紅眼のヒロイン、白球を盗む 作:匿名希望
全国大会優勝から数ヵ月後。
冬の風は容赦なく冷たかった。
グラウンドの端に積まれた霜柱を蹴り飛ばしながら、俺は白い息を吐く。
俺たち青空リトルは全国大会に優勝し、全国一位の称号を得た。
それも俺のファインプレーが有って!
ここ大事!
だが、現実というやつは残酷である。
全国優勝した翌日だろうが、なんだろうが。
基礎練習は消えない。
「足を止めるんじゃないよぉぉぉぉ!!」
監督の怒号が飛ぶ。
「はいぃぃぃぃ!!」
俺たちは走る。
とにかく走る。
また走る。
さらに走る。
人類はなぜ進化の果てにこんな苦行を部活動へ組み込んだのだろうか。
本当に理解できない。
前世からずっと思っている。
だが。
走りながら俺は少しだけ笑っていた。
昨日より身体が動く。
1週間前より足が前へ出る。
1ヶ月より息が上がらない。
確実に変わっている。
優勝したからじゃない。
毎日積み重ねたからだ。
◇
年が明ける前。
六年生たちの卒団式が行われた。
全国優勝メンバー。
俺たちの黄金世代。
大空リトル史上最強と呼ばれたチーム。
その最後の日だった。
監督の挨拶。
保護者の挨拶。
卒団証書授与。
そして選手たちのスピーチ。
エースが前へ出る。
「俺は来年から神崎シニアへ進みます」
どよめきが起きた。
大空リトルは名門強豪の全国常連だが、その上の大空シニアはここしばらく全国大会の切符を掴めていなかった。
対する神崎シニアは、県内屈指の名門。
そして全国常連。
甲子園常連の高校へ、毎年何人もの選手を送り込み、現在も活躍するプロ野球選手も輩出している、シニアの強豪だった。
またまたそして、大空シニアは、毎度のように神崎シニアに敗れ、全国への切符を逃していた。
スカウトを受けていたことは聞いていた。
だが実際に本人の口から聞くと実感が湧く。
スカウトされたことは勿論、大空リトルから大空シニアに進むんじゃなく、別のシニア。
それもライバルチームへ進むことを決めたことも、すげぇわ。
俺だったら、例えそちらの方が未来があっても、その決断はできないだろうと思った。
まず間違いなく、これまでチーム仲間だったみんなと戦うだろうしな。
そんな我らのエースは、満面の笑みじゃなく、少し難しい顔をしていた。
それでも、続ける。
「俺は将来、絶対に甲子園へ行きます」
まばらな拍手。
それでも、『頑張れよー!』と言う、応援の声も出た。
彼がエースとしてこの一年、力を尽くしてくれたことは間違いないのだ。
そして次。
熊谷。
「俺は大空シニア行きます」
拍手。
うん。
知ってた。
「以上」
短っ!
会場が笑う。
監督まで笑っている。
熊谷は昔から余計なことを言わない。
だがその代わり、野球で全部見せるタイプだった。
その結果はノーコンピッチャーだったのだが…
卒団式が終わった後。
俺はグラウンドの隅で熊谷を見つけた。
「熊谷先輩」
「ん?」
「卒業ですねぇ」
「そうだな」
「寂しいです?」
「少し」
珍しい。
熊谷が素直だった。
俺は少しだけ笑う。
「先輩」
「なんだ」
「シニアでも暴投してくださいね♡」
「お前なぁ……」
熊谷が呆れた顔をする。
「シニアに上がったら、このコントロール絶対にどうにかしてやるから大丈夫だ!」
「プププ~それはそれは大きく出ましたね~
まあ、そんな簡単にどうにかなるんだったら、プロ野球選手は四球を出しませんよ~ぷぶぷ」
「…だからお前は、大空シニアにこいよ」
一瞬。
言葉が詰まった。
だがすぐに笑う。
「え~、告白ですか~?
ごめんなさーい。先輩はダメンズながら頑張ってますが、流石に無理で~す」
「ちっ、ちがわい!勝手に変な勘違いすんじゃねー!!」
「キャハッ、でもまぁ任せてください♪
これから2年間補欠の先輩も、3年生の時くらい、何とか試合に出させてあげますよーwww」
熊谷は鼻で笑った。
「うるさいわ」
まぁなんだ……
頑張れや、熊谷
◇
クリスマス。
優勝メンバーたちは久しぶりに集まった。
会場は市民センターの一室。
保護者たちが用意した料理が並び。
ケーキが置かれ。
子供たちは大騒ぎ。
全国王者とは思えない。
普通の小学生だった。
「美城ちゃーん!」
「はいはーい♪」
女子マネージャー役をやらされる俺。
ジュースを配る。
写真を撮る。
プレゼント交換をする。
そして。
なぜか六年生男子に囲まれる。
「美城」
「なんです?」
「シニア来いよ」
「まだ五年生にもなってないですぅ」
「身長伸びそうだし」
「伸びますよぉ♪」
「なんで自信満々なんだ」
そりゃ知ってるからだ。
写輪眼で骨格の変化も筋肉の付き方も把握している。
自分の身体くらい誰より分かる。
とは言え説明できないので誤魔化す。
「可愛い子は成長するんです♡」
「意味わからん」
全員に言われた。
◇
そして春。
異変は突然だった。
朝。
久しぶりにズボンを履く。
グググググゥ~
……っふぅ
うん、無理だな
ズボンが入らない。
昨年の夏まで履いていたズボンを、衣替えで出したばかりだった。
何となく、いや、まず間違いなく無理かなーって思ってたけど、
母親に言う。
「お母さん」
「なに?」
「タンスの中でズボン縮んだ?」
「当たり前でしょあんた。
そんだけデカくなったらそうなるでしょ、輪」
母親が、俺を見上げてそう言う。
去年の春の身体測定。
131センチ。
夏まではそこまで変わってなかった。
そこから、162センチーー
秋、冬を超えて春、俺の身長は30センチ以上伸びていた。
身長が伸びでも、あんまりわからない人もいると思う。
でも、この成長は流石にわかるよ……
それに走るときとか、偶に転けそうになるくらい変だったし、肘とか膝が酷い筋肉痛見たいに痛かったし。
何なら現在進行形で痛い。
うん、意味が分からない。
成長期が暴走している。
女の子の成長は男子より早いって聞いてたけど、4年生~5年生でもうなのか…
鏡を見る。
白髪。
赤い目。
そして。
デカイケツ、薄い胸……
いや、お尻と胸は関係ない!
