その夜だった。安宿のベランダにて、少し雲のかかった夜空を眺めながらエイジは携帯を鳴らしていた。ふと室内に視線を戻すと乱れたシーツの上で女が寝返りを打っていた。相手が電話に出た。
「はい、こちらリーダ株式会社のサヒタでございます」
「グリードアイランドの新作をプレイできると聞いたんだが」
「...お間違いではないでしょうか?」
「ドゥーロの紹介だ」
「...」__プツッ
電話はそのまま途切れた。
___なんだ?ホントに番号間違えたか?ドゥーロがスカした?
エイジがそう疑っていると、プルルルル、と急に部屋の固定電話が鳴った。エイジは部屋の中に戻り、固定電話の前に立ったが、なんとなく取るか迷った。そうしているうち、ベッドの上に寝転がる女が寝ぼけ眼で
「ねえ、出るなら出てよ」
とうざったそうに口を聞いたので、エイジは受話器をとった。
「30分後にエントランスへ」
明らかにフロントの受付らしくない男の声が聞こえて、やはりそれも返事をするより先にプツリと切れた。
「...」
これまでエイジはワクワクした気持ちでいたつもりだったが、老人たちの倒錯した余興にでも巻き込まれているんじゃないか、そんな予感もしてきていた。しかし他者の評価とは裏腹に、彼自身は自分の直感を信じても疑ってもいなかった。ただ検証可能な事実を元に、より多局面的(フレキシブル)で単純な手を打つことだけが彼の指針だった。彼はゆっくり身支度を整えて部屋を出ることにした。女が途中で勘づいて
「ねー、ベイロークホテルのスウィートルーム連れてってくれんじゃないのォ?」
と無理に起き上がってごねた。エイジは所望された五つ星ホテルのカードキーを女に向かって放り投げ
「彼氏と行ってろ」
と言ってそのまま部屋を出た。
エントランスではチンピラじみた格好をした大柄な男と小柄な男の二人組が待っていて、エイジを見ると話しかけるでもなくただ首を動かして合図し、外へ連れ出した。そして安宿を出てすぐ、エイジは手錠をつけられ頭に布を被せられると、どうやら車に乗せられた。
揺れる車の後部座席にて、エイジは隣に人の気配を感じていた。
「どこで知った?」
横にいた気配は低い声でエイジに聞いた。
「天空闘技場で、ドゥーロから聞いた」
「目的は?」
「金?天空闘技場クビになったしな」
「次嘘をつけば殺す」
「...あんたのお袋、実は男だぜ」
「...死ね」
「まあ待てよ。ナイフしまえって。お前も銃持つな」
エイジは布を被せられたまま、横と、前の助手席の男に言った。
「これもテストなんだろ?じゃあ先に言うよ、俺は凝と5メートルの円を使える。9mmパラ程度なら防げる」
「...そして昼間は新聞記者ってか?そんなに死ぬのが嫌か?」
「なんだか哲学的だな。だけど答えを言うなら、お前らを殺して失格になったらメンドーだってだけだ。殺して良いのか?」
「...」
「さっきからインカムで指示聞いてんだろ?返事に妙な間があるしな。で、そいつは何て言ってる?」
「...」
返事も物音もなかったが、エイジは助手席の男が振り返って自分に銃を向けようとしていることを、円を通してわかっていた。エイジは足にオーラを集中させて蹴りを繰り出すと
グシャアッ___と鈍い音が立って、助手席のシートごと男の身体は貫かれた。
同時に、真横の男もエイジにナイフを突き立てようと振り抜いたが、エイジは凝でそれも防ぎ、むしろナイフを折った。助手席の男の背中とシートから足を引き抜きながら、エイジは「なあ」と呼びかけたが、決死の男は聞く耳も持たずにエイジにつかみ掛かり、それに呼吸を合わせるように運転席の男もハンドルを切って車体を揺らした。しかしエイジは頭突きだけで真横の男を吹っ飛ばし、逆側の窓に打ちつけた。窓は防弾ガラスなのか割れはしなかった。
「テストは十分だろ。また車待ったりするのめんどいからもうやめよーぜ」
「...」
