どうしても仕事が……長いこと書かなかった所為か、文章の書き方を忘れつつある……
早く宝くじ当たればいいのに。
「は~いいわねえこの島」
デルムリン島の砂浜にて。
サングラスを掛けた水着姿のずるぼんが、ビーチチェアに横たわってそう言うとゆっくりと足を組みなおした。
「海水浴は出来るし、フルーツは食べられるし、のどかだし、山もあるし、住み易い気候だし、温泉まであるなんて……最高よね」
ビーチチェアの脇には島で採れた果実を搾ったトロピカルジュースが置いてあり、彼女はすっかりバカンス気分だった。
「うほっ、うほほ!」
「あら、ありがと♪」
そこにおおザルやらスライムといったモンスター達が、果物を持ってくる。
ずるぼんがセクシーポーズでお礼のウインクすると、モンスター達は緩んだ顔で目にハートマークを浮かべるのであった。
「親切なモンスター達もいっぱい居るし……本当に永住しちゃおうかしら。ねぇ~んわたし、ジュースのおかわりが欲しいなぁ」
「うほうほっ!!」
おおザルが自慢の怪力で果物を潰してしぼり、ジョッキに注いでいく。
「ん~おいしいわぁ。ありがとねー♪」
「えげつなー……」
「ずるぼんのやつは見た目はいいからのぅ。『かおげい』を見たらあやつらも目が覚めるじゃろ」
色気でモンスター達を手足のように働かせるその様子はまさに女王様。
でろりんとまぞっほはドン引きだった。
「おーい、いっぱい採れたぞー!」
「ぐぎゃー、ぎゃぉー!」
とそこへ。
海に潜っていたへろへろとマーマン達が、新鮮な魚介類を手にでろりん達のもとへ駆けよってくる。
「こらぁずるぼん! いい加減こっちに来いよ!」
「わかったわよ! ってあらぁ、みんなで運んでくれるの? ありがとね……ちゅっ♪」
「むほーっ!」
「ふごっ、ふごぉーっ!」
ずるぼんは、舞い上がったモンスター達にビーチチェアを運ばせながら、すっかり女王様が板に付いていた。
「おほほっ。女王様っていー気分ねー♪ うーん快適、快……っ」
だが。
調子に乗った罰が当たったのか、大きく揺れた拍子にずるぼんは転げ落ちてしまい――
「んぶべぇっ!?」
日差しで熱された砂と熱烈な抱擁を交わすことになった。
それからはもう大騒ぎ。
熱い! 痛い! と喚いてのたうったと思ったら、口に入った砂でえずいてオエオエ言いはじめる始末。
「うほうほっー!?」
「ピキィー、ピキピキーッ!!」
周囲のモンスターも大慌てで、海水をずるぼんにぶっかけたり、それでさらに悲鳴が上がったりと、どんどん大きなバカ騒ぎになっていった。
「何をやっておるんじゃあやつは」
「もう知るか。ほっとけほっとけ」
そんな様子を呆れ顔で見ながら、でろりんとまぞっほは組みあがった焚火炉に火を入れて、焼き網を乗っける。
後はへろへろ達が取ってきた材料を焼けば海鮮バーベキューの完成だ。
「そういや、まぞっほはちょくちょく一人でどっかいくけどあれは何やってんだ?」
「ああ。まぁアレじゃ。ちょいと野暮用がのぉ」
「ふーん? 特訓も入れ込み過ぎるとうまくいかねーぞ」
「わかっとるよ、じゃがワシはちと先に遊びすぎたでの。修行を多めにしてちょうどいいんじゃよ」
「無理はするなよ」
「ああ。疲労はきちんと計算しとるよ」
「ま、ぼちぼち行こうぜ、俺らはニセモンなんだからよー」
ふたりがそんなことを言っていると、ひょいひょいと火バサミで挟まれた海鮮が次々に網の上に乗せられていった。
「そうそう。それでいいのよ私達は」
「おぬし、いつの間に……」
「ほらほら。みんなはそこで休んでなさい。全員分見事に焼いてあげるから!」
「あ、ああ。任せる」
「美味しく食べるには、焼き加減が難しいのよね。あんたらじゃ無理よ」
顔を海水と砂で汚したまま、すまし顔のずるぼんはバーベキュー奉行と化す。
言うだけのことはあって、絶妙な焼き具合で次々に配られる海産物は美味しく、モンスター達もでろりん達も大満足の食事になった。
★★★★★
「……」
「……」
「……」
モンスター達も寝静まって静寂が支配する月夜。
デルムリン島の中央付近にある原っぱで、でろりん達は立ち尽くしていた。
