気づくと三人はひと気のない(そして絵に描いたような)木造りの酒場にいた。目の前のバーカウンターには女のバーテンダーが立っていた。女は小柄ながら精悍な目つきをしていて、その顔の美醜とは関係なしに男のようにも見えた。
「スンマセン、真夜中に」
エイジを連れてきた男がバーテンダーに謝った。
「いえ、かまいませんよ。こちらはまだ夕暮れです」
エイジたちが酒場の窓をちらりと一瞥すると、たしかにオレンジ色の光が部屋の中に入り込んでいて、しかも部屋の埃っぽさのせいでその光線はカーテンのような形さえ作っていた。
「新人さんですか?イッシさん」
「いえ、大会参加者です」
「もう打ち切ったと聞きましたが」
「締め切りは過ぎてんスが、人数は元々ひとり足りてないんすよ」
「それは存じていますが...」
「ダメっすか?一応こっちの指示はそうなってんすけど」
「...かまいませんよ。どちらにせよ契約は秘密保持のためですから。大会の参加はまた別に調整しましょう」
「あざっす」
「では、お名前は?」
イッシとの会話を了解したバーテンダーはエイジのほうに尋ねた。
「んー?エイジ・サヤマ」
「エイジ様、私はロンギと申します。私は制約と誓約をかねて、あなたに『嘘偽りなく先に説明する』ことで能力を発動できます。自発的な署名が絶対条件ですので、説明をよく聞いたうえでご署名ください、よろしいですか?」
「んー、おっけー」
ロンギと名乗ったバーテンダーは両手を差し出し、そこに四角形をした半透明のサインペーパーを作った。
「私の能力は『透明言葉(ゲッコウジョウレイ)』、操作系条件型です。期限付きの契約にサインしてもらうことで相手に能力を貸し与えたり、逆に相手の行動を制限することができます。私が提示する契約の内容は『大会終了まで島外へ出ないこと』、この島外とは陸地より半径一海里(約2キロ)以降を指します。そして『大会終了まで大会について知らない相手に情報を教えないこと』、このどちらかを破るとあなたは一週間、絶状態になります。そしてこれは契約外のことですが、その場合違反を検知した私の連絡によりあなたに刺客が送り込まれます」
「質問いいか?」
「どうぞ」
「『知らない相手』ってのはどこまでを言うんだ?噂くらい聞くやつはいるだろ?もしくはちゃんと知っているやつでもディテールを聞き漏らしてるやつもいる。『知らない』ってなんだろうな、無知の不知か?」
「それはあなたの捉え方次第です。あなたが抜け道を探して、噂を聞いた程度の人間を『知っている相手』と思い込もうとすれば、その『思い込もうとする』こと自体が、事実がそうでないことをあなた自身が認識している何よりの証拠になりますので、あなた自身の認識によってあなたは契約違反になります」
「そうか...(なるほどね、だから強制力の強い具現化系監視型じゃなくて操作条件型なのか。闘ってるだけじゃ絶対に遭わなかったタイプだな、面白い)」
「よろしいですか?」
「ん?ああ、もう一つ質問なんだが、ウロングィ、あんたは嘘をつかずに俺を騙すことはできるのか?それとも聞かれたことは全部答えるのか?」
「私の名前はロンギですが...答えはどちらも『ノー』です。私は契約にあたって意図的にあなたを騙すことができません。しかし全て答える必要はありません。誤解を生まないために必要だと私が認識したことをあなたにお伝えします」
「じゃあ契約の内容に関係ないロンギィ?って名前は偽名か?」
「ロンギは本名です。ネイティブでなければ発音しにくいですが...契約すること自体に必要ですので」
「(だろーな)そっか、上手く発音できなくて悪かったな。もう誤解もないと思うし契約するよ」
「ありがとうございます」
エイジはすんなりとそのペーパーに署名をした。しかし脳の内部では、夏休みの小学生よりも強い好奇心といたずら心がすくすくと育っていた。エイジをここに連れてきた男女二人の男の方イッシが、話を終えたエイジに近づいた。
「このゲーム、まだ試作品(プロトタイプ)でチュートリアルもないからな。説明がてらホテルまで案内するよ」
「んー、ご苦労、道中には靴屋にも寄ってくれ」
「...」