身長だよ、身長!
女子としても十分に高い部類だ。
「……」
「どうしたの?」
「小悪魔ロリ枠が消えました」
「何言ってるの?」
俺にも分からない。
◇
だが。
問題は身長じゃなかった。
さっきも少し話したが、急激な成長は野球選手を狂わせる。
今まで通り動けなくなる。
感覚が狂う。
成長痛も起きる。
多くの小学生高学年から、中学生選手がそこで苦しむ。
しかし。
俺には写輪眼がある。
練習前。
バットを振る。
筋肉の収縮。
関節角度。
重心移動。
全部確認。
昨日と今日の違い。
今日と明日の違い。
毎日修正。
毎日最適化。
一ミリ単位とはいかないが、無理なく練習に参加できる程度に、何とか調整する。
もちろん、身体操作のズレに加えて、成長痛の痛みもある。
肘。
膝。
腰。
足首。
全部痛い。
だが危険なラインは分かる。
故障する三歩手前。
余裕をもって、危険域を避ける。
無理も無茶も、絶対にしない。
その繰り返しだった。
◇
春の終わり。
監督が腕を組んでいた。
「おかしい」
「なにがです?」
「なんで美城ちゃんスランプないの?」
「才能です♡」
「無理だけはしないでねー」
監督は、納得してない難しいを顔をした。
「普通は崩れるんだけどねー」
「崩れませんでした♪」
「なんで?」
俺は笑う。
「才能です♡」
写輪眼で毎日調整してますなんて、言えねーよ!
◇
一方で。
フィジカルも大きく変わっていた。
腕立て。
懸垂。
ダッシュ。
ランニング。
地獄の基礎練。
全部続けた。
全国優勝したから終わりじゃない。
むしろ始まりだった。
身長はチームの男子を越え、それに比例して筋力も増えた。
肩は強くなったし、足も速くなった。
体力も増えた。
何より。
バットのスイング速度が変わった。
打撃練習。
快音。
外野フェンス直撃。
グラウンドが静かになる。
「……」
「……」
「ハハッ」
監督もコーチも固まった。
滝川はエースの癖に、打たれて笑ってやがる。
笑ってる滝川は、ちょっとキモいかもしれない。
いや、結構キモいわ。
うーん、飛ぶねぇ~。
昨年は、まず間違いなく届かなかった。
筋力。
体重。
身長。
全部伸びた結果だった。
「美城」
「はいー?」
「お前……」
「はい」
「ヤバイな」
「ヤバイですよー♪」
周囲もざわついていた。
同期の新五年生。
そして、新しい青空リトル1軍の新六年生。
みんなが俺を見ていた。
俺は何時も通りを意識して、再び打席に戻る。
バッティング練習はまだ途中だ。
「次の球、お願いしますよー♪」
コーチが吹き出した。
「ホームランを打っても、ほんと美城ちゃんは何時も通りだねー」
「私はワタシです♡」
一瞬、空気が止まったが、それも何時もの空気に戻ってくる。
それでも、何時も通りに戻ってくれないものもある。
俺の心臓は、うるさいくらい鳴っていた。
◇
夜。
自室。
日課の柔軟を終える。
窓の外を見る。
全国優勝から半年。
景色は変わった。
仲間も変わった。
俺の身体も変わった。
練習が楽しくなってきた。
フィジカルが上がった。
男子よりいち早く第二次性徴を迎えた俺は、今やチームでもトップクラスのフィジカルを持っている。
その為の、基礎練習の積み重ねだった。
その為、食トレもしていた。
写輪眼で身体の調子を見て、怪我をしない様に気をつけて、トレーニングを続けた。
成長痛は、信じられないくらい痛かったが、それでもズル休みはしなかった。
だって、野球が楽しくなってきたから。
たった一年で、俺の立ち位置は信じられない程に変わった。
誰よりも速く。
誰よりも力強く。
今の俺は無双状態だった。
俺はバットを握る。
白い髪が揺れる。
鏡の中には。
もうチビだった頃の自分はいない。
背が伸びて。
強くなって。
自信に満ち溢れた少女がいる。
「くはっ
明日はもっと飛ばしたいな~」
誰に向けた訳でもない、独り言。
このときの俺は、未来や夢のことなんて、欠片も考えてなかった。
ただ、楽しいから野球をする。
いま、夢中になっているから野球をする。
誰にも止められず、勝てるから野球をしてる。
嘗ての、今の自分じゃない自分が忘れていたもの。
惰性じゃない。
好きなことに夢中で、熱中すること。
それが今の俺の原動力になっていた。
◇ ◇ ◇
夏の大会開幕まで、あと三か月。
美城輪、十一歳。
身長一六二センチ。
大空リトル一軍、遊撃手。
雑に描写増やしてすると、とんでもないことになる。