壊れかけた少女と、元非モテおっさんの大冒険?   作:haou

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自称

必死の形相で女が山道を走っていた。

髪をかき乱し、一目散に駆ける彼女の背後には、黒く巨大な獣が迫っていた。

 

「あぁ、ぁあああっ!?」

 

女が足を取られ、地面に転がったことで逃走劇は終わりを迎える。

女に追いついた獣は立ち上がって、咆哮を放つ。

 

「ぐおおおおおッッッ!!」

「いやあああああああああ!!!!」

 

女性は逃げることもできず、悲鳴を上げて地面に倒れこみ、身体を震わせる。

3メートルにも及ぶ巨体を揺らしたごうけつ熊は丸太のような腕を振り上げ……

 

「は~いストップ。おいたはダメだよ、おっきなクマさん」

 

ミリアの右肩から生えていた触手の黒刃が伸びてごうけつ熊の胸をざっくりとえぐる。

 

「ぎゃおおおおおお!?」

「ちっ、この!」

 

ごうけつ熊は痛みに仰け反りながら怒りの形相をミリアへと向けるが、次の瞬間。

彼の右腕がミリアの左肩から生えた暗黒闘気の凶手により斬り飛ばされた。

ちなみに『凶手』とは、影夫の暗黒闘気ボディを変形させて作った、伸縮可能な腕の先に刃がついたものだ。凶手と命名したのはもちろんミリアである。

 

「がぐおおお!」

「もうっ! むずかしいなぁ」

 

痛みと激怒で荒ぶるごうけつ熊の左腕がミリアへと振り下ろされたその瞬間。

彼のその首は跳ね飛ばされ、その巨体を地面へと倒れこませることになった。

 

足元で倒れこんだまま動かない女性を、ミリアは一瞥もせずにふう。とため息をつく。

 

「はぁ。お兄ちゃん、これで一匹ずつやるのはめんどくさいよ。おおばさみ使っちゃだめ?」

「ダメだって、それじゃ修行になんないだろ」

 

その声がするとともに、ミリアの肩から生えていた触手は引っ込み、ミリアの首元に黒い影状の顔が浮かび上がる。

 

「じゃあ、わたしがお兄ちゃんの身体を動かすってのはやめようよぉ。すっごく難しいんだから。さっき2回も失敗しちゃったし。わたしは自前の闘気を使うから、お兄ちゃんは自分で動いてよ」

「難しいからこそ慣れておかないとな。俺が寝てる間に敵がきたり、俺がヘマして気絶することがあってもミリアが俺を動かせるなら安心だろう?」

「う゛ーーそれはそうだけど……」

 

まぁまぁと不満げなミリアを宥める。

これも訓練、修行の一つなのだ。

難しいからこそやっておくべきことだ。他人の暗黒闘気を自由自在に動かし操れるようになれば、傀儡掌みたいな技も使えるようになりそうだし。

 

「いっそのことバーサーカーモードになっちゃだめ? 面白くて一気に終わるし、お手軽だよ!」

「絶対ダメ! あれ訳わかんなくなるだろ。俺も意識がなくなるし誰が止めるんだよ。その場にいる人を誰も彼も皆殺しにしちゃいそうだ」

 

バーサーカーモードとミリアが名づけたのは、ミリアが影夫を体内へと取り込み、完全なシンクロ状態になるモードのことだ。

ようするに村人をみなごろしにしたときの状態である。

 

「それにあれは、ミリアにもよくないよ。俺はお前が心配なんだ、やめてくれよな」

「はぁい……」

 

頬を膨らませつつ嫌々承諾してくれたが不満げなミリア。

影夫は手を伸ばして頭を撫でてどうにか宥める。

 

「あ、あの……」

 

いつのまにか意識を取り戻して唖然とミリアを見上げていた女性が、おそるおそる声をかけてくる。

 

「「あ」」

 

そこで普通にしゃべってしまっていた影夫は見られてしまったことに気付いた。

気絶していたと思ったがそうではなかったらしい。

 

「あなたは……いったい? それに、その、首元の。しゃべっているのは?? あの黒い刃はなんだったのですか?」

 

助かった直後に矢継ぎ早に質問を飛ばしてくるのは、ミリアを魔物の仲間だと疑っているからだろうか。それともパニックの余波か。

 

「あ、ああー。その……俺はなんていうか」

「…………」

 

慌てる影夫を余所に、ミリアはすっと目を細めて彼女を冷たく見据えた。

彼女が影夫の正体に気付き、それを拒むそぶりを見せたら誰かに伝えられる前に処分しようと考えているのだ。

 

この女性は、教会に属する女性が羽織るシスターローブを身に着けている。聖職者であれば影夫を祓おうとするだろう。

大事な家族を攻撃するならば明確な敵だ。敵に対してミリアは容赦はしないつもりであった。

いつでも処分を終えられるように、ミリアは右手に暗黒闘気を集めはじめる。

 

「ま、まさか、魔物……」

「あれだ! 俺はインテリジェンスアームズだよ!!」

 

ミリアの意図に気付いた影夫は大慌てで、ごまかそうと嘘八百を口にした。

彼女を無差別殺人者にしないために影夫は必死だった。

 

「い、いんてりじぇ……えっ?」

「知らねえか? 神に作られし伝説の武具ってやつだよ。えっとそのー、意思を持ち、勇者のみが扱える、勇者と共に戦う武具なんだ!」

 

「あ……! もしや、あなたはガーナの勇者さま!?」

 

勇者という単語が出たことで、その女性はある旅人から聞いた話を思い出した。

幼い少女の勇者がガーナの街に現われ、凶暴なまもののの群れを倒して救ったのだという噂を。

 

「それだよそれ! おでれえたな、知ってたのか! 俺はクロスってんだヨロシクな姉ちゃん! んでコイツはミリア。無口だけど強くて優しい勇者さまなんだぜ!」

 

どこかのアニメかゲームで見たような、陽気な相棒武器風のキャラ作りをしながら影夫は猛然と言葉のマシンガンをシスターに投げつける。

とにかく丸め込んで雰囲気でごまかすしかない。

 

「勇者さま……」

 

「お願いいたします! 村を助けてください! 村が大変なんです!」

「むら……?」

「はい! この先の村です! 魔物の群れが突然襲ってきて!!」

 

「そりゃあ一大事だな! おいミリア! こりゃあぜひとも村の皆さんを助けないとなぁ! なんてったっても、ミリアは勇者だもんな。よっしゃいこうぜー!」

「えー。めんど」

「そうか! そうだよな! この姉ちゃんをここに放っていくのは心配だよなぁ! そりゃそーだ! がははははっ!」

「ちが」

「よしっ、おい姉ちゃん。これをやるから危なくなったら使えよ!」

 

影夫はミリアが勇者にふさわしくない言動をみせないようにその言葉を遮りながら必死に誤魔化しつつ、彼女の腰の道具袋からキメラのつばさを取り出してシスターに手渡した。

 

「あんたはここで待っとけ。魔物に襲われたらどっか安全な街にでも飛べばいい! 村は俺達に任しとけって! じゃあいくぞミリア! いざゆかんっ、どこかのだれかの笑顔のためにー!!」

 

影夫は有無を言わせず、ミリアの足を強引に動かして村の方向へと駆けさせていった。

 

 




俺は神が作った伝説の武器だったんだよ。ナンダッテー!? という回。

勇者と伝説の武器。なにやらほんとにありえそうな咄嗟の言い訳。ガーナの勇者というそれを裏付ける噂もあるという。

これ以上なく明確に、自らにとっての利益を生む存在を、疎んで排除したがる人なんか狂信者以外にいませんよね。

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