紅眼のヒロイン、白球を盗む 作:匿名希望
満塁のざわめきが球場全体を覆っていた。
一打出れば逆転。
外野席の保護者たちは祈るように手を組み、相手ベンチは今にも歓声を上げる準備を整えている。
そんな中。
マスクの奥で俺は笑いを噛み殺していた。
(いやほんと、なんでこんな面白いことになってるんだろ)
前世ではベンチの置物だった俺が。
今は全国大会準決勝。
ノーアウト満塁。
一点差で勝ち越している状況。
そんなマウンドには、荒れ球怪獣の熊谷。
そしてキャッチャーは俺。
ワケが分からないよ。
だが。
最高に楽しい。
「美城!」
マウンドから熊谷が叫ぶ。
「絶対止めろよ!」
「えぇ~? 先輩、それキャッチャーに言うことじゃなくないですかぁ?」
俺は首を傾げて可愛らしく返す。
「普通は『頼む』とか『任せた』じゃないですか?」
「うるせぇ!」
「ふふっ♪」
周囲から緊張感が漂っているのに、俺だけ妙に楽しかった。
だってそうだろう。
全国大会準決勝。
満塁。
荒れ球投手。
そして俺だけがその球を捕れる。
主人公イベント以外の何物でもない。
前世で一度も浴びられなかったスポットライトだ。
「プレイ!」
主審の声が響く。
熊谷が大きく息を吸った。
そして投げる。
腕が振られた瞬間。
写輪眼が全てを暴いた。
肩の開き。
肘の角度。
指先の引っ掛かり。
回転軸。
脳内に鮮やかな予測線が浮かぶ。
(アウトローへ抜ける)
ドンッ!!
ミットが鳴る。
ストライク。
球場がざわついた。
「おおっ!?」
「音ヤバイな!」
相手打者も、驚いて体が少し引いている。
続く二球目。
今度は高めへ大きく浮く失投。
打者は思わず手を出したが……
ズドンっ!
まだ球威に慣れていない打者は、空振りだ。
追い込んだ。
(よし)
熊谷はコントロールが悪い。
だが球威だけならこの大会でもトップクラス。
問題は捕手が安心して受けられるかどうかだった。
そして俺はその問題を消し飛ばせる。
三球目。
ワンバウンドしたが、余裕をもって捕球する。
四球目。
インハイのボールをフレーミングで捕球した。
が、審判の判定はボール。
(今のストライクだろぉぉぉ!?)
内心で絶叫する。
だが外面は完璧美少女。
「どんまいです、熊谷先輩♡」
「お、おう……」
熊谷が少し赤くなった。
チョロい。
実にチョロい。
六年生男子なんてこんなものだ。
五球目。
ど真ん中。
全部取る。
全部受ける。
全部止める。
最後、打者は高めのストレートを振り遅れて三振!
球場がどよめく。
「よっしゃあああ!!」
熊谷が吠えた。
初めて見たかもしれない。
あいつが心の底から嬉しそうにしている姿を。
俺も思わず拳を握る。
(いいぞ熊谷ぁぁぁ!!)
(もっと投げろ!もっと暴れろ!)
(全部私が取ってやる!!)
