到着
「しっかし、この街も慣れたもんだよな」
「ホント、何回も来たもんね。お兄ちゃんが変に愛想よくするから……ちょっとした有名人になっちゃったよ」
まぁさすがにちょっとはしゃぎすぎたかも。と影夫は思い返してごちる。
ミリアの体を通してだとはいえ、人々との交流は楽しかったのだ。
愛想を振り向いたり、無邪気に人々とのふれあいをエンジョイしたのだが、やりすぎてしまったようだ。
「いやぁ楽しいな、ロリキャラネカマの振る舞いをしなきゃいかんのは正直アレだけど」
ミリアの身体を通す関係上、ロリロリきゅんとした言動が必要になるのでこっ恥ずかしい。
それでもそれなりにこなせるのはネトゲでのネカマ経験のおかげであろう。
「ちょっと気持ち悪かったかも」
「ぐはぁ」
まぁそういうわけで通りを歩くだけで、『おやまた来たのかいお嬢ちゃん』とか、『また寄っとくれ』とか、『元気だったかい』とか、『うちの子が会いたがってたよ』など、色々と声を掛けてきてくれるということになる。
その度に影夫がミリアの体と口調で愛想よく応対し挨拶を返していく。
年寄りには特に受けが良く、甘い焼き菓子をもらったりもする。
明るく素直で相手に合わせるのが得意という影夫の性格は、年上に好まれることに定評がある。
そこに、可愛らしいミリアの外見が合わさるともはや最強だった。
人は一人では生きられない。そのことをミリアにも分かってほしいと影夫は強く思ったが、トラウマがある彼女に無理強いは出来ない。
でも。と影夫は思う。
本来ならばさびしがりやで、無邪気で触れ合いが好きな彼女はきっと影夫以上に人気者になれただろう。
つくづく本当にあの村の連中が腹立たしい。あいつらはミリアの幸せと未来を台無しにしたのだ。
「あ、おばあさん。こんにちは。怪我した足はもう大丈夫? あ。そうだ、この前ホイミ覚えたから治してあげる!」
「おやおやありがとうね。じゃあお願いするよ。ミリアちゃんは本当に優しくて良い子だねぇ」
こうして影夫がおばあさんと会話しても、ミリアは心の奥で閉じこもっているだけだ。
無理やり操っているわけではないので、五感は共有していて、意識もあるはずだけど、とくに何も言ってこないし何かをしようともしない。じっと観察しているような、恐る恐る見ているようなそんな感じの反応だ。
(ミリアとしても嫌ではないらしいけど……俺を通した触れ合いで少しずつなれていってくれれば……)
「ホイミ……これでどうかな?」
「こりゃあすごいねぇ! 本当にありがとうミリアちゃん。痛みもないし、怪我する前より元気になったくらいだよ」
「よかった、もう行くけど元気でねおばあさん」
「あ、ちょっと待っておくれ。お礼に……これをあげるよ」
立ち去ろうとしたら呼び止められて、お菓子をくれた。
「今度時間があればウチへおいで。ご飯をご馳走するよ」
「ありがとうおばあさん。じゃあねバイバイ」
「はい、さようなら」
ニコニコと見送ってくれるおばあさんに手を振り、再び歩き出す。
困っている人の役に立って、喜んでもらえるのと影夫も嬉しい。
影夫からすると特に苦労もなく使えるようになったホイミを使っただけなのだが、庶民は一般的に呪文を使えないらしい。
適性などの問題もあるが、一番はお金と時間の問題だ。
基本的に書物は高価だし読むのに学も必要だ。誰かに教えを乞うにもよほど良心的な師でないかぎり礼金はいるし習う間は働けないので蓄えもいる。
義務教育がないため、基本的に庶民には学がない。最低限のことは地域の教会で教えてくれるが簡単な国語と足し算引き算くらいで、ほとんどの時間はお祈りや説教らしい。
なので、呪文を身につける余裕と機会に恵まれるのは、ある程度親が裕福だったり人を纏める仕事をしている必要がある。
しかもその親に教育への理解があり、子供に呪文の適性がなければ身につけることはできないのだ。
これでは呪文が使える人が少ないのも当然だ。
ちなみにミリアの教育環境はかなりよかったようだ。両親が元お金持ちとか、何かの先生とか、もしかしたら冒険者だったのかもしれない。そのあたりはミリアも知らないようだが。
「すごく喜んでたね」
「ああ。親切にしてもらったり善意を受けたら誰だって嬉しい。俺はこういうのが好きだな」
