奇跡の泉の水をロカにあげたお礼として、ミリアはマァムに連れられて、村外れにあるなだらかな丘の上にきていた。
さっそくミリアは草が生い茂る丘の上に、ごろごろと転がって伸びをしてみる。
「ふぁ~ふっかふか。草のじゅうたんだね」
「ふふふ、もうすぐ花もいっぱい咲くのよ」
マァムにとってここは幼いころからよくここにきているお気に入りの場所。
元気いっぱいだったころのロカにここでよく遊んでもらったという思い出の場所でもある。
「あのね……ミリアは怖くないの?」
「何が?」
「戦うことや力をつけること。誰かを傷つけるかもしれない、力があるからこそ誰かを失うかもしれない、災いを呼ぶかもしれないこと……」
「怖くない。むしろ力がつくのは楽しいかな?」
「ミリアは強いのね。アバン先生と同じ。私は怖いわ……」
そういうと、マァムが三角座りで膝に顔を埋める。
「たまに思うの。もし父さんに力がなくって、魔王軍との戦いとか、この村を守るための戦いとかができなかったら、病気で死ぬこともなかったんじゃないかって」
「ん~~でも、それだと魔王軍を倒せなくって世界はハドラーのものになったかもしれないよ?」
「うん。父さんのしたことは、正しいし素晴らしいとも思うの。多くの人を守って、助けて……でも。それなのに、寿命を縮めて、もうすぐ病気で死んじゃうかもしれないなんて」
マァムは弱々しく、不安を吐露し、迷いを見せる。
ミリアは話に聞いていたマァムの人物像と違う様子に少し首をかしげた。
「うーん?」
ミリアは自分に重ねあわせて考えてみた。
クロスお兄ちゃんと出会う前……パパやママやお兄ちゃんが生きていた頃の自分は、今よりも弱かったと思う。
あの頃だったら、大好きな暗黒闘気の力も怖かったかもしれない。
だから、マァムもおそらくはロカだいししょーが死んじゃって、ソレを乗り越えて強くなるのかな。ミリアはそう思った。
「じゃあ、直接人を助ける力ならいいんじゃない? 回復呪文とか」
「……おととしだったかな。アバン先生に稽古をつけてもらったの。その時に回復呪文も習って……『力なき正義もまた無力』だって教えてもらったの」
「うん……」
「その時は、なんて素晴らしいんだろう、その通りだなって思って、頑張ってたんだけど……その後にね、村の子が拾ってきた大怪我した子犬を、助けてあげられなかった……」
マァムは身を震わせながら、言葉を続けていく。
涙を堪えているのか、その声は震えている。
「その場には私しかいなくって、助けてあげてって、頼まれて、必死で助けてあげようとしたんだけど……どうにかしなきゃって、焦って慌てて……結局助けられなかった。なんで助けてくれなかったのって泣かれちゃった。私もいっぱい……」
「泣いちゃったんだね」
「うん……私どうしたらよかったのかな。力があって頼られて、助けられなくって。また同じことになったらどうしようって。それでも、何もしないことが正しいわけないのに。ほんと、弱いよね私……」
そこまで言って、マァムは『銃』のようなものを取り出して、ミリアへと手渡した。
「ミリアは凄いよ。私より年下なのに、大人びてて、使うのが難しい怖い力も正しく使って皆を守って笑顔にしてる。とってもすごい勇者だよね……」
「…………」
「それね、先生にもらった銃なの。でも、私なんかが持ってていいのかな。先生は私が使っているかぎり、誰かを救う力になるって言ってくれたけど、ミリアが持ってるほうがずっと――」
いい。そう言いかけたマァムの声は、遮られる。
「本当はね、私だってたまに怖いことはあるよ。でも力がなくて何もできないほうがもっと怖い……そう思ってるから」
「もっと、怖い……?」
「マァムが回復呪文を知らなかったら、助けようとすることもできなかったんだよ。何にも出来ずにただ見てるだけ。そっちのが怖いと思う」
「それは……」
「力があってもなくても理不尽なことは起こっちゃうんだ。その時になって、もっと力があれば! っていう後悔は、もうしたくない。だから私は頑張ってる」
