紅眼のヒロイン、白球を盗む 作:匿名希望
えーっと、誤字報告してくれた人たちって……誇らしくないの!?めちゃくちゃありがとうございます。
へっぽこですが、これからもよろしくお願いいたします!!
全国大会から一ヶ月。
夏休みが終わりかけた頃。
大空リトルのグラウンドには、以前よりも大人の姿が増えていた。
理由は簡単。
美城輪。
その存在だった。
「こんにちは」
「お疲れ様です」
「今日は神崎シニアさんも来てますねぇ」
「そうだね」
監督が苦笑する。
バックネット裏。
スーツ姿の大人たち。
腕を組みながら練習を見ている。
以前から視線は感じていた。
だが最近は露骨だった。
守備練習をしていれば見る。
打撃練習をしていれば見る。
走れば見る。
休憩していても見る。
動物園のパンダじゃないんだぞ。
◇
「美城さん」
練習後。
一人の男性が近付いてきた。
名刺を差し出す。
神崎シニアのスカウトだった。
「あらまぁ」
「以前もお話しましたが」
「しましたねぇ」
「是非うちへ」
営業スマイル。
俺も営業スマイル。
大人って大変だな。
前世で嫌というほど見た。
◇
話はいつも同じだった。
君は凄い。
才能がある。
身体能力も素晴らしい。
守備も打撃も全国レベル。
将来有望。
だから神崎シニアへ。
そして。
最後に必ず続く。
「高校は女子野球の強豪校があります」
「最近は環境も整っています」
「女子プロへの道もあります」
「日本代表も夢ではありません」
そこだった。
毎回そこだった。
誰も。
本当に誰も。
甲子園の話をしない。
◇
最初は気にならなかった。
だが。
何人も。
何人も。
何人も。
違うチームのスカウトと話すうちに気付いた。
彼らの中では決まっている。
シニアまでは男子と混ざる。
高校から女子野球。
その先は女子プロ。
女子日本代表。
そういう未来。
◇
「どうするの?」
帰り道。
父親が聞いた。
「何がー?」
「女子野球」
少し考える。
そして肩を竦めた。
「別に悪くないんじゃないかなー?」
本音だった。
女子プロ。
日本代表。
それだって凄い。
前世の俺なら想像もできない。
◇
家へ帰る。
風呂へ入る。
鏡を見る。
百七十センチを超える、鍛えられた身体だ。
急に身長が伸びても、キツイ練習があっても、それに負けないくらいたくさん食べて鍛えた身体。
そして女の身体。
今さらだ。
何年も生きてきた。
もう理解している。
俺は女だ。
前世は男だった。
だが今は違う。
◇
男を好きになるかと言われれば。
ならない。
どう考えてもならない。
前世の感覚が残りすぎている。
だから。
女子だらけの女子野球。
それも別に悪くない。
むしろ気楽かもしれない。
身長だって高い。
フィジカルもある。
活躍できるだろう。
幸せになれるだろう。
そう思っていた。
少なくとも。
その時までは。
◇
数日後。
またスカウトが来た。
また女子野球の話をした。
また未来の話をした。
また同じ話だった。
最後まで断言は濁し、その日も返事は保留で家へ帰った。
◇
「美城ちゃん」
監督だった。
「なんですかー?」
「少し話さない?」
珍しい。
監督から個人的に呼ばれることは少ない。
俺は頷いた。
◇
グラウンド脇のベンチ。
夕方。
練習は終わっている。
蝉の声も減っていた。
監督は缶コーヒーを飲んでいた。
俺はスポーツドリンク。
粉のやつで、まとめてでっかい容器に入ってるのを、紙コップにいれて持ってきた。
昔からコーヒーは苦手なんだよ!!
◇
「最近どう?」
「どうとは?」
「進路」
「あー」
適当に答える。
「まぁ普通ですよー」
「普通かぁ」
「普通です♪」
「本当に?」
「本当です♡」
監督が笑った。
嫌な笑いだった。
何か見透かしている顔。
◇
「女子野球は嫌かい?」
一瞬。
心臓が止まりそうになった。
だが。
顔には出さない。
俺は美城輪(うつしろ りん)だ、みんなのアイドルだ!(妄想)
いつだって余裕たっぷり。
小悪魔全開。
それが俺だ。
「そんなわけないじゃないですかー」
笑う。
いつもの笑顔。
「やっぱり男子と女子じゃ違いますしー」
「うん」
「生物学的にも差がありますしー」
「うん」
「女子プロだって立派ですしー」
「うん」
「女子代表とか凄いですしー」
「うん」
監督は相槌だけ打つ。
反論しない。
否定もしない。
だから逆に嫌だった。
◇
「でもさ」
監督が言う。
「君、それ本当に思ってる?」
「思ってますよー」
……半分くらい」
俺の笑顔が少し固まる。
監督は続けた。
◇
「美城ちゃんってさ」
「はい」
「意外と努力家なんだよねー。
最後まで、そして今でも基礎練続けてるし。」
「意外とってなんですか」
「それにプライド高い」
「褒めてます?」
「傷付きやすい」
「褒めてませんね」
「人に頼るの下手」
「……」
「だからか、人に教えるっていう発想がない」
「……」
前半は、図星だった。
少しだけ。
本当に少しだけ。
でも、最後の人に教えるって発想が無いってのには首をかしげた?
発想がないってなんだよって。
それをわざわざ指摘される理由もわからなかった。
「君さ」
監督が空を見る。
「チームメイトのこと、ちゃんと見てる?」
「見てますよ?」
「本当に?」
「見てます。
今だってほら、打席のあの子打ちますよ」
カキーーン!