「親切にされた人が俺と同じ気持ちになって、また他の誰かに親切にする、そしたらみんな嬉しくて幸せになるだろ。お互いを思いやれるといいよな」
影夫はしみじみと理想を述べる。
「そうかな? でも感謝しないひとも、自分の事だけ考える人もいるよ」
「そうだな、残念だけどしょうがない。俺は自分がそうしたいからやってるだけだから無理強いはできないよ」
ミリアのいうことは最もだ。
影夫も若い頃は自分だけが良い子でいても損をする感じがしたものだ。だからといって、自分勝手に振舞うなんて嫌だった。
だから、馬鹿の愚行をやめさせたい、身勝手を直させ更正させたいと、心の底から思ったことも何度もあった。
だが、そう簡単に他人を制御したり管理なんてできるはずもなく、身も心も消耗しきり、疲れきっただけだった。
だからもう影夫は、損得がどうとか、他人がどうとかどうでもよくなっている。
自分がそうしたいからそうするだけ、というスタンスが自然体でいられて結局は楽だし軋轢もない。
「でも、悔しくない? 親切にしてあげたのに、嫌な事をしてきたら」
「もちろん俺も人の子だから、仇で返されたり内心で馬鹿にされるのは腹が立つし、嫌な事されたら当然やり返すよ」
「まぁつまり、なんだ。出来る範囲で思いやりを持ちましょう、されて嫌なことはしないようにしましょう、相手の立場になって考えましょう。最低な人もいるけど殆どの人は普通だよ。ってことかな?」
「うん……」
「さあ、今日のところはもう休もうか。宿の手配は俺がしておくからこのまま寝てもいいよ」
ミリアは疲れてしまっているようだ。
影夫は身体の主導権を譲ってもらい、なじみの宿屋まで歩き、部屋をとる。
そしてそのままその日は眠りについた。
☆☆☆☆☆☆
「う……あ……やっ」
夜中。影夫はじっとりとした汗の感触と苦しげなうめき声で目を覚ました。
今日もミリアはうなされていた。
街にいる間は宿の部屋は1つしか取れない。だからミリアと影夫は1つのベッドで寄り添うように寝るしかない。
ミリアの体に憑依した状態で寝るのは無意識が干渉するのか、頭がひどく痛んで危ないのだ。
最初に添い寝したとき、影夫は最初は妙に緊張して眠れなかったしかし、そんな浮ついた気持ちはすぐに消し飛んでいた。
眠ると同時にミリアが悪夢にうなされ、泣いているからだ。
「やめてぇ……」
「ぱぱぁ、ままぁ……」
「おにいちゃん……」
そして今もうなされていた。
必死になって影夫の身体に手を回し、小さな体ですがるようにぎゅっと抱きしめてくる。
影夫はそっと頭を撫でる。
「すぅ……」
そうすればミリアは安心するのか深い眠りにはいるのだ。
「大丈夫だ、兄ちゃんはここにいるからな……」
最初に添い寝して以来、影夫はできるだけミリアと一緒に寝るようになっていた。別々に寝ては彼女は一晩中悪夢にうなされたままだろうから。ほうっておけないのだ。
側にいることで安心できるならば一緒に寝るくらいなんでもない。
それに、ミリアの苦しむ姿を見れば照れくさいとか恥ずかしい気持ちなどは吹き飛んでしまった。
「焦るのはだめだな……ゆっくり少しずつ、だ……」
今すぐにでもミリアの苦しみを取り去ってやりたい。だが焦りは禁物だろう。
幸い、時間はある。街での情報収集をした際、ハドラーが倒されてから大体10年かそこらが経っているらしいことが分かったのだ。
それが分かれば後は影夫が知る情報を元にすればバーン襲来までの時期が分かる。
凍れる時の秘法で世界が一時的に平和になってマアムが生まれ、その翌年くらいにハドラーが倒されていた。
原作開始時点でマアムは16歳だったはずである。
つまり、ハドラーが倒された15年後に原作が始まる。ということであり、つまりバーン襲来まで4、5年くらいの余裕がある。
自衛のためにある程度の力は必要だろうが、何も影夫とミリアがバーンと戦う必要はないのだから焦って強くなる必要もない。
デルムリン島に居させて貰えればあとは原作が勝手に進んで世の中は平和になるのだから。
とにかく今はゆっくりと時間をかけて、トラウマを塗りつぶせるほどぬくもりをあたえてあげられれば。思い出で埋めることができれば。そんなことを思った。