壊れかけた少女と、元非モテおっさんの大冒険?   作:haou

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ネーミングは黒歴史級。


誤算

ミリアと影夫は、気配を殺しつつ、藪の向こうにいる誰かの元へと歩みよっていく。

 

「誰です? そこにいるのは分かっていますよ」

 

しかし、気配を悟られてしまったのか、静かだが強い口調で男が声を掛けてきた。

 

「おいミリア、慎重にいったほうがいいんじゃないか」

「大丈夫だよ。それよりさっさといこっ。はやくしないと逃げちゃうかも」

 

その声を聞いた影夫はどこか嫌な予感がしたが、高揚したままのミリアは忠告を聞かず、薄笑いを浮かべて足早に声のほうへと進んでしまう。

 

「なっ……」

 

藪を越えたところにいた男は、青髪巻き毛で、伊達眼鏡をしている一見すると優男風の……どうみてもアバン・デ・ジニュアールⅢ世。

 

つまり、勇者アバンだった。

 

「なっ……」

 

思わぬ原作人物との突然の遭遇に影夫は絶句して驚愕する。

 

一方アバンのほうも、邪悪な気配を感じて剣を向けてみれば出てきたのは10歳くらいの可愛らしい少女。

 

これには彼も面食らってしまった。

 

しかし邪気は間違いなくその少女から放たれており、血塗れの格好で邪悪な形相を浮かべている。

彼女の半身に装着された禍々しいおおばさみからは、真新しい人間の血が滴り落ちており、殺戮の事後であることも窺えた。

 

「剣を向けた? じゃあお前は敵だね!」

「敵は殺さなきゃ……ねぇ」

 

舌なめずりをしたミリアは、おおばさみの刃をいとおしげになでた。

 

「あはははは。ちょうどよかった。ちょっとものたりなかったんだよ!」

「お、おい、ミリア!?」

 

影夫は必死になって止めようと声を掛ける。

 

しかしそれはよくなかった。

影夫が声を発したことで、アバンはミリアの身体にひっついている影夫の存在に気づき、暗黒闘気の魔物が、罪なき少女に憑りつき操っていると誤解してしまったのだ。

 

「ひゃはははは! 死ね死ねッ!」

 

極度の興奮状態にあるミリアは影夫の声にも反応せず、おおばさみを構えてアバンに切りかかる。

 

「や、やめなさいっ!」

 

さすがにアバンはむざむざやられることはなかった。

しかし少女を傷つけるわけにはいかず、反撃は出来ずに身をかわすだけしかできない。

 

「うざいなぁっ、ちょこまかと!」

「くっ!? はやく武器をしまいなさい!」

 

「っ。こいつ強い!? お兄ちゃん、闘気を使うよ!!」

 

ミリアは、右手に作り出した暗黒闘気を刃へと伝わらせ、おおばさみを強化していく。

 

「暗黒処刑術!」

 

圧縮された暗黒闘気を纏った刃は漆黒に輝き、切れ味を増し、これでつけられた傷は回復呪文を受け付けないという凶悪な武器と化す。

 

暗黒闘気剣(ミリア命名:暗黒処刑術)は、並の相手なら必ず殺せる技である。

 

「殺す殺す殺す殺す!」

「ぐっ、お、落ち着きなさい! あなたは操られているのです!」

「あひゃひは、死ねぇ!」

「は、話を聞きなさい!」

 

「ミリア!!」

「が、あ、ああっ!?」

 

影夫もアバンに合わせてミリアを止めようと、彼女の右手から離れて、暗黒闘気の体をミリアに纏わりつかせる。

 

「くっ、貴様ぁっ!」

 

その様子を見てアバンが激昂する。

 

「えええっ!?」

 

ミリアの身動きを暗黒闘気で封じこめる影夫の姿は、傍目には少女を操り苦しめる元凶にしか見えないからだった。

影夫はミリアの暴走を止めようとしているのだが、アバンの説得に耳を貸さないように苦痛を与えているように取られてしまう。

 

ここに至ってようやく大きな誤解があることに影夫は気付く。

 

「こ、これは違う、俺は!」

 

「なんで!? お兄ちゃん、どうして邪魔するの!? 敵は殺せって言ったよね!?」

「お兄ちゃんどいて! そいつ殺せない!!」

 

「こ、ここここ、こらミリアぁ!!」

 

ミリアがとんでもないことを言い出す。

たしかに影夫は敵ならば殺すのも仕方ないと言ったが、積極的に殺せとは言っていない。

この言い方じゃ影夫が洗脳したみたいにしか聞こえない。

 

「こんな小さな少女を……!」

 