男たちの返事は無かったが、どうやらそれで決着がついたらしいことは、その後に続く静寂が明らかにしていた。無言のドライブの中で、ふとエイジはパッと手錠を引きちぎり(当然横の男はビクっと怯えた)、布袋を脱いでから、血の染みてきて履き心地の悪くなった靴を脱いだ。車はもうしばらく、無言のまま街を走った。
車は灯りの少ない町外れまで走り、高架橋の近くにポツンと残されたある廃工場の前で止まった。運転手がエイジに「降りろ」と言い、エイジが靴を履いてから車を降りると車内からパンッという乾いた銃声が聞こえた。そして運転手だけが降りてきて、その手に握る銃をスーツの内ポケットにしまった。
「ハッ、やっぱよかったのかよ」
そう少し呆れるエイジに対して運転手は返事もせず、携帯を取り出して誰かの指示を黙って聞いていた。話が終わると携帯をしまって、
「試験は終わった。次のメッセンジャーが来るまでここ待っていろ」
とエイジに告げた。
「アンタはやんないのか?楽しめそうだが」
運転手だけはじっさい念能力者であることを、エイジは先ほどの円でわかっていた。しかし男は挑発に応じず、ただ「仕事じゃない」と言って車に戻り去った。
___死体の靴もらっときゃよかったな...
エイジは血の乾いてきて、ついに履くに耐えなくなった靴と靴下を脱ぎ捨てながら内心につぶやいた。そのあとすぐ、別の車が来て、降りてきたのは黒服の男と普通の背格好の若い女だった。エイジは凝を使うまでもなく、些細な身のこなしから二人とも念能力者だと見抜いた。
「アンタなんで裸足なの?」
女は一言目にそうエイジに聞いた。
「この足で大地を踏み締めていたいんだ」
「なにそれ、キチガイ?」
「マテナ、いい。手早く済ませよう」
黒服の男がマテナと呼ばれた女にそう言い、マテナは「そーね」と素直にしたがって、改めてエイジに尋ねた。
「アンタどんくらい話聞いてる?」
「グリードアイランドのパチモンがあるってコト」
「...完璧ね。契約書にサインしてもらうけど、いい?」
「ああ、いいぜ」
「マテナ、違う。『契約書にサインする前に連れて行くけど』だ」
「あ、そうそう。そんなに違う?」
「...いい、俺が話すよ。エイジっていったな?本来は契約書を書いてから連れて行く段取りなんだが、ちょっと前にリークするやつが出てな。ソイツは始末したが、広まった噂は消せない。だから今回は先にゲームの中に入ってもらう。いいか?」
「ああ、いいぜ。そんなに違いあるか?」
「...いや、早く済ませよう」
二人の話が終わってすぐ、マテナがエイジにずかずかと近寄って手を握った。エイジは反射的にその手を捻ってマテナを一回転させ地面に倒した。
「ハァ!?」
マテナは当然ブチ切れて、伏せた体勢から蹴りを繰り出すが、エイジはパッと離した手でそれも叩き落と(パリィ)した。
「待て待て待て!なんでそうなる!」
黒服の男が慌てて二人の間に割って入った。
「コイツが先にやったんでしょ!?」
「お前が何も言わずに手を握るからだろ!お互い念能力者なんだぞ!」
なんでアンタがコイツの肩持つの!?敵でしょ!?」
「敵じゃないし、良い悪いじゃなくて早く仕事を終わらせようって話だ!」
「...なぁ、早く終わらせよーぜ」
エイジはだんだんと目の前の痴話喧嘩に付き合う気がなくなってきていた。
「ハァ!?だからアンタが!」
「マテナ!おいあんた悪かったな。相手と接触してることが発動の条件なんだ。それでゲームに飛べる」
「あー、そういうこと。セクハラされたと思ったぜ」
「ッッ...!」
マテナはまた癇癪を起こしかけたが、隣の男のためになんとか怒りを抑えた。
「じゃ、いいか?」
「ああ」
そして三人は輪になって手を握り、マテナがそれを唱えた。
「『同行(アカンパニー)』オン!イルザアイランドへ!」
三人の周りが光って、次の瞬間には静寂と無人が廃工場の荒れ果てた敷地に戻っていた。