GBNがあるからって誰もが英雄になれるわけじゃない 作:320番紙ヤスリ
「そういえば、ヒカリはガンプラを作っているけど、GBNとかいうのはやったりしないの?」
いつも通り、三限で家に帰ってジャンクパーツを漁りながらガンプラを組み立てていると、例によってソファを占領しているチサトさんが不意に問いかけてきた。
うつ伏せになっているおかげでソファに押し付けられてるおっぱいがえっちだ……じゃなくて、GBN。
私が間違ってなければ、ガンプラバトル・ネクサス・オンラインの略で、今アクティブユーザーが二千五百万人もいる、流行りのゲームのことだろう。
「ちょっとだけやってましたけど、すぐやめちゃいました」
ゲート跡をヤスリで均しながら、答えを返す。
なにをするにもまずはバズりたければGBN、ってぐらいに有名だから、有名になりたいって私の細やかな野望を叶えるのには、ちょうどよかったのかもしれないけど。
確か、サービス初期にアカウントを作って、Cランクぐらいまで上げたところでやめてしまった記憶がある。
「そうなんだ」
「聞かないんですか?」
「聞いてほしいの?」
う、うぅ。
質問に質問で返すのはずるい。
でも、チサトさんの赤い瞳を見つめていると、そんなずるさも許してしまえる気がして、やっぱりずるい。
「ぎゃ、逆にチサトさんは興味あるんですか、GBNに?」
私はちょっとだけチサトさんから視線を逸らしながら、質問に対して返された質問に、質問で返すという細やかな意地悪をしてみた。
「あるかな、人並みぐらいには」
だけど、チサトさんは特に困った様子も見せず、しれっと答えてくる。
意外だなぁ。
なんか色々謎めいてるチサトさんが、人並みぐらいとはいえ、GBNに興味があるなんて。
「あるんですか」
「……私、身長低いから。だから、背の高い人の景色って、どんな感じか知りたい」
「身長……」
自嘲するように小さく笑って、チサトさんが返してきた答えに、私は目を丸くすることしかできなかった。
チサトさんはコンプレックスとかそういうのと無縁に見えるのに、全然そんなことはなかったっていうのが、なんだか意外で。
子供っぽいってよく言われる私と違って、大人の女性、って感じを常に纏っているのになあ。住所不定無職だけど。
「……意外? 私にも結構引け目とかコンプレックスとか、あるよ」
「そうだったんですね……」
「逆に興味とかも色々。私だって人間だから」
それはそうだ。
ともかく、チサトさんがGBNに興味を持っているというのなら話は早い。
私の部屋には積みプラやジャンクパーツがたくさんあるし、使わなくなった家庭用のダイバーギアとコントローラーもある。
「もしよければ、私が使ってたやつですけど、使ってみますか?」
机の下にしまい込んでいたダイバーギアとコントローラーを引っ張り出して、チサトさんへと問いかける。
もし、私の使用済みが嫌だとか言われたらそれはもう腹を切って詫びるしかないけど。
ドキドキと心臓が早鐘を打つ中で、答えを待つ。すると、チサトさんは。
「ヒカリは、一緒にやってくれないの……?」
どこか寂しげな目で、問いを返してきた。
うっ。
わ、私は引退したのであって、そして復帰する気もないのであって。
だけど、そんな寂しそうな、まるで捨てられた子犬のような目で見られたら、どうしようもない。
これは勝手な想像でしかないのだけれど、ここで手を離してしまったら、チサトさんはどこかふらふらと糸が切れたように、私の知らないところに行ってしまうような気がした。
だから、私は。
「しょ、しょうがないですね! 私は引退したんですけど、今だけ! なんと! 特別! チサトさんのためにダイバーギアを買ってしんぜましょう!」
「……ふふ、ありがとう。ヒカリ」
なんだかチサトさんの掌の上で踊らされているようだったけど、私にとってはそれも悪くない。
言葉にはできないけど、好きになるって、そういうことだ。
悪いところとか欠点とか、ずるいところとか──そんなところを笑顔で受け入れてしまえるように、心と身体が作り変えられていく。
あたかも、最初から遺伝子に刻んであったかのように。
だから、私は、初めからそうするつもりだったように、他所行きの服に着替えて、チサトさんと一緒に、家電量販店へと向かうことにした。
かかったコストは、考えないことにして。
†
「ここがGBNなんだね」
家電量販店から帰ってきて、ガンプラ作りとキャラメイクを終えたチサトさんは、
身長以外は全く弄っていないから、素材の良さと醸し出されるセクシーさが滲み出ているというか、そのままでも美人なのにリアルとのギャップで二度美味しい、みたいなことになっている。
うっ、あまりにもメロすぎて脳が蕩けてしまいそうだ。
「……ヒカリ? なにか、変だった?」
「いやいやそんなことは全く全然! むしろリアルとのギャップが見られて新鮮でごちそうさまです的な!?」
「よくわからないけど、やっぱりヒカリは面白いね。それで、初心者はなにをすればいいんだっけ」
「確か、ミッションカウンターに行って──」
大分前の記憶を捻り出そうと首を傾げていたときだった。
「やあ、お嬢さんたち! どんなミッションを受けるかで悩んでるなら、真っ直ぐカウンターに行くよりまずは経験者に聞いてみるのが安定だぜ!」
気さくな調子で話しかけてきた男の人が、先に選択肢を提示してくる。
「経験者に?」
「そうさ、背の高いお嬢さん。公式のミッションってのはどいつもこいつも中身が入ってないNPC──このゲームだとNPDっていうんだったかな、とにかく退屈な相手と戦わされるのさ。いくら初心者だからって、ほとんど棒立ちの相手とやらされるのは嫌だろ?」
男の人の理屈はわからなくもない。
ただそれは、あくまでも「経験者」の視点に立った話だ。
他のゲームや、「アレ」をやったことがないような人だったら、棒立ち同然だろうと敵を撃破できた方が面白いに決まっている。
「よくわからないけど、そうなんだ」
「ま、待ってくださいチサトさん! それは──」
「いいよ。あなたのお勧めはなに?」
私が制止するより先に、チサトさんは男の人に「その先」を聞いてしまう。
すると、待ってましたとばかりに男の人は歪んだ笑みを浮かべて──
「──もちろん、俺と仲間との『フリーバトル』さ。最高にヒリつけるぜ?」
「……そうなんだ。じゃあ少しは期待できそうかな」
「そういうこった。退屈はさせないからよ……そっちの背が低いお嬢さんもそれでいいよな?」
「……う、うぅ」
「大丈夫だよ、ヒカリ。なるようになるって」
「ならなそうだから心配なんですよぅ!」
「んじゃ決まりってことで。申請出しといたから、あとはよろしく」
男の人から投げつけられたフリーバトル申請を、特に要項を読むこともなくチサトさんは受諾してしまう。
仕方ないから私も申請を受け付けて、格納庫エリアへと転移していく。
……もう、GBNで顔を合わせることはないと思っていた、十八メートル級に拡大された私の愛機と、再会するために。
初手フリーバトルは挨拶みたいなもの、当たり前だよなぁ?