続く打者。
次の打者。
さらに次。
熊谷は荒れながらも押し切った。
三振。
内野フライ。
セカンドゴロ。
ノーアウト満塁。
そこから無失点。
ベンチへ戻る途中。
熊谷が俺の頭を乱暴に撫でた。
「助かった」
「痛い痛い痛い!」
「お前すげぇな」
「知ってます♡」
「調子乗るな」
「えへへ♪」
周囲の六年生たちが笑う。
最近気付いた。
俺がぶりっ子すると、大抵みんな許してくれる。
美少女って便利だな。
前世のおっさんには無かった特権である。
世の中は理不尽だ。
だが恩恵を受ける側になると最高だった。
そして試合終了。
大空リトル勝利。
全国大会決勝進出。
歓声の中。
監督は珍しく大声を張り上げた。
「よくやったぁぁぁ!!」
選手たちが笑う。
俺も笑う。
だが。
その輪の中心にいたのは熊谷だった。
準決勝最大のヒーロー。
そして誰よりも嬉しそうだったのは、きっと俺だった。
◇
決勝までの一日。
チームは最終調整に入った。
熊谷専属の捕手として評価を大きく上げた俺だったが、だからといってレギュラーになれるほど現実は甘くない。
足は遅い。
肩は弱い。
体力も少ない。
欠点だらけだ。
それでも。
監督の中で俺は、
『終盤を締める守備要員』
としても、計算され始めていた。
正直めちゃくちゃ嬉しい。
前世なら考えられない。
試合で名前を呼ばれる。
期待される。
それだけで脳汁が出る。
人間って案外安い生き物だ。
そんな最終調整の日。
俺はベンチ横でストレッチしていた。
すると市川がやってくる。
「美城」
「なんですか、市川先輩♪」
「お前、明日緊張せんの?」
「しますよぉ?」
「全然見えへんけど」
「だって可愛い女の子は緊張しても可愛くしてなきゃダメですもん♡」
「意味わからん」
俺は少しだけ笑った。
「なんだよ?」
「なんでもないです♪」
市川は首を傾げていた。
ベンチからしか見られなかった景色。
スタンドから眺めるだけだった景色。
それが今は手の届く場所にある。
だから緊張よりワクワクの方が大きかった。
◇
そして決勝当日。
相手は関東の超強豪。
全国優勝常連。
選手全員が化け物みたいなチームだった。
試合は序盤から激戦になった。
こちらのエースが気迫で投げる。
相手エースも負けない。
一点。
一点。
また一点。
息の詰まる展開。
四回終了。
五回終了。
六回終了。
スコアは3対3。
完全な互角だった。
そして七回。
ついに均衡が破れる。
ツーアウト二塁。
打席には俺たちの四番。
追い込まれながらも外角球を逆方向へ弾き返した。
タイムリー。
4対3。
一点勝ち越し。
ベンチが沸く。
俺も飛び上がった。
「きゃーっ!かっこいいですぅー!」
「うるせぇ!」
四番に怒鳴られた。
でも少し嬉しそうだった。
男の子って単純だなぁ。
◇
そして監督は八回。
俺を呼んだ。
「美城」
「はい」
「守備いくよ」
「わっかりました!」
胸が高鳴る。
決勝。
全国。
八回。
守備固め。
俺はグローブを握りしめた。
サードへ向かう。
観客席から小さなどよめき。
白髪。
ゴーグル。
小柄な少女。
目立たないはずがない。
だが今はどうでもいい。
打球だけ見ろ。
ボールだけ見ろ。
エースを助けろ。
八回裏。
先頭打者。
鋭い打球。
三遊間。
普通なら抜ける。
だが。
俺には見える。
打者の筋肉の動き。
振ったバットの角度。
打ち放たれた打球の回転。
その角度。
その速度。
そして、その未来。
(ここだ!)
ボールがバットに触れる瞬間には、もう一歩目を踏み出している。
そして二歩目。
俺に遅れてボールが打ち返される。
三歩目。
俺は速やかに送球へと移れるよう、スライディングで滑り込む。
スパイクが土を削る。
下半身に遅れてやって来たグローブが、打球を捕球。
そして即座に立ち上がり、一塁へ送球。
ふわっとした山なり。
だが間に合う。
アウト。
球場が沸いた。
「うおおおおお!!」
「取ったぁぁ!!」
ベンチが総立ちになる。
俺は立ち上がりながら思う。
(肩弱ぇぇぇぇぇ!!)
