壊れかけた少女と、元非モテおっさんの大冒険?   作:haou

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超難産でしたが、どうにか書きました。
正直完成度は70%ほどですが速度優先です。
次話はもう少し早く投稿できたらいいのですが……がんばってみます。



レオナの選択

「あ~楽しかったね!」

「ならいいんだけど……どこにでもある森だったでしょ?」

 

探索を終えたミリア一行は気球船で、パプニカの王都に向かっていた。

レオナはまだ探索先への疑問が消えないらしく、疑わしげな目でミリアと影夫をじと見する。

 

「いやあ、皆が必ず行くみたいな有名処より地元民しかしらないようなこれぞってところに行くのが通の旅行なんだよ」

「木とか花とか、ロモスともベンガーナとも違ったよ?」

「まぁ、それはそうだろうけど……」

「お土産もこーんなにたくさん♪ 私は大満足だよ」

「うんうん。きのこに山菜に果実……旅先での味覚狩りは外せないよな!」

 

まだ釈然としない様子のレオナに、ご満悦のミリアが大きな籠を抱えもって笑いかけると、影夫がわざとらしく追従してみせる。

そこには、ベルナの森でとってきた果実や山菜、きのこが山盛りになっていた。

 

「あ、でも地底魔城跡のほうはちょっと残念だったかな。もう魔物がいないなんて。ダンジョン攻略したかったのに」

「そりゃそうよ。何せ魔王の居城だったのよ? 魔王亡き後、パプニカ総軍で残党を討伐して厳重に封印処理。その後も定期的に見回りを欠かしていないわ」

 

本当だったら、中に入れないところなんだからね? と自慢げに言いながら、レオナは感謝しなさいとばかり胸を張って見せる。

確かにレオナがいなければ、地底魔城跡を見張っている兵士とひと悶着することになっただろう。

 

「ははは。まぁそりゃあそうだよな。ほっとくと魔物の根城になったり盗賊がアジトにするかもしれないし……」

「ありがとレオナ♪ お礼にこの籠の食べ物をわけてあげる!」

「えっ、嬉しー、って、私も一緒に採ったじゃないの! 元々貰う権利はあるわよ」

「じゃあ多めにあげる!」

「そう。あ、ありがと……」

 

「あーあ。でも地底魔城跡はほんとにガッカリだよ。宝箱も残ってないし、食べられるものもな~んにもなかったし、無駄足だったかなぁ」

 

たしかに死火山の地底に食べ物はないだろうなぁと影夫は思う。

当時の魔物たちの備蓄食料とかもとっくに腐っているだろうし。

一応宝物としては、『魂の貝殻』はあるんだろうが、あれはヒュンケル向けのイベントアイテムだしなぁ。変に場所動かすとまずそうである。

 

「あっでも、あの闘技場はかっこよかったね。あそこで戦ってみたいなぁ」

「ミリアは本当に食べることと戦うことが好きだな。サイヤ人かよ」

「どこの人よそれ?」

「んー、物語に出てくる宇宙最強の戦闘民族だな。死ぬほど飯食って超強いんだ」

「あはは、ミリアそっくし」

 

「ふっふっふ。スーパーミリア人にわたしはなるッ! これで合ってる?」

「あはは、何よそれ~」

「あ、あぁ……うん。変なこと教え過ぎたか」

 

ミリアがポーズを決めてはしゃいでみせて、レオナは大受けしている。

 

なんか色々入り混じっててカオスなことになっていることに、影夫は自業自得ながら軽い頭痛と、恥ずかしさに悶えたくなった。

幸い、影夫以外にはよく分からないだろうが……。

 

「そろそろ着陸いたします。ご準備ください」

「あっ、ありがとうアキームさん」

 

話し込んでいるうちに、王宮についていたらしい。

アキームが気球船を操作して高度を落とし、中庭へと降りていく。

 

「ひ~~~め~~~~~っ! 待ちかねましたぞぉーーー!!」

「あっ、バダックおじいさん……怒ってるね」

「げっ。ミ、ミリア一緒に謝ってくれない?」

「えー?」

「そ、そうね、夕餉はこれでなにか作ってもらいましょう。もちろんミリア達も招待するわよ!」

 

