朝日が迷宮都市オラリオを照らしていた。
石畳を行き交う冒険者たち。
武器屋から聞こえる金属音。
屋台から漂う焼き立てのパンの香り。
ゆうは広場の中央で立ち止まり、空を見上げた。
白亜の巨塔――バベル。
その姿を見た瞬間、胸の奥が熱くなる。
(本当に……ダンまちの世界なんだ。)
昨日は生きることに必死で実感がなかった。
けれど今日からは違う。
冒険者になる。
そのためには、神の恩恵――ファルナが必要だった。
「新人かい?」
「うちのファミリアへ来ない?」
神々があちこちで新人を勧誘している。
ゆうも何柱かの神と話した。
しかし結果は思わしくなかった。
「悪いねぇ。うちはもう人数が多くて。」
「剣も魔法も未経験か……。」
「悪くない目をしてるけど、もう少し経験が欲しいかな。」
断られる理由は様々だった。
才能がないからではない。
まだ何者でもないから。
(焦るな。)
(今日は駄目でも、明日がある。)
自分に言い聞かせるように歩き出した、その時だった。
「うぅぅ……また駄目だったぁ……。」
情けない声が聞こえた。
ゆうは思わず足を止める。
広場の隅。
黒髪をツインテールに結んだ小柄な女神が、肩を落としていた。
「ヘスティア、また眷族増えなかったの?」
近くを通った神が笑う。
「うるさいなぁ!」
「一人くらい増えたっていいじゃないか!」
「まぁまぁ、そのうちね。」
神々は笑いながら去っていく。
ヘスティアは頬を膨らませた。
「むぅ……。」
ゆうは思わず苦笑した。
(原作そのままだ……。)
その時だった。
ヘスティアがこちらを見た。
目が合う。
「あっ!」
何かを思いついたように目を輝かせると、小走りで近寄ってきた。
「ねぇねぇ!」
「き、君!」
「はい?」
「まだファミリア決まってないよね!?」
「え?」
「決まってる?」
「……いえ。」
「やった!」
ヘスティアは両手を握りしめた。
「じゃあ、うちに来ない!?」
「あ……。」
勢いに押される。
ヘスティアは慌てて咳払いした。
「ご、ごめん。」
「急に言われても困るよね。」
少し恥ずかしそうに笑う。
「でも、本気なんだ。」
「私のファミリア、今は一人も眷族がいなくてさ。」
「だから……。」
少しだけ視線を逸らし、小さく笑った。
「一人ぼっちは、やっぱり寂しいんだ。」
ゆうの胸が少しだけ痛んだ。
昨日、世界の狭間で神は言っていた。
「……お願いします。」
ヘスティアの顔が一気に明るくなる。
「本当!?」
「ありがとう!」
「じゃあ早速ホームに行こう!」
主人公は笑いながら頷いた。
(やっぱり、この人なんだな。)
◇◇◇
古びた教会。
決して広くはない部屋。
それでも綺麗に片付けられていた。
「ちょっと狭いけど我慢してね!」
「いえ、十分です。」
「じゃあ、早速ファルナを刻もう!」
ヘスティアは指先を小さく傷つける。
一滴の神血がゆうの背中へ落ちた。
「少しくすぐったいよ。」
温かな光が背中を走る。
神聖文字が浮かび上がり、ヘスティアは真剣な表情で恩恵を書き込んでいく。
数分後。
「終わり!」
羊皮紙へ神聖文字を書き写す。
「えーっと……。」
ヘスティアは少し笑った。
「うん!」
「すっごく普通!」
ゆうも思わず笑う。
「普通ですか。」
「うん!」
「スキルも魔法もまだない!」
「でもね、最初はみんなこんな感じなんだ。」
「ベルくんだって、最初はこうだったんだから。」
主人公は羊皮紙を見る。
【力 :I 0】
【耐久:I 0】
【器用:I 0】
【敏捷:I 0】
【魔力:I 0】
確かに、何一つ特別ではない。
それが少し嬉しかった。
(この世界のルールで生きていける。)
ヘスティアが夕食の準備を始める。
ゆうはその背中を眺めながら、小さく息を吐いた。
その瞬間。
視界の端に、誰にも見えない銀色の文字が浮かぶ。
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【外部加護 接続完了】
ファルナとの干渉――なし
能力値への影響――なし
独立領域を展開
《才能》
《耐性》
《適性》
初期状態
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一瞬で文字は消えた。
「……。」
主人公は何も言わない。
ファルナはファルナ。
これは、それとは別の何か。
世界の狭間で出会った神の最後の言葉が蘇る。
『私の力は、君を強くするものではない。』
『君の歩んだ道を、才能へ変えるだけだ。』
ゆうは静かに拳を握る。
まだ何も持っていない。
だからこそ、この世界で積み重ねたすべてが、自分だけの力になる。
そのことを、この時の主人公はまだ知らなかった。