「明日、決行だ。いいな?」
「し、しかしのう……」
「本当にやるのか?」
「ちょ、ちょっと……本気なの?」
でろりんの言葉に、顔を青くしたまぞっほ達が躊躇いがちに声を漏らす。
「はっ。おいおい、おめえら――」
「「「……」」」
でろりんは皮肉げな冷たい笑みを浮かべて、仲間たちをゆっくりと見回す。
あまりに剣呑とした雰囲気に、ずるぼん達3人は息をのむ。
「なんか勘違いしてるんじゃねえか? なぁ」
そう。
彼らは、元々偽の勇者だ。
それはクロスが語る、あるべきだった正史が物語っている。
「「「それは……」」」
なのに、3人は本当の勇者であるかのように思ってしまっていた。
「俺らがしなくて誰がするんだ? まさかミリアにやらせようって言うんじゃねえだろうな? こんなのは、俺たち偽物の仕事だろうが!」
「「「……っ」」」
それは、定めなのだろう。
世界がそのように彼らを作ったのだ――
「そう、よね」
「そのとおりじゃな……」
「俺らがやるしかないんだな」
でろりんの冷たい視線に射抜かれた3人は、現実に打ちのめされて俯きながら声を絞り出す。
へろへろも、まぞっほも、ずるぼんも。
逃げた過去を清算して、勇気の欠片を得て、力も得たことで、正しき道を進んでいるのだと思っていた。
そしてこのまま、正道を貫き続けられると期待していたのだ。
「「「……っ」」」
小さな呻きとも、苦しげな吐息ともつかない小さな音が三人の口から漏れ、そのまま言葉も出ない沈痛な時がしばらく流れる。
「あのね、でろりん」
その内。
意を決したずるぼんが、すがるようにでろりんを見上げ口を開いて静寂を破り――
「ほ、他のやり方がきっと……」
「ねえよ」
にべもなく希望を絶たれた。
「逸脱したら先が読めなくなる……クロスの予言を最大限活かすためにやるしかない。それは、分かってんだろ?」
「それは……」
嗚呼……やはり、本当の勇者にはなれない。
ニセモノとして生まれたからには、ニセモノらしく振舞うしかないのだ。
3人の胸中を重い諦念が覆っていく。
「ちっ。もういい、俺がひとりでやる。なぁに。この島の連中を一人残らず半殺しにするだけだ! 造作もねえよ!!」
「「「……っ」」」
叫ぶようにそう言ってのけたリーダーの姿はあまりに痛ましい。
ずるぼん達は、ただ俯いたままうめくしかなかった。
「くくく……あーーひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!」
でろりんは天を見上げて狂ったように笑いだす。
彼はこうやって狂ったふりに身を委ねなければ呵責の念に耐えられないのだ。
「ちくしょうが!」
心底嘆いているだろう。呪っているのだろう。
胸が張り裂けそうな気持ちを抱きながらも、自分ひとりで咎を背負おうとするその姿が……3人に覚悟を決めさせる。
「待ちなよでろりん。私もやる。仲間じゃないか」
「ああ、リーダーはひとりじゃない!」
「そうじゃ、わしらは一蓮托生なんじゃからな」
「ふん。てめえら……物好きな奴らだな」
自分達の本質は、どこまでいっても偽者でしかない。
そんな諦念の中で、ずるぼんもへろへろもまぞっほも。己の心を凍らせる。
どうせ偽物ならばそれでいい。
汚れ役、嫌われ役はすべてやってみせよう。
そして、可愛い弟子で妹のようなミリアには、正しき道を歩んでもらおう。
「いいかよく聞け。俺らは明日、この島のモンスター達を一匹残らず半殺しに――」
決意を瞳に宿らせた三人に向け、でろりんが声を張り上げて、宣言する。
「できるわけあるかァァァーーー!!!」
「へ?」
「は?」
「え?」
ぽかん。まさにそう聞こえてくるような表情で3人が呆けた。
「いやいや無理だろ! てかしちゃダメだろ! それをやったら俺ら1ミリも成長できてねえだろ!!」
でろりんは今までの空気をぶち壊し、拳を天に突き上げて、何もかもぶっちゃけはっちゃけていく。
「変わったんだろうが俺らは! やりたくねえし、できねえよ! それで当然! 当たり前だぁああ!!」