パプニカの王都は海に面した港町でもあるので、新鮮な魚介類も豊富だろう。

山の幸と海の幸を王宮の料理人が調理するのだ、贅沢な食事になりそうで、案の定ミリアは速攻釣られてしまった。

 

「ほんと!? やったぁ! バダックおじいさんごめんなさ~い! わたしも行きたいっていったのがいけなかったんだよー!」

「ぬぬぅ……卑怯ですぞひめぇー!」

 

ブンブンと大げさに拳を振り上げて、お説教をくれてやろうと気合を入れていたバダック

は、ミリアに謝られて気勢をそがれてしまったようだ。

悔しげに振り上げた拳を下ろしてしまった。

 

「うんうん♪ これで万事収まったわね!」

「ミリアちょろいな……って、俺らがパプニカ王家の晩餐にお邪魔しちゃっていいのか? 俺ら礼儀作法とかあまりできないぞ」

 

「そんなのいらないわよ。王族っていっても人間だもの。四六時中お堅く過ごしてたらたまんないわ。食事時くらい立場も面倒な儀礼もなにもかも忘れて、気楽に楽しむべきなのよ」

「パプニカって格式高いとこだと思ってたけど、意外と砕けてるんだな……助かるけど」

「おじょーひんにご飯食べても美味しくないもんね」

 

 

その夜――。

レオナの父であるパプニカ王も交えた食事会は楽しいものになった。

 

ミリアは最初、レオナの父に対して少し緊張というか人見知りしていたが、レオナとじゃれあううちに、生来の無邪気さで身分差や相手の権威も気にせず楽しめていた。

 

パプニカ王は娘が友だちと一緒にはしゃぐ姿を見て終始微笑ましげだった。

 

★★★

 

パプニカ王都滞在二日目。

 

「ってわけでさ~ほんと嫌になっちゃうわけなのよ。いくら王族の義務って言ったってねぇ。人間なんだから時には嫌になっちゃうのよ――」

「こっちもさ、大変なんだよ。お兄ちゃんったら、おっぱいおっきな女の人を見たらすぐに鼻の下延ばしちゃってさ、女の子の気持ちがわかってないんだよ――」

 

レオナの部屋で、ミリアとレオナはベッドに転がってだらけつつ、くっちゃべっていた。

 

かれこれ話し込んで数十分。

取り留めなくポンポンと話題が浮かんでは消えていた。

 

(聞こえない聞こえない……読書に集中だ)

 

盛り上がるふたりを余所に、影夫は声も出さずに、レオナの部屋の本棚から拝借した本に集中しようとしていた。

パプニカの歴史と神についての本は興味深く、影夫はねこぐるみの手でペラペラと読み進めていく。

 

(ふむふむ……)

 

自分のことも話題に上がっているが、やれエッチだ、やれ女心をわかってないなどと、ひどい言われようである。

だが、そのとおりという自覚があるだけに言い返せず、女同士のマシンガントークに割って入る気もないので、ミリアの腕の中で抱きしめられながら本を読みふける。

 

「ひめーー! そろそろお時間ですぞ!」

 

と、そこにドアの外からバダックが大声を掛けて来た。

 

「あ~もうそんな時間かぁ。ちょっと待って! すぐ準備するわよ!」

「勇者どの! ひめが逃げないように見張っておいてくだされー!」

 

レオナが怒鳴り返すと、バダックはミリアに監視を頼んで、どたどたと走り去っていった。

先日の脱走騒ぎの再来を警戒しているようだ。

 

「……どうしたの?」

「ごめんミリア。これから魔法の授業が……あ、そうだ。ミリア達も受けてかない?」

「んー? でも、パプニカって呪文を使うのに型の練習とかがあって、実戦向きじゃないって聞いたが……役に立つのか?」

「えーめんどくさそう。実戦で使えないと意味ないよ!」

 

まぁたしかにミリアが儀礼の型とか覚えても意味はない。

影夫としても、まったく同意見だった。

 

「それは大丈夫。実戦重視の先生だから」

「へぇ、そんな人いるんだ」

「大臣達にはいい顔されないんだけどね。私としても、儀礼でしか役に立たないお飾りの賢者になるなんて嫌だからその人に頼んでるのよ」

「へぇー」

 

