「おはよ~~!」
「朝、朝だよ~~お兄ちゃん起きて~~」
「ふぁふ……後五分ぅ……」
「だめ! 朝ごはんが冷めちゃうよ!」
身体を揺すられて、ゆっくりとまぶたを開く。
そこには腰に手を当てたミリアがいて、プンスカと可愛くご立腹だった。
「ふああい……ってご飯つくってくれたのか?」
「うん。クロスお兄ちゃんよりは上手だと思うよ」
「そうかー、えらいなヨシヨシ」
「もぅっ、わたしそんな小さい子じゃないよ」
「はははゴメン。でも、俺食えるのかな」
「え?食べられないの?」
「わ、わかんない」
そういうしかない。
魔物になったのは2日前のことで、自分の身体の生態はまったくの謎なのだ。
人間を食べたくならないだろうけど、人間の食べ物が胃に入るのかどうか。
そもそも胃や腸はあるのか?
「いただきまーす」
テーブルにすわり、目の前に並べられた料理に手を伸ばす。
軽く炙られたパンに野菜やハムがはさまれているサンドイッチだ。
とりあえず手にとってパクリと一口。
「お、うまい」
「ほんと!?」
花が咲いたように正面にいるミリアが笑う。
味覚はちゃんとあるようだ。食べた食べ物もこぼれおちることはなく、黒い霧のような実体の中に収められているようだ。
「うん、ソースがすごく美味しいよ」
「ふふふ~それはママの秘伝なの。パパも絶賛の味なんだから」
「だろうね、こりゃあ美味い」
パクパクと食べていく。
今までは空腹感を覚えていなかったが、味覚を感じてしまうと手が止まらない。
あっという間に食べきってしまった。
「はぁ~おいしかったよ、ごちそうさま」
「うん、おそまつさまでした!」
軽くおなかをさすると少し膨らんでいるのが分かる。うーーん、一体どうなっているのか、ただ溜まっているだけじゃないのか?
消化はされるのか?
大や小は出す必要はあるのか?
疑問が尽きない。食事の場で試すわけにもいかずとりあえずミリアが食べ終わるのを待つ。
小さな口でモグモグと食べている姿は、小動物のようだ。
しかし、小さいのに家事はもう一通りできるらしい。
(えらいなあ。俺なんかろくに手伝いもしないクソガキだったのになあ。女の子ってみんなこうなのかな? 子供のころは男よりも成長が早いっていうしなあ)
影夫は無知だが、10歳だから言うほど小さくもない。大人並みは無理だが、大抵のことなら意思さえあれば出来るのが普通だ。彼はやらなかったので出来なかっただけだ。
「な、なに?」
えらいねーと影夫が生暖かい視線を向けているとミリアに少しひかれてしまう。食事中にマジマジ見つめられたら誰だって戸惑うだろう。
「ミリアはえらいなぁ」
「そうかな?」
不思議そうに顔を傾げる。
影夫は早くも保護者として親ばかになっていた。
「そういえばクロスお兄ちゃんはどうやって生き返ったの?」
恥ずかしそうにして話題を変えるようにミリアがそういってくる。
「えっ?」
「私、お兄ちゃんを食べちゃったと思うんだけど……」
そういえばと思い返しても影夫には食べられた後に復活している理由が分からない。
「うぅーん、俺もよく分からないんだよなあ。ミリアが食べた後に俺を吐きだしたとか?」
「わかんない。殺した後のことは覚えてないよ。良かったって思って疲れたなっと思ったら寝てたの」
ミリアはそういうともぐっとサンドイッチをまた一口ほおばる。
「うーん、ミリアの意識がなくなったから分離? したのか。合体してただけなのかなぁ?」
「そうなの?」
「たぶんね」
「あれ? でも私起きてるけど、今はお兄ちゃん生きてるよね? 今は食べてないってことかな?」
コップを両手で抱え、こくこくと水を飲みながら不思議そうにミリアが疑問を口にする。
「うぅーん。そもそも食べるっていうよりは、力が欲しかったから取り込んで融合したって感じなんだろうな」
「ふぅ~ん、そんなことできるんだ」
「俺が目を覚ましたときは体が半分くっついてたから、そういうのも出来るかも」
「わあ面白そう!」
「後で色々試してみるかな」
「うん!!」
影夫も考えていると喉が渇いたので水差しからコップに水を注ぎ、喉を潤す。
「でもよかったぁ、お兄ちゃんを食べてなくて。お兄ちゃんを殺しちゃったらどうしようかって思っちゃった」
「ははは、死ぬのは俺も嫌だなあ。まあ俺は死ぬのかどうかもよくわからないけどね」
「シャドー? っていう、邪気の魔物みたいで半分実体がないみたいだからさ」
実体がないから、弱点を攻撃されないと死なないんだったっけな? とうろ覚え気味の知識を思い出す。
「あれ? お兄ちゃんって暗黒闘気っていうのじゃないの? 食べ、じゃなかった。合体した時に伝わってきたよ」
「あ、暗黒闘気ぃ!? そ、そう俺が言ったの?」
「ううん言ったっていうか、勝手に分かったっていうか、そういうものなんだーって。使い方も教えてくれたよ」
「暗黒闘気だったのか俺」
思わぬところから影夫の正体が判明する。
(なんてこった俺は暗黒闘気の塊だったのか。えっと憎悪や怒りなどの負の感情エネルギーに傾いた闇の闘気だっけ? 闘魔傀儡掌とかあったなあ)
影夫は『闇、闇かぁ』と呟きながら、そんなに自分は根暗で陰湿だったかなぁと落ち込む。
嫉妬心や劣等感が強い喪男ではあったが弁えていたんだけどなあと内心ため息をつく。
