次話で方針を話し合います。気長な目でみていただければと思います。
洞窟の中。ボロっちい木のテーブルを挟んで椅子にすわり、まぞっほはマトリフと向かい合っていた。
大魔王に関する事情の説明をする前にまず、まぞっほは逃げてからの自分の生きてきた道をマトリフに語った。
それが今は亡き師匠と何かと指導してくれていた兄弟子を裏切った過去へのけじめだと思ったからだ。
最初は、情けねえやらろくでもねえやらと、こき下ろされてばかりだったが、影夫やミリアとの出会いのあたりから考え込むようにマトリフの言葉数は減る。
そしてクラーゴンとの死闘の話に入ると秘蔵のワインを持ち出してきてまぞっほに飲ませつつ、自らもパプニカの名酒で喉を潤し始め、ふたりは語らいあっていった。
「そうか。今じゃてめえが押しも押されぬ勇者ご一行たぁな……」
「いやぁ……皆のおかげで一歩踏ん張れただけで、後は成り行きでいつの間にか……変われたのは本当に仲間や弟子達が勇気をくれたおかげで……へへ」
万感を込めたようなマトリフの言葉にまぞっほは頭を掻いて心底照れくさそうに笑う。
「それを言えるってこたぁ、本気で一皮剥けやがったか……変われば変わるもんだな」
まぞっほは修行時代からずっと、マトリフには説教や小言を言われ続けるばかりで見返せたことなんてなかった。
遅ればせながらではあるものの、才能に溢れ規格外の天才であった兄弟子にしみじみとそう言わせたのだと思うと、なんだか、認められた気がしてまぞっほは胸が温かくなる。
「ワシも少しはマシになったろう、兄者?」
「おせえよ。っといいてえところだが、きっとあの世の師匠も喜んでるだろうぜ」
「そうかの……」
改めて思い返してみても、まぞっほは師匠に怒られてばかりだった。
あの時は自分でも酷いと思うくらい弱気と情けなさの塊だったからのぅ。と苦笑する。
じゃが兄者の言うとおり、今の自分を見たなら師匠も認めてくれるのだろうか。そう思うと少しまぞっほの心が軽くなった。
「兄弟子のよしみだ。師匠への義理もある。安心しろ。てめえはきっちりと鍛え直してやる。師匠を越えるほどにな」
「ああ。ありがとう兄者」
「礼はいらねえ。師匠以上の地獄の特訓だからな。俺は師匠みたいに追いかけて連れ戻してやったりはしねえぞ。カカカ、いつでも逃げ出していいんだぜ?」
師匠は、辛さに耐えかねてまぞっほが逃げるたびに連れ戻し鍛えてくれた。
自分など放っておけばいいのにわざわざ手間をかけて連れ戻し、やり直す機会を何度もくれた。
思えば自分はなんてことをしたのだろうと思う。
それを裏切り続け、ついには追いかけられないように知恵を振り絞ってまで逃げ出したのだから。
昔は逃げ出せたことに安堵したものだが、当時の自分を殴りつけてやりたくなる愚かさで最低さだった。
「今度こそ大丈夫だ、兄者」
「へっ、そうかい。ったくつまんねえな。からかい甲斐がなくなりやがって」
「兄者はひどいなぁ……」
ちびちびと酒を口に含みながら、やわらかいムードで話は弾む。
「ひでえのはてめえだ。おそすぎるから師匠が仲間外れになっちまった」
「面目ない……」
そこからふたりは無言になって、亡くなった師匠に酒を捧げるように飲んでいった。
そんな中、ふと思い出すようにマトリフがつぶやく。
「なんて偶然だ。今日は師匠の命日じゃねえか」
「今日が師匠の……」
「いつかあの世で会ったら精々詫びるんだな。拳骨くらいで許してくれるだろうよ」
ふたりが酒を飲み始めたのは夕方からであったが、その日は昔話を交えつつ、飲み明かした。
途中、まぞっほが事情のことについても話そうとすることもあったがこんな日に野暮を抜かすなとマトリフに叩かれ、今日の時間はすべて亡き師匠に捧げることになったのだった。
☆☆☆☆☆☆
「おそいねー。まぞっほししょーにマトリフさん……」
「んーああ。まぁ同じ師匠に習ってた弟子同士、旧交でもあっためてるんじゃないか?」
寝袋代わりとマトリフに渡された布切れに包まったミリアがぼやく。
影夫はというと魔物の姿で、古めかしい本が並ぶ本棚を探っていた