と感心しつつも、あまり意義はなさそうに影夫は思う。

マトリフ以上のことを教えられるのなら話は別だとは思うがそんなことは無理だと思うし。

とはいえ他に急ぎの予定があるでもない。

ミリアも友達と一緒がいいだろうし、何か得るものはあるかもしれない、と影夫は反対することはなかった。

 

「な~んか陰気だし、ちょっと危ない感じもする人なんだけど。ま、根は悪くないと思うのよ。あっ、もう来た」

 

レオナがテーブルの上に本やら、羽ペンやらを用意して準備していると足音が聞こえてきた。

 

(っていうかお付のメイドとかにやらせたりしないんだな)

 

関係ないが、自分で教材にノートやらを準備して慌てるレオナを見て影夫はぼんやりとおもった。

パプニカ王の教育方針なんだろうか?

 

「姫様、失礼します」

 

扉がノックされて、賢者の格好をした青年がレオナの部屋に入ってきた。

 

「すみませんが、本日の講義を始める前に是非とも紹介いたしたい人物がおりまして……」

「丁度よかった。こっちも紹介したい人が居るのよ。ほら、こっちきて」

「え、えっと、ミリアです。よろしくおねがいします」

 

レオナに手を引かれたミリアが影夫のねこぐるみをぎゅっと胸元で抱きしめて、ぺこりと頭を下げた。

そして、レオナの隣の椅子にちょこんと座る。

 

「急で悪いのだけど、この子にも一緒に教えてくれないかしら?」

「それは構いませんが、新しいご学友ですか?」

「ふふふ、何を隠そう。彼女こそ、いま巷で話題沸騰中の『勇者ミリア』なのよ!」

 

レオナはそう言って胸を張り、何故かドヤ顔で自慢してみせた。

だが、その青年には伝わらなかったようだ。まさかという疑いの表情を浮かべた後、思案するようにミリアを見つめている。

 

「ふむ……あいにく世情に疎くて存じませんが……この少女が『勇者』なのですか?」

 

バロンには信じがたいようだ。

たしかに赤いドレスを来た華奢な黒髪の少女が勇者であるとは普通は思わないであろう。

 

「…………むぅ」

(いい加減こんな反応にも慣れたほうが楽だぞ~)

 

ムッっとして小さく唸ったミリアを宥めるように影夫は前足で腕をさすってやる。

 

「ウッソー、バロン! こども勇者の噂知らないの? ベンガーナで活躍して名を挙げて、ベンガーナ王のお気に入り。気球船までポーンと貸すくらいにね」

「ほう……ああ、失礼こちらの紹介が遅れました。私は賢者バロンと申します」

「ふふふ、このバロンはね。ちょっと前まではパプニカを代表する賢者だったのよ。今じゃ私に魔法を教えているだけの世捨て人なんだけどね~」

 

そういう人間でもないと、礼儀作法にうるさくって困るのよ。とレオナは続けて愚痴る。

バロン以外の講師だと、周りに誰もいない場でも、王女と臣下の立場とか礼とかいって、ガチンガチンの敬語と態度を頑なに崩さなくて嫌なのだとか。

 

「えっ、あなたがあの、賢者バロンなの?」

「へぇ~すごいじゃない。ベンガーナにまで名を知られてたみたいよ?」

 

目の前の青年が後にレオナ暗殺を目論む人物だと分かって、思わずミリアは声に出してしまったが、レオナには違う意味に聞こえたようだった。

 

「いえ、俺などは……すみませんがそろそろ、連れを入室させても構いませんか」

「あ、忘れてた。待たせてごめんなさいね、入ってもらって頂戴」

「はい、おいっ、入っていいぞ!」

 

話し込んでいてすっかり忘れていたが、彼がレオナに紹介したい人物とは一体であろうか……考えて、影夫は警戒の視線をドアに向ける。

 

(まさか……テムジンか?)

