影夫が苦労している頃。ミリアは宿の中庭で、でろりんと訓練をしていた。
「やっ、はぁっ!」
「ダメだ、力任せになってるぞ、もっと丁寧にやれ。それじゃあ簡単にいなされる。ほれっ」
ミリアが訓練用の木剣ですばやく斬りかかるが、でろりんに軽く払われ、剣先をそらされた。
訓練なので暗黒闘気の使用はなしというルールになっている。純粋の剣術の勝負となると素人であるミリアはでろりんに手も足もでない。
「きゃ!? くぅ……このぉっ」
「おっ、そうそう。そんな調子だ。だが今度は足元がお留守だな。てりゃっ」
「わわわっ!? もうっ! ややこしいっ難しいっごちゃごちゃしていやっ!」
足払いで地面にごろごろと転がされ、苛立ってうーうーと唸るミリア。
彼女は今まで主に力押しの戦い方をしてきたが故に、剣術のような技術は、とてもめんどくさくてまどろっこしく感じられるのだ。
「ま、嫌ならお前のやり方でもいいぞ。でもな、それじゃあ俺に負け続ける。言っておくが俺は大して強くない。そんな相手にいいようにされていいのかよ?」
「ぐくっ、まだまだぁっ!」
でろりんに軽く挑発されると、ミリアは悔しげに顔を歪め、負けじと飛び掛かっていった。
そんなミリアをでろりんは少し眩しいものをみるような目で見つめる。
「いい根性してんなぁ。その意気だ。お前は筋がいいぜ、俺とは違ってな。負けん気と根性ってのは大事だ。凹まされてへこたれる奴は中途半端にしかなれねえ。俺みたいにな」
「てやぁっ! はああっ! このこのぉっ!」
ミリアはでろりんに何度も何度も斬りかかり、すばやさを重視しての連続攻撃をしかけていく。
小さい猟犬が必死に獲物に食いついていくようにミリアはでろりんにいくら防がれようとも、攻撃の手を止めなかった。
「このっ、うぅっ、やあぁっ!」
「……聞こえてねえか。一心不乱のひたむきさってのも、大事なのに俺に欠けてるもんだよな」
そのうちに、ミリアはただ闇雲に斬りつけるだけでなく攻撃に変化をつけ始めた。
「はぁっ、はぁはぁっ……!」
斬り上げからの振り下ろし、横薙ぎからの斬り返し、突きからの変化など、手数と変化をつけて、どうにかしてでろりんを翻弄しようとミリアは懸命だ。
連続攻撃で呼吸は乱れ、肩で息をするほどだ。頭も朦朧としているだろうに、ミリアはどうすれば攻撃があたるか、あてられるか必死で考えて攻め手を実行していく。
「へえっ、やるじゃねえか……上達が早いな」
雑にならないようにミリアなりに意識をしつつ、懸命に剣をふるって、でろりんに一撃を入れようと頑張り続けた。
「ふぅっ、はっはっはぁ、ぁぁっ……!」
「すげえな……」
数分か数十分か。酸欠に近いほど息苦しいミリアにとって永遠にも感じられるくらい攻撃を続けていると、気迫が天に通じたのか、でろりんが少し押し込まれて後ずさった。
それをチャンスと見たミリアは烈火のように攻めかかっていく。
「でもなぁ。師匠の真似事なんざしてるんだ。俺にも意地ってもんが出ちまうよな! ふんっ、はぁっ、とぁああ!」
だが、やはり経験の差は大きかった。
でろりんが剣先をひねってミリアの剣をはね上げ、足で蹴り飛ばすとそれで勝負は決まってしまった。
「あ、ぐっ……」
ミリアにもう立ち上がる余力はない。
地に這いつくばったまま、ただ呼吸を荒くして、滝のように流れていく汗に塗れるばかりだ。
「ふぅ……今日はここまでだ。後は基礎訓練をやって体を休めておくんだぞ。クロスが言ってた筋トレと柔軟運動も忘れずにな」
「はぁっはぁっはぐっ……う、んっ……あり、がとう……ござい、ました……」
