壊れかけた少女と、元非モテおっさんの大冒険?   作:haou

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時系列が前後してすみませんが、この話はミリアがネイル村を出てから、パプニカに向かうまでの間にあった外伝的なお話です。



ロモスの名もなき村での出来事。(閑話)

影夫とミリアは、ネイル村を後にして、ロモスの山の麓にある村にやってきていた。

 

「なんかさみしいところだね」

「なんだろうな、活気がないというか……」

 

気球船を村の広場に下ろしたのだが、この村の人達は冷たく一瞥しては無視して去っていくだけだ。

ネイル村では気球船を見た村人や子供たちが集まってきて騒ぎになったものだが。

 

「クロス殿、どうしますか?」

「ともかく、村長さんを探して話を聞いてみようか。アキームさんも一緒に来る?」

「いえ。どうにも妙な様子ですので、私は万一に備えて気球船を警備します。出立まで番をしておきますので、宿はおふたりだけでどうぞ」

「悪いけどお願いします。いくかミリア」

「うんっ。んしょっと」

 

ねこぐるみ影夫を肩の上に乗せたミリアが気球船を降りたところで一人の目つきの悪い爺さんが歩いてきた。

 

「旅人か?」

「え、うん」

 

声の険しさにミリアは思わずうつむいて後ずさる。

じろりとミリアを見たその老人は、苦々しげに顔を歪めた。

 

「悪いことは言わん。死にたくなければさっさと村を出ることだ。とくにお嬢ちゃんのような子はな」

「え?」

「わしはこの村の長をしておる。用事があるなら好きにせい。じゃがなるべく早く村から出て行くことだ……」

 

言うだけ言って、老人は去っていった。

 

「やな感じ。余所者は帰れってこと?」

「うーん、なんか違う感じがしたけどなぁ」

 

影夫には老人の悪意や害意が感じられなかった。

警告というか忠告というか。そのように感じたのだ。

 

「ともかく宿を探そう!」

 

だがそんなことをいくら考えてもしょうがない。

ミリアとともに宿を探して、村の中を走り回るのだった。

 

 

 

「はぁ~。宿はないし、村人には避けられてるし。気球船で野宿かなぁ」

「ああ。まぁ話しかけても無視されるんじゃ、泊めてもらえないし」

 

「しかしやっぱ変だぞこの村は。村人の数が少なすぎるし、態度もおかしすぎる」

 

影夫は、宿を探して村を回る間、大きすぎる違和感を覚えていた。

 

村の広さとしてはネイル村よりも何倍も大きい。なのに人の数はまばらだ。

誰も住んでいないのか朽ちた家もチラホラと見掛ける。

 

それもやけに老人が多く、若い女性が少ない。

村人達の態度も、ミリアを見ると避ける態度で、話しかけても逃げてしまう。

 

何か尋常ならざる事態が村で起こっているように思えて仕方なかった。

 

「一体なんなんだ……」

「あ、女の子」

「ん? ああ。ちゃんと子供もいるんだな……」

 

ミリアの目線の先には一人でつまらなさそうに、道端の石を蹴って歩いている女の子がいた。

ミリアよりも年下みたいで、見た感じ7、8歳くらいにみえる。

 

 

「おねーちゃん、だぁれ?」

「私はミリアだよ。それでこっちがクロスお兄ちゃん」

「わぁっ、猫さん?」

 

影夫は挨拶がわりに少女の肩へと飛びのって、その子に身体を摺り寄せた。

 

「ほら、撫でてあげて?」

「う、うん……かわいいね」

 

恐る恐るといった様子で猫ぐるみボディを撫でたその子は、リラックスしたのか次第に表情を緩めてくれる。

 

「えっと、おねーちゃんは旅人さん?」

「うん。泊めてくれるひとを探してたんだけど……皆逃げちゃうから、野宿しようかなぁって」

「ねぇおねーちゃん。よかったら、ウチにくる? 外のお話しも色々聞かせてほしいな」

「いいの?」

「うちはおばあちゃんとふたりで、部屋も余ってるし大丈夫だと思う!」

 

 

こうして、まともな反応を返してくれる少女に出会ったことで、ミリア達はようやく一息つけそうだった。

 

★★★

 

「ミリアお姉ちゃんすごいねっ。強そうな戦士さんや喋れる猫さんと世界を旅してるなんて、おとぎ話みたい!」

「そ、そうかな?」

「いいなぁ……私なんか生まれて村から出たことないもん」

 

ミリアを家に招いてくれた少女――アリシアはすっかりミリアになついていた。

 

「そっか。じゃあ、大きくなったら、一緒に旅をしてみよっか?」

「ホント!? あ、でも……」

 

 

談笑をしながらの食事は楽しい。

アリシアの前でお姉さんぶってみせるミリアの姿を微笑ましく見つめる影夫。

 

この村に来てからは息が詰まることばかりだったので、彼はミリアがリラックスしている様子にほっとしていた。

 

そこでふと、影夫は視線を感じる。

見るとこの家の主であるクロエお婆さんが見つめていた。

 

「あっ、すみません。寝床だけじゃなくって食事までお世話になってしまって……」

「いえ、いいんですよ。この村は旅人も滅多に寄りませんからねぇ。ほんとに孫も嬉しそうでこちらが御礼を言いたいくらいで……」

 