「えっ。えぇーー……??」
「なんだかのう。わしらちょっと覚悟したのじゃが……」
「本来の姿とか知ったこっちゃねえっての! ミリアもダイもクロスの奴も。信じてくれてるのは今の俺らだ。それを裏切れるもんかよ!!!」
「だ、だよなあ……」
「まぁそうよねぇ」
「ワシも気持ちは同じじゃよでろりん。じゃが、本当に良いのかの?」
「これが賢明じゃねえのは俺も分かってるさ。でも正しいことだろ。何よりも、俺らが心から望んでることなんだろうがッ!!」
「「「……」」」
「自分を裏切って失望すんのはもうこりごりだ。自分が信じられなくても俺らはお互いを信じられるだろ?」
そう。力を合わせればでろりん達も、正しい道を歩いていける。
あの時がそうだったように。
「って訳で、やめだやめ! そもそもクロスのヤローがぜっんぜん気にしてねえんだから、どうにかなるんだろうよ! あぁーったく。柄にもなく悩んでアホらしい!」
ひとしきり叫びんで息を切らせるでろりんの肩を仲間たちが優しく叩く。
「リーダー。俺らもがんばるぞ!」
「立場と評価と自覚が人を作るという。ワシらのような小心者は勇者という看板に縛られるのじゃよ。懊悩は定めと思って諦めるしかないのぅ」
「ふふ。たしかに今まで勇者っぽいことしてきたしね。今更それに背けない、か」
「ま、不自由なもんじゃが、わしゃあ気に入っておるよ。なにせ格好いいからのう」
ほっほっほ。と笑うと、まぞっほは頭に被っているふしぎなぼうしを愛しげに撫でる。
まぞっほにとって、仲間との絆と勇気の証だ。
「なんかそう言うと俗っぽいわねえ」
「金のため、名誉のため、地位のため、見栄のため。そういう俗な動機のほうが長続きするのが人間じゃとワシは思うがのう」
「欲塗れの勇者……担当の欲望を決めとくと面白いかもね」
ずるぼんがそう言うと、4人は首をひねって考え込む。
「なら、俺は強欲か。ゴールドも宝石も好きだからな」
「……ワシは嫉妬かのう。兄者の圧倒的な才には思うところがあるしの」
「俺はなんだ? 傲慢か? まぁ本物の勇者を騙ってるしな」
「私は……ないわね」
へろへろ、まぞっほ、でろりんが次々と決めていく中。
ずるぼんだけは自信満々の顔で三人に言い放った。
「「「はぁ?」」」
「強いて言えばちょっと怒りっぽいところがあることくらいかしら。でも私だけの所為ってわけじゃないし。つまりこの中じゃ私だけがまともってことよね! うんうんそうなのよ」
「いやいやいや。ずるぼんはアレに決まってるだろ」
「だな。アレしかない。ちゃんと見てたからな」
「じゃのう……一斉に言ってみるぞい」
「「「色欲!」」」
「はぁ!? ちょっと何よそれ、淫乱みたいに言わないでくれる? こう見えても清らかな身なんだからね!」
「純真なモンスター達を色気で篭絡してたじゃねえかよ!」
「違うわよ!」
「100%違わねえよ!」
ギャーギャーと騒ぎ始めるでろりん達から少し離れた茂みの中。
こっそりと覗いていた影夫は安堵するとともに気を引き締めていた。
(さあて。ここからが正念場だな)
原作を無視する以上、ここからはどんな流れになるのか分かったものではないのだから。
(でも。困難だけど、俺も望んだ道だからな)
できるだけ原作沿いにすすめるということは多くの犠牲と悲劇を放置するということだ。
あの時止められたのに見捨てたのだと、自分の所業に後悔して苦しむことになったろう。
(でろりん達のおかげだ。彼らが共に道を歩んでくれるから、俺たちは贅沢な選択ができた……)
影夫がそれほど原作にこだわらずにいるのは、でろりん達のお陰。
もし。でろりん達と出会えず、事情を知るのがミリアと影夫だけだったならば。
戦力も手数も足りずに――おそらく心を殺して、原作沿いですすめることになってしまっていただろう。
(そうならなくて、本当によかった。でろりん達が俺に勇気と希望を与えてくれた)
でろりん達は何かと、ミリアこそ勇者で自分たちは贋物だと卑下するがそんなことはない。
影夫もミリアも心の底からそう思っている。
(でろりん達はさ、紛れもない勇者なんだぜ)