久々に書いたらどうも違和感が。リハビリが必要なようです。
「すごいや! 見渡す限りの陸地! デルムリン島よりでっかい森! これが大陸なんだね!」
「ふ~ん。ほんとに島から出たことなかったのねえ」
気球船にのって、ロモスに向かっているダイとレオナ。
現在ふたりはロモス領内、魔の森の上空を飛んでいた。
「うわぁー! あ! あっちにごうけつぐま、じんめんちょうに、どくいもむしもいるや! トモダチになれるかなぁ?」
「どうかしらね。今は魔王の影響がないから、元々大人しい性質の子なら大丈夫だと思うけど。元から獰猛だったり本能だけで生きてるのも多くいるみたいだからね」
「そうか~。やっぱりでろりんが言ってたとおりなんだね」
「まーね。って少し風が出てきたわね……」
風向きが代わり、レオナが忙しそうに動きまわって気球船を操作する。
それをぼんやり眺めつつ、ダイはやっぱり姫らしくないと思ったりした。
「そうそうダイくん。ロモスの王城についたら王様に挨拶に行くんだから身だしなみは整えておいてよ」
「ええっ!? 聞いてないよ! そんなこといわれても、おれ服はこれしかないし! だ、大丈夫かな……?」
「ロモス王はそんなの気にしない人だから平気よ。髪の毛とか服の乱れだけ直しておけばいいから」
「うぅ。急に言うなんてレオナひどいよ」
ダイは慌てて、乱れた髪の毛を弄ったり額につけてある冠を直したり、服の埃を掃っていく。
「ま、あと数十分は空の旅だから今は楽しんでおけばいいんじゃない? 心配は着いてからでいいわよ」
「ったくもぅ……じゃあ着いてから言えばいいのに」
楽しい気分に水を差され、ふてくされながらダイは気持ちを切り替えて、再び望遠鏡で魔の森の観察にもどる。
「あれ?」
木々の合間を何か走りぬける小さな影が見えた。
「いっかくうさぎかアルミラージかな?」
何者かはどうやら気球船のほうにむかって走っているみたいで、木々が拓けた場所へと飛び出てくる。
「あれは……女の子!? 何かに追われてるよ!」
「急いで助けに行くわ!」
レオナが急ぎ気球船を下降させていくが、走り逃げていた小さな女の子は足をもつれさせて転んでしまった。
「あぁっ!?」
「ひっ……やぁ……っ」
立ち上がろうと焦るあまり、何度も転びながら後ずさることしかできない。
羽の生えた6本足のライオン――ライオンヘッドは身を屈めて足に力を溜める。
一息に飛び掛り獲物を仕留めるつもりなのだ。
「やめろーーっ!」
「ちょ、ちょっとダイくん!?」
レオナが制止するのも聞かず、ダイは気球船から飛び降りた。
「っ……助けてぇぇぇ!」
飛び掛ったモンスターが女の子に牙を突き立てる寸前。
ダイはライオンヘッドの上に落下して、一時昏倒させることができた。
「きみ、大丈夫っ?!」
「えっ、う、うん……」
「早く逃げて! あの気球船の方に向かうんだ!」
「で、でも……足が。あぅぅ」
女の子は転んだ拍子に足を怪我してしまっているようで逃げられない。
ダイは焦りを覚えつつ、腰の木剣を抜いてすばやく女の子を背中に庇う位置へと走りよっていく。
「じゃあせめてどこかに隠れてて!」
「う、うん……」
女の子が足を引きずりながらどうにか近くの大木の影に身を隠すのを見送った。
「グゥガアアアァーーッ!」
意識を回復したライオンヘッドが怒りの咆哮を上げた。
魔の森でも高位のモンスターである彼の身体は頑丈である。
落下の衝撃を受けても少しのダメージで済んでいた。
獰猛な本能に突き動かされるまま、ライオンヘッドは鋭い爪をむき出しにして、ダイへと飛び掛かってくる。
「くっ、うぁああっ!?」
どうにか木剣で爪撃を防ぐダイ。
だが、体重差から激しく吹き飛ばされて大木に激しく叩きつけられてしまう。
「あがっぁ……!?」
「グルゥゥッ!」
すかさずライオンヘッドが牙をむき出してダイへと迫った。
「あ、あぶない!」
「っ……このぉ!」
咄嗟にダイは木剣を大口の中へと突き出して、柔らかい喉奥へと突きこんだ。
「グギャァアァッーーーー!?」
苦悶してのたうつライオンヘッドから、ダイは慌てて距離をとって木剣を構えなおす。
「はぁっはぁっ……こ、こいつ……つよいっ」
このやり取りでダイはライオンヘッドとの力量差を悟っていた。
力も手数も速度も体力も。すべてにおいて劣ってしまっている。
今のダイ自身の力では絶対に勝てない相手だと直感で理解してしまった。
「あぁ……お、おにいちゃんっ……うぅ」
「おれなら、大丈夫だから……」
「う、うん……」
(だめだ、こいつには勝てない……!)
ダイは脅える女の子を励まし庇いながらも、心底焦る。
「グルゥッ!!」
そこへ再び飛び掛ってくるライオンヘッド。
6本足から繰り出される素早くも力強い連続攻撃を、ダイは木剣でどうにか捌いていく。
「ぐっ、うっ、あぁっ、くっ、くそぉっ!」
「ぐすっ、えぐっ……」
(ごめんよ、おれの力じゃ……っ)
恐怖のあまり女の子が泣き出してしまう。
必死に応戦しながらダイは、ちいさな女の子を救ってあげられない自身を責めていた。
(おれが強ければ、もっと強ければ……力があれば……!)