老婆は優しげに微笑んだ。

アリシアは両親を亡くしており、クロエお婆さんに育てられているらしい。

 

それにしても。家の広さは本来6、7人でも住めるようなつくりになっているので、何か事情があったようだ。

 

だがそこはきっと事情があるのだろうと察した影夫はそれには触れず、食事に戻るのだった。

 

 

そして食後。

アリシアとミリアはふたりで食器を片しにとたとたと走りまわっている。

 

影夫はというと、ゴールドの詰まった袋をクロエお婆さんに渡していた。

感謝の気持ちも込めて、一般的な宿賃の十倍以上が入っている。

 

「いやあ、すっかりお世話になってしまって。これ、食費と宿賃です」

「いえ、いいんですよ。孫のあんな楽しそうな顔ひさしぶりで……昔はこの村ももっとにぎやかで友達も多かったのですが今では……ね」

「病気か何かですか?」

「え、ええ……そのようなもので。すっかり寂れてしまってねぇ」

 

寂しげにそう言うクロエお婆さんに、影夫は強引に袋を渡す。

 

「そうですか、やっぱりこれ受け取ってください」

「こんなに多く……いただけません」

「いえ、将来あの子が大きくなったら、旅の資金にするとか」

「それは……どうもすみません」

「いえ、こちらこそ親切にしていただいて……すっかりお世話になってしまいました」

 

「旅の方……本当にありがとうございました。あの子はずっと姉がいたらいいのに。って言っていましたから。これであの子も……いえ」

 

一瞬、泣きそうな表情になりつつも、お金を受け取るお婆さん。

影夫はその様子にどうにも嫌な予感を覚える。

 

「え?」

「いえ。なんでもありません」

「あのっ。何か困っていることがあったら協力しますよ」

「ありがとうございます。でも、本当になんでもないのです」

「でも……」

 

影夫は胸騒ぎをとめられずに、クロエお婆さんに食い下がろうとする。

だが。

 

「ねえねえおねーちゃん、お部屋で遊ぼうよ!」

「うんいいよ。ほらっおにーちゃんもはやくいこっーー!!」

 

ミリアに引っ張られて、結局その日は話を続けることは出来なかった――

 

★★★

 

「うーんと。うーんと。これっ! ふぇっ……!?」

 

影夫から一枚カードを引いたアリシアがガックリと肩を落とす。

 

「ははは、残念!」

「あちゃーババ引いちゃった? もう。お兄ちゃん大人げないんだから!」

「そ、それは……いや、勝負の世界は厳しいんだ! 本気でやってこそゲームは面白いんだよ」

 

じとっとした目で見てくるミリアに居直って見せる影夫。

彼は、幼い子供にわざと負けてあげて、いやぁ参った。強いなぁ。なんて言ってあげるような主人公気質ではなかった。

 

アリシアは幼いが故に仕草が素直で、分かりやすい。

影夫としては本気で泣かせるほどに勝つつもりはないものの、一位になる気マンマンであった。

 

自分が一位になってアリシアを二位にしてあげて、ミリアには涙を呑んでもらおうとなどと考えていたのだ。

 

「あぅぅ。上がれると思ったのにぃ。また負けちゃうのかなぁ……」

「大丈夫だって、2番で上がったらいい。ミリアは単純で分かりやすいから勝てるって!」

「もう怒った! アリシアちゃんババ渡して! ふたりであくらつなお兄ちゃんを倒そう!」

「うんっ! 頑張っておねえちゃん!」

 

アリシアが分かりやすくババを上にずらして差し出すと、ミリアはそれを引く。

これでババはミリアに渡り、影夫は残り2枚。アリシアは残り2枚。ミリアが残り3枚という状況。

 

「2対1かよ!? 卑怯だぞ!」

 

ふたりが組んでしまうと、形勢は一気に影夫に不利となる。

反則行為ではあるが、影夫としても勝ちを狙う大人気なさを自覚している反面、小さな女の子ふたりが協力するのをやめさせるのまでは忍びなかった。

 

「べぇっ~だ。意地悪なお兄ちゃんなんかに負けないんだから!」

「ごめんさい猫のおにいちゃん。でも負けたくないの!」

「ふたりでやっつけちゃおうね!」

「うんっ!」

 

ミリアは、あっかんべーを影夫に見せつつ、アリシアの頭をなでる。

アリシアはミリアにくっつくように身を寄せていて、こそこそとナイショ話をしている。

 

完全に2対1の構図であり、しかも影夫は、悪役だった。

だがこれで影夫も小さなプライドにかけて、引くに引けなくなってしまう。

 

「ぐぬぬ……いいだろう! ふたりまとめて倒してやる! 勝つのは俺だ!」

「ふっふーん。さあ、ババを引いてねお兄ちゃん?」

 

ミリアが差し出すカードは3枚。

右のカードは、不自然に引きやすいように上にせりあがっている。

中央のカードは、逆に引き抜にくいように下がっている。

左のカードは、一枚だけ妙に隣とのカードの距離があけられている。

 

