「みんな……すまん。本当にふがいなくて、すまなかった!」
まぞっほは、握り締めた右手を天にむけて勢いよく突き上げると全身から掻き集めた魔法力をこめる。
「メラゾーマ……!」
唱えるのは、新呪文。
今まで、契約はできても使えなかった高等呪文だが、胸に宿った小さな勇気が今、必要な奇跡を呼び寄せる。
「遅れながら……ワシも、命を賭ける……!」
仲間が作りあげつつあるチャンスをさらに磐石とするのは、まぞっほの仕事である。
怖かろうが何だろうが、これは譲れないのだと。勇気を得ても未だ震える弱い己に必死に言い聞かせ、命を賭けた無茶を実行した。
「メラ・ゾー・マ……!!」
それは、クロスから聞いたことがあった禁呪法まがいの技であった。
寿命を縮めると聞いて、絶対に使わないでおこうと心に決めていた……その無茶は成功した。
だが、その代償は大きい。人間ごときが魔法力の溜めをせずに、身体中から魔法力を搾り集めてメラゾーマ3発を瞬時に作ったのだ。
足りない魔法力の代わりに生命力が消費された挙句、呪文同時使用の大きすぎる負荷も脳をはじめとした全身に無理を強いた。彼の寿命は確実に縮んだだろう。
「フィンガー……フレア……ボムズ!!!」
右手を振りぬきクラーゴンに3発のメラゾーマを撃ち放つ!
それと同時に肉体を蝕む大きな反動を受け、心臓を押さえて彼はその場に倒れこんだ。
「ナイスよ、まぞっほ! これで届くわっ……!」
まぞっほが命を縮めて放った3つの巨大な火炎球はクラーゴンの顔から胴体までを炎で包んでその動きを封じた。
クラーゴンは、もはやずるぼんにかまう余裕はなく、捕まえていたへろへろやでろりんをもその場に投げ捨てて、苦しみ悶えた。
その隙を突いて、ついにずるぼんは、クラーゴンの顔の真下へとたどり着き、触手の1本に飛び掛って思い切り抱きついた。
クラーゴンの胴体を燃やす炎が彼女にもふりかかって、髪や肌を焦がしたが、そんなことには構わず必死に食らいついていく。
「喰らいなさいっ!! べホイミ、べホイミ!」
ずるぼんは、両手から出来る限りありったけの回復呪文をクラーゴンに叩き込んだ。
彼女が狙っているのは、いつかクロスから聞いた恐ろしい呪文。
生物を必ず殺せるという過剰回復呪文であった。
だが、足りない。注ぎ込む回復呪文の威力が弱くて、ただ単に回復させているだけだ。
後一歩及ばず、回復を過剰にすることができない。敵を有利にしているだけの無為の状態が続いてしまう。
「くっ……べホイミ、べホイミ……ベホイミ!」
(そんなっ、私じゃ無理なの……?)
このままではまずいと、ずるぼんは焦る。かすかに脳裏に浮かぶのは今だ試したことのない完全回復呪文。
あれが使えれば、起死回生となる。だけど、自分なんかに、回復呪文の効果もクロスに劣っているような自分が土壇場で成功させることなんてと逡巡してしまう。
「ずるぼん! 今気張らずにいつ気張るんじゃあぁ!? ワシでも……こんな、臆病な老いぼれでも奇跡を起こせたんじゃ……お主ならできる!」
「最初から無茶なのは分かってんだろうが! ならびびってんじゃねぇ! 俺達でクロスやミリアを守ってやるんだろうが!」
「やれぇずるぼん! これでダメなら全員仲よくお陀仏だ!」
「「「俺達は、お前にすべてを賭けるッ!!!」」」
仲間達の声を聞きながら、ずるぼんはちらりと、部屋の隅で並んで眠っているミリアと影夫を一瞥する。
それでずるぼんは、悟った。自分に出来そうとか、出来ないとか、そんな話じゃない。何が何でもやってみせるだけ。それしかないのだと。
こんな勇者みたいな考えは絶対に自分の柄じゃない。そんな器でもないと思う。そんなことは彼女自身が嫌というほど分かってる。
けれど、やらなきゃダメだから。
家族同然ともいえる大事な仲間達を失うなんて、絶対許せないから。
だから!
