「それでクロス。結局どうするつもりなんだ?」
でろりん達が原作沿いを諦め、影夫がほっと胸をなで下ろしつつ、思案にくれていると――唐突に声が掛けられた。
「な、なんだ。バレてたのかよ」
「ふん。気が緩んで気配が漏れてたぞ。俺らを止めるつもりだったんだろ?」
「お見通しかぁ」
でろりんが軽く地面を蹴ると、一瞬で距離が詰められて影夫の目の前にやってくる。
「んで。ダイをどうすんだ? お前らが代わりをするつもりじゃないんだろ?」
「冗談! そんなつもりはないって。成長面はテコ入れ済みだし、覇者のかんむりは、俺らで手に入れるか、ロモス王にダイを売り込んで適当に手柄たてさせればいける」
「なるほどな。どうとでもできるか」
偽勇者の襲撃がなくとも、ダイの強化は比較的容易だ。
ロモス王とはでろりんもミリアも面識があるし、勇者として認めてもらえている。
かっこ悪いが、ミリアが昔辞退した恩賞をやっぱり下さいとお願いしてもいいだろう。
ダイの成長は、すでにテコ入れ済み。
この時点で初級ながら呪文が使えるようになっている。
さらに体力づくりの指導やメディテーションなど基礎を教えることもすでにしている。
効果的な鍛錬を自分で続けられるように環境を整えてやることができている。
あくまでも基礎だけなので良かれと思って悪しきになってしまう可能性は低いはず。
恐らくはアバンに師事した時には原作よりもスムーズに修行がすすめられるだろう。
「ともかくロモス王に顔通しだけはしておくか。やっといて困ることはないしな」
「ああ。じゃあ明日にでもダイをつれて出発するぞ」
早速翌朝。
ブラスさんの了承を得て、ダイを連れてロモスに向かう為、一同は船に乗り込んでいた。
「忘れもんはないか?」
「うん! 荷物もあるし、ダイも迷子になってないよ!」
「むっ。俺は迷子になるような歳じゃないやい!」
「えー?」
「あーはいはい。ジャレるのは後にしろよ。んじゃ……しゅっぱぁー」
「ピピィーッ!」
「なんだあれ!? 外のモンスターぁ!?」
出発しようとした一同の前に気球船が飛んでくるのが見えた。
ダイは正体の分からないものに警戒して、腰の木剣に手をやっていた。
ダイには分からなかったが、気球船にはパプニカの紋章が描かれており、レオナとバロンとバダックが乗っている。
「いや、あれは気球船って乗り物だよ」
「え? そうなの……あっほんとだ! 女の子と男の人とおじいさんがいる」
「ピィー?」
どこから取り出したのか、ダイは望遠鏡を覗いていて人影を確認している。
ゴメちゃんはダイの肩にのって、羽を丸めて筒を覗くような仕草でダイとジャレていた。
「わぁー、でっかい!」
「ピッピーィーー」
そうこうしているうちに気球船はどんどん近づいてくる。
(ってあれ? パプニカの気球船ってあんなに大きかったか?)
影夫はひとり、内心で首をかしげた。
アニメや漫画では10人ちょっとでいっぱいになるくらいのスペースしかなかった記憶がある。たしかフレイザードから逃げる時にそのくらいの人数で窮屈そうだった。
しかし、今見えている気球船は思っていたより数倍大きく、荷物がいっぱい積まれているようだ。
ゴテゴテと木箱やずた袋、大きな布で包んである荷物が置いてあった。
「あぁっー、レオナだ! ひさしぶりだね」
「パプニカにも長らく行ってなかったなぁ」
影夫の疑問を他所に久しぶりに見る友人の姿にミリアはぴょんぴょんと飛び跳ねて気球船に手を振って喜ぶ。
破邪の洞窟に挑んでいる間は忙しさのあまり年に数回会えるかどうかだった。
洞窟の探索が終わった後も、なんだかんだと忙しくてレオナに会いに行っていなかったから、一年ぶりくらいだろうか。
「でも何でここに? あの儀式はまだ先のはずだよね」
「うーむ。分からん」
「はぁーいみんなー! ひさしぶりー!! ミリアとクロスは変わらないわねーっ!」
「そんなに身を乗り出しては危ないですぞ!」
「ああもうっ。分かってるって。ちゃんと気をつけてるわよ」
ゴンドラの縁に身体を預けてぶんぶんと手をふるレオナはバダックによって引き剥がされてしまう。
「姫様! お願いですから、パプニカにお戻りくだされ!」
「ここまで来てまだ言うの? いつも言うとおりにしてるんだからたまにはいいじゃない。しばらくは予定もなかったし」