「ふぅーん。意地悪そうな人だったけど、ししょーいじめられてないかなぁ」
「マトリフさんは捻くれてるし冷たく見えるけど、根はいい人だから大丈夫だろ。って、こりゃ失伝呪文書じゃねえか! ラッキー」
影夫は掘り出し物を見つけてほくそ笑む。
もちろんマトリフの許可は得ている。
この部屋のもんは好きにしていいから待ってろとのことだ。
「魔族文字の書物まであるなんて、ここは宝の山だな! 最高!」
「はぁーまたはじまっちゃった。こうなると長いんだから……もう寝ちゃおっかなぁ」
古書マニアと化した影夫を見て、深いため息をついてミリアはおやすみなさーいと目を閉じてしまう。
「そういうなって強力な呪文を覚えられたらミリアも嬉しいだろ? お。ベギラゴンキター!」
「そうだけど……え!? ベギラゴン!?」
「いよっしゃー。魔族文字であろうが俺に読めねえもんはねえぜ。まぞっほ師匠様々だな」
「わたしもてつだうよ!」
「こうなったら、片っ端から漁って全部契約してやろうぜ!」
「うん!」
極大閃熱呪文というインパクトのある餌は効果抜群で、布切れの寝袋から弾かれるように飛び出したミリアが影夫の側にすりよってくる。
ちなみにその後、影夫が片っ端から部屋の古書を読んだと知ったマトリフがまぞっほに、軽々しく魔族文字なんざ教えてんじゃねえと拳骨を食らわしていた。
☆☆☆☆☆☆
「…………」
影夫とミリアが張り切って家捜しに励んでいる時。
アキームは外で黙々と気球を修繕していた。
見習い騎士時代には、寮に入って一人暮らしをしなければいけない以上、裁縫は騎士のたしなみの1つである。貧乏騎士時代には装備の繕いも自分ですべてやらなくてはいけないことであるし。
「生きててよかった……」
勇者ミリアからやまぞっほからは巻き込んでしまった詫びをされた上で、後で自分も手伝うから今は休んでくれと言われていたが、実直な騎士としてさぼるような真似はできなかった。
アキームの任務は、勇者ミリアとまぞっほの助力をして帰還することだ。帰り道は自力でどうにかするからといわれているのでベンガーナの王宮に戻れば任務は完了だった。
「あれが勇者と呼ばれる人たちの戦いか」
まぞっほとマトリフの立会いは彼も見ていた。
自分ならばきっと、何も出来ないままにまぞっほ殿に打ちのめされているだろうに、マトリフ殿はさらにその上を行っていた。
ベンガーナ王軍が模擬戦で勇者達に負けたと聞いたときは自分が隊長であればそんな無様は晒さなかったのに、と憤ったものだが、強者の戦いを間近でみて身に染みた。とてもではないがそんなレベルではない。
「私も軍ももっと鍛えなおさねばならない。王に一刻も早い許可をいただかねば……」
強者の前では張子の虎も同然なのだ。
聡明であられるベンガーナ王のことだから自分以上の案があるだろうが少しでも力を役立てたかった。
翌朝、アキームは気球の修繕を終えてひとりでベンガーナへと戻っていった。
余談だが、帰り際に迷惑料として、ミリアとまぞっほから数百G相当の宝石を渡されそうになって、貰う貰わないと押し問答になったり、最終的に王軍への援助と言う形で受け取ってもらうことになったりするようなことがあったりした。
ベギラゴンゲット。
「専売特許だとでも思ったの? ずいぶんおめでたいんだね元魔王さん」とか言いながらミリアがベギラゴンでハドラーの鼻水を垂らさせ挑発。激高して近接戦闘を挑んできた彼を強化された暗黒闘気技と呪い装備でぼこぼこにするという未来を妄想してしまった。
仲間と一致団結して死力を尽くしたでろりん達によって討伐されるという妄想もしてしまった。
ハドラーは大好きなキャラなのですが、超魔になる前の彼は強者であるのに、厳しい修行を積んで切り札さえあれば人間が勝ててもおかしくないという丁度よい強さなので、よく想像の中でぼこぼこにされて「おのれぇぇッ!」とか「こんな馬鹿なぁ!?」とか「ありえん!」とか言っています。
アンチヘイトをしたいわけじゃないのに何故かそうなってしまって彼がかわいそうです。