「くっ! いや、冷静になれ。心理作戦だ。これか……? いや。これ! と見せかけてこっち……?」

「ぁっ……」

 

影夫は迷うふりをしつつ、左から一枚ずつカードを抜く振りをしながら、反応を観察する。

そして中央のカードを握った時、ミリアが一瞬口元をほころばせるのを確認する。

 

「これがババか!?」

「……っ」

 

影夫がゆさぶりをかけるが、何も言うまいとミリアは口をつぐんで表情を消す。

だがもう遅い。影夫は勝利を確信していた。

 

「ふふふ。甘いなミリア! 俺を罠にかけようとしたのだろうが……」

 

一瞬、喜んだ様子を見せたミリア。

だが、それは罠なのだ。

 

「2対1が仇になったな! アリシアちゃんの表情をみれば罠だと分かるぞ!」

「っ!?」

 

影夫はニヤリと意地悪く、勝ち誇った悪役の笑みを浮かべて、カードを引く。

 

「俺が欲しいカードは、これだぁーーっ!!」

 

影夫は、ミリアが仕掛けた罠のカードを避けて引いたカードを手の中に入れて……驚愕する。

 

「バ、ババだとぉ!?」

「きゃははは! ひっかかったひっかかったー!」

「ざんねんでしたー猫のおにいちゃん♪」

 

「しまったぁぁぁぁーー!? 騙された!!」

「ふふっーんだ♪ お兄ちゃんのこそくな手を見抜けない私じゃないよ!!」

 

「ぐぬぬ……だがまだ分からん!」

 

不適にほくそ笑む影夫。

たしかにここでアリシアがババを引けば、ババは一周しただけとなり、勝負の行方はまだ分からない。

そして、影夫には策もある。

 

「ふふふ。さあ、引いてみてよアリシアちゃん!」

「ん~とぉ。ど・れ・に・し・よ・う・かな……これ!」

「ぬぉおおお!!?」

 

だが。幼いアリシアは、いともたやすく駆け引きを無視してカードを引いてしまう。

姑息にも子供が思わずとってしまうようにカードを出して策を仕掛けていた影夫だったがその目論見は完全に崩壊……運否天賦の勝負になってしまった。

 

そして姑息な策を弄する影夫に勝利の女神はそっぽを向いた。

 

「やったぁ!」

 

もはや勝負は決した。

カードが揃い歓喜の声を上げるアリシアは、次の番でミリアにカードを引いて貰って一番で上がり。

ミリアも、アリシアから引いたカードで数字を揃えることが出来て、残りカードは1枚となり、自動的に順位は確定する。

 

「きゃははは、お兄ちゃんのどべ! とんま! かっこわるーい!」

「ぐぬぬ……分かったよ。降参降参! 俺の負けです! かっこわるいよ!!」

 

「それじゃー罰ゲームは何してもらおうっか」

「ちょっ、そんな話聞いてないぞ!!?」

「今決めたもーん。そうだよねー♪」

「そうだもんねー♪」

 

「ふたりともひでぇよ!!」

 

想定外の罰ゲームを科せられることになり涙目の影夫を見て、アリシアとミリアは心の底から愉快に笑うのだった。

 

★★★

 

 

「んごーすぴーー」

「んーむにゃにゃっ……」

 

影夫を抱いて眠りこけていたミリアが寝返りで影夫を押しつぶす。

 

「んぶ……あぶっ。ぶはぁっ……なっ、なんだぁっ……くるし……こらぁっ、つぶれるぅ……!」

「ふぇ……? なぁにぃ……?」

 

必死のタップで、眠り眼を擦りながらミリアが身体を起こす。

 

「なぁにじゃないって。俺のボディが潰れちゃうところだったぞ!」

「ふぁ~。ごめんなさぁ~い……」

「ったく。俺なら最悪死なないけど、アリシアちゃんを潰すなよ!」

「だいじょーぶだよ。抱っこの癖はお兄ちゃんだけだから。ってあれ?」

 

そこでミリアがアリシアがいないことに気付く。

 

「トイレかな?」

「さあ……そうじゃないか」

 

アリシアはミリアより幼いとはいえ、寝ている最中にトイレに行っても別段おかしくもない。

 

「寝ぼけてたら、危ないかも!」

「いやぁ、さすがに大丈夫だろ? ミリアも平気だろ?」

「私はお姉さんだから! アリシアはちっちゃい子だから、気をつけてあげなくっちゃ!」

「はいはい……」

 

影夫の身体を抱えて、ミリアはパタパタと小走りでトイレに向かうのだった……のだが。

 

数分後、元いた客間に戻ってくることになった。

 

「なんで!? 家のどこにもいない」

「アリシアちゃんだけじゃない。クロエお婆さんまでいない……」

「どっかに出かけちゃったのかな?」

「こんな早朝にか? 俺らに黙って……?」

 

影夫が指差す窓の外はまだ薄暗く、朝焼けの空が広がっている。

時刻については大体4時ごろだろうか。

 

「嫌な予感がする……村を探してみるぞ!」

「うん!」

 

ふたりは急いで身支度を整え、アリシアの家を飛び出した。

 

 

それから数十分後の、村長の家。

そこで数人の老人が苦渋に満ちた表情で話し合いをしていた。

 