「起こしてやるわよ、奇跡くらいっ! っ……完全回復呪文!」
ずるぼんは屹然と魔法力を高めて完全回復呪文を試み……見事に成功した。
回復魔力の光で淡く輝いていたずるぼんの両手が、眩い光を放ち出し、一段階上の回復力を生み出していく。
「ぐ、うぅぅぅ……はぁはぁ……どう!? 私のベホマは最高、でしょうがぁ!!」
ベホマの強い回復力が一気に流れ込んだことで、ついに過剰となったその力がクラーゴンの肉体を破壊し始めた。
「さぁ、たらふく喰らいなさい。クロス直伝のぉ……過剰回復呪文をッ!!」
ずるぼんが触れていた部分からクラーゴンの肉体がまるで枯れるように変色して、死んでいく。
「ギャォォッー!? ギャウッ!」
本能で危機を察知したクラーゴンが苦しんでいる場合ではないと、炎に巻かれつつも残っている4本の触手を振り回して、ずるぼんを殴り飛ばそうとする。
「やらせる、かぁっーーー!!」
だが。
ずるぼんを振り払おうとする触手の1本目は、自ら回復して駆けつけたでろりんがどうにか斬り飛ばした。
しかし、その反動で剣がへし折れてしまい、彼は武器を失った。
「ベギラマァッー!!」
2本目の触手はまぞっほが、残った全魔法力をつぎ込んだ渾身のベギラマで焼き切った。
「決めるんじゃ! ずるぼんっ……!!」
それと同時に完全に魔法力と体力を使い果たして、彼はその場で気絶する。
「……闘気砲ッ!」
3本目の触手は、肋骨の一部と左腕に大腿骨をへし折られていたへろへろが、苦痛を堪えながら、身体中からかき集めた闘気を、右手の人差し指と中指のみに集中させて触手の根元に撃ち放って千切り飛ばした。
「ずるぼんっ、後は任せたっ……!」
それと同時に未完成技ゆえにへろへろは闘気の使いすぎて気絶する。
「へっ! クロスのヤローに出来てっ、俺にできねえってこたぁねえよなぁっ!!」
武器を失い4本目の触手への迎撃手段を失ったでろりんは、とっさに触手目掛けて体当たりをしかけ、自らが攻撃を受けることでずるぼんを庇った。
「渾身の最後っ屁、食らいやがれぇっ、イオ!」
しかも、彼は触手に殴り飛ばされる瞬間、イオの呪文を零距離で叩き込んで、4本目の触手を道連れにしていた。
「やれぇぇーーっ! ずるぼんっ!!」
でろりんはエールを送るとともに、殴られた衝撃と自ら使ったイオの爆風で吹き飛ばされて地面に叩きつけられ、意識を失う。
3人が死力を尽くして捧げた献身は、結実する。
「ギャグアァァッーー!?」
その間にもずるぼんの手により膨大な回復魔力は注ぎ続かれており、壊死する細胞も全身へと急速に広がっていた。
死んだ組織が朽ちる勢いも猛烈で、地面の上にぼとぼとと腐れ落ちていく。
もはやなりふり構わずクラーゴンが、しがみつくずるぼんを振りほどこうと触手を激しく振り回し、思い切り地面にも叩きつけた。
離すまでやめないとばかりに、ずるぼんは何度も何度も地面に打ち付けられる。
「あぐっ、がっ、ぎっ、がはあぁっ……!?」
強い衝撃が幾度となくずるぼんの背中へと伝わり、何度も苦悶の吐息を吐かせた。
だが、彼女は全力で手足を絡めるのを決してやめず、獣のように歯で噛みついてまで必死に食い下がった。
「しんでもぜったい、離さない! 皆が作ったこのチャンス、逃せるわけがっ、ないでしょうがぁあああッーー!!」
ずるぼんは、回復呪文の眩く輝く光を一際激しく全身から迸らせ、搾り出すように全魔法力を出し尽くしていく。
「うううぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁッッ!! ……マホイミィィィッ!!!」
「ギャウゥゥゥウゥーーーーッ!!???」
