翌日の午前、エイジはホテル前のビーチにパラソルを立ててくつろいでいた。サングラスに日焼け止めに曲がりくねったストロー付きのカクテルまで揃えて。もちろん情報収集に動きたい気持ちもなくはなかったが、運営に目をつけられる方が面倒だし、なにより自分の能力であれば大会中の方が暗躍しやすいと判断していたのだ。
「こんにちわぁ」
すぐそばで聞こえた声に反応してエイジが顔を上げると、日に焼けたビキニ姿の女の二人組が寝転がるエイジを見下ろしていた。
「おにーさんいまひとりィ?」
「んー、みんなそうだろ?」
「えーなにそれェ」
それぞれ、光の透けた金と赤毛の長い髪をした二人の女はまるで純粋みたいにケタケタと笑った。ふとエイジは目の前の浜辺に広がる人全てがNPCであることを思い出し、たとえばこの女たちとヤったら文字列(コード)とセックスしたことになるだろうな、とくだらない観察をした。それからサングラスを外して、まつ毛の長い目をさらして女たちにたずねた。
「きみらここの子?」
「ちがうよー」
金髪の女は答えながらも赤毛と顔を見合わせて、エイジの顔立ちが二人の期待を超えていることをその視線で確認し合った。
答えの続きは赤毛の女からだった。
「ロカリオってわかる?ミテネ連邦の」
「あぁ、ハスの隣?」
エイジはうっすらとロカリオ共和国を思い出し、その近くにハス共和国というのがあった気がして口に出した。
「そお!来たことある?」
「ない。ていうか現実にある国そのまま出してんのか?作り込み粗いな」
「えーなに急にこわーい。変な人ォ?」
「ハハァ、変な人だったらどうするゥ?」
「えーやだァ」
女NPCたちは顔を見合わせてまたキャハハと笑った。エイジは、女らしいあの抑揚があるくせに棒読みに聞こえる話し方さえ再現した「イリザ・アイランド」というゲームに再び感心し、同時にそれを超えて違和感さえ覚えた。
___こいつら、ホントにNPCか?ここは本当にゲームの世界か???
...いや、今検証しようとすることじゃないな。運営の目もあるし、それをおいてもワンチャン不具合(バグ)に俺自身が巻き込まれる可能性もある。少なくとも今は...
「ねぇ、ホントにヤバい人なの??急に黙っちゃって」
金髪が、やかましくとも決して醜くはないその声でエイジの思考を遮った。
「...ああ、いや、名前聞いてなかったからさ。エイジだ」
エイジは立ち上がって手を出した。
「エイジ?私アレッサ、この子はウーラ」
金髪のアレッサと赤毛のウーラ、それぞれとエイジは握手した。
「で、どうするんだっけ?クラーケン退治でもするのか?」
「なにー?あはは」
小麦色の肌をしたアレッサは相変わらず生きていることそのものを楽しんでいるような様子だったが、赤毛のウーラがどうやら大事なことを思い出したらしかった。
「でもアタシらビーチバレーしててさ、人集めてるんだけど、エイジ来る?」
「(用件が遅いな)...もちろん。あと何人集める?」
「あー、一人なんだけどそっちはまた友達が集めてて...」
「おーいウーラ、こっち集まったぞー」
ビーチバレーよりもビーチサッカーの方が似合いそうな茶焦げた肌の青年がエイジたちに近づきながら声をかけた。
「うん、ちょうどこの人も来てくれるって。エイジ、こっちはフワンロカ、フワンロカ、こっちはエイジ」
フワンロカは律儀にお互いを紹介するウーラにおどけた顔で反応してから、その細長くすらっとした手をエイジに差し出した。
「フワンロカだ」
「エイジ」
「良い名前だな、出身はジャポンか?」
「ああ、わかるか?」
「ああ、行ったことがある。そんときの彼女に無理矢理連れて行かれたけど、結局いい思い出しかなかったよ。素晴らしい国だ」