「それで、あの娘は。アリシアは、行ったのか?」

「ああ。嫌がりもせずにな……なぁ本当にいいのか? せめてワシらが代わるわけには」

「ダメじゃ。山のヌシは老人が来ると怒り狂う。おぬしも分かっているじゃろうが」

「クソッ! 子や孫を犠牲にして、老人が生き延びる……こんなことが許されるのか?!」

 

「代われるものなら、代わってやりたいが……」

「ヌシは、生かさず殺さずを見極めておる。ワシらを根絶やしにせず、じわじわと苦しむのを楽しんでいるんじゃろう」

「ぐぅっ……もう我慢できん! どうにかもう一度王に知らせられんか? あの旅人に頼めばどうだ! 強そうな護衛もいるぞ。とにかくロモスがダメならベンガーナでもいい。お金持ち国ならきっと強い戦士も……」

 

「ダメだ。みなもわかっておるじゃろう……ヌシは、かの魔王ですら戦いを避けたという『獣王』だと言う話じゃ。事実、勝てなかったではないか。助けを求めても怒らせるだけじゃ。今度こそわしらは皆殺しになる、生贄で済むのならば……」

「くそったれ!」

 

「…………」

「う、そ。あの子が、生贄……?」

 

村長の家の外。その窓のそばで呆然とミリアがつぶやいた。

村の中を捜索していたふたりは、何の手がかりも得られず最後に村長の家にやってきていたのだ。

そして窓辺で聞き耳を立てて、老人達の話を聞いていた。

 

「どうしてっ!!」

 

そのあまりの内容に、ミリアは我慢できずに窓枠を掴んで身を宙に躍らせ、窓ガラスを蹴破って家の中へと転がり入って絶叫する。

 

その肩にちょこんと乗っている影夫とともに、やり場のない怒りを漲らせ、目を見開いて、老人達を睨みつける。

苦しげな表情を浮かべる老人達は、さらに眉をしかめさせて、うめくように声を出す。

 

「聞かれてしまったか……」

「どうして、なんであの娘が!?」

「しょうが、ないのですじゃ……半年に一度。村の誰かが犠牲になって、皆が助かるなら……」

 

「しょうがなくないよ!」

「村長さん、あんたなんで簡単に諦めてるんだよ!? 子供が犠牲になるんだぞ!」

 

ミリアが我慢できないのと同じく、影夫も我慢ならなかった。

天真爛漫に笑ってミリアになついていたアリシア。

あんな小さい子が。ミリアと本当の姉妹のようだったあの微笑ましい光景が、生贄にされるなどで二度と見れらないようになるなんて。

 

「よそ者が知ったことを言うな! 村長の娘は最初に生贄にいったんだぞ!?」

「……っ!?」

 

「それだけじゃない! 村の為に、村長の血縁者から次々に生贄になって……!」

「ワシらだって代われるものなら代わってやりたい。だがな、アイツは年寄りの肉は食わんのだ!!」

「ロモス王に知らせたこともあった! 国一番の騎士が来てくれて……彼は強く素晴らしい人だった。しかし、その彼でもダメだったのだぞ!!」

 

老人達は溜め込んだ鬱憤を、怒声にのせて全てを話していく。

『獣王』の報復として村人の半数が殺された上、殺された騎士は相討ちになったということで虚偽の報告をすることになった。

 

「なんだよそれ。なんなんだよ……」

 

影夫は老人達の話を聞いて呆然となる。

ひど過ぎる。

 

平和を謳歌する今の世で。

誰にも知られることなく、助けを求めることも出来ずこの村はずっと悲惨な目にあい続けてきたのか。

 

「村長大変だ!」

 

そこへ、老人に比べるとまだ若い――といっても40を過ぎているような中年の男が駆け込んでくる。

 

「クロエ婆さんもヌシのところへ行ったらしい! 自分を身代わりに孫を守る気だ!」

「馬鹿な……そんなことをすれば機嫌を損ねるぞ!」

 

その場がざわめく。

老人達は恐怖と不安におののき、戸惑うばかり。

 

ミリアはその場の雰囲気を無視して、中年の男に掴みかかり、ぐっと服が破れんばかりに引っ張った。

 

「そいつはどこにいるの!?」

「な、なんだよあんた」

「いいから早く! 手遅れになる!!」

「む、村はずれの洞窟にいるが。村の入り口からまっすぐ進んだ山のふもと、だ」

 

「どいて!!」

 

そこまで聞いたミリアは、中年の男を突き飛ばすと弾丸のように村長の家を飛び出していった。

 

 

「レミーラ!」

「くっ……おねがいっ、間に合って!」

 

ミリアは、足場の悪い山道を必死に走りぬける。

影夫がレミーラで薄暗い周囲を照らし、木々や背の高い草が点在する山道を進んでいく。

 

暗黒闘気で強化されたミリアの全力走は全速力の野生獣よりも早いほど。

まるで風のようになって、彼女は山道を駆け抜けていく。

 

「くぅ……もっと早く」

「ミリア! バランス取ってくれよ、バギマぁ!」

「っ!? 大丈夫、いける!」

 

