き締められて過ごした。
次の日も、警察が回収してくれた、脱ぎ捨てられた服を受け取り、事情聴取や、現場確認で連れ回され、酷く疲れる1日を過ごした。
(鞄は見つからなかった)
そして落ち着いた次の日、俺は洗面台の鏡を見ながら、眼に力を入れると、意図も容易く両目に巴紋が浮かび上がった。
そうだ。
あの、誘拐犯の動きを見透かしのは、この眼の力だった。
昔にサボって呼んでいた漫画、「NARUTO -ナルト-」で登場した【写輪眼】だ。
前世で10年続けた野球の知識と経験。
人間の肉体のミリ単位のブレすら完全に視覚化する【写輪眼】。
身体は、弱い。
しかも女だ。
子供の頃は、むしろ男子より成長が早く、活躍できるだろう。
しかし、それもリトルまでだ。
シニアに行けば、男子との身体能力の差は明らかだ。
女子野球は人気がない。
そらそうだろう。
150km/hの速球が当たり前に飛び交い、ホームランだって50本打つような選手だっている。
その後に、女子野球を見たってワクワクし無いだろう。
でも、今は女子だって甲子園に行ける。
プロにだってなれる。
力さえあれば。
そしていま、俺の手には経験と力がある。
後は、それを行かせるだけのフィジカルを鍛えれば、決して不可能じゃない。
ワクワクしてきた。
前世を含めて、久しく忘れていた気持ち。
ショート動画で、時間を無駄にしていた時には決してなかった、ワクワクがわき出ていた。
女性初のプロ野球選手に、
俺はなりたい!!!!!!!!!!!!!!
そして……
俺はゴーグルをかけ、日焼け止めの甘い匂いを漂わせながら、毎週土日に練習している、地域の男子少年野球のグラウンドに通い、じっとその練習を眺めるようになった。
周囲の大人からは、
「野球少年の追っかけの可愛い女の子」と勘違いされていたが、俺は【写輪眼】で彼らを「解剖」していた。
(あの中学生……肘の使い方は上手いが、股関節のタメが甘い。あいつは……肩が強いが、リリースの瞬間に指先がブレている)
前世の俺なら、
「なんか良い感じのフォームだけど打てるな」とか、
「めっちゃ投げるやん、でもコントロールなさすぎ(笑)」程度だった光景が、今はシステムデータのように理解できる。
ただし、理解した物をそのまま俺の貧弱なの肉体でやれば、身体が持たない。
まだ幼く、出来上がっていない上に生まれつきの虚弱体質で、他人のモノマネをしても、速攻でケガをしてしまうだけだ。
だから俺がやったのは、前世の野球知識を総動員した「最適化(アジャスト)」だ。
リトルの少年の身体にアジャストされた技術を、脳内で再構築し、それを自分のの骨格、筋肉量で体現したらどうなるか。
そのシミュレーションを繰り返し、家の鏡越しに模倣した。
当然、直ぐに両親からは怒られたものの(誘拐未遂事件、それも犯人未逮捕があったのに1人で出掛けたらそうなる)、こっちの根気に負けた母親が、着いてきてくれるようになった!
お弁当も作ってくれてるので、ピクニックみたいな感じで、普通に楽しかった。
そうして、朝昼学校に行って、いっぱい食べて、そこそこ走り回り、バットを素振りして、風呂上がりには柔軟して、21時にはぐっすり眠る。
そんな健康優良児生活をして、はや小学三年生。
俺は意を決して両親の前に立った。
「お父さん、お母さん。
私、大空リトルに入りたい」
居間の空気が一瞬止まった。
大空リトルといえば、地域でも有数の強豪男子チームだ。
「輪、気持ちは嬉しいけど……」
母さんが困ったように俺の白い髪を見た。
「あなたの身体のこともあるし、あそこは男の子ばかりで激しいでしょう?
ソフトボールのクラブじゃダメなの?」
日差しに弱いアルビノの体質。周りは男の子ばかりの環境。
1人娘の親として、心配するのは当然だった。
父さんも静かに眼鏡を上げ、目を細める。
「本気なのか」
「本気だよ。
日焼け止めもゴーグルもちゃんとつける。
練習も絶対に弱音を吐かない。
お願い、やらせてください」
いや、やっぱり練習はキツかったらサボるかも……そんなことを考えながら、必死な顔をして頭を下げる。
(人間は転生したところで、本質は簡単に変わらない)
俺のまっすぐな視線(両親の眉間の間を見ている)に、父さんはしばらく沈黙した。
「……わかった。
リトルには、連絡を入れておくよ。
でも、入団試験でダメだと言われたら諦めるんだよ!」
「ありがとう!
お父さん大好き!!」
今度は、ガンガン活躍して、史上初の女性プロ野球選手になって、チヤホヤされる!