快音をならして、白球がマウンドに飛ぶ。
それを見て、監督は少しため息をついてから再び口を開いた。
「そう言うことじゃないんだよ。
白壁くんが調子悪そうだって気付いてたでしょ?」
「?
2回戦のことですよね?
はい、気付いてましたよ?
ほら、やっぱり良く見てるじゃないですか」
「違うよ、違う。そうじゃないんだよ」
◇
全国大会。
あの日。
俺は知っていた。
投球練習の時から知っていた。
フォームが変だった。
軸足が流れていた。
リリースも甘かった。
うーん、今日ってもしかしてヤバイか?って思ってた。
だって、写輪眼なら分かる。
◇
でも。
何もしなかった。
◇
「誰にも言わなかった」
監督が言う。
「それとも言えなかった?」
「……」
「僕が思うに、言う必要がないと思った?」
俺は黙る。
◇
「君はね」
監督が笑う。
「他人を見下してるわけじゃない」
「当たり前です」
「でも同じ人間だとも思ってない」
「は?」
今度は本当に声が出た。
◇
「自分は自分」
「他人は他人」
「出来る人は出来る」
「出来ない人は出来ない」
「そういう割り切り方してる」
「……」
反論できない。
少なくとも。
少し心当たりがあった。
◇
前世からそうだった。
努力する。
結果が出る。
出ないなら諦める。
誰かに相談しない。
誰かに助けを求めない。
だから。
誰かを助ける発想も薄かった。
◇
「そんなこと」
「ない?」
監督が笑う。
「ないです」
「本当に?」
「……」
「自分はそんなんじゃないって思ってない?」
言葉が詰まる。
◇
思っている。
当然だ。
俺はそんな冷たい人間じゃない。
そう思いたい。
だが。
本当にそうか?
◇
白壁。
藍間。
チームメイト。
仲間。
俺は彼らに何かしてやれただろうか。
◇
「出来たかもしれない」
監督が言う。
「出来なかったかもしれない」
「……」
「でも試そうともしなかったよね」
胸が痛い。
◇
「君さ」
監督が笑う。
「一人で完結しすぎなんだよ」
「……」
「だから一人でどうにもならなくなった時」
「……」
「めちゃくちゃ弱い」
◇
腹が立った。
そんなわけない。
俺は強い。
努力した。
勝ってきた。
結果も出した。
◇
だが。
全国大会で負けた後。
泣いた。
悔しかった。
そして最後には。
仕方ない。
そう思った。
◇
監督は続ける。
「誰かに頼るのも才能」
「誰かを頼るって信じることだから」
「君それ苦手でしょ」
「……そうかもしれません」
◇
小さな声だった。
監督は聞こえたらしい。
少しだけ笑った。
◇
「で」
「はい」
「女子野球は嫌?」
また同じ質問。
◇
俺は黙る。
◇
嫌じゃない。
本当に嫌じゃない。
女子野球も凄い。
女子プロも凄い。
日本代表も凄い。
◇
でも。
甲子園で…
甲子園でプレーしたい。
男だとか、女だとか関係ない。
自分が最強で、最優で、凄いだって証明したい。
それで称賛されて、憧れられて、人の心を揺さぶる野球選手になりたい。
だから、諦めるんじゃなくてーー
ーー戦いたい。
ーー最強になりたい。
◇
それも本音だった。
◇
「分かりません」
初めてだった。
俺がそんな答え方をしたのは。
◇
監督が笑った。
「うん」
「分かりません。
どちらでも良いんだと…思います。
でも、どちらかというなら、あっちが良いです。」
「それでいいと思うよ」
あっちが何なのか、監督は俺に聞くことはなかった。
◇
風が吹く。
グラウンドの土が舞う。
◇
「まずさ」
監督は笑った。
「楽しい?」
◇
一瞬。
全国大会。
ホームラン。
守備。
歓声。
勝利。
悔しさ。
思い浮かぶのは、大空リトルでのハイライト。
練習の苦しさや、バカにされた嘲笑の声は欠片も思い浮かばなかった。
◇
そして。
答えは一つだった。
◇
「楽しいです」
◇
「ならそれでいいんじゃない?」
監督は笑う。
「君って難しく考えると迷子になるから」
「それ、失礼です!」
「本当じゃん」
◇
そして最後に。
監督は肩を竦めた。
◇
「それはそうと」
「はい?」
「その協調性も可愛げもない思考回路はどうにかした方が良いよ?」
◇
「はぁ!?」
俺は立ち上がった。
「私はいつも可愛いですよっ!!」
「外面はね」
うんともすんとも言えなかった。
◇
監督は腹を抱えて笑う。
◇
「それに、君ってやっぱりボッチ気質だよ」
「違いますぅ!!」
「ぼかぁ心配だよ。
野球は一人でやるもんじゃあないよ」
「余計なお世話ですぅ!!」
◇
夕日が沈む。
グラウンドが赤く染まる。
◇
監督は笑っていた。
俺も笑っていた。
◇
進路はまだ決まっていない。
未来も分からない。
甲子園へ行けるかも分からない。
女子野球へ進むかもしれない。
◇
それでも。
一つだけ。
確かなことがあった。
◇
俺は野球が好きだ。
万年ベンチでも。
試合に出れなくても。
野球を諦めても。
俺は野球にかじり付いた。
◇
好きだった。
◇
だからきっと。
もう少しだけ。
足掻いてみようと思った。
◇ ◇ ◇
大空リトル卒団まで、あと半年。
美城輪。
十二歳。
身長一七三・二センチ。
遊撃手。
ぼかぁ、野球ができたらそれでよかったんよ。