影夫はミリアの背中から手を生やすと、バギマで加速を付ける。

猛烈な突風に押され、推進力を増したミリアはもはや弾丸のようだった。

 

「見えた! あの穴だ!!」

「間に合って……!」

 

ぽっかりと開いた洞窟の入り口にふたりは飛び込んでいった。

 

 

 

「どうか、どうかお願いいたしますヌシ様。生贄は私にしてください。私はどうなっても構いません。ここにお金や宝石もあります。これでどうか、この子だけは」

 

ジメジメとして埃っぽく獣臭い匂いが充満する洞窟の奥。

そこでアリシアを抱き抱えたクロエが大きな影に向かって、必死に懇願している。

 

「ダメダ! ババアノニクハマズイ!」

「そんな……どうか、どうかお願いいたします!」

「ウルサイ! オレニメイレイスルナ! オレハオウダ! サカラウナ!!」

「うぅぅ……」

 

その影が、叫ぶ度に洞窟がかすかに揺れる。

彼はこの洞窟の主であり、この周囲を縄張りとしているヌシであった。

 

人語を解するモンスターであり、粗野で粗暴かつ凶暴で残忍な仕打ちを村に行ってきていた張本人である。

 

「ミナゴロシダ」

 

その彼は今怒り狂っていた。

生贄の数をかなり我慢してやっているというのに、反抗してきた。

そのことが彼には許しがたい。

 

生贄を差し出させ、恐怖と絶望で言いなりになる村人を嬲るのは愉快であったが、自分に対してお願いと言いつつ譲歩を迫り、何度もしつこく食い下がる。

そのことが彼をこの上なく苛つかせた。

 

人間の村は楽しめた玩具であったが、苛立たせるのならば壊すことに躊躇はなかった。

どこかでまた別の玩具を見つければいいだけだ。

 

「え……?」

「オレハ、イケニエ、スコシデガマンシテル。オマエ、シツコクサカラッタ!! ミナゴロシダ!」

「あ……ああぁ。そんな……」

「マズハ、ムスメダ、ツギハオマエダ! ヨロコベ!!」

「いやぁあああっ!」

 

ヌシは、脅えるアリシアににじり寄り、巨木のような腕を振り上げる。

 

「おゆるしを、どうかおゆるしを……!」

「ジャマダババア!」

「ぁっ……」

 

孫を助けようと必死にすがりつくクロエだったが、ヌシに蹴り飛ばされて宙を舞い、強かに洞窟の固い地面に打ち付けられる。

 

「おばあちゃん!? もういやぁ、だれか……たすけてぇーーーー!!」

 

涙をうかべたアリシアの悲痛な絶叫が洞窟に響く。

 

「グヒヒ、ナケ! サケベェェッ!!」

 

そこへ突然。小さな黒い影が突進してきて、ヌシにぶつかった。

 

「グッ、オォォォッッッ!?」

 

あまりの激しい衝撃に、ヌシはその場から吹き飛ばされるように地面に倒れ付す。

 

 

「な、なに……?」

「早くお婆さんと一緒に逃げて!!」

 

何が起こったかわからず混乱するアリシア。

声をかけたミリアが指差すと、猫ぐるみ姿の影夫が倒れ付すクロエお婆さんの側で、手早く回復呪文をかけて終えていた。

 

「あぁ……あなた方は……」

「くっ。急いで出来るだけ遠くに隠れてくれ!」

 

影夫はクロエお婆さんを庇うように前に出つつ、退避を促す。

 

あまり猶予はない。

ヌシはふらつきながらも立ち上がろうとしている。

 

その間によろよろと立ち上がった老婆はどうにかアリシアを抱えて、柱状の岩の物陰に身を隠した。

 

「はぁっはぁっはぁっー。まにあって、よかったぁ……!」

「ダメだよ! ミリアおねえちゃんも早くにげよう! おねえちゃんまで食べられちゃう!!」

 

「私なら、大丈夫」

「グォオオオオオ!! オノレェェッ、ニガサン!」

 

アリシアに短く答えながら、ミリアの胸中に猛烈な怒りが湧き上がっていた。

家族の絆や温もりを奪おうとする存在はミリアにとって、憎悪の対象である。

 

ミリアの周囲には、ヌシが食べたと思われる骨が散乱している。

野生動物と思われるものから、人骨まである。

 

特に人骨には思いいれがあるのか、天上から吊るされていたり、乱雑ながら積み上げられて一種のオブジェにされているようなものさえある。

 

「グハハッ、マズハオマエカラ、クッテヤル!!」

「おねえちゃん……いやだよっ、もうやめてぇーーー!」

 

「グヒヒッイイゾ! ナケ! ワメケェッ! オレヲタノシマセロォ!!」

 

ヌシは泣いて懇願するアリシアをニタリといやらしい笑みで見つめて楽しげにあざ笑う。

それが、ミリアの逆鱗に触れた。

 

「オマエみたいなのがッ! この世にいるからぁッーー!!」

 

ミリアは、視界が赤く染まるかと思う程、怒り狂っていた。

 

山のヌシはだるだるに緩んだ肉体をもった怪物のトロル。

しかも、その下卑た表情は、大事な家族を奪ったタネパ村の村長を彷彿とさせて、憎悪と怒りをさらに増幅させる。

 