そう話しながら、フワンロカは手招きをしてエイジとアレッサとウーラと共に仲間たちの待つ方へ歩き始めた。ビーチへ着いて、皆がフワンロカたちの帰還を迎えたあと、試合が始まった。エイジは目立つつもりもなかったので、バックラインに回って来たボールを返すくらいしかしなかったが、それでも持ち前の身体能力だけで自覚なくフワンロカたちを驚かせた。そうしたたっぷりの運動のあと、一同は昼時のハンバーガーを食べて、それから別れるものは別れ、つるむものはつるんだ。エイジはまだフワンロカたちと共にいることにした。もちろん目の前の陽気な若者たちが、何か島の秘密だとかを握っているだとかそういうふうに思ったわけではなかったが、たとえば酒場の店主だとか街角の老人に与えられる餌のような真実よりも、目の前の世界が散りばめる「何か」のほうがよほど彼の直感を刺激した。
エイジたちはビーチ前の道路、その脇にある広く白い歩道を歩き(砂だらけの身体では誰も車には乗れなかった)、そしてその先の丘に海に向かって並ぶ豪華な別荘郡のうちの一つに入った。それは赤毛のウーラの父が持つ別荘だった。一同は家屋の中には入らず、外付きのシャワーで砂を落とし、それからリフレッシュがてら庭先の大きなプールに飛び込んで、細かい砂を落とした。そして真っ白なバスタオルで身体を拭き、たっぷりの日光とドライヤーの二つをもってまた乾かしてようやく、ウーラはフワンロカたちは家の中へ迎えた。この半日のあいだにあの白い太陽は日焼け止めをも貫いたのか、エイジとウーラの白い肌はいくらか赤らんでいた。ウーラはエイジにいくつもの部屋を案内した。あまりの部屋の数にどこで何が起きてもお互い知り得ないほどだったが、結局三人はリビングでサッカーの試合を垂れ流したまま、ぐうすかと眠った。エイジはハンターに相当するほどの体力と習慣となった警戒心から眠りはしなかったが、眠る家主(ホスト)を差し置いて家の中を歩き回ることはしない方がいいだろうと考えて、三人を見守るようにリビングに留まって、興味もないサッカーを観戦し続けた。試合が延長を超えて、もうすぐPK戦になろうかというところでウーラがのそりと起き上がって
「大丈夫?」
と寝ぼけた声でエイジにたずねた。この数時間分、太陽の下のエイジしか知らないウーラにとって、その素の表情はなにか警戒するほどのものだった。
「ん?ああ、どうかしたか?」
エイジは軽い調子で聞き返した。
「んー、ちょっと険しい顔に見えたから」
「元々こんなんさ」
「...もう延長?」
「そ、もうすぐPK」
「...エイジさ、ちょっとがっかりした?」
「なにが?」
「アタシたちもともと知り合いだからそういうのシないんだよね」
ウーラは口を開けて寝ているフワンロカたちをちらりと見ながら言った。
「ああ、それなら逆だな」
「逆?」
「がっかりの逆」
「じゃあなに?」
「さあ?」
「___ねえいまどっち勝ってる?」
二人の話し声のせいか目を覚ましたアレッサが、瞼をこすりながら首をもたげてどちらかに聞いた。
「ゼロゼロ、もうすぐPKだって」
伝言のようにウーラが答えた。
「エイジ、怒ってる?」
アレッサは寝ぼけているせいか率直に聞いた。
「いや?元からこんなんさ」
エイジはそう答えて、ふとウーラが視線を送ってきていることに気づき、お互いおどけるように微笑んだ。
「えー、なんかあったじゃん、アタシら寝てるあいだに」
「なんもないよ、なんもないねって話しただけ」
ウーラが誤解のないように答えた。
「あー、今何点?」
三人の話し声のせいで目覚めたフワンロカが、しゃがれた声で開口一番にそう聞いた。
「ゼロゼロ、もうすぐPKだってさ」
伝言のようにアレッサが答えた。
更新を一旦停止します。
元々、個人開催のイベント「念能力杯」への参加を目指して書き始めたモノが膨らんで一人歩きしている状態なんですが、そもそもイベント期間内に完結できそうもないので、一旦イベントは短編で参加して、こっちはまた気分で進めるつもりです。