成金
「ベンガーナの街に到着!」
街の入り口には見張りの兵士がいたが特にトラブルもなく街へとはいることが出来た。
さすがに小さい少女の一人旅には驚かれ、心配されたものの、多忙で苦しい村のために健気に独りでお使いをする少女という設定で影夫は演技してのりきった。
何度か言葉が何度もつっかえたが、その年齢と大役の所為だと思ってくれたのか見張りの兵士はすっかり騙されてくれた。
その上、何かの足しになればと賓客身分の証明書類までくれた。
これは本来、外国のお金持ちなどに渡すものらしい。そんな適当に渡してしまっていいのだろうかと影夫は思ったが、身元の証明証とかではないし、これでツケがきくわけでもない。
この人はベンガーナが認めたお金持ってる人だよ。くらいのものらしい。あまり意味がない気もするが、もらえるものはもらっておいた。
『じゃあまずは宿をとるかー』
「うん」
馬車を預けたふたりは街中を歩いていく。
街中では影夫は姿を見せるわけにはいかないので、ミリアと一体化している状態だ。といっても合体ではなく、乗り移った上で操らないし意識を奪わない状態といったところか。
ミリアの顔や肌の一部に暗黒闘気の黒い模様が出てしまうが、まぁ見る人が見なければわかるまい。
それにしてもベンガーナの街は大きい。
ベンガーナ王国の首都だけあって、人の賑わいも凄いが大きな建物が本当に多い。
大きな建物がたくさんあるだけに人口の密集具合も凄いものがあり、人が多くて道でぶつかりそうになるのを避けて歩いていく感覚は、前世での生活を思い出したほどだった。
「どこに泊まるの?」
『旅の疲れを取る意味でも高級宿でもいってみるかな。長旅だったけどミリアは頑張ってたからご褒美だよ。そこで骨休みといくか』
「わぁ、ほんと!? どんな部屋かな。楽しみー」
途中、住人から宿の場所を聞きながら豪奢で大きな宿屋にふたりは入っていった。
「きゃあきゃあ!」
ふっかふかでスプリングがきいた高級ベッド。その上で、ミリアは大はしゃぎで跳ねて遊んでいる。
「壊すなよ。きっと高いぞ」
(っていうかこの世界にはバネがあるのか。村の馬車についてないからてっきりないかとおもってたけど少数生産はできるのかも?)
「はーい!」
ぴょんぴょん跳ねるのに飽きたのか、今度はふわふわの絨毯敷きの床を転がっている。
土足厳禁の部屋なので汚くはない。
さすが超高級宿というべきか床で寝ても快適そうだった。
家具などの調度品も上品だが気品にあふれて高級そうなものばかり。しかも大きな風呂が部屋についている。その上豪華なことに大理石製だ。
電気はないが、魔法なんかの応用なのだろうか? お湯が使えるし、室内に明るい照明もある。まるで歴史あるヨーロッパの高級ホテルのようだ。
一泊1000ゴールドの値段は伊達ではないということか。
「うぅ……セレブになったみたいだ」
影夫は感動していた。
前世ではとてもではないがこんな高級宿に泊まったことはない。
金持ちどころか、中小企業で働いていた彼には無縁だったのだ。テレビで高級ホテルや金持ちの豪邸特集を見ては自分との落差に、情けなく惨めな気分になったものだった。
だが、今はその立場にいるのだ。
影夫の所持金は現在42587ゴールド。
旅の道中でも、影夫とミリアは出会ったモンスターをせっせと倒しては、その素材を売り払ってお金を貯めてきた。
その甲斐あって今では所持金は4万ゴールドの大台を突破しているのだ。
「くくく、ききき、かかか……っ!」
日本円換算で大体、4200万円ほどを持っているようなイメージであろうか。まさに大金である。
セレブというには物足りない気もするが、影夫とミリアほどの実力があれば魔物を倒しまくればいくらでも金は手にはいる。
そのことは、モンスターの素材を売る中で気付いていた。モンスター退治はじつに儲かるのだ。
望めば面白いように金を稼げる。
影夫とミリアは立派にセレブの仲間になっていたのだ!