イッシはマテナと顔をチラリと合わせて、マテナは少し呆れたような表情でおどけた。三人がバーを出ると、そこは海辺の小高い崖の上にあって、潮風が心地の良いひんやりとした感覚を陸地に送っていた。目の前の海原を染めるオレンジとその向こうの赫い太陽と合わせて、それは絶景と呼ぶにふさわしかった。エイジにその感性があるかはまた別だったが、少なくとも彼はそのゲームとしてのクオリティに驚いてはいた。
車でホテルに送られる道すがら、エイジはイッシの説明を受けた。
「まず、NPC相手でも変なことはしないでくれ。アルゴリズムがバグるかもしれん」
「変なことってのは?」
「そーだな...現実でやって頭の医者を呼ばれるコトとか」
「はーん、わかりやすい」
「他プレイヤーとの接触も禁止だ。これは近づくとネームタグが頭上にでるからわかりやすい」
「いいけど最初から契約に盛り込んどけよ」
「あー、そうだな...まァ、前後したりゴチャついてんだ。合わせてくれ」
「あっそ...(全員で契約内容が揃ってないのか?ずさんだな)」
「...それと大会の情報は当日にならないと教えられないが、いいか?」
「あー、そうや聞いてなかったな。いいぜ、サプライズは嫌いじゃない」
「アンタはそうだろうな...」
そうしてエイジは能天気な根無し草のフリをしたままでいたし、イッシもそれに騙されていたが、ホテルについて別れてから、エイジは会話を隅々まで思い出して状況を推理していた。
___イッシの『前後したりゴチャついてる』ってのはつまり他プレイヤーとの接触が許されているやつと許されてないやつで会話した場合、前者だけがノーペナルティで後者だけが契約違反になるハメ技が出るのを防ぎたいんだろうな。そもそもロングィの『透明言葉(ゲッコウジョウレイ)』自体、箇条書きの契約を許容してない節がある。『ポーカーで不正をしない』なら契約を守りやすいが、『カードに折り目をつけない』『目印をつけない』みたいにポーカーという言葉抜きで不正を咎めるのは難しい。つまりあの能力は本来お互いが情報を共有している前提であって、大会の情報もゲームのこともロクに知らされていない俺相手には部分的な効力しか発揮できない。だからゲームは本当に不安定な試作品(プロトタイプ)で、ロンギはその補助をしている...そこまではイッシの説明の延長だ。だがそれよりも俺が気になったのはあいつらの温度感___イッシとロングィはお互い敬語で、しかも指揮系統がかなり違う様子だった。だとするとどちらかが政府側で、どちらかが民兵か何かだが、それは根本的におかしい。あの国で天空闘技場なんてモンが成り立っているのは、そこ以外にほぼ念能力者がいないからだ。天空闘技場に加えて国と民間軍事会社(PMC)の両方まで念能力者を有していたらパワーバランスはギリギリで、少なくともお互い寝首をかかれやすい秘密計画に協力するなんて事態はありえない。さらにあのロングィの発音しにくい名前...外国出身ってだけの可能性もあるが、怪しいのはホントに外国政府の人間ってことだ。おそらくイッシたちが政府側(それか政府に雇われたハンター)でロングィが外国政府のエージェントだと考えるのが自然だな(ロングィが民間なら指揮系統的に上にあるはずのイッシの腰が低すぎる)。だが、だとしたらロングィはどこの国だ?隣国はありえない。ありえるとしたら利害関係が一致し、お互い侵害するメリットの薄い、たとえば地理的に遠い国...しかもこの国(アウェイ)で下に回らないなら国際社会じゃより上の...サヘルタ合衆国?あそこはバイオハザードの危険性がある実験を他国でやる癖がある。だがこのやり方はもっと別の...そうか!カキンか!あそこは歴史的に念が多様だし、秘密工作のしやすい独裁体制、しかも大国だろ。で、肝心の目的はなんだ?独裁国家がインディーのゲームをパクってクズを集めて、一体何の悪巧みなんだ??
ホテルのバルコニーで夜の海街を眺めながら、エイジはワクワクが止まらなくなった!エイジは人の悪巧みをもっとでかい悪巧みでぶっ壊すのが大好きだったし、それは相手が大きいほど快感だった。つまりエイジは、次第によっては国相手に喧嘩をしたって良いとも本当に思い始めていた。もちろん彼とて今すぐ勝算を見つけられるわけではなかったが、やはり彼自身にとって勝敗は、あまつさえ生死すらも大きな問題ではなかった。大きな楽しみが、夏休みの入道雲のようにエイジを待ち受けていた。