「滅ぼしてやる!!」

 

怒りと憎悪に呼応して、ミリアの体内の暗黒闘気がオーラのように立ち昇る。

 

「すぅぅ……はぁぁ……っ」

 

ミリアはぐっと足を広げて腰を落とし、右の拳をヌシに向けて、重心を低く構えた。

 

「はぁぁぁぁあああああ゛あ゛ッーーーーー!」

 

深い呼吸とともに、ミリアの体内から爆発的に暗黒闘気が噴き上がっていく。

 

「おぉおおおおおおおッ!!」

 

力の波動が周囲に伝わり、洞窟の岩にヒビを作り、埃をまきあげる。

黒い紋様が明滅する、怒りと憎悪に染まった顔で、ミリアはヌシを睨みつけた。

 

「グゥッ!? ツッ、ツブレロォ!!」

 

本能的に気圧されたヌシは喚きながら、ミリアに向けて走りながら思い切り拳を振り下ろした。

 

「「あぁっ……!?」」

 

ミリアの何倍もあるような巨体から振り押される力の篭った拳。

思わずアリシアとクロエは粉砕される少女の身体を想像して目をつぶってしまう。

 

「ふんっ! はぁ!!」

 

しかしミリアは、その打撃をこともなげに暗黒闘気を纏った手刀で弾くように打ち払った。

 

「こんなものだよ」

「ヌガァ! グォオオーーー!」

「おまえの拳なんてさぁ!」

 

ヌシは怒りに任せて3度4度と拳を振るうがその全てを、ミリアは防ぎきる。

 

「ダマレェ!」

「……っ!?」

「ツカマエタゾ、シネエ!」

 

ヌシはミリアの拳を逃がさないとばかりに大きな手の平で包み込むようにして掴んだ。

 

「くっ……」

 

彼が手を握ると、ミリアの手はほとんど埋まったように見えるほどだった。

ヌシの馬鹿力によって、ミリアの骨はミシリミシリと軋みをあげる。

 

「ゲヒャヒャ!」

 

彼は下卑た笑いを爆発させた。

たしかに、この生意気な人間は、動きが素早く技量もあるようだ。

だが、力の勝負に持ち込めばどうだ。

 

「あぅっ……ぐあぁ……!」

 

拳に走った痛みに表情をゆがめるミリア。

その様子をみた彼は勝利を確信した。

これまで散々人間を甚振り、その脆さと弱さを知り尽くしているのだ。

万一にも逃がさないように、しっかりと大きな手でミリアの拳を覆うように握り締める。

 

「ツブシテヤル!」

「つぶれるのは……お前だァッ!」

 

ミリアは逃げようともせずに、力任せに拳をヌシに向けて押し込む。

真正面からぶつかり合っての力比べ。

 

どう考えても少女は非力で巨体のヌシが勝つ。

誰もがそう思う光景だった。

 

「ぉおおおおォォッーーー!」

 

雄叫びとともにミリアの身体から黒い闘気が吹き上がった。

黒髪が吹き上がる黒い闘気で揺らめき、瞳が赤く光る。

 

「負けるもんか……っ!」

 

全身に伝播した暗黒闘気はミリアの肉体をさらに強化し、力をギリギリまで引き出していった。

 

「オマエなんかぁぁぁぁっ!! わたしが殺してやる!!!」

「グォオォ……バカナ!!?」

 

そして、押し勝ったのはミリアだった。

自らの背丈の半分以下もないミリアに、ヌシはなす術もなく後退させられていく。

ヌシは力を入れても押し込まれ続けてしまう現実に驚愕して周囲を見渡し動揺していた。

 

「オレハッ! ジュウオウダゾ!!」

「嘘をつくな!! 獣王はっ! クロコダインはそんな人じゃない!!」

「シッテイルノカ!! オレノスベテヲウバッタ、アイツノナカマカァァッ!!」

「前の獣王……そんなやつがぁーー!」

 

ミリアが最後に勢いよく拳を振りぬいた。

それで完全にバランスを崩したヌシは地面に倒れこむ。

 

「ガァッ、グゥッ!?」

 

そこにミリアは馬乗りになって、彼女は無駄のない鋭い軌道で小さな拳をヌシの体に叩きこんでいった。

 

「奪ったなっ! 殺したなっ! 踏み躙ったなァッ!」

「ガッ! グギャアッ! ガハァッ!」

 

小柄な少女とは思えないほどの膂力でミリアが殴る度に、爆裂したかのような殴打の音が漏れ、口や鼻から血飛沫が飛ぶ。

その衝撃は、周囲を揺らして周囲の埃を舞わせた。

 

「ガァァァッ!」

「っ!?」

 

一方的に殴られ続けて怒り狂ったヌシは、圧し掛かっているミリアの肩を掴んで、小さな身体を洞窟の壁へと投げつける。

 

「くっ!」

 

咄嗟にミリアは体勢を変えて、自ら壁に向けて足を蹴り出した。

大砲の着弾のような爆音が響いて、洞窟が揺れ、粉塵が舞う。

パラパラと砕けた岩が天上から落ちてくる。

 

「はぁはぁ……っ」

 

