「エイジ様はフロアマスターの資格を失われております」
と、天空闘技場受付の女性が丁寧に述べた。
「なんかしたっけ?」
エイジは苛立ちを見せるわけでもなかったが、覚えがなかった。ここしばらくこの国を離れていて、揉め事もなにも起こす余地がなかったからだ。
「3ヶ月のあいだ試合をされておりませんので...」
受付は端的に答えを述べた。
「ああ、あったなそういうの」
当時、特にやることもなかったために最速で試合を組み続けていたエイジは、そのルールにほとんど親しみがなかった。
「またイチから?」
「いえ、不戦敗もなく無申請ですので、天空闘技場挑戦の資格は永久に失われます」
「...なんか系列の大会とかないの?」
「さあ、わたくしの方からはなんとも...」
「ですが皆さんよくあちらに行かれます、って?」
「?」
「いや、いいよ」
エイジは素直に諦め、受付に背を向けた。もともと暇つぶしと飯代のためだけに居たタワーだったので未練はなかったが、その暇つぶしと飯の種がないことは確かに問題だった。貯金は多分あるはずだし、そう大食いでもないので本当に困窮するつもりはなかったが、彼にとって人を殴って金をもらえる以上の天職は思い浮かばなかった。昼時になってザワザワと混んできた一般ロビーのフードコートで、彼はカレーを食べながら考えた。
___やっぱりハンターになるか?でもこの前のハンター試験、案内人殺しちゃって揉めたしなあ。まだ参加資格はありそうだけど、あの深夜のバラエティみたいなノリ苦手なんだよなあ...
「おい、あんた生きてたのかよ」
頭頂部の毛をまちがえて顎に移植したような大柄の男が、エイジを見下ろして突然に優しくない声をかけた。
「...ああ、卒業式ぶり?」
「あ?ドゥーロだ。210階であんたに負けた」
「あー、良い試合だったよな、覚えてる覚えてる」
「...ッチ、まあいい。あんた尻尾巻いて逃げたんだろ?リストから消えてんの見たよ」
「おー」
エイジは、やはりグルメとか食いしん坊の類ではなかったが、ドゥーロとやらの会話はそれよりもはるか下に位置する事柄だったので、会話はテキトーに流しながらスプーンを動かす手のほうを優先した。
「わからんな、アンタなんでまだここにいるんだ?」
ドゥーロはエイジの無関心にこそ苛立って聞いた。
「一般人でも食えるだろ?ここ」
ガシャァン!__カレーライスを乗っけたプレートが吹っ飛び、横の一般客に当たった。客の男は「ぎゃっ」と声をあげたが、人相の悪い大男が犯人だとわかるとすぐに目を逸らした。
エイジといえば、まず自分の服にカレーがかかっていないかを確認した。少しばかりシミがついていたが、服も白だとかではなく黒っぽいシャツだったし、あまり動かずに丁寧に拭けばどうにかなりそうだなとか、彼はそういうことを考えた。
ドゥーロはそんなエイジに少し構えて、息を荒くしながら言った。
「おおかたヒソカにでもいじめられたか??ここもうアンタが居て良い場所じゃない、戦士の場所だ」
「あー、まあ良いけど、騒ぐなよ」
エイジはシミが広がらないよう首から上だけキョロキョロ動かしてテーブルナプキンを探しながら、そばのドゥーロにそう言った。
「あ?」
ドゥーロがそう返しながらも違和感を感じて脚元を見下ろすと、その太ももに捻れて尖ったスプーンの柄が深く突き刺さっていた。
「づあっ...ああああ...!!」
「だから叫ぶなって」
ドスッ!__エイジは痛みに体を丸めるドゥーロのみぞおちを殴った。それで倒れ込んだドゥーロは、次は「ぉぉぉぉ...」と小さな呻き声を漏らした。横隔膜が揺れて、彼はもはや叫ぶことすらできなかった。テーブルナプキンでシミを拭き取りながらエイジはドゥーロを見下し、その姿にようやくその男を思い出した。
「ああ、お前変化系のやつだろ?オーラを熱に変える...だっけ?」
「ハァハァ...」
「思い出した。オーラの絶対量が少ない癖に制約もつけないから、カイロみてえな熱しか出せなかったよな」
「ハァハァ...」
何も言い返せないドゥーロは未だ息が戻らないふりをしたが、エイジにはお見通しだった。エイジはドゥーロの顔を踏みつけた。
「嘘つけしゃべれるだろお前」
「...救護室に行かせてくれ、太ももはヤバいんだ」
「どこへでも行けよ、オレは最初から用ねえし」
「...わかった」
ドゥーロはなるべくエイジと目を合わせないようにしながら立ち上がり、背を向けた。しかし
「あーそうだ」
エイジが思い出したように声をかけると、ドゥーロはビクッとしながらも
「なんだ?」
と、冷静さと威厳を公衆の面前で保って振り向いた。もちろんそれこそが滑稽だったのは、彼以外の全員が知っていた。
「ここと似たような大会とかない?暇なんだよ」
「...一応知っているが、ここでは言えない」
騒ぎのまだ終わっていない二人には、野次馬たちの熱い視線が注がれていた。
「じゃあ明日の今ここに来いよ」
エイジはそれからポンとドゥーロの肩を叩いて背を向け、その背に注がれる周りの視線も気にせずに天空闘技場タワーを後にした。そのときちょうど午後の試合が始まって、湧き上がる歓声は外にまで漏れた。
その夜、気まぐれでとったスウィートルームのソファに寝転がりながら、エイジはテレビを見ていた。
「へえ...グリードアイランドがクリアね」
グリードアイランドが何かもよくわからないままエイジは感心した。ゲームの内容については知らないにしても、ヨークシンでのあのオークション絡みの騒動は少し追っていたのだ。もし当日近くにいれば、すっ飛んで旅団とマフィアの祭りに混ざれたのに、という小さな未練から彼はそれを頭の片隅に留めていたのだった。
___「なお、専門家によりますと『ゲームクリアと共にバッテラ氏の巨額の賞金も取り下げられたため、このソフトの価値は暴落している』とのことです。ですが文化保全の観点から、当局はソフトを捨てたり売ったりせず、可能な限り当局に届け出るよう所有者に呼びかけています」
そんなアナウンサーの言葉に、なんとなくエイジは引っかかった。
___この国が文化保全??
そしてその疑問それ自体が、グリードアイランドという言葉を再び彼の心の片隅に留めた。