送球は相変わらずしょぼい。
しかし間に合えばいい。
その為の、送球を考えた捕球。
その為の、打球方向の先読み。
足りない身体能力を技術で埋める。
それが俺の野球だ。
その後も俺は守備で存在感を見せた。
難しいバウンド。
鋭いライナー。
全部処理する。
ベンチへ戻ると監督が笑った。
「美城ちゃん」
「はい?」
「本当、フィジカルダメダメだけど、それ以外は天才だねぇ」
「監督、それ褒めてないですよね?」
「褒めてるよぉ?」
「嘘だっ!!!!!!!」
周囲が笑う。
緊張が少しだけ和らいだ。
◇
そして九回。
一点リード。
最後の守り。
マウンドには大会を通してチームを支えてきたエース。
疲労は限界だった。
肩で息をしている。
だが目は死んでいない。
打者を睨んでいる。
「最後まで投げさせてください」
六回表終了時。
そう言ったらしい。
監督は頷いた。
なら、俺たちは支えるだけだ。
一人目。
セカンドゴロ。
二人目。
三振。
あと一人。
観客席が総立ちになる。
打席には相手の主砲。
大会屈指のスラッガー。
初球。
ストライク。
二球目。
ボール。
三球目。
ファウル。
追い込んだ。
そして四球目。
渾身のストレート。
打者が振る。
快音。
やばい。
誰もが思った。
ピッチャーの真横を飛ぶライナー性の当たり。
センター前に抜ける。
そう見えた。
だが。
俺には見えていた。
打球方向。
回転。
速度。
全部。
(届く!!)
俺は走った。
身体能力は低い。
足も遅い。
だがスタートだけは誰より早い。
打球が飛ぶ前から動いている。
限界まで身体を投げ出す。
グラブを伸ばす。
土煙。
衝撃。
そして。
ボールの感触。
捕った。
捕った。
捕ったぁぁぁぁ!!
「アウトォォォ!!」
主審の宣告。
球場が爆発した。
歓声。
悲鳴。
拍手。
叫び声。
全部混ざる。
俺は土まみれのまま転がっていた。
「みしろぉぉぉ!!」
エースが泣きながら飛びついてきた。
「ぐえっ!?」
「ありがとう!」
「重い重い重い!」
さらに内野の守備陣に、外野手たち。
そして熊谷と市川を含むベンチのみんな。
六年生。
五年生。
みんな飛びついてくる。
苦しい。
でも嬉しい。
前世では一度も無かった、自分のプレーで勝利を決めたこの感覚。
その充足感が、俺の胸を満たしていた。
全国優勝。
守備でも、打撃でも、チームの一員として勝利に貢献した優勝。
それだけで胸がいっぱいだった。
優勝旗が掲げられる。
歓声が鳴り響く。
白い髪が風に揺れる。
俺は空を見上げた。
前世の俺が見たら何て言うだろう。
『妄想オツ』
とでも言うだろうか。
でも、現実だ。
そして、俺の野球はまだ始まったばかりだ。
全国優勝した。
だから、来年も優勝する。
シニアのチームにもスカウトされるくらい頑張って、甲子園に立つ。
ドラフトで選ばれたいけど、無理でも大学野球へ進む。
そして、女性で史上初のプロ野球選手になる!
目標はもっと先。
男子の壁。
甲子園。
そして、女性初のプロ野球選手。
その夢は何一つ終わっていない。
優勝トロフィーを掲げる仲間たちを見ながら、俺は静かに拳を握った。
(待ってろよ、プロ野球)
(今度こそ、絶対に逃げない)
そして表向きは可愛らしく。
「みんなー!写真撮りますよぉー!」
と満面の笑みで手を振る。
だが心の中では。
(ふはははは!!見たか世界!!)
(この美城輪(みしろ りん)様が、ここから球界を支配してやる!!)
そんな野望を抱きながら。
俺は仲間たちの輪の中心へと飛び込んでいった。
双子の天使から、チャッピーに変えたら、めっちゃ何処かでみたことある文章に…
みんな小説専用のAI使ってるかと思ったら、チャッピー、お前やったんか…