 

そして、入室してきたのは――

 

「「「えぇっーー!?」」」

「あーーーっ!? なんでレオナとミリアとクロスがいるのよ!?」

 

部屋に入るなり、ずるぼんは知り合いであるレオナ、ミリア、クロスがいたことに目を丸くして、驚愕していた。

どうやら何も聞かされずバロンにつれてこられれていたらしい。

 

「そもそもよ! なんでお師匠がレオナのところに来てるのよ!」

「そりゃ俺は姫さまに呪文を教えているからな……それよりお前に姫さまと面識があったとは驚いたぞ」

「ベンガーナで出会って友達になったのよ」

 

バロンは魔族の力を取り入れようとした事が、問題視されて公職を追放されてしまっている身の上だ。

だがパプニカ王は、バロンの進言は退けたものの、動機は理解できるとして慈悲をかけ、彼を個人的に娘のレオナに魔法を教える教師として雇っているのだ。

 

「しかし勇者との繋がりがわからんが……」

「バロンは何も知らないのねえ。ずるぼんはね、『勇者ミリア』と同じく話題になってる『勇者でろりん』パーティで僧侶やってるのよ」

 

ずるぼんが師匠と呼んでいる以上、師弟関係のはずだが、弟子の近況も知らなかったというバロンにレオナは呆れ顔だ。

 

「なにっ!? そうか……それでマホイミに。力をつけたい、ということだったのか」

「だから言ったでしょ、閉じこもりっきりで外に出ないから世の中に置いて行かれるって……」

 

さらに畳み掛けるようにずるぼんが小言を漏らす。

 

「くっ……何故言わなかったんだ」

「言えるわけじゃないでしょ! わたしは勇者さまの仲間になったのよ。どう、凄いでしょ。なんて」

 

「っていうか驚きだわ。バロンがずるぼんのお師匠さまだったなんてねぇ。どう見ても、うさんくさ……あ。ごめんなさい」

「い、いえ。じ、事実ですから」

「あはははっそのとおり。師匠は陰気であやしい奴なのよ」

「…………」

 

ずるぼんにまで、言われて憮然とするバロンだが、図星を突かれて激昂するといったようなことはなかった。

 

(彼がバロン……原作じゃ、もっとプライドが高くて野心が強くて妄念に囚われている感じだったが)

 

影夫は疑問を感じたが、弟子であるずるぼんと再会したことで変化があったがあったのかも知れない。

 

「ま、ずるぼんの師匠なら信用しても大丈夫そうね。どうにも嫌な感じがして、どこまで信用していいか迷っていたのよねぇ」

「ダメよレオナ、師匠は力が正義とか言っちゃいそうなやつなの。でも、魔王軍ほどの邪悪じゃ……ない、の、かなぁ」

「あははは、ずるぼんってば無理しちゃって」

「あ、のな……」

 

こめかみを揉んで、顔を引きつかせていたバロンだが、そこで大きくため息をついて顔を覆い、深呼吸をする。

そして、次の瞬間には真剣な表情を浮かべてレオナの前に跪いた。

 

「……レオナ姫、どうかお願いがございます」

 

砕けていた室内の空気が、一気に緊迫する。

 

「魔王の遺物である兵器――キラーマシンを私は所持しております。これをパプニカの守りに使う許可をいただけませんでしょうか」

「……それは真にパプニカのためですか?」

「パプニカの神に誓って。パプニカを二度と戦火で焼かれぬため、守るためでございます」

 

レオナは跪くバロンを射抜くような視線を見つめ、ゆっくりと瞼を閉じる。

 

 

「……私は邪悪な力に頼り、用いるべきではないと教えられてきて、私自身もそれが正しいと思っていました」

「姫……私はっ」

 

思わずバロンは頭をあげて声を荒げようとするが、レオナの強い言葉にかき消されることになった。

 

「しかし! 私は最近思うのです。どのような力も使うもの次第ではないかと。正義のための力でも、悪人が用いれば悪しき力になるでしょう。その逆も然り。正しきことに使うのならば、魔王の遺産とてそれは正義の力になるでしょう」

 

毅然とした口調でレオナが言い切った。

 

「パプニカの姫レオナの名において、キラーマシンの保有および使用の許可を出します」

「あっ、ありがとうございます……!」

「……といっても、実権なんて殆どなぁんにもないんだけどね」

 

バロンが平伏して感謝を述べたところで、レオナは凛々しい姫としての仮面をぽろりと脱ぎ捨てた。

 

「どうにかお父様を説き伏せて見せるけど……隠し持つのを黙認してもらうのが精々でしょうねぇ」

 

ずっとそのままだったら威厳とカリスマで格好いいのに。と思う影夫。

一方ミリアは、やっぱりレオナはこうじゃなくっちゃと思うのであった。

 