ずるぼんの魔法力が正真正銘の空っぽになるのと同時に、クラーゴンは断末魔の絶叫を上げ、息途絶える。
その巨体を地面に倒れ込ませ、朽ちて脆くなった肉体組織をあたりにぐしゃりとぶちまけた。
ベンガーナ海域を支配する主達が倒されたことで、雑魚の魔物達は、今度こそ一目散に逃げ出していく。
ずるぼんたちが、勝ったのだ。
「はぁはぁ……ざまぁみなさい……私達の、勝ちよっ!」
勝利の叫びを上げると同時に、ずるぼんも気絶するのだった。
――軒並み死力を尽くして気絶した面々が起きるのは、それからしばらく後であった。
☆☆☆☆☆☆
洞窟から出てすぐのところにある浅瀬の岩場。
でろりん、ずるぼん、へろへろ、まぞっほの4人はそこの巨岩の1つに座り込み、海を眺めて呆然としていた。
「なぁ。リーダーよぉ……」
「なんだよへろへろ」
「あいつ、強かったな」
「そうだな。無茶苦茶な奴だったよ」
「そうじゃのう。この世のものとは思えんくらいじゃったわい」
「そんなのとよく戦ったわよねぇ。私達がさ」
「しかも勝って生き延びたなんてな……」
「すごいな……」
「信じられねえよ。ありえねえって……」
「「「「…………」」」」
そういってまた4人は無言になる。
そんな4人に海辺の強い日差しは容赦なく照りつけて皮膚をじりじりと熱する。
寄せては返す波は冷たい海水のしぶきも運んでくる。
今、4人の感覚はとてもつもなく研ぎ澄まされていて、五感の全てが新鮮で鮮烈に感じられた。
今彼らが感じとっている世界は、まぶしく鮮明、熱くて冷たくて、生臭くて芳しくて、醜く美しく、痛くて気持ちいい、煩くて静かだった。
まるで生まれ変わって、すべてが新鮮で多感であった子供時代に戻っているかのようだった。
「夢じゃないんじゃな……ほれ、あれを見てみい」
まぞっほが指差す先では影夫とミリアが仲良く寄り添い合い、馬車の荷台ですやすやと眠っていた。
微笑ましい仲睦まじい兄妹の寝姿だ。
「俺達が、助けたんだな……」
「こんなワシが……」
「俺が……」
「私が……」
「そうだよな。間違いなく、俺達がやったんだ」
「のう皆……ラリホーが覚めた後、泣きながら感謝してくれたときのこと。覚えておるか?」
「わすれるわけない……だってあれは……」
「だよなぁ。なんつーか……ほんとたまらねえよな」
クラーゴンを倒した後のことをもう一度思い返し、安らかに吐息を立てる影夫とミリアを見ていたら、じわじわとした実感が4人を襲ってくる。
死力を尽くして仲間と協力しあい、大事な友と弟子を守るため、強大な敵に立ち向かい、力を合わせて打ち倒した。
まるでどこかの英雄譚。本当の勇者たちのような行為を自分達が成し遂げた。
中途半端で自己評価も低く、逃げ腰であった彼らは今まで生きてきて一度も味わったことのないとてつもない達成感を覚えていた。
「「「「くぅ~~~~~っっ」」」」
歓喜、幸福、充実、充足。ありとあらゆるポジティブな感情が4人の心に溢れている。
とてもではないが感情を抑えきれず、各々は地面を叩いたり、砂を投げたり、空を見上げたり、胸を叩いたりして、それぞれに身体の内から湧き上がる最高の気分を味わっていた。
今日のことは絶対に死ぬ間際ですら忘れないだろうと確信できる4人であった。
「「「「……ぢくしょうぅ、さいこうの、きぶんじゃねえか!」」」」
4人は打ち震えて泣いていた。嬉し涙など初めてだった。
悔しくて流す以外の涙を自分達が流すことが出来るなんて思ってもいなかった。
彼らは自分達の中の何かが、確かに変わったことを感じていた。
今日、4人の心に刻まれた経験と記憶は彼らのこれからの人生を確実に大きく変えることになるだろう。
シリアスにきめたずるぼんさんですが、おしっこちびったままだったり。