アバンは、ミリアが暗黒闘気の魔物を兄と呼んだことで全ての事情を察した。

 

あの魔物は年端も行かぬ少女に憑りつき、甘言を弄して自らを兄だと刷り込み、肉親の情を利用して少女を暗黒の戦士に仕立て上げたのだ。

おそらくこの少女は孤児か何かで孤独であったのだろう。そこを魔物が利用した。

 

「貴様は……下衆にも劣る卑劣!」

「ちが、誤解だって! アバンさん!」

「っ!?」

 

影夫はパニックのあまりさらに墓穴を掘る。

初対面のはずの彼を名前で呼んでしまう。

 

原作知識、なんていうことがアバンにはわかるはずもない。

それがさらに誤解を深めてしまった。

 

「私を知って狙うとは。もしや、ハドラーの手先……!?」

 

「いや、違いますね。ハドラーならばこのような手は使わないはず! 誰の差し金です?」

「お、おおお、おちつけ、そうじゃない! おいミリア、お前から説明しろよ!!」

 

もはや自分が何を言っても嘘か妄言に聞こえるだろうと、ミリア自身から説明させようとする。

もっとも、ミリアに言わせたところで、そう思わせているとか、言わせていると思われるだけなのだが。

 

影夫にとっての最善はミリアを操り逃げることだ。

しかし、完全なパニックでそれが思いつかない。

 

「あああああああっ!!? 死ね死ね死ねぇっ!」

「ぐっ、ぐあうぅぅ……こらぁミリア! あとでお仕置きだからなぁ!!」

 

そうこうするうちに、殺意を滾らせたミリアが影夫の拘束を振り切ってしまった。

 

負の感情をありのまま丸出しにしている今のミリアは、暗黒闘気の力を引き出すのに最適の状態だ。

うろたえて力を発揮しきれない影夫よりも、力が勝るのだ。

 

パニック状態に陥った影夫の傀儡掌もどきでは、これ以上止め切れなかった。

 

「どうして!? 私いい子だよお兄ちゃん!!」

「なんで怒るの!? 私が弱いから!? みんなの仇を殺せないから!?」

 

今のミリアはもう完全にタガが外れていた。

精神が高ぶりすぎてあの事件の記憶が混濁しているほどだ。

 

正直なところ影夫はミリアの狂気を侮っていた。

 

自分の前では歳相応の少女らしさを見せて甘えてくるし、ガーナの町でおちついていて、歳相応のはしゃぎぶりもよく見られるようになっていた。

 

だから、徐々にだが傷は癒えつつある……そんな風に感じていたのだ。

だがそれは誤りだった。トラウマが簡単に消え去ることなどない。

 

表面上目立たないようになるだけできっかけがあればフラッシュバックともに悪夢は蘇る。

 

排他的な村での悪意でトラウマをゆさぶられ、山賊たちを殺して興奮状態になった彼女は完全にあの時に戻っていた。

 

「ま、まてミリア!」

「ごめんお兄ちゃん。すぐ殺すから!!」

 

「ママの仇! パパの仇! お兄ちゃんのかたきぃっ!!」

「ぐっ!? これが私への答えというわけか!」

 

「死ね死ね死ね死ねっ、死んでよぉぉおおお!!」

「殺さなきゃ、殺さなきゃ、殺さなきゃぁぁ!!!」

 

ミリアは喚きながら、ポロポロと泣いていた。

泣きながらも必死にアバンの身体を断ち切ろうとおおばさみを振り回す。

 

しかしそのすべてがいなされ、むなしく空を斬るばかりだ。

憎い敵を殺せない。大事な物を奪われたのに、仇すら取れない。それはミリアにとって絶望を超える悪夢であった。

 

影夫は悲痛なミリアな姿を見て、自らの迂闊さにを心底呪いながら説得を諦め、ミリアを連れてこの場から逃げようと決意する。

 

だがときすでに遅し。

ミリアは己がすべての力を振りしぼり、つい先日に影夫と一緒になって作り出した新技を放つ寸前だった。

 

「消し飛べ!! 暗黒ッ、闘殺砲ぉッ!」

 

ミリアが両手のひらをアバンの方へと突き出し、身体中から全力でかき集めた巨大な暗黒闘気弾(ミリア命名:暗黒闘殺砲)を撃ち放つ。

 

「ぐっ、空裂斬!」

 

回避は間に合わないと判断したアバンはとっさに光の闘気技で迎撃する。

 

ふたつの技がぶつかり合い……撃ち勝ったアバンの光の闘気がミリアに迫った。

 

「え?」

 

ミリアは迫り来る空裂斬を避けるでもなく呆然とみていた。

 