「先に言っておくけど人員の用意は無理よ。私のおこづかい程度なら多少融通できると思うけど、予算もその程度。もちろん、パプニカ王軍の籍なんかも取れないし、実権のある立場にはしてあげられないからね。それでもいいのかしら?」

「そのお言葉だけで十分でございます。研究と改造はわが資財と身命をなげうってでも……」

 

そう述べるバロンの顔は、和らいでいた。

将来に希望がつながったのだ。

パプニカ王の子は彼女ひとり。いつか王女となり国を導くであろう彼女から理解と確約が得られた。

それは大きくて、確実な希望だった。

 

もはや焦る必要はない。

どの道まだキラーマシーンの制御方法の研究もまだなのだ。

うかつに急ぐと暴走の危険もあるし、魔王軍の持ち物であったがゆえに慎重さが求められる。

パプニカを守るための力が人々を傷つけることになっては本末転倒だ。

 

思えば、ずるぼんが戻ってきてから彼の思惑は順調に進んだ

理解されない孤独と闇に呑まれそうになっていた自分にさした一筋の光明になった。

 

(……感謝するぞずるぼん)

 

彼女がもたらしてくれた希望は、彼の闇を和らげた。

待てばよいのであれば、強硬手段に出る必要などはない。

 

(あの男はもはや不要だ……)

 

バロンは今、パプニカ王家の血を引いているというテムジンとか言う司教から、現王家を打倒しようではないかと誘いを持ちかけられている。

 

奴は信念を持たず、王になって権勢を誇りたいだけの俗物だ。

次期女王の信認を得た今、キラーマシーンを手元に置いている今、やつのようなくずに価値はない……どころか、レオナの命を狙うテムジンは明確な敵であった。

 

「司教であるテムジンという男が、姫さまを亡き者にせんと謀っております」

 

一度は同志となっていたテムジンをバロンはいともたやすく売り渡した。

元々、テムジンに対しては嫌悪感を抱いており、利用しあうだけの仲であっただけに躊躇などは一切なかった。

 

「……なるほど、私が否といったら、その話に乗るつもりだったのね?」

「いえいえまさかそのような。それに賢明なる姫様であればお分かりいただけると思っておりました。成立する前提ではありません」

 

「……パプニカを守りたいという思いは素晴らしいものだけど何をしてもよいということではないし、事をいそげば本末転倒なことになるわよ?」

「ご忠告肝に銘じておきます」

 

バロンは内心で舌を巻いた。

10をすぎた程度の小娘であるが、大人顔負けの賢さだ。本質を捉える力も備えており、清濁あわせのむ器量までもを見せている。

 

(姫は稀代の名君となられるだろう。この姫がいて、勇者でろりん一行や勇者ミリアといった次代の勇者も育っている――)

 

バロンは、魔王ハドラーによってパプニカの王都が蹂躙されて以来ずっと胸のうちに抱えていた焦燥と鬱屈が薄れていくのを感じた。

これまでずっと、目を閉じるたびに友人知人や家族の断末魔に無残な姿が脳裏をよぎる日々をおくってきた。

 

魔王軍の圧倒的な力に打ち勝てる力を求めたものの、大魔道士マトリフにはなんだかんだと弟子入りを断られ続け、そのうちに居場所も分からなくなった。

仕方なく、王宮で呪文を学んでみれば見栄えや形式ばかりを気にしたお上品な儀礼的なものでしかなくて落胆した。

 

ならばと独学で学べば、魔族の秘術や禁術を学ぼうとしたとして糾弾され書を取り上げられて研究を禁じられ迫害をうけた。

 

それでも魔王軍の遺産を活用しようとしたところ、公職を追放された。

 

自分以外の人間がすべからく無知蒙昧に見えて絶望した。

焦りと怒りと嘲りばかりが胸のうちに募ってろくに眠れず、力を渇望するばかりの毎日だった――

 

「それでは姫様、授業をはじめさせていただいてよろしいでしょうか?」

「ほらクロスもミリアもずるぼんも突っ立ってないでこっちに座りなさいよ」

「ゴホン、それでは本日お教えいたします呪文は、氷系呪文の中でも――」

 

だけどこれからは違うだろう。

信ずるにたる希望を見つけたバロンはここ数年、浮かべたことのない柔らかな表情で、呪文の講義をしていくのだった。


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