「って、あーっ、思い出した! ミストバーンの正体だ! アイツと同じって事か!!」
「うわぁ、マジかよぉ、アレと同じかあぁ……暗黒闘気の生命体、ってやつなのかなあ」
「じゃあ俺、ミリアの身体のっとったりできるなあ」
魔影参謀ミストバーン。その正体は、バーンの若い肉体を操っていたミストとかいう暗黒闘気の集合体だった。
影夫が暗黒闘気の生命体なら、あれのお仲間ってことになる。
マアム乗っ取ったりしてたしてたと、思い出す。黒マアムは結構好きなタイプだったんだよなぁ。
原作を読みながらちょっとドキドキしていた。
「え? 私を食べるの!?」
「食べないけど……操ったりはできるよたぶん。でも逆に人間に取り込まれるなんて表現はなかったと思うけどな。取り込もうとして光の闘気に消されるのはあったけど。一体なんなんだろうなあ」
「うーん、お兄ちゃんがすごいからとか?」
キラキラした目でミリアは見つめてくるがたぶんそれは違う。
「むしろ逆で、弱いからじゃないかなぁ」
「えぇっ、あれで弱いんだ……じゃあミストバーンさん? って言う人はもっと強いの?」
「強いなんてもんじゃないぞ! なんたって不死で無敵なんだからさ!」
あれは反則だもんなあ。持久戦に持ち込めば真バーンよりも強いんじゃないか? と影夫は独りごちる。
(アストロンを掛けながら戦っているようなもんとか書いてたけどとんでもなさ過ぎる。なんだそのチートは)
「わあすごいね! じゃあお兄ちゃんもそうなるの!?」
「まぁ、そこまでになれるかはともかく、少なくともミリアを守れる程度に強くはならないとだめだね」
「もぅ、私だって強いんだよ!」
「合体したらだろ?ミリアは子供だから戦わなくていいよ。子供を守るのは大人の仕事なんだから」
「むぅむぅむー! ミリア子供じゃないもん!」
しゅるしゅると腕を伸ばして頭を撫でながら言ってあげるとミリアは頬をぷくーっと膨らませて拗ねた。
子供扱いはお気に召さないらしい。
「それに戦うっていっても、お兄ちゃんだけじゃ無理じゃないの? 私の身体がないと何も出来ないんじゃないの~?」
「うぐ、それは、たぶんきっと……」
たしかに影夫には自信はない。青年を持ち上げ投げ飛ばしたことはあったが、全力を出してあの程度では、まだまだ普通の人間レベルだろう。あれではその辺のモンスターにも勝つのは難しそうだ。
特にダイの大冒険の世界だと人間以上の存在なんか山のようにでてくる。魔王軍に襲われたり狙われるってこともありえる。そうなると自衛のための力は絶対に必要になる。
「ミリアだって戦えるよ! ほらみて!」
「どうどう? すごいでしょ! これ、暗黒闘気だよ!」
そういってミリアがぐぐぐと手に力を込めて顔をしかめるとミリアの手に黒いオーラが現われる。
そのことに影夫は腰を抜かさんばかりに驚き絶句してしまう。
「ちょっ、ミリア!?」
「早起きして練習したらできたの。合体したときに使い方が分かったから絶対できるとおもったんだ~」
たしかにミリアの手には邪悪な気配のオーラがある。出されて分かったが仲間とか同類って感じがした。
「出すのにコツがあるんだよね、最初はちょっと難しかったんだけど、怒ったらすごく出やすいの」
「ヤツラの顔を思い出したらイッパツでこんなすごいのが出ちゃった!」
「手に集めたのを飛ばしたらドカーンってなるんだよ。このまま何かを叩いてもズガーンってなってね、とってもすごいの!」
「も、もういい、もういいから!」
「はーい。どう?ミリアは戦えるでしょ?」
宥めるとミリアは暗黒闘気を消して、再びコップを掴んで水をこくこく飲んだ。
ミリアが言うとおり、たしかに戦力としては遠距離攻撃が出来る分、影夫よりもいいかもしれない。
だけど暗黒闘気を使わせ、幼い少女を戦わせるってどうなんだ。
(どう考えても外道の所業だろう。俺の外見も相まって悪にしか見えないだろうなぁ。勇者にあったら即成敗されるぞ)
「えっとなミリア、その力もう使わないほうが……」
「ぜったいやだ!! クロスお兄ちゃんにもらった大事なチカラなんだよ! 私の宝物なの!!」
「で、でもなぁ、その、危ないし、黒くて怖いだろ?」
「お兄ちゃんと同じだもん、危なくないし怖くない!! 好きだもん!!」
「で、でも……ミリアのためにも……」
きゃんきゃんと怒って駄々を捏ねるミリア。
それでもと影夫が言葉を弱めつつも宥めようとするがそれがミリアの感情を決壊させてしまった。
「ぐすっ、これはお兄ちゃんなんだもん、使うんだもん……」「使っちゃダメなんてやだよぉ……ミリアのこと、きらいになっちゃったの?」
「うぐ……」
怒っていたミリアが今度は凄く悲しそうに涙目で影夫に訴えてくる。
これ以上無理強いすると今にも本気で泣きそうだ。
『泣いた子供には鬼でも勝てない』と彼は近所の子のお守りをしたときに悟っていた。
それにミリアに対して影夫はすっかりと情が移ってしまっており、さめざめと泣かれてしまうともうお手上げだ。
「わ、わかったよ、じゃあ使ってもいいけど、俺がいいって言ったときだけだよ?」
「うん! ありがとお兄ちゃん!!」
現金なミリアの様子に、ため息をつきながら、影夫は苦笑するしかなかった。