洞窟の壁を激しく砕き削るほどの衝撃に、ミリアは足に軽傷を負ってしまう。

 

「ホイミっと。ミリア、ここじゃあまずそうだぞ? 最悪、崩れる」

 

すかさずミリアの肩へと飛び乗ってきた影夫の回復を受けながら、ミリアはコクリと頷いた。

そして再び全身から暗黒闘気を吹き上がらせていく。

 

「あああああァァァーーー!!」

 

瞬く間にダメージの余波から、ふらふらと立ち上がっていたヌシの元へと走り寄ったミリアは、その太い腕を掴んで引っ張り、ムリヤリに立ちあがらせた。

そして、そのまま密着突進して、彼を洞窟の外まで押し出していく。

 

「ガッ、ガフゥッ……!?」

 

途中にある石筍を砕き、石柱をなぎ倒しながら。

ヌシは猛烈な勢いで洞窟の外へと向けて、はじき出されていく。

 

「でりゃぁァっ!!」

「グベッ!?」

 

そして洞窟の入り口で。

日の下までやってきたミリアは闘気をこめた蹴りで、ヌシの巨体を吹き飛ばした。

 

「ンゴォガァッ!」

 

ヌシは木に衝突してへし折れるほどの衝撃を受けた。

激しい衝撃のダメージでヌシは地面を転がり苦しみすぐには動けない。

 

「トドメ!」

 

ミリアが腰からどくがのナイフを抜き取り、右手に持ち構える。

急いだあまり、手持ちの武器はこれだけしかない。

 

しかしこれでは、ヌシの分厚い脂肪と筋肉の層を貫いて致命傷を与えるのは難しいであろうと思われた。

それ故にミリアは、影夫の力を借りる。

 

 

「お兄ちゃん……身体を使わせて!」

「おうよ!」

 

影夫は猫ぐるみから出てミリアの体内へと入り込む。

素早くミリアはどくがのナイフを逆手に持ち直して、自分のお腹……おへそのあたりへと密着させた。

すかさず、どくがのナイフの剣先に向けて、影夫は自らの暗黒闘気体を伸ばして絡みつかせ始めていく。

 

「はああああぁぁぁ……っ!」

 

ミリアは両手でゆっくりとお腹からナイフを引き抜くような動作を見せる。

するとそれにあわせて、お腹から暗黒闘気の刀身が生えるように形成されていく。

 

それは、影夫の肉体である暗黒闘気を圧縮した刃状に変形させてどくがのナイフから放出しているのだ。

 

ミリアの手の中に『クロスの剣』が出来上がっていく。

やがてソレは、一本の黒き剣となり、ミリアはそれを天に向けて掲げる。

 

 

「ぅあああああああっっーーー!」

 

雄叫びともに、さらにミリアは自身の暗黒闘気をクロスの刀身に纏わせた。

 

まばゆい闇の光が剣から放たれ、洞窟の入り口の篝火と月灯りの光を吸っているかのように、周囲に明滅する影を作り上げている。

 

 

「すごい! おねえちゃんは勇者さまだったんだ!」

 

洞窟から出てきていたアリシアが声を上げる。

少女と老婆から見るとまるで、黒い光の剣が、少女の身体から出てきているよう。

 

それは伝説の勇者のようなおとぎ話の光景に思えた。

 

アリシアの胸は感激でいっぱいだった。

今日知り合ったばかりの優しいお姉ちゃん。

本当にあんな姉が欲しいと思っていた。

 

素敵で優しい彼女は、困った時に颯爽と助けてくれる勇者のお姉さんだったのだ!

 

「コロシテヤル!!!」

 

一方、どうにか起き上がっていたヌシも近くの木を自慢の怪力でへし折って、ソレを抱えてミリアに向けて怒り狂って突進してくる。

 

「おねえちゃん……がんばって!」

 

アリシアは声をかけつつも、かけらも心配していなかった。

だってミリアお姉ちゃんは勇者だから。

勇者は必ず悪い奴をやっつけてくれるのだから。

 

「滅びろぉぉおおお!!」

「シネェェェェェ!!」

 

交差の瞬間に一閃。

鈍く激しい衝突音と衝撃が周囲に走る。

 

「……っ!」

「……っ!?」

 

そして、交差した両者は、しばらく走って、動きが止める。

 

ヌシの持った巨木は真っ二つになっていた。

ニタリと、凶悪な笑みを浮かべるのはヌシ。

 

彼は巨木が折れるほどの威力で殴りつけてやったと、勝利を確信した。

 

だが。

 

「ゥ……グ……!」

 

ヌシの腹には黒く光る亀裂が出来ていた。

凄まじい暗黒闘気のエネルギーが流れ込みきって、傷口から暗黒闘気が漏れていたのだ。

それほどの暗黒闘気をあの一瞬で叩き込まれた以上、もはや無事では済まない。

 

「グアアアアアアーーーーー!!?」

 

 

ヌシは、身体の内側を暴れまわる苦痛に両手でお腹を押さえて悶え苦しむ。

 

「バ、バカナァァ……コノ、オレガッ!?」

「暗黒処刑術奥義……」

 

ミリアは、黒い光の剣を勢いよくX字に振り払って見せる。

 