「そうなんだ……」
「うん。それに私は、誰かに守ってもらうだけのお姫様になるなんて我慢できないしね。自分に出来ることを精一杯して、殴ってくる奴には倍返しで殴りかえしてあげなきゃ気が済まないし!」
「ば、倍返しはどうかな……?」
倍返しを強調して鼻息を荒くするミリアの言葉に、マァムは思わず気が抜けて小さく笑った。
「マァムはどうなの? 優しいだけで何もできないお姫様になりたい?」
「それは……ちょっといやかな」
「でしょ? 私の知ってるお姫様も、そんなのまっぴらゴメンよって言うと思うし。もしもマァムが『うん』って言ってたら本当のお姫様より、お姫様っぽかったかも?」
そう言われて苦笑するマァムに、ミリアは魔弾銃を手渡し返して、その手に銃を握らせる。
「あのアバンのことだから、それも自分で考えて決めなさいってことでこの銃を託したんじゃないかな。それできっとマァムはお姫様じゃ嫌だろうなっていうのも見透かしてたと思う」
マァムはいつもは冷たいだけの銃が、なんだかあたたかいと思った。
ミリアのぬくもりとアバン先生の温かい心が、優しく訴えかけてきているように感じた。
「ありがとうミリア。私、お父さんやお母さんに甘えっぱなしだったんだと思う。何もできない癖に、いい人ぶってるだけで嫌な人だった。私も力をつけたい。皆を守れるように、助けられるように。もし助けられなくても、前を向き続けなきゃね」
「うん。それでくじけそうになったら誰かに頼ればいいんだよ。私もいつもお兄ちゃんに頼りっぱなしだし。人間は一人じゃ生きていけないって、怖いのも頼るのも弱いのもしょうがない、支えあうのはお互い様だって教えてもらったよ」
「ふふ、そうよね。ねえミリア。もしよかったら、私とお友達になってくれない?」
「うんいいよ」
「ありがとうミリア! 私、同年代のお友達ってはじめて!」
「これでマァムも私と一緒だね。大人しく守られてなさいって、まわりから言われても、そんなのヤダよ! って言う、おてんば娘。子供で女の子だって、戦える! ってあかんべーして、守ってあげちゃおう」
「うん!」
マァムが満面の笑みを浮かべたその時。
「うぉぉぉーー、ミリアァァーー!」
視界の外からミリアに飛び込んでくる小さな影があった。
「きゃっ!? お兄ちゃん!?」
「なんて、なんて偉いんだ、強いんだ、賢いんだ、優しいんだ、俺はっ、俺は猛烈に感動してるぞぉぉーーー!」
「もぅ、見てたの? 覗きなんてサイテーだよ!」
「ぐはぁっ、そ、それは、俺は、心配で……その」
「"ぷらいばしー"の侵害だよ。女の子を"すとーかー"するなんて……!」
「うぅ……ぐふっ」
「あはははははっ」
ズーンと音が聞こえそうなくらいに落ち込むねこぐるみ姿のクロスに、ぷりぷりと頬を赤らめながらお説教をしているミリアを見て、マァムは笑いがこみ上げて止まらなかった。
「クロスさんもお友達になってね……よろしく」
「俺のことは呼び捨てでいいよ! こっちこそよろしく」
「ミリア、可愛いお兄さん、ちょっと貸してくれない?」
「いいけど……はい。どう? お兄ちゃん、かわいいでしょ?」
「うん、かわいいね」
ねこぐるみボディのクロスがマァムに抱えられ、抱きしめられる。
「むぎゅっ……」
今は原作より数年も前。
まだマァムの胸は控えめなので、クロスとしても別に興奮したりはしない。
「お兄ちゃん?」
「なっ、なんだよミリア」
「ん~~。なんでもない。信じてるからね」
「???」
小首をかしげて不思議そうなマァムと冷や汗を流すクロスであった。
「ところでミリアってアバン先生に会ったことあるの? そんな口ぶりだったけど」
「うん。昔、勘違いしてお兄ちゃんを攻撃したから。会ったら一発殴ってあげようと思ってる!」
「そ、そう……えっと。先生はすごく良い人で、悪気はなくって……その、お手柔らかにしてあげてね?」
「あーミリア。デコピンくらいにしておこうぜ?」
「えー?」
プンスカと鼻息荒くして憤るミリアを、マァムとクロスは慌てながら宥めるのだった。