「俺は今、金持ちだ! 大金持ちなんだ! ワープアなんかじゃない!! 唸るほど金を持っていて、いくらでも増やせる大金持ちなんやああ」
奇声を発しながら影夫は幸福感に浸っていた。
影夫はいっぱしの欲を持つ立派な俗物である。
親の教育のおかげで、良識があって自制が利くお人よしであるが、その本性は人間味に溢れているのだ。
だから彼は、『贅沢は肌に合わない』とか、『広い部屋は落ち着かない。俺は小さい部屋でいいよ』みたいな、ラノベ主人公が言いそうなことは言わないし、思わない!!
「前世の金持ちどもぉ! くやしいか! くやしいだろうなぁ。ワープア童貞中年に負けたんだからよぉ! くやしいのうくやしいのう!! ぐひゃひゃひゃひゃ!!」
金持ちに対してやっかみと羨望が鬱屈していた分、彼は思う存分前世の分まで金持ち気分を満喫していた。
「わぁ~す~~ごい! 見て見てお兄ちゃん!!」
「んん?」
いつの間にかミリアは部屋のベランダにでて景色を見ていた。呼ばれて影夫もそばに行ってみる。
部屋の広さが半端ではないので、移動もけっこう大変だ。
そんな感慨を抱くと、自分が王侯貴族が暮らすような部屋にいるのだ。ということを実感して、影夫の卑しい心はさらに満たされる。
「あ……すごいな。これは……まさに絶景だな」
「すごく綺麗だよね……」
高級宿は景観のよい場所に建っており、影夫達の部屋は上層階にあるため、街を一望できた。
大都市ベンガーナとはいえ、機械文明都市ではない。影夫の前世の感覚よりも緑が豊富で綺麗な海も見える。
コンクリートジャングルでも、自然一辺倒でもなく、調和の取れた美しい景色だ。
普段なら、人がゴミのようだ! とネタのひとつでもいって、はしゃぐであろう影夫も思わず押し黙ってじっと風景を眺める。
「ふわぁ~」
ミリアもじっくりと楽しむように景色を眺める。彼女の場合は今までずっと内陸の田舎暮らしだったこともあって、なおさらこの光景は感動的であろう。
「すごいね……」
「ああ……」
芸術的な景色に感動して影夫の心が洗われる。すると先ほどまでの自分の言動がものすごく恥ずかしく感じられた。
(俺ってやつは……俗物と僻みと嫉妬丸出しではしゃいで悦に入って……うぅ……これじゃ前世で死ぬほど軽蔑してた下品な金持ち連中と似たようなものじゃないか!)
(自制しなきゃな。儲かるなら何でもやるような銭ゲバ連中のようになるなんて絶対嫌だ。俺がこの世でもっとも許せない連中のようには……他人を踏みつけ犠牲にしてあくどく儲けるような存在にはならないようにしよう!)
大きなお金をある程度自由にできる立場になってしまったということは変えられないし、あえて捨てようとも思わないが、良心と人間性だけは失わないようにしよう。と思うのであった。
☆☆☆☆☆☆
「いってらっしゃいませお嬢さま」
執事服を着込んだ白髪で白髭の従業員に見送られ、ミリアは宿を出た。
この人の名前は絶対にセバスチャンだろうな。影夫はそう思った。
影夫はお忍びでベンガーナに遊びにきたお金持ち令嬢という設定で宿に泊まっていた。
従者もいないので、心配されたが、ひそかに護衛がついているからなどとごまかしつつも、ガーナの街の紹介状やら賓客証明書などをつかって納得させていた。
「今日はどうするの?」
「うーん。ぶらぶら観光がてら街の散策でもするか」
「うん! はやくいこっ!」
「はは。そんな焦らなくても街は逃げたりしないって」
それから影夫とミリアはベンガーナの街のあちこちをうろうろ歩いた。
大通りの屋台で買い食いをしたり、オープンカフェスタイルの飲食店で名物料理を飲み食いをしたり、街の人に名所やお店の話を聞いたりした。
「わぁ! これおいしい!」
「これもなかなかいけるな」
串焼きを食べたり、焼きたてクレープもどきを食べたり(ガレットとかいうらしい)、名物店のベリーパイを食べたり。