一撃を受けるたびに体勢は崩されて、防ぎきれないダメージを負い、ダイの全身には傷が増え、動きは鈍っていった。
「はぁっはぁっ……!」
「あっ、やぁっ……ぐすっえぐ」
ダイは防御に手一杯で反撃をする余裕もない。
体中の傷から血を流し、倒れこみそうになるたびに、ダイは震える足を抑えて、ライオンヘッドを睨みつけた。
(だめだ。おれが諦めたら、この子はどうなっちゃうんだよ。たとえおれに力がなくったって!)
震えて涙を流す女の子。
絶対に彼女を守って見せると、ダイは心を奮わせる。
「おれはぜったいに諦めたりするもんか! ……うぉおおおおおお!!!」
決意を込めて、力を搾り出さんとダイが叫ぶ。
それに応えるように、かすかな光がダイの身体を包み、額に未知の力が集まっていく。
「グゥゥ……ガァアッ!!」
ダイは飛び掛ってきたライオンヘッドに向けて、木剣を振り抜き、渾身のカウンターを叩き込んだ。
「ギャァゥッ!」
それは相手の力を利用した、まさに会心の一撃。
「くっ」
しかし、ダイの得物は所詮木剣。
その威力に耐え切れず、攻撃半ばで木の刀身は砕け散ってしまった。
「このぉ!」
だがダイは、身体の奥から湧き上がってくる力と衝動に突き動かされ、その状況でも最善手を打つ。
刀身が半ば折れた木剣をライオンヘッドの目へと突き刺し、怯んだところに闘気の篭った拳でライオンヘッドを幾度も殴りつけた。
「あぁっ、うぁっ! だりゃっ、はぁぁぁあっ!!」
腹に、胸に、顎に、鼻面に、額に。
左右の拳を猛烈な勢いで叩きつけていく。
「でやあぁッ!」
最後に渾身の力をこめた回し蹴りを放つと、ライオンヘッドはもんどりうって地面を転がっていった。
「はぁはぁはぁっ……!」
「ガッ、グァァッ!?」
激しいダメージを負って、吹き飛ばされたライオンヘッドは驚愕していた。
相手は脆弱な人間の子。いとも簡単にしとめられる獲物のはずだった。
予想外の抵抗はされたが、己の勝ちを本能的に確信していた。
「グォォ……ォ……」
しかし、すでに片目は潰されて全身に激しいダメージを与えられてしまっている。
そして今ライオンヘッドは、自分が獲物になってしまったような強い恐怖を覚えていた。
彼の本能は、目の前の人間の子供は獣王をも上回る絶対強者だと警鐘を鳴らしていた。
だが。ライオンヘッドは獣王を除けば魔の森の食物連鎖のほぼ頂点にいる存在。
弱肉強食が掟の魔の森で、人間の子供相手に逃げ出すようでは生きていけない。
故に。ライオンヘッドは、ダイに向けて大口を開けた。
「ガゥッ! グゥルゥゥゥッ……!」
その口内に魔法力が急速に集まり、紫電を放ちながら閃熱が高まっていく。
(あれをっ……うたせちゃだめだ)
ベギラマ――それは現時点の地上においては、殆ど最強クラスの呪文である。
「う……あ、ああ……っ」
ダイの胸に強い焦燥と危機感が募るが、打つ手はない。
「ガアアアッ!!」
咆哮とともにベギラマが放たれてしまった。
女の子諸共ダイを消し去るであろう直撃コースで。
まばゆい光を放ちながら、閃熱はダイ達へと迫る。
「……ぐすっこわいよ、お兄ちゃんたすけて!」
怯えた女の子がダイの背後に抱きついてくる。
ダイが何とかしなければこの子も確実に死んでしまう。
ダイの脳裏に閃熱に焼かれて死んでしまう女の子の姿が一瞬よぎった。
「うぅっ……ぉおおおおおッ!!」
ダイが雄叫びを上げると額につけていた手製のかんむりがはじけ飛び、闘気と魔法力が激しく噴き上がる。
そして、額に竜の紋章が浮き上がると同時にダイは衝動のままに右手の拳を突き出した。
「ベギラマァーー!!」
ダイの拳から放たれた眩く輝く閃熱呪文が、ライオンヘッドのものと激しくぶつかり合う。
一瞬の拮抗の後。ダイのベギラマは、ライオンヘッドのそれを威力で上回り、見る間に押し込んでいった。
「グギャァアアァァァ……!」
ライオンヘッドは閃熱に飲み込まれて燃え上がり、苦悶の叫びを上げて地面に倒れこんだ。
「うっ……」
そこで、ダイの力が尽きた。
額から紋章が消え去り、ダイの全身から力が抜けて思わずその場に倒れこんでしまう。
ダイは知らないが、未熟な状態で不完全な竜の紋章の力を過度に行使してしまった反動であった。
「だ、大丈夫……?」
「う、うん……なんとかね」
「おにいちゃんありがとう! 私、ミーナっていうの!」
「おれはダイ……はぁー、助けられてよかったぁ!」
ダイは、心から安堵する。
戦いの最中、自分でもよく分からない力が出ていた気がしたが今はどうでもよかった。
「ともかくここは危険だからはやく気球船に向かおう。ほら、送ってあげる」
力が抜けそうになる足をムリヤリに動かして、ダイは立ち上がる。
ここは危険な魔の森。
いつまた他のモンスターが来るとも限らない。
そうなる前にレオナと合流しなければ今度こそ危ないだろう。
「うん……あ」
「ほらいこう。どうしたの?」
「あ……あっ……ぁぁっ」
ダイが呼びかけても、ミーナは声も出せずにただただ震えてしまっていた。
(ま、まさか……)
ダイは嫌な予感に満たされながらゆっくりと背後を振り向く。
そして、そこには――絶望があった。
「そんな……!」