おばあちゃんは魔法少女をやめない 作:魔法少女(少女とは言っていない)
「そろそろ引退するべきなのだ」
「え、嫌よ」
怪人を倒し、魔法少女としての役目をいつも通り果たしていたある日のこと。
もう何十年一緒にいたか分からないぬいぐるみのような妖精がそんなことを言い出す。
私、清水幸子は、魔法少女と呼ばれる存在が生まれてから間もない頃に魔法少女になった。
当時、キラキラしたものに憧れていた私は、迷うことなく魔法少女になることを決意したものだ。
幸い、私には魔法を扱う才能があったらしく、そこそこの功績を残しながら今に至る。
自分の力で人を救えることは誇らしかったし、それで感謝されることが嬉しかった。
ただ一つだけ問題があるとすれば、一向に魔力の衰えが始まらず、辞めるタイミングを逃してしまったことだろうか。
同期が綺麗なおばあちゃんになっていく中、もうずっと変身を解いていない私だけが少女の姿のままなのは、さすがに少し寂しかった。
「そろそろ幸子も普通の生活を送るべきなのだ」
「あら? 意外と心配してくれてるのね」
「当たり前なのだ。幸子を魔法少女に誘ったのはボクだから」
とはいえ、私は現状に満足していた。
魔法少女の中には私を知らない子もいるし、知っていても空想の中の存在だと思われている。
そんな中でも、昔と変わらず人を救えば感謝してもらえるし、いざという時には皆より知識のある私だからこそ役に立てることもある。
それだけで、私には十分だった。
名誉欲なんてものは、若い頃の失敗もあって、とうの昔に消え去っている。
それに……。
「今辞めたところで、私はただのおばあちゃんに戻るだけなのよ?」
「……それは」
「ロクに動けないかもしれない体になるより、この若い体でいた方が私にとっては幸せなのよ」
これでも長い付き合いだ。
妖精が本気で私を心配していることは分かる。
だけど、こんな歳まで続けてしまった以上、今になって辞めるという選択を取れるほど私は強くない。
私は時々、ある夢を見る。
ある日突然、魔力が尽きて、きっとおばあちゃんになっているだろう私の本来の体に戻ってしまう夢を。
それは、嫌だ。
ここまで魔法少女を続けてしまった以上、私が魔法少女を辞めるのはとてつもなく強い怪人に敗北したその時だけだ。
「……ひとまずは、分かったのだ」
「ありがとうね」
「でも、やっぱり手遅れになる前に……体が無事なうちに引退して欲しいって気持ちは変わらないのだ」
「まあ、動けなくなったらさすがに考えるわよ」
本当に、この相棒は昔から変わらない。
どんな時でも魔法少女を一番に考え、時にはそれが大きく空回りをしたりする。
私達を想ってくれているからこそだと分かっているから、誰もこの妖精を責めることは出来なかったけれど。
やっぱり、はた迷惑なこともあったりして、妖精がいないところで「今日のこれは酷かったね」なんて同期の魔法少女たちと話していた頃が懐かしい。
私の妖精は、自分以外にも魔法少女になる手助けをする妖精が何体かいると言っていた。
今の魔法少女についている妖精は、私の相棒と同じように魔法少女たちのことを一番に考えてくれているんだろうか?
そうだったら、それほど嬉しいことはない。
「……! 幸子、近くで怪人が発生したのだ!」
「また? 最近、本当に多いのねぇ」
「怪人の発生に巻き込まれている人がいるかもしれないのだ……急がないと!」
「相変わらず語尾が安定しないのね」
っと、どうやら近くで怪人が発生したらしい。
場所は……オフィス街の近く。
人の悪感情を元にして生まれる怪人が、高頻度で発生する場所の一つだ。
そして、単純に人がたくさん集まっていることもあって、民間人が巻き込まれやすい場所でもある。
「さあ、いくわよ」
「こういう時変身の必要がないのは便利だとつくづく思うのだ」
「そこ、うるさいわ」
私は私服のまま街を駆け、怪人が発生した場所へと向かう。
普通の魔法少女はここで変身をしないといけないが、常時変身状態の私には関係ない。
フリフリのついた可愛い服にならなくても、魔法少女としての力を存分に発揮できるのだ。
私の場合は、一度変身を解いたらもう二度と魔法少女にはなれないかもしれない、という恐怖から変身を続けているだけなのだけど。
こういうところでは、変身を解かないことによる思わぬ利点もあったりする。
それでも、常時変身していると魔力を大量に消費してしまい、戦闘にまで回す余力がなくなってしまうのでおすすめはされない。
今活動している魔法少女で元の自分の姿に戻らないのは、間違いなく自分だけだろう。
「あそこね?」
「そうなのだ」