「ここは怪物島と恐れられる島なのですぞ! ああっ、姫になにかあればパプニカ王になんと言えば!」
「平気だってば。私だってかなりレベルアップしてるのよ。それにバロンもついてるし」
「そういう問題ではありませんぞ!! 姫は唯一のお世継ぎなのです、いくら強かろうが万が一のことがあれば……」
お説教をはじめたバダックの肩をバロンは軽く左手で叩いた。
「バダック老。心配は分かるが、諦めたほうがよい。こうなった姫さまは止めるだけ無駄だ」
「そもそもじゃ! バロン殿がついておりながら、姫を止めるどころか脱出の手助けをするとは!!」
「ふむ。どうせ3月と経たずに儀式で向かうことになるなら事前にルーラで来れるようにしておく方が効率的ですからな。それに、無人の怪物島ならアレを仕上げるにはなにかと都合もいいので」
しれっと言い捨てたバロンに一瞬あんぐりを大口を開いたバダックは、ふるふると震えて爆発するように叫ぶ。
「バロン殿ぉぉぉーー!」
「姫は止めても聞く御方ではありますまい。いきなり行方知らずになられるより、我等だけでも御側についていた方がよほど良いでしょう」
「そ、それは……」
「あぁもうっ。ふたりともぐちゃぐちゃうるさいわよ!」
「……御意」
「いいや、ワシは黙りませんぞ姫様ーーー今日という今日は……!」
バロンは魔族文字で書かれた書物を開いて読み始め、バダックは姫にお説教を始め、レオナは耳をふさいであーあー聞こえないと叫び始める。
「あー……どうするよクロス?」
「とにかくレオナから話を聞かないとなぁ」
こうして、ロモス行きは一時延期になった。
★★★
……ダイは不満げに頬を膨らませて、デルムリン島の海崖で腰を下ろしていた。
「ピィーピピーッ!」
「はぁ……みんなひでえよなあ。おれを置いて行っちゃうんだもん!」
出発寸前。
あの後、レオナがベンガーナ王からの伝言をミリアやでろりん達に伝えると、彼らは急遽ベンガーナへ戻ることとなり、ロモスへの出発時期は完全に分からなくなってしまった。
急ぎということもあり、ダイは1人島に置いてけぼりとなってしまったのだ。
直ぐに戻ってくるとは言われているが、せっかく盛り上がっていた外への旅気分は台無しだった。
「ねえキミ。そんなところで何やってるのよ?」
「別に……なんでもないよ」
いつの間にか背後にやってきたレオナがダイに声をかける。
本来天真爛漫で明るいダイだが、今は不機嫌である。
ロモス行きが潰れる原因を作ったお姫様とはあまり話したい気分にはなれずにそっけない態度を取ってしまう。
「なーに拗ねてるのよ?」
「なんだっていいだろ……それよりお姫さんがこんなところに1人でやってきていいの?」
ダイは横目でレオナを見ると、咎めるように言う。
パプニカの姫さまだというレオナは、おてんばで好奇心が強く疑問があると納得するまで尋ねてくるし、何でもズケズケ物を言うというミリアみたいに遠慮のない奴だ。
それだけだとただの無神経で嫌な奴なのだが、会ってすぐに姫呼びを禁止して名前で呼ばせて嬉しそうにするという、やっぱりミリアみたいに変な奴でもある。
「いいのよ。バダックはブラスさんと苦労話で意気投合しちゃってお茶飲みながら、チェスやってるわ」
「Wじいちゃん……」
バダックとかいう鎧を身に付けているお爺さんは、レオナの後についてまわり、ガミガミと小言ばかり言っている人だ。
その小言の嵐は何だかブラスじいちゃんを見ているような気持ちになる。
うんざり顔で小言を聞き流していたレオナの姿が自分と重なる。
そんなレオナが高貴でおえらい『お姫さま』であるというのがどうもしっくりこない。
「バロンの方は機械弄りに夢中だし。人の目がないこの島で仕上げてしまいたいそうよ」
「ああ、あの物騒な機械……」
バロンとかいう目つきの悪い青年は、姫相手にずいぶん気安い態度のようで、レオナも気にした風もなく、勝手気ままにさせているし、彼女自身もしている。
ブラスの話では王家の人は、高貴な血を引いていて、神に仕えるお偉くてりっぱな方々のはずだったのだが。
レオナと連れのふたりを見ていると気安過ぎてピンとこないダイだった。
「というわけで私は晴れて自由の身ってわけ!」
本当にそんなのでいいのかなぁとダイは思う。