主に食べてばかりだったが、ふたりは観光を楽しんだ。
影夫は全身を出すことができないのだが、ミリアの手の平に小さな顔を作って食べるなど、工夫をすることで一緒に食事をすることができた。
「はーお腹いっぱい。次はどこいこっか?」
「そうだなあ。よし。街の南にいってみるか、目指すはデパートだ」
「でぱーと?」
「お城みたいにでっかいお店だよ。何でも売ってるわ、エレベーターはあるわでともかくすごいんだよ」
「おもしろそう! 南だよね」
「あっ……そっちは」
影夫がとめる暇もなく、ミリアは駆け出して、細い路地の中に入っていく。
「いけねえなお嬢ちゃ……ぐえぇっ!?」
うっかり裏路地に入ってすぐ。お約束とばかりにナイフをもった男に襲われかけたが、速攻で影夫が手を伸ばして殴り飛ばして気絶させた。
「てめぇ! ぐぎゃああ!?」
挟み撃ちを狙っていたのだろう。背後で激昂しながら襲ってきた男がいたのでそいつも影夫が殴って気絶させる。
こうまで迅速にしばき倒したのは、ミリアに任せると凶手で殺しかねないからだ。
さすがに街中で殺人は……相手がいかに悪人であろうがまずいだろう。
過剰防衛扱いになってしまいそうだし。
「殺さないの?」
「街中じゃまずいんだよ。あと何でもかんでも殺すとか言うなよ。まぁ強盗か誘拐未遂だから身包み剥いで転がしとけばいいだろ」
「じゃあ、はぎはぎたーいむだね!」
「そういわれると悪いことしてるみたいだな。因果応報を教えてやっているんだよ、これは教育なんだ。という事にしておこう」
影夫は鮮やかに男のふところをまさぐり、金品を奪った。
そして彼らの服を脱がすとそれをネジって紐代わりにして、彼らを縛り上げていく。
汚い男の裸をミリアに見せたくないので、彼女の目をふさぎながらの作業だ。
「よし。晒し物にしてやるか」
ちょうど表通りの人影が少なかったので、道の真ん中にWシャチホコのポーズでおもしろおかしく放置しておいた。
近くには彼らのナイフや盗みの道具なども一緒に転がしてあるから、警備隊に捕まるだろうし、裏の世界ではいい笑い物になるだろう。
ここまでするのは、影夫もミリアを襲おうとした連中に対して怒っていたからだった。
「よっしゃ、デパートに急ごうぜ」
「うん!」
背後から聞こえてきた女性の悲鳴と男達の怒声を聞き流し、影夫とミリアは道を急いだ。
自制心のある俗物。良識ある小市民といったところでしょうか。
不満足なソクラテスでいようと自制があるおかげで彼はまだ真っ当です。
今回の話で強盗相手にちっとも臆していなかった件についての補足です。
ミリアは、賊や犯罪者といった明確な敵として分類できる相手からの敵意は全然平気です、というより積極的に嬉しくすらあります。
影夫からもらった力でぶち殺せば済むからで、敵を殺して仇をとった経験と記憶から安心できるのです。
だから彼女が脅えたり恐怖を感じるのは、敵意を投げかけてくるのに敵じゃないという相手です。
迫害の視線や暴力に訴えない悪意というものがどうしようもなくミリアにとって恐ろしいのです。
家族を殺される前にたくさん浴びて恐怖に震えていた記憶は根強く、それに対処する術を知らないのもあります。
敵ならば殺せばいい。だけど敵じゃなくて殺しちゃだめなのに、ひどいことしてくる相手にはどうしていいかわからず怖いのです。だけど何もしないとまた家族を奪われてしまいそうで不安でたまらないのです。
かといって、攻撃してきていない相手への先制攻撃というのは失った家族からも影夫からもいけないことだと戒めているのでできません。
どうしていいかわからない恐怖と不安は、相手が手を出した瞬間に爆発して、容赦ない攻撃となり。恐怖の元を絶てるという安堵からの高揚へとなり、笑いながら死体の山を築くことになります。