「いくら何でも大きくない?」
「確かに発生したばっかりにしては大きすぎるかもしれないのだ」
目的地に着くと、案の定、発生したばかりだと思われる怪人が建物を破壊しようとしていた。
近くに逃げ遅れた人は……おそらくいない。
私が魔法少女になりたてだった頃は、毎回一人は逃げ遅れていて大変だった。
今はもう避難の手順も確立されているのか、取り残されている人を見ることは滅多にない。
……それにしても、ついさっき戦った怪人と比べてもこの怪人は大きい。
普通、発生したばかりの怪人は人間より少し大きいくらいが相場なのに。
この怪人ときたら、普通に三メートル近くはあるんじゃないだろうか。
「ココヲコワセバ……オレハ……オレハ……」
「こう言う時、社会に出たことのない私はどうすることもできないのよねぇ」
「……ダレダ」
「魔法少女。あなたを救いに来た存在よ」
まあ、どちらにせよ、怪人になってしまった以上、私は何があっても倒さなくてはいけない。
怪人を哀れに思って助けた魔法少女が、その後我を失った怪人に殺され大惨事になる、なんてことは十年に一度くらいの頻度で起こる。
確かに怪人は人間の成れの果てと言える。
けれど、怪人は人間ではない。
人間に仇をなす敵だ。
私たち魔法少女は、そこだけは履き違えてはいけない。
絶対に。
「オレノジャマヲスルナラ……!」
「せめて、楽に送りましょうか」
「オマエヲ! オレハ!」
どんな事情があって怪人になったのか。
怪人になる前はどんな人間だったのか。
私たちはそんなことを知る由もない。
だけど、いやだからこそ。
私は目の前の怪人を想いながら戦う。
敵であることは間違いないが、元が人間だったことも忘れてはならないから。
まあ、あくまでもこれは私の信念だ。
自己満足だと言われてしまえば、返す言葉は思い浮かばない。
「幾千の巡る星々よ、今、この手に輝きを——」
私の魔法少女名はフォーリュミナ。
司るのは『幸運』と『光』。
……貴方が、どんな人生を歩んできたかは知らないけれど。
最後くらいは、せめて苦しまないことを祈りながら。
貴方のその先に少しでも『光』があって、『幸運』が訪れますように。
「——ルミナ」
私の手から放たれた光弾は寸分の狂いもなく怪人の弱点である胸に命中し、怪人がよろめく。
そのまま焦点が定まらない目で私を見つめ、それを最後に地面に倒れ伏した。
怪人になった人間は、倒されたとしても決して元の人間の姿には戻らない。
基本的には数秒間怪人の姿のまま残った後、何事もなかったかのように消え失せる。
もしくは、この人のように、元になった人が生前一番大切にしていたものだけが一つ残る。
「魔法少女のキーホルダー……」
残ったのは、最近人気の魔法少女のキーホルダーだった。
どうやら、この人は魔法少女が好きだったらしい。
魔法少女が好きな人間が怪人になり、魔法少女に倒される。
なんとも皮肉な話だ。
確か彼女の担当地域はそう遠くなかった気がするが、この遺品と言えるものはどうしよう。
まあ、さすがに十代の少女に渡すわけにはいかないか。
後で協会に届けて、この人の遺族に渡してもらうしかない。
本当に、この世界は馬鹿げている。
私はもう、とっくに慣れてしまったけれど。
やっぱり魔法少女なんてものは、絶対に十代の女の子にやらせるものじゃない。
「やっぱり私、まだ辞めるわけにはいかないわ」
「何か、決心を固めたことでもあるのだ?」
「そうよ。私の記憶が確かだと怪人の発生する理由ってまだ分かってないわよね?」
「……まさか」
何度も言うが、私に名誉欲はない。
そんなものを持っていたとしたら、私を知らない魔法少女がいるこの状況を放っておくはずがないだろう。
だけど、魔法少女の中で飛び抜けた年長者として、私は魔法少女の仕組みが気に入らなかった。
確かに、十代の少女である時期が一番魔力量が多いのだから、少女たちが日本を守るということ自体は理にかなっていると思う。
だけど、そこに魔法少女たちの感情は含まれていないのだ。
多感な時期の少女たちにとって、魔法少女という役目はあまりにも重すぎる。
だから、私は決めた。
「怪人が生まれなくなるか、寿命が尽きるまで。そこまでは、続けようと思うの」
「無茶をするつもりなのだ?」
「続けるだけよ。ただ、若い子に危険が迫ってたら分からないけれど」
「絶対無茶するやつなのだ」
少なくとも死ぬまでは、魔法少女でい続けよう。
そして、あわよくば。
私が生きているうちに、魔法少女という存在がこの世に必要とされない世界にしたい。
そんな、何十年ぶりかの目標を胸に抱いて、わたしはその場を後にした。