王家の人間というのは、忠誠を誓った従者とかをぞろぞろ引き連れて偉そうにしてるイメージだったのだが、このレオナはずいぶんと違う。
「ここまでくるのは結構森とか険しいし、モンスター達もいるはずだけど。本当に姫さまなの?」
「ふふふ。途中でキャタピラーくんが寝てたけど、通してもらったわよ。彼っていい感触してるわよねぇ。思わず頬ずりしちゃった」
「おれの友達だぞ。変なことしないでよ」
「困ったみたいだったから、すぐに離してあげたわよ」
「……女の子って、芋虫みたいな見た目は苦手じゃないのぉ? 普通は悲鳴をあげたりするって聞いたけど」
「私は箱入り娘じゃないのよ。一緒にしてもらっちゃ困るわね。なんたってあのミリアの友達なんだから! ダンジョンにだって潜ったことがあるくらいよ!」
そういって、自慢げに胸をそらすレオナ。
姫という存在に、儚げな中に凛々しさがあるようなイメージを抱いていたからダイの違和感がますます強まる。
「ダンジョンって……普通は誰か止めるんじゃないの?」
「そりゃあね。でもミリアを見てたら自分が弱いままなんて嫌になってね。それでも閉じ込めようとしてくるから脱走したわ!」
「ええー……」
「ま、バロンとバダックがついて来ちゃったけどねー」
「でもまあミリアの友達ならしょうがないのかなあ」
ミリアが勇者と自称するのと同じくらい、レオナが姫というのは似合ってないようにダイには思えた。
ダイには分からないことだが、ミリアという変わった友達ができた影響でレオナは、はっちゃけておりアグレッシブさや行動力も原作の彼女より強くなっている。
原作ではあったレオナの姫っぽさは、シリアスにならないと分からないほどになってしまっている。
「それでこんなところで何してたの?」
「なんでもないよ……」
「分かった。置いていかれてふてくされてるのね。見た目どおり子供ねー。おチビくんは」
「チビじゃないやい! おれにはダイって名前があるんだ! ミリアの友達だけあって、言い方までそっくりだ!!」
「あらそう? まだまだだと思うけど」
「褒めてない! 用がないならほっといてよ」
ミリアに似てると言われて嬉しげに微笑むレオナに、むすっとダイは膨れてみせる。
レオナはほっといて欲しいと言葉でも態度でも示したダイを無視して、その肩を掴んで、正面から顔を覗き込んだ。
「ふふふ。それでダイくん。こんなところで拗ねててもしょうがないわよ?」
「分かってるよ! でもどうしようもないだろ。ロモスの場所も分からないんだし」
「ふっふー。ところが私には分かるのよね。さらに言うと気球船の操作もバッチリ出来るわよ」
「えっ!?」
「いやー私も暇なのよ。私までほっといてミリア達は行っちゃうしねぇ。旅は道連れって言うじゃない?」
「ま、まさか?」
「気球船でロモスに行くわよ! ダイくんも着いて来るわよね?」
ダイは、ぶんぶんと頭を縦に振るのだった。
一時間後。
デルムリン島の上空に舞い上がる気球船を必死に追いかけるふたつの人影があった。
「こりゃーーーダイ! 何をしとるかぁーー!! 降りてくるんじゃ!!」
「おやめくだされ姫さまーー!! ええい、こんな時にバロン殿はどこに行ったんじゃ!!」
「は、はぁ。何でもテストがあるとかで島の大穴の方に……」
「ぐぬぬぅっ! 帰ってきたらたっぷりとお説教ですぞ!!」
「ダイもたっぷり説教じゃーーー!」
「うわぁ……」
ダイはそっと、ふたりのおじいさんの姿を見ないようにゴンドラの内側に体を向ける。
地上からは息を切らせつつ、断続的に大声が響いてきているが、レオナは涼しげな顔で気球船を操作していた。
「レオナ……ふたりともすごい怒ってるよ」
「そうねー」
「い、いいのかなぁ。帰ってきたら絶対猛烈なお説教だよ」
「いいのよ。お説教はちゃんと受けるわ」
「姫が勝手に危険なことしていいの?」
「大丈夫よ。危険なんてないわ。中級呪文もバッチリ使えるんだからたとえ野生のモンスターに襲われても平気よ。ダイくんも剣と呪文使えるんでしょ?」
「う、うん。剣の腕は自信あるよ。初級呪文も使える」
「なら大丈夫よ」
「……着いてこなきゃよかったかも」
島の外――人間の国ロモスに行って見たいという気持ちは今も強く、楽しみではある。
しかし、帰ってきた時に食らうであろう大目玉を考えるとちょっぴり後悔してしまうダイだった。