「おう。明日もここに来るようにな。へろへろが修行をつけてくれるから」
でろりんが立ち去った後も、地面に大の字で寝たまま息を荒げ続けるミリアは突き抜けるように青い天を仰いだ。
今まで、ミリアは影夫とふたりだけで、魔物や賊と戦ってきた。
アバン相手に不覚をとることもあったが、それでも自分はかなり強いんだと思っていた。
でもそれは大きな間違いで、まったくのダメダメであったと自覚させられた。
「がんばらなきゃ……」
ミリアは悔しいと思う反面、分かって良かったとも思う。これが戦場だったら、そこで終わってしまっているのだから。
ミリアと影夫は一心同体。ミリアがふがいないと影夫の身も危うい。
影夫は、本来は他人であるはずの自分のためにすごく頑張ってくれている。
だから自分はもっと頑張らなきゃだめなんだと、彼女は身体に活を入れて立ち上がった。
「……くぅっ」
疲れ果てた身体は痛みという悲鳴を上げるが、それを噛み殺して、ミリアは自主訓練と筋トレを続けていくのだった。
☆☆☆☆☆☆
「戦いの中で自分で学べ。どうにかして俺を倒してみろ!」
へろへろは開口一番そういって、木剣を構えて突進してくる。
それはミリアとしても望むところであった。先日でろりんに散々転がされたが、そう言われるまでもなく、思いっきりやってみたかった。
だからコクリとうなずくとミリアはすぐさま木剣でへろへろを迎え撃っていく。
「でりゃああ!」
「ぐぁぅっ!」
「ふんぬっ、ふはあっ、とあああぁっ!」
「あぐっ、くっ!」
さすがは戦士といえる力をもって攻めてくるへろへろにミリアは防戦一方だ。
体重移動や受け流しの技が未熟なため、両手持ちにした木剣で攻撃を正面から受け止め、足を踏ん張って耐えるしかない。
しかしそうするとミリアの持ち味である速度が殺され、反撃の暇がないのだ。
「そらっどうした! まだまだいくぞ!」
「うぁっ、はぁっ、くっ、たあああっ!」
「甘い! おかえしだ」
どうにか隙をうかがい、でろりんがやってきたように、足による一撃でへろへろの体勢を崩し、たたみかけようとする。
「きゃあああっ!? はぁはぁ……」
だが軽い一撃では受け止められしまい、逆に反撃を受けて吹き飛ばされる。
「寝るんじゃないすぐに立て! 敵は待ってくれないぞ!」
「ぐぅうぅっ、はぁっ、うぁっ、でりゃああ」
ミリアは跳ねるように起き上がって飛び掛り、がむしゃらに斬りつけていく。
力ではへろへろに敵わないので大振りではなく、小さな動きで急所を狙いながらすばやい攻撃を繰り返した。
「そうだ! 追い込まれた時ほど攻勢に出ろ。下手に守ってもジリ貧だ! お前ならにできる! やってみせろ!」
「うんっ! たあああっ!」
勢いにのったミリアだったが、攻撃に夢中になるあまり無防備に隙を見せてしまい、へろへろの鋭い一撃を胴に食らって地面に叩きつけられた。
「あぐぁっ!?」
「防御が疎かだ! 攻勢は捨て身じゃないぞ! 相手の反撃は常に意識しろ、ギリギリを見極めて攻撃させるな!」
生まれたての小鹿のように足を震わせながら、すぐに立ち上がったミリアは剣を構え、再びへろへろに立ち向かっていく。
「ぐぅっ、このっ、このこのっ、てりゃあああ!」
「いいぞ。いい気迫だ。お前は強くなる。限界を超えろ!」
へろへろにも次第に熱が入ってきたことで、この修錬は終了時間を定めずに延々と続いていくことになった。
結局、日が暮れたあたりでミリアが一歩も動けなくなるまで続くのだった。
教えるということは学びなおすということだと思います。
彼らがミリアに投げかけた言葉は、彼らが師匠に投げかけられた教えを自分なりに解釈しなおしたもの。