「暗黒渾身撃ッ!」

「オォオオッ……オノォレェェェエエッッーーー!」

 

それと同時に限界を迎えたヌシの体は内側から爆発するように四散する。

頑強だったはずのヌシの肉体は、あっけなく爆砕して周囲に脂塗れの肉と血を飛び散らせた。

 

「…………」

 

無言でミリアが剣を掲げる。

そこへ、ヌシの死骸から立ち昇る黒い靄が吸い込まれるように戻ってくる。

 

「何が先代獣王なの。持って生まれた力に溺れて、弱い者を虐めて喜んでただけの奴が」

 

ミリアは、ムカムカした気持ちでいっぱいだった。

仮にも先代獣王であったというからにはクロコダインのように武に誇りを持ち、鍛錬を続ければこんな最後を迎えずに済んだだろうに。

負けたことで、変わることができればハドラーのようになることも出来ただろうに。

 

「ふぅ……」

 

ミリアは、再び剣をお腹へと突き刺すように動かして、兄の身体を自らの体内に戻していく。

お腹に飲み込まれていくように黒き刀身は消え去り、影夫の体はミリアの肩に抱きつくねこぐるみの中へと戻っていく。

 

「ミリア、おつかれさん」

「うん。間に合ってよかったよ」

 

影夫はミリアの肩の上にくっついていた猫の身体の中へと戻って、ぽんぽんと猫ぱんちでねぎらう。

 

「おねえちゃんーーー!」

 

そこへ、満面の笑みを浮かべた、幼女がミリアに抱きついてくる。

 

「アリシアちゃん。怪我はない?」

「うん! ミリアおねえちゃんは、勇者さまだったんだね!」

「お兄ちゃんもだよ?」

「クロスの猫おにいちゃんもありがとう!」

「勇者さま、ありがとうございます! これで、孫は、村は……救われます」

 

「うん。ほんとうに、良かった」

 

心からの笑みを浮かべるアリシアと、涙を流して喜んでいるクロエお婆さんを見て、

影夫とミリアも笑いあうのだった。

 

 

★★★

 

数日後。

ミリアと影夫は、ロモス王に謁見して、先代獣王の件を報告していた。

 

「なんとそのようなことが……すまぬ。ワシがふがないばかりに、村人たちは惨い目に遭い続けていたとは」

 

その話を聞いたロモス王は苦渋の表情で、自分を責めた。

かみ締められた唇から、血が流れるのではないかと思う程に、王の悔恨は強いものだった。

 

「いえ、王様には知るすべはありませんでしたから。どうしようもなかったんです」

「民あっての国じゃ。国のために民を生贄にして、王が知らぬ顔などあってはならんこと。すべては余の責任じゃ」

「王さま……」

「二度とこんなことが起こらぬように約束しよう。村にも出来るだけのことをする」

「はい、よろしくお願いします。村人達も喜ぶと思います」

 

民を思い、心を痛める王の真摯な言葉に影夫とミリアは背筋を伸ばして頭を下げる。

ロモス王は玉座をたってゆっくりとふたりに近づいて、腰を落としてふたりの手を取る。

 

「勇者ミリアよ。村を救ってくれたこと、本当に感謝する。そなたこそ真の勇者。我が国を救ってくれた英雄じゃ!」

「んー。なんか照れくさいね、お兄ちゃん」

「まぁ感謝の気持ちはありがたく受けておこうぜ」

 

「しかし……覇者の剣は本当に要らぬのか? そなたのような勇者にこそ相応しいと思うのじゃが」

「はい。私にはお兄ちゃんがいますから」

 

胸を張って影夫を抱き寄せて抱きしめるミリア。

ロモス王はその仕草に思わず、孫をみるように顔をほころばせた。

 

「そうか。そうであったな。しかし、せめてゴールドだけでも受け取ってはもらえぬか。せめてもの気持ちじゃ」

 

ロモス王の横にいる兵士がゴールドの詰まった宝箱を開けて、ふたりに向けて差し出した。

だが、ふたりは顔を見合わせてゆっくりと首を振る。

 

「そのお金はあの村のために使ってあげてください。あの村の子ども達が大きくなった時、旅行に行けるくらいに」

「あいわかった! 勇者ミリアよ。今後ロモスは出来うる限り、そなたの助けとなろう! 何か困ったことがあれば何でも言って欲しい」

 

「はい! ありがとうございます」

 

ミリアと影夫が頭を下げた瞬間、万雷の拍手が二人を包んだ。

側で控えていた兵士達が心を打たれて、せずにはいられなかったのだ。

 

 

 

『勇者ミリアは凶悪な魔物を退治して村を救った。その上、ロモス王からの褒美を村の為に使って欲しいと辞退した』

 

その逸話は救われた村人達や、城の兵士達によって口々に話され、ロモス国民の間にも噂となって広がっていくことになる。

 

『黒き神剣を振う勇者』『黒き高潔なる少女』の異名がロモス王国で生まれたのだった。

 




魔物退治のお話しでした。

本編の中に入れようと思っていたのですが長くなりそうなので飛ばしてしまいました。
そのせいで、逆に構成がわかりづらくなってしまったかもです、申し訳ない。

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