一九九七年ー七月 神奈川県横浜市みなとみらいにて
晴れた日差しが横浜港を照らし、山下公園では家族連れや観光客が歩き、氷川丸の向こうには、まだ建設途中の高層ビル群が見える。ランドマークタワーは既に完成しているが、その周囲ではまだ巨大なクレーンが幾つも空を突いている。赤レンガ倉庫は倉庫として静かに佇み、現在のような商業施設ではない。港にはコンテナ船が並び、埠頭ではフォークリフトが忙しく走り回っていた。
この頃の横浜の街は再開発によって活気を強めていた。言うなれば、「街そのものが未来へ向かって工事を続けている。」そんな、1997年だけが持つ独特の横浜だった。
その道路を、一台の紺色の2ドアの高級クーペが滑るように走る。その車の名は、日産 レパード アルティマ V30(F31後期型)。この車はただの高級車ではない。横浜の街を守る神奈川県警港署の覆面パトカーだった。その車内には2人の男、いや、刑事が乗っていた。運転席には、大下勇次ーー通称ユージ、またはセクシー大下が片手でステアリングを握り、助手席では、鷹山敏樹――通称タカまたはダンディー鷹山がサングラス越しに港を眺めながらポッカコーヒーを飲んでいた。車内のカーステレオからは、俳優・歌手の柴田恭兵の歌う曲が次々と流れていた。
「この辺もまた工事だな。」とユージが言った。それにタカは「完成する頃には景色が変わってる。」と答えた。
続けてタカは「横浜は毎年変わる。とはいえ、やっぱり横浜はいいな。」と言った。ユージは笑いながら、「毎日見てる景色じゃないか。」と言ったが、タカは「毎日見てるからいいんだよ。」と言った。
そう会話をしているうちに、レパードはみなとみらい地区を抜け、山下公園通りを流し、元町方面へ向かう。そして信号待ちで停車した。
二人が信号待ちで横を見ると、制服警官の乗る白黒の150系クラウンパトカーが並ぶ。その後ろには交通機動隊の日産クルー・パトカー。横浜港らしい、穏やかな朝だった。
突然、その静けさを切り裂くように、港署からの無線が鳴った。
『港署より各車。本牧埠頭にて武装した男二名が拳銃を発砲。各車現場に急行せよ。繰り返す。港署より各車。本牧埠頭にて武装した男二名が拳銃を発砲。各車現場に急行せよ。』
その直後にタカとユージの上司である深町新三捜査課長の「鷹山!大下!港へ急げ!」と言う声が響いたような気がしたが、気のせいであった。
ユージは「ほら来た。」とため息をつき、タカは缶コーヒーを飲み干し、「仕事だ。」と言ってお互い顔を見合わせた。ユージがアクセルを踏み込むと、レパードは低いエンジン音を響かせながら、本牧埠頭へ向けて加速した。
その頃、港署では深町課長が、「まったく、朝から元気な連中だ。」と腕時計を見ながらぼやいた。直後に、「鷹山と大下は?」と二人がどうしているか部下達に聞いた。「もう現場へ向かいました。」
答えたのは捜査課刑事・田中文男ーー通称ナカさん。続いて、吉井浩一ーー通称パパが「あの二人なら派手にやってくれるでしょう。」と言い、深町は苦笑した。
「派手すぎるのが問題なんだ。」
そこへ鑑識係の安田一郎が紙袋を持って入ってくる。「課長、お土産です。」そう言って紙袋を深町課長に差し出した。中には、たくさんのドーナツが入っていた。
「またドーナツか。」
「今日は本牧の新しい店です。」安田が答えた。
「事件が終わってからにしろ。」と深町課長が言うや否や、勢いよくドアが開いた。
「課長ー!」少年課の真山薫だった。
「あの二人、きっとまたレパードで飛ばして行ってますよ!」薫が言った。
「知ってる。」と落ち着いた様子で深町課長は返した。続けて薫は、「絶対タイヤ減りますって!」と言うが深町課長は「今さらだ。」と言って、署内に笑いが起きた。
「俺も現場行きます!」笑いが起きた直後、若い刑事・町田透ーー通称トオル、またはプリティ町田が慌てて飛び込んできた。
深町は顔を上げ、「お前は別の事件の証拠品を鑑識へ届けろ。」と言った。
「えぇー!」とトオルは抗議するが、薫に肩を叩かれ、「トオル、頑張って。」と言われた。
「また雑用じゃないですか!」とトオルはさらに抗議したが、「若いうちはそんなもんだ。」と深町課長に返され、またも署内は笑いに包まれた。
しかしこの時誰も、この日が港署の歴史を変える事件の始まりになるとは思っていなかった。
一方、鎌倉では、四台の車両からなる車列が若宮大路をゆっくりと走っていた。先頭には一台の白いトヨタ・ランドクルーザー80、次に白いY32型日産・セドリック、さらにH100型トヨタ・ハイエース、そして最後尾には、自衛隊でも使用されるいすゞ・73式大型トラック(旧型)。それぞれの車両のドアには、「警視庁 特別祭祀機動隊」の文字が大きく書かれていた。
その車列に対して、すれ違う市民は驚く様子もなく見送る。
特別祭祀機動隊ーー通称特祭隊とは、警察機動隊のひとつで、古来よりこの国に現れて人を脅かす怪異である荒魂に対処する専門の部隊である。そこには、対荒魂専門の国家公務員である刀使が所属している。刀使になれるのは女性のみで、加えて特に力を発揮できるのが中学生から高校生のため、多くの刀使は未成年である。
このように刀使や特別祭祀機動隊は、決して秘密の存在ではない。警視庁の特別刀剣類管理局の下で、荒魂災害から人々を守る、公的機関として社会に認知されている。
とはいえ、一般人にとっては「普段はあまり関わることのない存在」でもあった。
管理局の女性職員や、全国に五つ存在する刀使の養成校・通称「伍箇伝」の教職員には、かつて現役の刀使として戦った者も多い。
車列が向かう先は、「伍箇伝」のひとつ、鎌府女学院。鎌倉にある、特別刀剣類管理局傘下の刀使養成学校である。そこでは、将来の日本を守る中学生・高校生の刀使たちが、今日も授業と鍛錬に励んでいた。
しかし、まだ、この時の彼女たちは知らない。数時間後、自分たちが横浜で港署の"あぶない刑事"と出会い、日本の未来を左右する事件へ巻き込まれていくことを――。