俺は胸の奥で固く誓った。
「全く、おまえは……」
こんな娘を持ってしまった父は、泣いて良い。
そして迎えた、『大空リトル』の入団テスト当日。
グラウンドの受付に現れた俺を見て、試験を受けに来た同期候補や、その周りにいた保護者たちが鼻で笑った。
「女の子が何しに来たんだ?」
「あんなに細っこくて……お遊びの場所じゃないぞ」
そんな刺さるような視線が周囲から突き刺さる。
「美城輪さんだね。
お父さんから話は聞いているけど……女の子が怪我でもしたら責任が取れないんだけどねぇ」
子供を相手にしているが、その口調は厳つい見た目とは裏腹に柔らかい。
そんな監督が、露骨に迷惑そうな顔で告げる。
『クックックッ…テンプレ乙wwwこれからトップを歩み続ける俺様の前に、やられ役は必要不可欠!』なんて考えながら、完璧美少女スマイルを、浮かべる。
貴様らとは眼がちがうのだよー!メガー!
「テストだけでいいです。
男子と同じメニューをやらせてください。
それでダメなら諦めます…」
サングラスの奥から放たれた俺の強い眼光(雁木マリオ)に圧されたのか、監督は少し気圧されたように
「……あーうん、じゃあ一本だけね」
と、現役の主力投手との対撃(シートバッティング)を提示した。
マウンドに立ったのは、5年生の2軍エース、滝川。
入団試験にエースは出てこない。
だが、入団試験のバッティングピッチャーを勤めるのは来年のエース候補だ。
もちろん、滝川は来年のエース候補。
5年生ながら、アベレージ110km/hの速球を投げる、2軍チームのエースだ。
「えー、女の子相手に本気で投げちゃって良いんですか?
ど真ん中に投げて、何発がカスらせてあげたら、満足して帰るんじゃないですか?」
「お前は全く……
エースなら、打たれるのを良しとしたら駄目だよねえ」
「あー、すいません?」
「いや、エースとしたら駄目だけど、すごいありがたいよ。
とにかく、他の子たちと同じように、7回完投を目標に、打順は2順目って設定で頼むよ。
市川も頼んだよ」
「わかりました」
「オーケーです」
次期エースの滝川と、影が薄いが堅実なリードが光る捕手の市川が、監督が方針を受け返事を返す。
そんな裏話はさておき、俺はバッターボックスに立ち、バットを構える。
そして、両目の奥のスイッチを入れた。
眼に浮かぶ、二つの巴紋が高速で回転する。
(男子の110キロ……何も考えずにバットを振ったら、差し込まれてボテボテの内野ゴロだけど……)
写輪眼が、滝川のフォームの始動、筋肉の緊張、指先の離れ際。
そのすべてから、前世の俺の経験を基にした予測線となって脳内に先読みされる。
初球。
滝川の腕が振られた。
本来なら剛速球に見えるその球も、俺の写輪眼の前ではスローモーションの連続写真に過ぎない。
(……インハイのストレート。
球種もコースも、丸見えだ)
脳内でコピーした地元リトルの4番のスイングを基に、今の俺の身体に最適化したスウィング。
内角に合わせるため、重心を後ろに倒し、その上でスウィングスピードを意識する。
筋力は必要ない。
芯に当てれば、ボールは前に飛ぶ。
俺の身体にとって、ずっしりと重たい金属バットも、遠心力として今は味方だ。
そして、前世の俺が頭でわかっていながら、一度も体現できなかったボールとバットの「完璧な交差点」へ、振り回す。
──キィィィィンッ!!
硬質な打球音がグラウンドに響き渡る。
その細い身体からは想像もつかないヘッドスピードで振り抜かれたバットは、110キロの球威を完全に弾き返した。
インハイに投げ込まれたボールは、横薙ぎに振り回されたバットに跳ね返され、滝川の直ぐ横を一直線に通りすぎた。
ーーセンター前ヒット
静寂。
滝川は口を開けたまま固まり、小馬鹿にしていた大人たちも、目を見開く。
「……ふぅ」
俺はバットを置き、深紅の瞳を閉じて元の赤眸に戻した。
甘い日焼け止めの匂いが、静まり返った空気に漂う。
「……マージか、打っちゃったねえ」
監督が、震える手で俺の名前をノートに書き込む。
前世で逃げ続け、落ちぶれた俺が、この赤い眼と、この肉体で、今度こそ野球界の常識をすべてぶっ壊す。
TSヒロインによる、前代未聞の写輪眼・技術無双が、ここから始まる。
『プギャァー!ワロス!
「女のくせに」って見下してた奴おったけど、ねえ、今どんな気持ち?ねぇねぇ、ねぇってば!ヒャッハァァ!!』
ここから始まる!!