「う、そ……」

 

ミリアにとって、大好きな兄と一緒に考えて特訓したこの技は世界で一番強いんだと思っていた。

何よりも大事な絆の技であったから。

 

それが目の前で砕かれた衝撃に動けなかったのだ。

 

「あ、ああぁ……」

 

光の闘気に飲み込まれる寸前でミリアはとっさに目をつぶる。

 

(ごめんなさいお兄ちゃん……)

 

だが、いつまで経ってもミリアには何の衝撃もこなかった。

その代わり。よく知っている冷たいけど心地よくて優しく感触が伝わってくる。

 

「ミリア……」

「お、兄ちゃん? え? えっ?」

 

「大丈夫か……痛いところはないか?」

「う、うん……」

 

「そうか、よかった」

 

ぱちくり。と不思議そうにミリアが答える。

放心した状態で、優しく抱きつかれて正気に戻ったようだった。

 

(ごめんミリア。最初からこうすればよかったんだよな)

 

「すまん、お前を止められなかった……肝心な時にパニクって、妹を辛い目に合わせて、情けない兄貴だな俺」

「お、お兄ちゃん……?」

 

苦痛に顔を歪める影夫だが一番痛いのは心の痛みだ。

 

アバンの空裂斬自体は相殺で威力が弱まっていたのと、最初から手加減して放たれていたものであったことが幸いした。

しばらく養生すれば治りそうなくらいのダメージで済んでいる。

 

「すまないアバンさん。あんたにも迷惑かけちまった……」

「え、はい……?」

 

アバンもまさか魔物が少女を身を挺して庇うとは思ってなかったのだろう。困惑して目が泳いでいる。

元祖勇者の珍しくも情けない絵だ。貴重なのではないだろうか? と痛みを堪えながら影夫はふと思った。

 

「お兄ちゃん……わ、わたし……わたしが……わたしのせい、で……」

「大丈夫だよ、ちょっと痛むだけだ。ミリアのおかげで助かったよありがとう」

 

状況を飲み込めてきたミリアが、自分を責め苛む前に、影夫は彼女の頭を優しくナデナデしてやる。

 

「ミリアのせいじゃないよ。俺が泡食ってた馬鹿だっただけだ」

「あぅ……うぅ……ぐす、うぇぇ……」

 

ミリアはしゃくりあげながら、影夫にしがみついてわんわんと泣きはじめた。

 

「ひぐっ、えぐっ、ぐしゅ……!」

 

これで、とりあえずこの場は収まった。

 

「アバンさん。変に誤解させて悪かった。信じられないかもしれないけど、俺はこの子を救いたくて一緒にいるんだ」

「な……しかし、いや……」

 

唖然とするアバンだが、彼の言葉にウソは感じられない。ゆっくりとおだやかな口調だが、強い意思も感じる。

少女を優しくあやす様は、邪悪な暗黒闘気の塊であるはずなのにぬくもりすら感じる光景だ。

 

「申し訳ありません、私は……!」

 

アバンは自分がとんでもない誤解をしていたことに気付いた。あの魔物は悪い者ではなく、壊れた少女を救うためにともにいたのだ。それを攻撃し、むやみに彼女の傷を広げた挙句、心優しい彼にも危害を加えてしまった。

 

「無理もないよ。俺だって同じ光景を見たら同じ反応をすると思う」

「あんたと違う形で会っていれば、ミリアのことをお願いしようと思ってたんだが……今日は出直すよ」

 

「お待たせミリア。さあ行こう」

「ぐしゅ……ほんと、に……ごめんなさい」

 

「もういいって。次からは気をつけような?」

「うん……ぐす……ふぇ……」

「じゃあもうこの話は終わりだ。泣くのも終わりだぞ。ほら、鼻ちーん」

 

「う゛ん……ずずずずじゅっ!!」

 

罪悪感に泣く妹を兄が優しく慰める。手をつないで、歩くふたりの後姿は強い絆で結ばれた兄弟以外の何者でもなかった。

 

 

 

「ヒュンケルの事も、今回も。私は……一体何をしているのか!」

 

アバンは世界を救った勇者などと持て囃されている自分を自嘲した。

あの魔物のほうがよっぽど正しいことをしている。

どこかでいい気になっていたのかもしれない。増長があったのかもしれない。

 

自分の所業の嘆かわしさに力なくなだれるのだった。

 




まぁアバン先生の反応や誤解は自然なものです。
生命のあるモンスターとかならまだしも、影夫は暗黒闘気の集合体にしか見えませんから。状況証拠もすべてが悪役に見える要素しかなかったですし。影夫の対応もまずいですからね。

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